2015年11月30日月曜日

メモ:「イスラム国」と「クルド国」



Lion of Elamits in Protoliterate period of Mesopotamia, 3000 AD(ancient Kurdsán)



表題に鉤括弧つきで「クルド国」としたが、正確にはクルディスタン Kurdistan(クルド人の国の意味)であり、クルド民族が紀元前から住み続けてきた地域をさす。


国を持たない大きな民族の悲劇、クルディスタン


「シリアにおけるクルド問題──差別・抑圧の“制度化”──青山弘之」より


イスラム国についてはここでは多くは触れない。ただ彼らの活動領域と呼ばれている土地は次ぎの通り。




…………

SLAVOJ ZIZEK: KURDS ARE THE MOST PROGRESSIVE, DEMOCRATIC NATION IN THE MIDDLE EASTより

《This interview with well-known philosopher Slavoj Zizek was conducted for Kurdish MedNuçe TV in the Slovenian capital Ljubljana.》

ーーあなたとクルド人のリーダー、アブドゥラ・オジャランの写真がソーシャルメディアにおいて共有されています。この裏にはどんな物語があるのでしょう?



ジジェク)そう、彼らはトルコでその写真を見せてくれた。それはインターネット上にあり、80年代のものだということ。しかし言わなければならないが、それは不幸にも本当のものではない。とはいえ、私はそれがなされることにはっきりとは反対するつもりはない。逆にその裏には美しい物語がある。

オジャランは現在、監獄のなかにいる。そして私が思うに、彼は知識人としての彼のアイデンティティを重んじている。監獄のなかで彼が求めた本のリストを見たことがある。オジャランは、たとえばフーコーを読んでいる。

私が知るかぎり、クルド人についての紋切型表現がある。彼らは山に住み苦難を抱えた原始的民族だ、というクリシェだ。しかしながら、クルド人は逆にとても世俗的(宗教的でない)という証拠がある。クルド人は自らを世界に向けて啓蒙されてモダンであると現そうと努めている。これは正しい手法だ。もし私があなたのポジションにあるなら、同じことをするだろう。
ーーということはあなたはオジャランに一度も会ったことがない…

そう、不幸にも会ったことがない。私は監獄にいる彼を訪ねたい。けれども、聞くところによると、彼は隔離されている。事実、オジャランは彼の弁護士にさえ会えない。私は知っている、彼は今ではもっと穏健な政策に携わっていることを。彼は自らをこの国の市民としてさえ定義している。彼が望むのは、クルド人の自主性だ。彼はもっと欲するための機会をもつべきだ。

歴史を見てみよう。クルド人は植民地分割の最大の犠牲者だ。西洋人の中東への接近法は、どの民族がどの民族と戦っているかを基にしている。言い換えれば、西側がそれを決定するのだ。それは中東における西洋の介入の伝統だ。最も大きなカタストロフィは第一次世界大戦後のものだ。シリアはエジプトの手に、他の国は他の国に手に。このせいで、すべての国境は偽物 artificial だ。現在のイラクを見なさい。東部イラクはシーア派でイランの影響下、西部イラクはスンニ派だ。人びとの視点からは、連合 federation は合理的だったのだが。アフガニスタンとパキスタンを見なさい。どこもかしこも同じだ。




さてここでやや古い記事だが、山内昌之氏による今年一月のクルドをめぐる見解を挿入しておこう。

山内昌之 イスラム国とクルド独立(2015.1.12)

中東ではイスラム国(IS)の台頭に隠れ目立たないが、大きな変動が着実に進んでいる。それは、国をもたないクルド人が、北イラクを中心に独立国家への道を歩んでいることだ。

 ISは、2014年8月にイラクのクルド地域政府(KRG)への本格的な攻撃を始めたが、それはトルコ、イラン、シリア、イラクに分散しているクルド人に国民形成と国家建設を促す大きなきっかけとなった。しかも、KRGを北イラク地方の自治政権から、米欧にとって国際政治に死活的な存在に転換せしめる触媒にもなったのだ。

 KRGとISは、イラクとシリアにまたがる地域を迅速に占領することで、国際的に承認された既存の国境線をぼやけさせ、イラクとシリアの分裂が残した政治的真空を満たそうとしている。双方ともに、自治の強化や独立国家の既成事実化を図るために、1千キロにわたり直接に「国境」を接する互いの存在を強く意識するようになった。かれらは、相手を映し出す鏡におのれの姿を見ているのだ。

 そもそもISがKRGと衝突したのは、昨年6月にISがイラクのティクリットとモスルを占領した同じ月、KRGがISの狙う石油地帯キルクークを占領したからである。イラクのクルド人支配地域が40%ほど拡大するに及び、ISにとってクルドとの対決こそ主要軸となり、バグダッド政府やアサド政権はゲームの脇役に追いやられた。

ISは、6月に指導者バグダディをカリフ(預言者ムハンマドの代理人)とするイスラム国家の建設を宣言した。こうしてシリアとイラクとの国境が無視されると、領土的に新たな「無人地帯」が現れた。それは、クルド人とISが影響力を競い合う地域と言い換えてもよい。

 国境線の希薄化はクルドにも利点がある。12年夏にシリアのクルド人地域(ロジャヴァ)は事実上の自治を獲得し、KRGとの協力と新たな共通国境を模索した。ISによるKRGとロジャヴァへの攻撃は、対立していたシリアとイラクのクルド人に共通の敵と対決する必要性を痛感させるに至った。
 この機運は、4国にまたがるクルディスタンの全体に広がった。イラン・クルディスタン民主党の部隊は、KRG国防省の指揮下にあるアルビルの南西地域に派遣され、トルコのクルディスタン労働者党とそのロジャヴァの直系組織たる人民保護軍は女性も含めてシリアとイラクでISと戦っている。

 いちばん劇的な変化は、長くイラクの一体性を主張してきた米国で起きた。オバマ大統領はISに対抗するクルド支援の必要性に寄せて、イラクと別にクルドの名を明示的に挙げるようになった。米国をはじめとする有志連合による空爆は、不活発なイラク国防軍のためでなく、戦場のクルド部隊のためなのである。有志連合はKRGに依拠する以外に対IS地上戦略の足がかりがないのが現状なのだ。

 クルド民族は、かれらの歴史と伝統において異次元の世界に入ったといえよう。その独立国家宣言は時間の問題のように思える




最近の山内昌之氏の発言ーーここにはクルド人への言及はないがーーの一部も貼り付けておこう。

中東の民主化を要求した「アラブの春」は、シリアではイスラム過激派が伸長し自由や人権を否定する運動を生んだ。シリア内戦から生み出された鬼っ子がISだ。テロと性暴力を核とする組織の拡大過程で西欧社会に基盤をつくり、自爆要員を無差別に受け入れる倒錯と変容が起きたというべきで、今回の容疑者らはその象徴だ。現代社会が生んだニヒリズムとゆがみを反映した不満分子がイスラムの名や大義を借りている側面をもっと見るべきだ。すぐにフランス社会の人種差別や同化政策に結びつけるのは短絡である。(パリ同時テロ:識者に聞く毎日新聞 2015年11月25日


※附記

◇遊牧民族がなぜ蛮族視されてきたのか

(山内)いったい遊牧民を蛮族視する見方は、中国に限らず、有史宗教または世界宗教が農耕文明と結びついた第二次農耕文明の成立後、騎馬遊牧民の侵入に苦しめられた農耕民による偏見なのです。(蓮實重彦、山内昌之『20世紀との訣別:歴史を読む』岩波書店、1999年2月)





さて、ふたたびジジェクへのインタヴュー記事より。

ーーあなたは数日前、イスタンブールにいた。どうでしたか?

