2015年3月23日月曜日

Sarah Changとヴァギナ・デンタータ

アルゲリッチとキーシンに絡んで前回YOUTUBEを貼り付けたのだが、そこに参加しているSarah Chang(サラ・チャン)って、やたらにいい女だな。





YOUTUBEでサラ・チャンの映像眺めてみても、たいして気に入った演奏はないのだが、やはり演奏家とは演奏ではなく、女前が肝腎なのではないだろうか。





ああ、たまらん!





アジアの秘宝! ファンム・ファタール! 歯の生えたヴァギナ!

自然は呆れるばかりの完璧さを女に授けた。男にとっては性交の一つ一つの行為が母親に対しての回帰であり降伏である。男にとって、セックスはアイデンティティ確立の為の闘いである。セックスにおいて、男は彼を生んだ歯の生えた力、すなわち自然という雌の竜に吸い尽くされ、放り出されるのだ。(カーミル・パーリア「性のペルソナ」


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アジア的ディオニュソスの女! 欲情を昂揚させるサラ・チャン! 乱交の女神!

両者とも陶酔の種類と解されるなら、アポロン的とディオニュソス的という私によって美学のうちへと導入された対立概念は、何を意味するのだろうか? ――アポロン的陶酔はなかんずく眼を興奮させておくので、眼が幻想の力をうる。画家、彫刻家、叙事詩人はすぐれて幻想家である。これに反してディオニュソス的状態においては欲情組織が総体的に興奮し高められている。そのため欲情組織はあらゆるその表現手段を一挙に放出し、描出、模写、変形、変化の力を、あらゆる種類の表情術や演劇術を同時に駆りだす。本質的なことはあくまで変貌の軽快さであり、反応せずにはいられないその無能力である(――どんな合図にも応じてどんな役割でも演ずる或る種のヒステリー患者の場合に似ている)。ディオニュソス的人間には、なんらかの暗示を理解しないでいることは不可能であり、彼は欲情のいかなる徴候をも見のがさず、彼は最高度の伝達術を所有していると同様に、最高度の理解し察知する本能をもっている。彼は、あらゆる皮膜のうちへと、あらゆる欲情のうちへと入りこんでゆく。すなわち、彼はたえず変貌しているのである。――私たちが今日解するような音楽もまた、同じく諸欲情の総体的興奮・放出ではあるが、それにもかかわらず欲情のはるかに豊満な表現の世界の残存物、ディオニュソス的演技のたんなる残滓にすぎない。人は、特殊芸術として音楽を可能にするために、いくつかの感覚を、なかんずく筋肉感覚を静止させてきた(少なくとも相対的にはそうしてきた。なぜなら、或る程度はやはりあらゆるリズムは私たちの筋肉に語りかけるからである)、そのため人間は、おのれが感ずる一切のものを、もはや即座に身体で模倣し演出することがない。それにもかかわらずこれこそが本来的にディオニュソス的な正常状態であり、いずれにしても根源的状態である。音楽は、最も縁の近い諸能力を犠牲にして、ゆっくりと達成されたこの状態の特殊化である。(ニーチェ「或る反時代的人間の遊撃」一〇  『偶像の黄昏』原佑訳)


(カジュラホ彫刻)

われわれは次のように、女性の扱い方に分別を欠いている。すなわち、われわれは、彼女らがわれわれと比較にならないほど、愛の営みに有能で熱烈であることを知っている。このことは……かつて別々の時代に、この道の達人として有名なローマのある皇帝*1とある皇后*2自身の口からも語られている。この皇帝は一晩に、捕虜にしたサルマティアの十人の処女の花を散らした。だが皇后の方は、欲望と嗜好のおもむくままに、相手を変えながら、実に一晩に二十五回の攻撃に堪えた。……以上のことを信じ、かつ、説きながらも、われわれ男性は、純潔を女性にだけ特有な本分として課し、これを犯せば極刑に処すると言うのである。(モンテーニュ)

*1 ティトゥス・イリウス・プロクルス。
*2 クラディウス帝の妃メッサリナ。


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ティレシアスの神話を御存知ですか。彼は女性の享楽がどんなものか知りたく、ゼウスから女になることを許されたのです。ティレジアスの性転換です。彼が男に戻った時にこう言います-世の中に享楽が十あるとすると、九つは女のもので一つだけが男のものだ。ここでは簡単に触れることしかできませんが、それはこういう考えなのです-男が一つのものとすると、女は常に他(Autre)のものである。フロイトが超自我の欠けた存在である女について言っていることに関して例えばピロポが教えてくれるものによると、女性はまさに超自我的な他者(Autre)の場所を占めるものなのです。現実に女は結構上手にそこに腰を据えてようですが...また財布の紐はしばしば奥さん方がにぎっています。フランス語ではよく俗に妻をかみさんbourgeoise[お金を持っているブルジョアから来ている]と呼びます。(ジャック=アラン・ミレール『ピロポ』)



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