そう、二日前のことだ。我々は友人と愛について話した。我々は神学論とキリスト教におけるスローガン「汝の隣人を汝自身のように愛せ」について議論した。我々はこれをトルコ人に向かって言うことができる。「クルド人を汝自身のように愛せ」と。

今起こっていることは愛のテストだ。私はもっと別の何かをわかりやすくしてもみた。すなわち、あなたはクルド人やアルメニア人の悲劇に気づいているか、と。クルド人とアルメニア人の大虐殺は伝統的なトルコ人の野蛮さのせいではない。そうではなく、若いトルコ人の出現のせいだ。

これらのことは、トルコにおける近代化の誕生とともに起こった。今日の状態に比較して、オットマン帝国はマイノリティや異なった集団に対してもっと寛容だった。問題は若いトルコ人とともに始まった。ユーゴスラビア戦争のあいだ、最も大きなユダヤ人のマイノリティ集団はサラエヴォに住んでいた。なぜか? というのは、ムスリムマイノリティはユダヤ人に、キリスト教徒よりは、寛容だったからだ。私はどんな誤解をも禁じておきたい。エルドアンが今やっていることは蛮行だ。宮殿を建てる代わりに、彼は振り返って見る必要がある、オットマン帝国のあいだはいかなる自由があったのか、今よりも良いものではなかったのか、と。

19世紀の愛国者的ヨーロッパに比べて、イスタンブールはもっと寛容だった。もしエルドアンたちがオットマンサルタンに戻りたいなら、連中はその法と伝統に戻るべきだ! 
……オットマン時代はたしかに醜悪な面もあった。たとえば、もしあなたがムスリムでないなら、余分の税金を払わなければいけなかった。しかしながら、マイノリティたちのためのいくつかの法があり、それは今よりはマシだ。どの左翼も知っている、第二次世界大戦以前の東洋における帝国、オットマン帝国とオーストリア=ハンガリー帝国は、いくつかの問題において現在の状態より進歩的だったことを。

クルド人は中東において鍵となる役割をもっている。クルドの問いが解決されれば、中東のすべての問題もまた解決される。バルカンには非合理的状況がある。アルバニアとコソボは、二つに分離した国家だが同じ人びとだ。西側は統合することを許さない。というのは彼らはより大きなアルバニアをおそれるからだ。逆に、中東における「クルド国 A Kurdish state」は誰にも脅威にならない。実際上、それは人びとのあいだの架け橋になるだろう。





…………

※附記

ーー〈わたくし〉と同じくらいクルド人について無知の〈あなた〉のために

この機会にインターネット上にあるクルド人関係の論文を何本か読んでみたが、松浦範子さんの「クルド─翻弄の歴史と現在」というエッセイ風の論がわたくしには際立って好ましい。

千葉県生まれ。武蔵野音楽大学音楽学部卒業。高校教師、会社員を経て、現在フォトグラファー。1997年よりトルコ、イラン、イラク、シリアのクルディスタンを繰り返し訪問し、新聞、雑誌などで写真と文章を発表するほか、講演活動も行っている。2007年1月から3月には、中日新聞と東京新聞の夕刊連載でイランに暮らすクルド人について綴り、64回にわたり発表。

ーーという方のようだ。


◆クルド─翻弄の歴史と現在─ (写真家松浦範子,2010)PDF

クルド人はご承知のとおり、 「国を持たない民 族では世界最大」といわれる中東の先住民族で す。その居住地域は、クルド人の土地との意味で 「クルディスタン」と古くから呼び慣わされてき ました。しかし現在そこは、トルコ、イラン、イ ラク、シリアなどの領土にまたがり、それらの国に分割、併合されたかたちとなっています。



トルコ東部の山間部を訪れてみると、そこには弾痕でハチの巣状になった、あるいは軍隊に焼き払われて廃虚となったクルドの村が至る所に点在していました。ある時その様子を乗り合いバスの中から撮っ ていると、同乗していた老人が無言で握手を求め てきました。またある時は「撮った写真を日本の 新聞で発表してくれ。こんな目に遭っているとい うのに誰も来てくれない」と訴える人とも出会い ました。そして「人間らしく扱われること、人間 として生きることを望むだけだ」と語るのを何度も耳にしました。
クルド民族の総人口は、2500万人から3000万人ほどと推定されています。彼らが暮らしているのは、主にトルコ、イラン、イラク、シリアなどの国境が接する地域で、トルコ領内にクルド人全体 のおよそ半数の1500万人が、イランに600万、イ ラクに400万、シリアに300万人ほどが暮らしてい ます。その他アゼルバイジャンやアルメニアと いった旧ソ連領の一部や、レバノンなどにもクル ド人は住んでいます。その面積は全体でおよそ50万平方キロ。日本の国土のおよそ1.5倍に相当す る広さです。そこでは人の流れを阻む険しい山岳地帯や、草に覆われたなだらかな丘陵地、平野や 土漠など、さまざまな地形と風景が見られ、冬季 の高地では氷点下30度まで下がる一方、トルコ、 シリア、イラクの国境が接する夏の平野部では極 度に乾燥し摂氏50度にも達します。  

この地は天然資源が豊富で、石油や石炭などさまざまな資源が眠っています。しかし何といっても重要なのは、豊富な水資源です。古代メソポタ ミア文明を育んだチグリス、ユーフラテス川の源流は、トルコ領内のクルド人居住地域にあり、次 第に大河となってディヤルバクルやジズレといったクルド人の主要な都市を貫き、シリアやイラク へと流れ行きます。その豊富な水は、クルディス タンの人びとに生活用水と肥沃な農地をもたらし てきたばかりでなく、大規模なダム建設によって 水流をコントロールするトルコ政府にとっての重 要な外交手段としても利用されてきました。  

古くからその土地で部族社会を形成し、部族単 位で遊牧生活を送っていたクルドの人々ですが、 歴史の移ろうなか、オスマン帝国やペルシア、ア ラブといった大きな勢力の狭間で改革、 「近代化」 の波に圧され、定住化が進んだことから部族社会 は崩壊していきました。現在でもイランやイラク の一部の地域にクルド人部族がわずかに存在して いますが、その規模は年々縮小しています。
宗教的にはどうでしょうか。その昔ゾロアス ター教(拝火教)を信仰していたものと考えられ ていますが、現在では多くがイスラム教スンニ派に属しています。ただし地域によっては、イスラ ム・シーア派やキリスト教、アレヴィー教、イエ ジディー教などを信仰している人たちもいます。  彼らの母語であるクルド語は、インド・ヨー ロッパ語族のペルシア語に近い言語で、地方によってケルマンジ、ソラニー、ザザなど、いくつもの方言に分かれています。
トルコ共和国は、1923年の建国以来、単一民族国家を国是としてきました。実際はトルコ領内に はトルコ人のほかに、クルド人やアラブ人、そし て数多くの少数民族がモザイク状に混在しています。しかし建国の父と称される将軍ムスタファ・ ケマルは、初代大統領に就任するやいなや、民族的な差異からバラバラに分裂しかねない領土を一 つに束ねるべく、 「トルコ国家はトルコ人とトル コ文化のみで構成される」との理念を打ち立て、 そのスローガンをもとに、使用言語はトルコ語の みとし、それ以外は固く禁じるなど、厳しい同化政策を推し進めました。  

国民の20~25%を占めるクルド人については、政府は特に目を光らせて監視し、クルド人を「山岳トルコ人」と呼ぶことでその存在を完全に否 定。クルド語の使用から、歌や音楽や踊り、民族 衣装の着用まですべてを禁止し、違反した者には 国家反逆罪が科せられました。民族的・文化的に 均一な統一国家の建設には、異文化の存在は脅威 であるとしたからです。  そもそも現実とはかけ離れたこの同化統合政策 のもと、クルド人たちは激しく反発し始め、大小 さまざまの抵抗運動が起こりました。中でも1980 年代にクルド民族の解放を求めて武装蜂起した非 合法組織「クルディスタン労働者党」 (PKK)は、 トルコを大きく揺るがしました。  

その中心人物として PKK を率いたのが、党首 アブドゥラ・オジャランです。アンカラ大学で政治を学んでいた頃にマルクス・レーニン主義の洗 礼を受け、左翼思想に傾倒していったオジャラン は、1978年に同党を立ち上げ、1984年に本格的な 武装闘争を開始します。はじめはトルコ東部の山岳地帯でトルコ政府軍の待ち伏せ攻撃を繰り返し ていましたが、86年頃からは攻撃の対象を都市部 にまで広げ、軍事施設や警察署を主なターゲットとし、さらには外国人の誘拐や政府の役所や観光地まで襲撃することで、民族解放運動を広くアピールしました。  それに対しトルコ政府は、分離主義、テロ行為 には絶対に屈しないという強硬な姿勢で、年間70 ~80億ドルとも推測される予算を費やし、大量の 兵器と兵士を投入。その圧倒的な軍事力をもっ て、PKK 弾圧に血道を上げてきました。

PKK を率い、そのカリスマ性で多くのクルド人の注目を集めてきたオジャランは、1999年にケ ニアで拘束され、本国へ送還後、一旦は死刑宣告 を受けたものの、法律改正により終身刑に減刑さ れ、現在もイスタンブールの沖合に浮かぶ監獄島 に拘禁されています。オジャランを失った PKK は停戦宣言を出し、その後は内部分裂などを繰り返しているとの見方が強まっています。
……「PKK の闘いは、クルド民族の存在と問題を世界に知らせることにはなった。だが、クルド人に とって今世紀最大の成果と言えるのは、イラク北部での自治政府の樹立だ」  

現在では体制を恐れながら暮らさなければなら ないということはなくなりましたが、イラクでも 長い間、クルド人勢力と中央政府との間で激しい 戦闘が繰り返され、民族的マイノリティーである クルド人は大量殺戮や強制移住などの憂き目に 遭ってきました。イラン・イラク戦争末期には、 自国の軍隊に毒ガスで攻撃され、あまたの一般市民が犠牲となっています。(……)



それでは、この映像(DVD)をご覧ください。 これはイラン・イラク戦争末期の1988年3月に北 イラクのクルド人の町、ハラブジャとその周辺の 様子を、 イラン軍の兵士が撮影したものです。 (当時の一時期、その一帯はイラン軍の占領下にあっ た)  

春が訪れたばかりの農村地帯に、無差別に無数の爆弾が落とされ、大量の煙があちこちから上 がっています。これがイラク軍による、クルド人に向けて行われた化学兵器攻撃です。目撃者の話 によると、煙は黄色っぽい色をしていて、ニンニ クのような、あるいはリンゴの腐ったような臭い がしたといいます。米国の人権団体の調査で、使 われたのは神経を麻痺させるガスの一種サリンと 皮膚や呼吸器に炎症を起こすマスタードガスの混合ガスだったことがわかっています。

アブドラ・オジャランをめぐっての記述を黒字強調したように、彼は「体制側からは」明らかにテロリストのドンとして扱われたといってよいだろう。




公安調査庁:クルド労働者党(PKK) Partiya Karkeran Kurdistan

アブドラ・オジャラン(Abdullah Ocalan)

設立者で象徴的指導者。1948年トルコ生まれ。1970年代,トルコ・アンカラ大学に在学していた際に,左翼系武装組織「民族解放軍」(注3)の指導者に就任した。1978年,同組織の名称を「クルド労働者党」(PKK)に変更し,同国南東部での「クルド人国家の樹立」に向けて活動した。

1980年にトルコを出国し,シリアなどに滞在したほか,イタリア,ギリシャなどで庇護申請を行ったが,認められず,アフリカなどで潜伏場所を探していたところ,1999年2月,ケニアで拘束された。

オジャランは,同年6月,トルコ領域の一部を分離させるために計画的な行動を実行するなどしたとして,アンカラの治安裁判所から死刑を言い渡された。同年8月には,獄中から「和平イニシアチブ」を発表した。同人は,2002年10月,トルコでの死刑廃止(同年8月)に伴い,アンカラの治安裁判所により死刑から終身刑に減刑された。現在は,マルマラ海のイムラル島で服役中である。

…………

もちろんわれわれはこれらの資料をすなおに読む必要はないのであって、たとえば山内氏の《中東ではイスラム国(IS)の台頭に隠れ目立たないが、大きな変動が着実に進んでいる。それは、国をもたないクルド人が、北イラクを中心に独立国家への道を歩んでいることだ》という文から、逆に、イスラム国やトルコなどによるクルド人の「ふたたび」の大虐殺の可能性を懸念すべきという態度もあるだろう。ジジェクのクルド人顕揚は、その懸念の裏返しとも見ることができる。

逆に次ぎのような記事もある(BuzzFeed News Oct. 17, 2015)。
Why America’s Alliance With Syria’s Kurds Has Many Worried

The West often falls in love with freedom fighters, but those freedom fighters can turn out to be not-so-good guys later.

わたくしのこの「メモ」も、クルド人兵士(女性兵士?)たちにいささか「恋に陥った」気味合いがないでもないことを白状しておこう。




《The female Kurdish fighters are feared by Islamic State militants, who believe that they'll go straight to hell if they are killed by a woman.》という記述を見出したが、ほんとうかどうかは知らない。(Kurdish women fighters wage war on Islamic State in Iraq [Photo report]




というわけで「恋ざまし」に次ぎの文を反芻しておくべきか・・・

「戦争が男たちによって行われてきたというのは、これはどえらく大きな幸運ですなあ。もし女たちが戦争をやってたとしたら、残酷さにかけてはじつに首尾一貫していたでしょうから、この地球の上にいかなる人間も残っていなかったでしょうなあ」(クンデラ『不滅』)

◆Koma Şehîd newal , Vaye îro YPJ




2015年11月27日金曜日

なんて素敵な声なんだ![Che bella voce! ]

声の《きめ》は響きではない――あるいは、響きだけではない――。それが開いてみせる意味形成性は、音楽と他のもの、すなわち、音楽と言語(メッセージでは全然ない)との摩擦そのものによって定義するのが一番いい。歌は語る必要がある。もっと適切にいえば、〈書く〉必要がある。なぜなら、発生としての歌のレベルで生み出されるのは、結局、エクリチュールだからである。(ロラン・バルト『声のきめ』)

レジーヌ・クレスパンのフォーレ「水のほとりで」。

◆Fauré: Au bord de l'eau- Régine Crespin



ーーChe bella voce!

「現われとしてのテクスト」ではなく「発生としてのテクスト」!

テクストの快楽の美学を想像することが可能なら、その中に声を挙げるエクリチュールも加えるべきであろう。この声のエクリチュール(言〔パロール〕とは全然違う)は実践できない。しかし、アルトーが勧め、ソレルスが望んでいるのは多分これなのだ。あたかも実際に存在するかのように、それについて述べてみよう。

古代弁論術には、古典注釈者たちによって忘れられ、抹殺された一部門があった。すなわち、言述の肉体的外化を可能にするような手法の総体であるactio〔行為〕だ。演説者=役者が彼の怒り、同情等を《表現》するのだから、表現の舞台が問題だったのだ。しかし、声を挙げるエクリチュールは表現的ではない。表現はフェノ=テクストに、コミュニケーションの正規のコードに任せてある。こちらはジェノ=テクストに、意味形成性(シニフィアンス)に属している。それは、劇的な強弱、意地悪そうな抑揚、同情のこもった口調によってもたらせるのではなく、声の粒(=声の肌理:引用者)によってもたらされるのである。声の粒とは音色と言語活動のエロティックな混合物であり、従って、それもまた朗詠法と同様、芸術の素材になり得る。自分の肉体を操る技術だ(だから、極東の芝居ではこれが重視される)。言語〔ラング〕の音を考慮に入れれば、声を挙げるエクリチュールは音韻論的ではなく、音声学的である。その目的はメッセージの明晰さ、感動の舞台ではない。それが求めているもの(悦楽を予想して)は衝動的な偶発事である。肌で覆われた言語活動であり、喉の粒、子音の錆、母音の官能等、肉体の奥に発する立体音響のすべてが聞えるテクストである。肉体の分節、舌〔ラング〕の分節であって、意味の分節、言語活動の分節ではない。ある種のメロディー芸術がこの声のエクリチュールの概念を与えてくれるかもしれない。しかし、メロディーが死んでしまったので、今日では、これが最も容易に見出せるのは、多分、映画だろう。実際、映画が非常に近くから言〔パロール〕の音(これが、結局、エクリチュールの《粒》の一般化された定義だ)を捉え、息、声のかすれ、唇の肉、人間の口元の存在のすべてを、それの物質性、官能性のままに聞かせてくれればいい(声やエクリチュールが、動物の鼻面のように、みずみずしく、しなやかで、滑らかで、こまかな粒々で、かすかに震えていればいい)。そうすれば、記号内容をはるか彼方に追放し、いわば、役者の無名の肉体を私の耳に投げ込むことに成功するだろう。あ、こいつ、粒々しているぞ。しゅうしゅういっている。くすぐっている。こすっている。傷つけている。つまり、楽しんでいるのだ。(ロラン・バルト『快楽のテクスト』)

《息、声のかすれ、唇の肉、人間の口元の存在のすべてを、それの物質性、官能性のままに聞かせてくれればいい(声やエクリチュールが、動物の鼻面のように、みずみずしく、しなやかで、滑らかで、こまかな粒々で、かすかに震えていればいい)。》

◆Barbara - Dis, quand reviendras-tu ?


ラカンは後年、眼差しと声を対象aの主要な化身として分離した。しかし彼の初期理論は眼差しが疑いようもなく特権化されている。だが声はある意味ではるかに際立ち根源的である。というのは声は生命の最初の顕現ではないだろうか?自身の声を聴き、人の声を認知する経験、これは鏡像における認知に先行するのではないか?そして母の声は最初の〈他者〉との問題をはらむつながりではないか?臍の尾に取って換わる非物質的な絆であり、最初期の生のステージの運命の多くを形作るものではないか?(ムラデン・ドラー  『Gaze and Voice as Love Objects』私訳)

…………

こんな話がある。戦争の最中、戦闘の最中、塹壕にイタリア兵士の中隊が潜んでいる。そして司令官がいて命令を発する、「突撃!」と。けれど何も起こらない。誰も動かない。司令官は怒ってさらに大声で「突撃!」と叫ぶ。すると今度は反応があった。塹壕から声が立ち昇った、「なんて素敵な声なんだ![Che bella voce!] 」。 (Mladen Dolar,His Master's Voice)

ーーこの短いパラグラフには、爆弾が詰っている(旧套派にとっては、ということだが)。とはいえ攻撃目標はどこにあるというのか。

まずは、「言語は形態 forme であって、実体 substance ではない」、あるいは「言語には差異しかない」とした『一般言語学講義』のソシュールか。

いやソシュールだけではない、彼に引き続く言語学者たち、論理学者たち、あるいはあれら「現代思想」家と呼ばれる連中の著作におおむね代表される《二〇世紀的な「知」の体系》がひょっとして攻撃対象とされてはいないか。

《ソシュール自身にとっての不幸にとどまらず、(……)二〇世紀的な「知」の体系が蒙りもした最大の不幸なのもかしれぬという視点が、しかるべき現実感を帯び始めているのはまぎれもない事実だといわねばならない》(蓮實重彦)。

…………

言語リズムの感覚はごく初期に始まり、母胎の中で母親の言語リズムを会得してから人間は生れてくる。喃語はそれが洗練されてゆく過程である。さらに「もの」としての発語を楽しむ時期がくる。精神分析は最初の自己生産物として糞便を強調するが、「もの」としての言葉はそれに先んじる貴重な生産物である。成人型の記述的言語はこの巣の中からゆるやかに生れてくるが、最初は「もの」としての挨拶や自己防衛の道具であり、意味の共通性はそこから徐々に分化する。もっとも、成人型の伝達中心の言語はそれ自体は詰まらない平凡なものである。言語の「発見論的」heuristicな使用が改めて起こる。これは通常十五歳から十八歳ぐらいに発現する。「妄想を生み出す能力」の発生と同時である。(中井久夫「「詩の基底にあるもの」―――その生理心理的基底」『家族の肖像』1996所収ーー「ラカン派の「象徴界から排除されたものは現実界のなかに回帰する」の意味するところ」)

ーーなぜ言葉がそんなにも大切なのか、ここにはそれが実に簡潔に記されているといってよい。言葉とは、われわれ人間の最初の生産物のひとつであり、そして「もの」としての言葉でもある。ラカンが letter/l'être と呼んだもの、あるいは喃語の変奏であるLalangue.等。

「言語は無意識からのみの形成物ではない」とわたしは断言します。なにせ、lalangue  に導かれてこそ、分析家は、この無意識に他の知の痕跡を読みとることができるのですから。他の知、それは、どこか、フロイトが想像した場所にあります。(ラカン、於Scuala Freudiana 1974.3.30)
我々は強調しなければならない、ラカンがいかに無意識を理解したかを。彼は二つの用語を使っている。記号 symbole 、意味作用の原因としてのシニフィアン、そして、文字 lettre 、純シニフィアン signifiant pur としてのシニフィアンの二種類である。(ロレンツォ・キエーザ,Subjectivity and Otherness、2007ーー「純シニフィアンの物質性」)

…………

《換喩は最初から存在している。そして換喩が隠喩を可能にする。しかし、隠喩は換喩とは異なったレヴェルに属している。》(ラカン)

la métonymie est au départ, c'est entendu, c'est elle qui rend possible la métaphore, mais la métaphore est quelque chose qui est à un autre degré que la métonymie. LACAN,S.3 

あるいは、《換喩がなければ、隠喩などない。》

 Il n'y aurait pas de métaphore s'il n'y avait pas de métonymie. S.5


換喩は「論理的には」隠喩に先行するとラカンは信じていた。すなわち乳幼児は(非分節化的な仕方で)話しはじめる。この最初期に段階では、音素と言葉の換喩的横滑りが伴っているのは明らかだ。それが「もの」としての言葉を楽しむということの意味のひとつだ。

とはいえ、それが「要求」ーー幼児が要求するものを「名付ける」こと--の領野に入れば、たちまち言語のなかに「疎外」される。その要求は母に「誤解釈」される運命は避けらず「欲求不満」が生じる。この段階では「抑圧」とは呼ばないが、これは「遡及的=事後的には」すでに抑圧である。

…………

さて、声の哲学者、ムラデン・ドラーの叙述をもうすこし抜き出してみよう。

手短に言うなら、人はここで、意味と声のアンチノミーを見ることができる。すなわちシニフィアンと対象(欲動の対象としての対象)とのあいだのアンチノミーとしての声である。

ひとつのメカニズムがある。それは意味と理解に向かってやっきになるメカニズムだ。その途上、声はうやむやになる。そしてまさに同じ位置に、別のメカニズムがある。それは意味とは何のかかわりもなく、むしろ享楽にかかわる。

その享楽はふつうは、意味に覆われている。意味に舵取りされている。意味に枠取られている。そして意味から離脱したときにのみ、欲動のかなめの対象として顕われる。人は言うことができる、声は意味の糞便だ、と。

図式的に言えば、どの発声も意味作用の側面がある。それは究極的には「欲望」の側面だ。…他方、対象の廻りを旋回する「欲動」の側面がある。対象、すなわち声対象、全く掴まえどころのない朧ろげな何か。

したがって、どの発声にもミニチュアドラマ、 ミニチュアコンテストがある。縮減されたモデル、精神分析が欲望と欲動のライヴァル的側面として捉えようとするモデルが。

欲望において、我々は花火を見る、ラカンが「無意識は言語のように構造化されている」と呼んだものの花火を。しかし欲動は、フロイトが言うように、沈黙している。声対象の廻りを旋回しているかぎり、欲動は沈黙した声だ。何も話さない声、まったく言語のように構造化されていない声。

声は言語と身体を結ぶ。だがどちらにも属していない。声は、言語学の部分でもなく、身体の部分でもない。声は自身を身体から分離する。身体にフィットしない。声は浮遊する。…… (Mladen Dolar,His Master's Voice)

2015年11月26日木曜日

神の復活(神の死の死)

《思弁的実在論による相関主義批判(カント批判)の是非については千葉さんとの対話に譲るとして、ぼくは最近、霊とか死者とかに関心が出ているので、その点では思弁的実在論界隈の話題に結果として近づいてきている感じもしないではない。》(東浩紀)

ーーというツイートを先ほどみたので、かなり以前訳したものの在庫整理として掲げる(わたくしは最近寝ながら英文PDFをiPadで読み、気になるところをコピーして、これまた寝ながら訳しておく習慣がある。どうも英文のままでは失念してばかりだから)。

ニーチェが「神は死んだ」と言ったとき、彼が言っているのは、物事を説明する原理、中心的で唯一の、全てにかかわる原理はないということだ。さて、もし唯一の全てにかかわる原理はないなら、科学もまたもう一つの解釈にすぎないことを意味する。そして科学は、絶対的真理への排他的権利を持っていないことになる。しかし、もしそれが本当なら、世界についての非科学的な思考方法がーー宗教的方法も含め--、再浮上することになる。

実際に本当だ、現在の支配的な「懐疑論」、啓蒙の世俗的ナラティヴについての「懐疑論」は、いわゆる「ポスト世俗的」転回と表裏一体であることは。ポスト世俗的転回においては、宗教が鍵となる「抵抗の場」として現れている。それは単独的な西洋の近代性として認知されたものにおける「疎外」に対する抵抗の場だ。

宗教は、ここでは〈神〉への「アウラ的」信念を表している。ここでの言葉は、どんな積極的な存在論的目的論の onto‐teleological 地位も与えられていない。すなわち、神はもはや我々の運命を観察する至高の存在ではない。そうではなく、根源的な「開け」にとっての名、変革の希望にとっての名、常に来るべき always‐to‐come「他者性」にとっての名である。

メイヤスーによれば、「神の死の死」の起源に横たわっているものは、カントの「批判」に固有の誤謬である。すなわち、カントは混同したのだと、哲学的独断論の拒絶(ライプニッツ流の)と全ての哲学的(理性的、概念的)な「絶対」への依拠の拒絶を。あたかも「絶対」とその根源的偶然性は互いに相入れないもののように。

カントは「絶対」を考えることを禁じたとき(というのは、ヌーメノン(物自体)は我々の理性による把握を超えているから)、「絶対」自体は、それによって消滅しはしない。ーーそのような人間の知の批判的境界画定は、「絶対」への新しい論証的空間を開く、「これらの言説において、何もその有効性の理性的正当化とは似ていないという唯一の条件の下に」(Meillassoux, After Finitude)。

このようにして、「イデオロギーの満ち足りた批判 victorious critique は、盲目的信念にとっての再生された議論へと変形させらる」(同上 Meillassoux)。すなわち、どの独断論 dogmaticism 批判も、「credo qua absurdum(私はそれを信じる、なぜならそれは馬鹿げているから)」の予期されていない復活に終わる。

しかしながら、メイヤスーが、嫌味たっぷりに、いかにカント的な観念論者の「理性的形而上学」が「非合理的信念主義」にとっての空間を開くかに注目するとき、彼は奇妙にも見過ごしている、同じことが彼自身のポジションにとっても真実であることを。すなわち、相関主義 correlationism への唯物論者の「批判」もまた新しい神性 divinity を開くのではないか? (我々はメイヤスーのほとんどは未発表のテキスト--存在しない潜在的な神 inexistent virtual God をめぐるテキストーーから知るように)。(ZIZEK、LESS THAN NOTHING、2012、私訳)

実は、「テロ集団の構造(パラノイアとヒステリーの馬鍬い)」の後半にあるポール・ヴェルハーゲの「なぜパラノイア的主体を長とするヒステリー的主体の(狂信)集団が目立ってきたのかを、フロイト・ラカン派の観点から説明してくれる論文」にかかわって在庫整理しようと思ったのだが、思い留まった(わたくしは流行りつつある「哲学」を勉強する心持は毛ほどもないし、そもそも一般にいわれる「哲学」自体に関心があるのかといえば疑わしい)。いつまでも利用機会がなさそうなので、ここにナマのまま投稿しておく。

ーーと記したところで、神の死の死とは、ヘーゲル流の「否定の否定」にかかわるんだろうよ、たぶん。以下、「難解版:「〈他者〉の〈他者〉は外-存在する」(ジジェク=ラカン)」よりさわりの部分を掲げておこう。

ラカンの否定の否定は、"性別化の式"の女性の側に位置し、非全体non‐Allの概念にある。例えば、言説でないものは何もない。しかしながら、このnon‐not‐discourse (言説の二重否定)は、すべては言説であるということを意味しない。そうではなく、まさに非全体non‐Allは言説であるということ、外部にあるものは、ポジティヴな何かであるのではなく、対象a、無以上でありながら、何かでなく、一つのものではないmore than nothing but not something, not Oneということだ。別の例を挙げよう。去勢されていない主体はない(性別化の式の女性側では)。しかし、これはすべての主体が去勢されていることを意味しない(非去勢の残余は、もちろん対象aである)。この二重否定において、われわれが触れている現実界とは、カントの無限判断に関連しうる。述語否定の肯定affirmation of a non‐predicateである。"彼は不死である"は、彼が生きていることを単純には意味しない。そうではなく、彼は死んでいないものとして、生きている死として、生きているのである。"彼は不死である"とは、non‐not‐dead(死の二重否定)なのである。同様に、フロイトの無意識とは、不死のようなものである。それは単純に意識しないnot‐consciousことではなく、non‐not‐conscious(意識の二重否定)なのである。そしてこの二重否定において、それはただ存続しないことの否定no not only persistsではなく、強められさえするのだeven redoubled。不死は、死に非ずnot‐dead生に非ず not‐aliveの状態として生き続けるremains。同様に、対象aとは、non‐not‐object(対象の二重否定)ではないだろうか。そしてこの意味で、空虚を具現化する対象ではないだろうか。(ジジェク、LESS THAN NOTHING)



民主制社会という一かけらの精神もない巨獣

《民主主義(デモクラシー)とは、大衆の支配ということです》(柄谷行人

プラトンは、社会という言葉を使っていないだけで、正義の歴史的社会的相対性という現代に広く普及した考えを語っている。今日ほど巨獣が肥った事もないし、その馴らし方に、人びとが手を焼いている事もない。小さな集団から大国家に至るまで、争ってそれぞれの正義を主張して互いに譲る事が出来ない。真理の尺度は依然として巨獣の手にあるからだ。ただ社会という言葉を思い附いたと言って、どうして巨獣を聖化する必要があろうか。

ソクラテスは、巨獣には、どうしても勝てぬ事をよく知っていた。この徹底した認識が彼の死であったとさえ言ってよい。巨獣の欲望に添う意見は善と呼ばれ、添わぬ意見は悪と呼ばれるが、巨獣の欲望そのものの動きは、ソクラテスに言わせれば正不正とは関係のない「必然」の動きに過ぎず、人間はそんなものに負けてもよいし、勝った人間もありはしない。ただ、彼は、物の動きと精神の動きとを混同し、必然を正義と信じ、教育者面をしたり指導者面をしているソフィスト達を許す事が出来なかったのである。巨獣の比喩は、教育の問題が話題となった時、ソクラテスが持出すのだが、ソクラテスは、大衆の教育だとか、民衆の指導だとかいう美名を全く信じていない。巨獣の欲望の必然の運動は難攻不落であり、民衆の集団的な言動は、事の自然な成行きと同じ性質のものである以上、正義を教える程容易な事があろうか。この種の教育者の仕事は、必ず成功する。彼は、その口実を見抜かれる心配はない、彼の意見は民衆の意見だからだ。(小林秀雄「プラトンの「国家」」ーー民主主義はありとあらゆるシステムのうちで最悪である
政治の地獄をつぶさに経験したプラトンは、現代知識人の好む政治への関心を軽蔑はしないだろうが、政治への関心とは言葉への関心とは違うと、繰返し繰返し言うであろう。政治とは巨獣を飼いならす術だ。それ以上のものではあり得ない。理想国は空想に過ぎない。巨獣には一かけらの精神もないという明察だけが、有効な飼い方を教える。この点で一歩でも譲れば、食われて了うであろう、と。(同上)

…………

《国民参加という脅威を克服してはじめて、民主制についてじっくり検討することができる》(ノーム・チョムスキーNoam Chomsky, “Necessary Illusions”)

《現代における究極的な敵に与えられる名称は資本主義や帝国あるいは搾取ではなく、民主主義である》(バディウ

《民主主義とは、国家(共同体)の民族的同質性を目指すものであり、異質なものを排除する》(柄谷行人『終焉をめぐって』)

…………

さて、ジジェクは、NOVEMBER 16, 2015の記事にて、比較的穏やかにーー、一般公衆にもわかりやすいようにーー「民主主義」について問うている。

Slavoj Zizek: In the Wake of Paris Attacks the Left Must Embrace Its Radical Western Roots Zizek responds to his critics on the refugee crisis.

…しかし私はいっそう懐疑的悲観主義者だ。最近、Süddeutsche Zeitung、ドイツの最も読者の多い日刊紙の読者からの難民危機についての問いに答えたとき、とりわけ最も注意を引きつけられた問いは、まさに民主主義にかかわるものだった。しかしそれは右翼のポピュリストのひねりがある。すなわち、アンゲラ・メルケル首相が、名高い公的なアピール、何十万もの難民をドイツに来るように公表したとき、彼女の民主主義的合法性 democratic legitimization はどうなのだろう? というものだ。

なにがメルケルにあんな権威を授けるのだろう、民主主義的協議もなく、ドイツの生活にラディカルな変化をもたらす権威を? ここでの私の焦点は、もちろん、移民排斥ポピュリストを支持することではない。そうではなく、民主主義的合法性の限界を指摘することだ。

同じことが国境のラディカルな開放を提唱する者たちについても言える。彼らは気づいているのか、我々のデモクラシーは国民国家のデモクラシーなのだから、彼らの要求は、デモクラシーの中断 suspension ではないか? 事実上、国民の民主主義的協議のないままに、国の現状 status quo に途轍もない変貌を課すのだから、と(彼らの応答はもちろんこうだろう、すなわち難民も投票権を与えられるべきだ、と。だがこれでははっきりいって十分ではない。この手段は、難民が国の政治システムに統合された後はじめて起こりうるのだから)。

同様の問題はEUの決定の透明性の要求においても生じる。私が怖れることは、多くの国の大衆のマジョリティは、ギリシャの債務削減に反対なのだから、EUの交渉を公開することは、これらの国の代表にギリシャに対していっそうタフな主張をさせることになるのではないかというものだ。

我々はここで古くからある問題に直面している。すなわち、デモクラシーに何が起こるだろう、マジョリティがレイシストとセクシストの法に賛成して投票する傾向にある時に?

私はこう結論することを怖れない。解放政策は、「ア・プリオリには」合法性の形式的-民主主義的な手順に縛りつけられるべきではない、と。そうではない、人びとはあまりにもしばしば彼らが何を欲しているのか知らない。あるいは彼らが知っていることを欲しない。あるいはシンプルに間違った事を欲する。ここにはシンプルな近道はないのだ。

日本は状況が異なるという人がいるかもしれない。いや日本はかねてよりひどく「民主主義」国であり(参照:異質なものを排除するムラ社会の土人)、メルケルのように「タテマエ」を言い続ける指導者さえもいない。

柄谷行人)人権なんて言っている連中は偽善に決まっている。ただ、その偽善を徹底すればそれなりの効果をもつわけで、すなわちそれは理念が統整的に働いているということになるでしょう。

浅田彰)善をめざすことをやめた情けない姿をみんなで共有しあって安心する。日本にはそういう露悪趣味的な共同体のつくり方が伝統的にあり、たぶんそれはマス・メディアによって煽られ強力に再構築されていると思います。(「もっとも優美な露悪家」)

もちろんジジェクにもドイツの「タテマエ」を批判する言葉がある。以下は要約だが次の通り。

ドイツでは、難民の流入をプラスと考えようという論調が盛んだ。足りない労働力を補ってくれる。人口も増える。だからそれを歓迎しようという話だ。しかし、ドイツの産業界は、難民を最低賃金の規定から除外しようと画策している。新しい奴隷制度が形成されつつあるというジジェク氏の理屈は、ここにも当てはまる……(グローバリズムとは現代の「奴隷制度」である! 、川口マーン惠美「シュトゥットガルト通信」

だがそれにもかかわらず日本ではことさら「タテマエ」が必要だということだ(参照:資料:憲法の本音と建て前)。そしてジジェクが何度も強調しているように、全く民主主義的ではない「メルケル」が必要なのだ。そうでなければ「世界の孤児」への下り坂をまっしぐらに進むに違いない(参照:世界共和国における世界の警察官と世界の孤児)。

メルケル首相はかつてない圧力にさらされている。だが、今回の危機に臨んで同首相は、指導者としての新たなスタイルを示すようになった。同首相はこれまで、世論をリードするのではなく世論に従っているだけだと非難されてきた。今や、彼女は良心の声を上げている。「緊急事態において(難民に)優しくしたことを謝罪し始めなければならないとしたら、そんな国は私の国ではない」と訴えた。(メルケル首相の歴史的決断に国内世論が変化、The Economist 2015年10月16日


とはいえ、もし現在の日本の特殊事情があるなら、2011年春以降、「エリートが信用できなくなった」ーー世界的にも似たようではあるとはいえ、日本ではことさらそうであるーーということだろう。

いわゆる「民主主義の危機」が訪れるのは、民衆が自身の力を信じなくなったときではない。逆に、民衆に代わって知識を蓄え、指針を示してくれると想定されたエリートを信用しなくなったときだ。それはつまり、民衆が「(真の)王座は空である」と知ることにともなう不安を抱くときである。今決断は本当に民衆にある。(ジジェク『ポストモダンの共産主義』)

…………

※参考

・「見ずして信ずるものは幸いなり」。ジョージもエルナもエレーナも知らない、とってもお寒いやつら。いつかアイコク・ボウエイタイになるアホウども。大韓民国全羅南道高興郡金山面出身のキムイル(김일)氏のことも、かれのつらさも、パチキのすごさも知らない、あまったれのクソッタレ・ニッポンジンども。どこでだれにどういう教育をうけたのかね。おまえたちの、ほぼ官製・完全順法管理無害ハナクソデモ。ジンコウモタカズヘモヒラズのテレビ撮影用のパレード。中平卓馬も安田南も堀内義彦も天国であきれてるぞ。「ふざけるな、ぶんなぐってやる!」。あはは、中平さんはネコパンチだけどもね。オマワリとあらかじめウチアワセしたり、いちゃついたり。おまえら、まったく気色わるいぜ。反吐がでるぜ。まだましなのは、なにもおこなわない(しない、やらない、やらされない、やろうともしない、誘導もされない、すこしの移動もしない、そのようにそそのかされもしない、説得をうけつけない、とくだんの意思もなく、ただそこにあるだけ)で、にもかかわらず、ときに、なにかしずかにきわだっているようにもみえる、ひとつのものだ。それは、存在を、影ごとみずからの内側に、イソギンチャクのようにくぐもらせてゆく(みずからがみずからの内側に埋まってゆく)……それ以外ではまったくありえようもない、ひとつのなにかだ。じぶんをじょじょに内側にたぐりこみ、引きこんでいって、ついに消えてゆくじぶんだ。きのうはエベレストにのぼった。けふはダフネにいったけれど、エベレストにはのぼらなかった。さらばじゃ、クソッタレ!(辺見庸「日録」 2015/09/30

猫飛ニャン助 ‏@suga94491396

・国会前のSEALs等を「民主主義」として寿いでいた或るなんリベ小説家(島田雅彦の周辺)が、大阪W選の結果を「わからない」、大阪は事実上「愚民」と慨嘆していたが、それはちょっと前の国会前の「過激派」を(愚民として)排除していた心性と変わらず、自身が愚民とさらけだしているだけである。

・特に名は秘すが著名な保守派の方と電話で短い会話。パリのテロについて端的に「悪いのは民主主義と資本主義」と仰るのには、「全く同感です」と。この程度の当たり前のことを左右の誰も公然と言わぬことに、訝しい思いある。……(スガ秀実ツイート)




2015年11月25日水曜日

シリアの川のほとり

◆JS Bach - An Wasserflüssen Babylon, BWV 267




よく知られているように(?)、「バビロンの川のほとりにて An Wasserflüssen Babylon」の川とは現在のイラクかシリアに流れる川のことである。そもそもメソポタミアとは「二つの川の間」という意味であり、現在のシリアやイラクの地方である。

いくらか調べてみたかぎりでは、ユーフラテス川の大きな支流の一つであるカブール Khabur 川(ハブール川Habor)が「バビロンの川」にあたるらしいが、はっきりしたことは不明。灌漑用運河であるという見解もある。

バビロン川とありますが、これはおそらくケバル川のことでしょう。イラクのバグダッド市から160㌖、バビロン市からは70㌖ほど南にくだったところにあります。ここはかつて、アッシリヤ人の要塞があったニップル市のそばを流れる、農業のための灌漑用運河だそうです。ユーフラテス川から引いていました。新バビロニヤ勃興の戦いで荒廃し、減少した人口を補うために連れて来られたユダヤ人の、移住先になったと考えられています。移住先は一カ所だけではありませんでしたが、多数のユダヤ人が配置された二カ所のうちの一カ所が、そこであったろうというわけです。もう一カ所は熟練した職人たちのもので、バビロン市の建設事業のためでした。バビロン川のほとりということで、すぐに思い浮かべるのは、ケバル川です。広大な乾燥地帯に造られた人口運河で、大きく直線的なものですが、今は、周囲にさまざまな建造物が並んでおり、中には非常に古いバビロンの名称を持つものも見られるようです。そんな古い建造物も、もしかしたら彼らが造ったものではないかと想像してしまいます。もっとも、そんな古いものは、残存していたとしても、崩れ落ちた廃墟、遺跡でしかないとは思いますが。行って現場を見て来たような言い方をしていますが、見たのはグーグル・アースです。十分とは言えなくても、そこに立っているかのような気分になりました。

 このケバル川に配置されたユダヤ人は、もちろん種々雑多な仕事についていたのでしょうが、基本的には開拓農業だったようです。メソポタミア文明は、基本的には農業文化です。そしてそれは、最新の文明でした。もっとも、ニップル市の歴史は古く、紀元前6千年紀ころに居住が始まり、シュメール時代には、最高神エンリルを都市神とした宗教的中心地になっていたそうですから、灌漑用水路建設にも力がいれられたと思われます。が、歴史が長く、中心都市だったということは、幾多の戦火にさらされて来たことを意味します。BC1739年に発生した、大規模な反乱によって壊滅的被害を受け、ニップル市は残ったものの、都市機能は失われてしまったそうです。そんなところで苦労しているユダヤ人が、ヤーヴェ礼拝で竪琴を奏でることを大切にしている。彼らの信仰が窺われるではありませんか。(聖書に聞く

だがwikiには《ケバル川はハブール川ともされてきたが、バビロニアのニップル市付近の灌漑用運河でありハブール川とは別と考えられている》とされている。





いずれにしろ「バビロンの川」とは、かつてのバビロン帝国内にあるチグリス川、ユーフラテス川であるか、その支流(あるいは上にみたように灌漑用運河)のどれかであるには違いない。




「バビロン川のほとり、そこで、私たちはすわり、シオンを思い出して泣いた。その柳の木に私たちは竪琴を掛けた。それは、私たちを捕らえ移した者たちが、そこで、私たちに歌を求め、私たちを苦しめた者たちが、興を求めて、『シオンの歌を一つ歌え』と言ったからだ。私たちがどうして、異国の地にあって主の歌を歌えようか。エルサレムよ。もしも、私がおまえを忘れたら、私の右手がその巧みさを忘れるように。」(詩篇137:1-5







ーー「イスラム国」の連中はどうやらバビロンの川のほとりがお好きなようである。

シリアは、「イスラム国」に起因する不幸のせいで、今は15世紀前後成り上がった野蛮国やその末裔国に空爆されているが、もちろんイラクとともに古代最古のメソボタミア文明発祥の地である。

四大文明はすべて同時に発生したわけではありません。まず、紀元前3500年ごろ、チグリス・ユーフラテス川流域でメソポタミア文明が生まれ、それにやや遅れてナイル川流域にエジプト文明が誕生しました。インダス文明の成立はずっと遅れ、前2500年ごろ、黄河文明はさらに千年を経過した前1500年ごろだとみられています。(文明の曙 ーメソポタミア・エジプトー

シリアとは由緒正しさがまったく異なるどこかの極東の島国の人々も次のようにシリアを流れる川に憧憬にまみれるように歌っていらっしゃる。

◆バビロンの流れのほとりにて(パレストリーナ) ブルク・バッハ室内合唱団




近代ヨーロッパにおけるアラビア文化の過小評価には、しばしば不当な点がある。たしかに七世紀中葉におけるアレクサンドリアの陥落は古代医学の終焉を告げるものであった。医学の知識の集積所、医師の再生産の中心が失われた重大な事件である。しかし、多くのシリア人、ギリシア人の医師たちは回教世界に迎えられ、まず文化翻訳者となり、引き続き彼らの医学を発展させた。実際八世紀にはじまる彼らの最盛期には、バグダッドをはじめとする主要な都市において完備した精神病院があり、休息、音楽、水浴、体操など、古代世界の精神医療の伝統を継承し、それを発展させた治療が行なわれていた。われわれはその実状を知る位置にはないが、この精神病院はその文化に対応して、オアシスをモデルとして精神的オアシスを指向したのではないかとも読みとれる。ヨーロッパ世界はアラビアの精神病院をモデルとして、まずスペインに同様の施設を建設するが、オアシス的休息の意味は、勤勉を価値とするヨーロッパ文化に継承されなかった。(中井久夫「西欧精神医学背景史」『分裂病と人類』所収)


(誇り高き最古の文明の末裔シリア難民)


……中世後期の制度、機構、施設でイスラム世界に倣ったものが少なくない。特に大学とルネサンス型宮廷である。イスラム世界の宮廷でカリフがまわりに賢者・学者〔マギ〕を集めたように、ルネサンス期の皇帝、王、大公、僧籍を持つ支配者は占星術師、人文家〔ヒューマニスト〕、芸術家、司書、道化、魔術師、法学者、顧問僧を集めた。これらは全体として一風変わったルースな組織であった。この政府の政策立案の基礎が事実にもとづいたものであることは少なかった。

事実を精査しないで、「シンタグマティズム」とでもいうべき原理が拠る傾向が存在した。これは部分から全体を演繹するという思考法、行動方式である。その部分なるものはしばしばかすかな徴候であり、僅少な可能性である。シンタグマティストの精神はそのようなものから一つの全体を紡ぎ出し、この全体が何かの部分であるとされて、さらに別の全体を紡ぎ出す。この過程は非常に思弁的であり、時にはほとんど幻想的であり、場合によってはパラノイア的とさえいいうる。ここで働いている原理は直観であり、アナロジーであり、照応である。シンタグマティズムの源泉としてはアリストテレスに倣ったトーマス・アクィナスの哲学、新プラトン主義があるが、占星術、錬金術などもある。(中井久夫「アジアの一精神科医からみたヨーロッパの魔女狩り」初出 英文1979 『徴候・外傷・記憶』所収)


Stone head of priest-king Gudea of Lagash (southern Mesopotamia)

……ジジェク氏によれば、我々が本当に多くの内戦国家を助け、難民が出ないようにす るには、やるべきことは簡単だ。つまり、それらの国々で儲けている西側資本が手を引け ば良いだけだという。

「(アラブやアフリカにおける)国家権力の崩壊は、現地の現象ではなく、西側が利益を得 ている結果なのだ。崩壊した国の増加は、偶然の不幸ではなく、明らかに、強国が経済的 植民地に行使するメカニズムによるものである。中でもリビアとイラクの場合は、西側の干渉がとりわけ直接的に行われた」

また、ジジェク氏によれば、アラブの国家崩壊の原因は、第一次世界大戦後に、イギリスと フランスが引いた人工的な国境、そして、それによってできた人工的な国家に遡るものだ。 IS の出現は、かつて植民地の支配者がシリアとイラクに分けてしまったスンニ派が、ようや く一つになったとも解釈できるという。(川口マーン惠美「シュトゥットガルト通信」ーーグローバリズムとは現代の「奴隷制度」である! )

(シリア難民)

ーーそもそも彼らは風貌は、悪臭紛々たるどこかの卑しい成り上がりものたちとは異なり、誇り高き古代文明、その高貴さの名残りを、この現代の金まみれの我々の眼前に髣髴とさせてくれる。

我々がまさに分かっていること、それは難民の複合経済が何億万ドルもの利益を生み出していることだ。誰が資金調達してのか? 組織しているのは誰だ? ヨーロッパの諜報機関はどこだ? 彼らはこの暗黒の冥府を探っているのか? 難民が絶望的状況にあるという事態は、微塵足りとも次の事態を考慮から除かない、すなわち難民のヨーロッパへの流入が巧妙に計画されたプロジェクトだという事態を。(ジジェク NOVEMBER 16, 2015 Slavoj Zizek: In the Wake of Paris Attacks the Left Must Embrace Its Radical Western Roots

◆Syria Tradition Music




さて、ここでいささか際物の評判がないでもない「行政調査新聞」から引用してみよう。

ーー際物がきらいな人は、まずは「中東問題がどうしてこうなったか歴史的経緯がよく分かるまとめ」がよいのではないか。池内恵と山形浩生の対談「イスラム国躍進の構造と力『公研』2014年10月号」もある。

イスラム国はいったいどのような歴史から生まれ、育ってきたのか。彼らを支えてきたのは何者なのか。

イラク戦争でスンニ派のフセイン政権が倒され、シーア派が実権を握ろうとしたころ、彼らはスンニ派過激組織として活動を開始していた。

その後彼らは、イラクとシリアのイスラム国 (ISIS) 、 イラクとレバントのイスラム国(ISIL)などと名乗っていたが、その深奥にあるのは「サイクス・ピコ協定によって欧州が勝手に作った体制を打倒する」という思いだったはずだ。

サイクス・ピコ協定とは、第一次大戦中に英仏露が交わしたオスマントルコ分割案のこと。第二次大戦後に日本を縛っているYP(ヤルタ・ポツダム)体制のようなものと考えればいいのかもしれない。とにかく彼らは英仏露が勝手に決めたサイクス・ピコ協定を引っくり返すために結集した。 「イラクとレバントの国ISIL」とレバントを名乗っているところにもその主張が見えている。ちなみにレバントとはシリア、レバノン、ヨルダン、パレスチナといった中東の地域を指す。

そんな彼らが強大な武力を手にし始めたのは、2006 年にイラク政府がシーア派統一会派として成立したころである。2004 年ころには「イラクの聖戦士アルカイダ」と名乗っていた組織が分裂、解体、連合の後に2006 年には「ムジャヒディーン(聖戦士)諮問評議会」と名乗り、スンニ派をまとめ始めた。これがイスラム国の初期(ISIS またはISIL)の姿だ。

彼らは当初、米国の民間軍事会社ブラックウォーターから武器を購入していた。その事実からも、アルカイダ同様に米CIA と密接な関係を持っていたと考えられる。中東地域の戦乱を拡大したい旧ネオコンが背後にいるのではないかとの噂もあったが、ネオコンが関与したという具体的な証拠はない。

元米国家安全保障局、元米CIA のE・スノーデンは「イスラム国の指導者であるバグダディは、モサドとCIA とMI6 が育てたエージェントである」と分析する。スノーデンは証拠を提示していないが、その可能性は高い。 (…)

さらにスノーデンは、 「モサド (イスラエル)は、ISIS とイランを戦わせ、スンニとシーアの両方を消耗させて弱体化するためにISIS を作った」とも語っている。

スノーデンのこの言葉を裏付けるかのように、イスラエルのネタニヤフ首相はこう言っている。 「イスラエルや米国は、ISISとイランとの戦いを傍観し、両者が弱体化するのを待つべきだ」

この他にも、イスラム国が確保していた石油利権をクルド人に奪わせるために米軍が空爆するなど、イスラム国の背後に米英イスラエルが関与している雰囲気は十分にある。ユダヤ陰謀論者が喜びそうな材料には事欠かないといった雰囲気なのだ。 (行政調査新聞 2014 年 9 月)

いずれにせよーー際物にせよそれなりの専門家にせよーーサイクス・ピコ協定が諸悪の根源だというのはほぼ主流の見解なようだ。

さて、エドワード・スノーデンが実際に「イスラム国の指導者であるバグダディは、モサドとCIA とMI6 が育てたエージェントである」と言ったのかどうかは、いくらか探ってみたかぎりでは、わたくしには曖昧なままである。

ただジョン・マケインーー2008年の大統領候補であり、かつてベトナム戦争で捕虜になり、3日間の拷問を受けたことでも知られるーーはバグダディとどうやら「お知り合い」(偽造画像でなければ)らしいという情報だけはネット上にかねてより流通している。




2013年の時点で、ジジェクが「エドワード・スノーデンはヒーローだ」と言ったことも知られている(THE GUARDIAN)。かつスノーデンは現在ロシアに亡命に近い生活をしているらしいことも知られている。

IS(イスラム国)の最高指導者バグダディ氏の正体が、イスラエル諜報機関のサイモン・エリオット氏であるという説は、日本のメディアではなるべく触れないことにしているようだ。専門家やジャーナリスト評論家などへの質問としても、まず、出てこない。その理由は「それを言っちゃあ、みもふたもない」からか? または、この説に反対意見の人も受け入れる意見の人も、どららも、なんの証拠も確信も持ててないからか。(加藤健二郎「なぜ、イスラム国の指導者がイスラエルの工作員であることに触れられないのか?」

※ 追記
1:Inside jobs and Israeli stooges: why is the Muslim world in thrall to conspiracy theories?
2:Hillary Clinton: “We Created Al Qaeda”.

イスラエルびとたちも上にみたように、《新バビロニヤ勃興の戦いで荒廃し、減少した人口を補うために連れて来られたユダヤ人の、移住先になった》シリアの川のほとりが、エルサレムと同様(あるいはひょっとしてそれ以上に)憧憬の土地なのであろうか。

ただしチグリス川・ユーフラテス川の水量は、あれらの成り上がりものたちの世界資本主義ナンタラに起因する地球温暖化・環境破壊のために、水量の減少(そして塩害)が目立ってきているという不運がある。



…………


というわけで(?)、再度、「バビロンの川のほとりにて」、すなわち「シリアの川のほとりにて」である。

◆Bach - An Wasserflüssen Babylon, BWV 653b, Organ





2015年11月24日火曜日

バッハの最も美しい断章(BWV878 フーガ)

◆Glenn Gould - Fugue in E Major from The Well Tempered Clavier Book 2 - BWV 878






※参照:バッハ平均律2巻第9番フーガの構造分析(グレン・グールド)

第29小節目の嬰トからホに至る6度音程の箇所をわたくしは最も好むのだがーー極論をいえば、バッハの数多くの曲のなかの至高の箇所とくらいに感じている(とすれば言い過ぎであり、この29小節以降から最後までがわたくしにとって最も美しい断章だ)ーー、誰もいまだグールドのようにーーあるいはわたくしが弾くように、でもあるぜ?--弾いてくれない(とくに6度音程の最後のホの音をいかに弾くかでわたくしの好き嫌いはわかれる)。

アンジェラ・ヒューイットは、これまでそれほど好んでいなかったのだが(シツレイながら印象がわるいオバチャンだぜ)、この演奏は気に入ってしまった。やはり人は貌容で判断してはならぬ・・・


◆Bach WTK II Prelude and Fugue No 9 in E major BWV 878 Fugue - Hewitt



…………

冒頭のヴィデオは三十歳前後、レーザーディスクが流行りだしたころ、あの演奏がはいった何枚組みのLDを聴きたいがために、LD再生機を購入したことを思い出す。


さて本日はじめて聴くあとふたつのBWV878を貼り付けておく。わたくしはこれらの演奏をグールドの演奏と頭のなかで重ねて、気に入らないところは是正しながらまずは聴いているのだろう。それから離れて裸で聴くと気に入らないところがいくらか出てこないでもない。


ロザリン・テューレックは、ほとんど専門のバッハ弾きだけあって、とても魅力的な演奏だ。

◆BWV878 WTC 2-09 Prelude & Fugue in E Tureck 1953 mono




◆J.S.Bach: Fugue No.9 BWV 878 from Well-Tempered Clavier Book 2 [Emerson String Quartet]



このエマーソン弦楽四重奏団は、一度目に聴いたときは瞠目したのだが、何度も聴いていると、アラ探しをしてしまうのだが、何が気に入らないというのか?、ーーまずは「間」なのだ。

ただし他のフーガの演奏のなかには新鮮な演奏がーーまだ?--たくさんある(21曲プレイリスト)。

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毎日半時間から一時間ほどバッハを弾く習慣があるのだが、最も何度もくり返して弾くのは、このBWV878のフーガと三声のハ長調のインベンションだろう(音階練習のかわりとしても)。

◆Glenn Gould Bach Sinfonia No. 1 BWV787



ああなんと悦ばしいフーガだろう!

グールドの「シューベルト」と同じくらいに。







2015年11月23日月曜日

テロ集団の構造(パラノイアとヒステリーの馬鍬い)

「パリ同時多発テロ」と「オウム真理教」」から引き続く。

そこでは、《今回のパリテロは、「シャルリー・エブド事件」以上に、フランスとその周辺国を含めて存在する「オウム真理教」の仕業とみるのが妥当ではないか》としたが、いずれにせよ、イスラム原理主義者の過激派集団とは、オウム真理教のそれと同じように、パラノイア的(妄想的)主体を長とするヒステリー的主体の集団であろう(後述)。

このような集団は、以前から存在したのだろうが、わたくしはそれにはまったく詳しくない。とはいえ、そもそも宗教団体がこの構造をもっているとしてもよい。すなわちパラノイア的長(あるいは理念)とそれに同一化するヒステリーの主体たちの集合体であり、フロイト用語なら集団神経症集団である(参照:「〈ソリダリテ〉(連帯)」の悲しい運命)。

だがある時期からーー「父の死」が顕著になった時代からーーいっそう目立つようになってきているはずだ、いわゆる「小さな〈大他者〉」に同一化した集団の乱立が。

…………

20世紀には「三つの父の死」があった。それは次ぎのように整理される(参照:三つの「父の死」)。

①第一の父の死ーー第一次大戦(西欧文化の父への哀悼)
②第二の父の死--1968年5月(父への哀悼を追い打つ父の権威の死)
③第三の父の死--1989年ベルリンの壁崩壊(マルクスあるいは理念の死)

そして1989年以後、これらの「象徴界の父」の最終的な死によって、「現実界の父」(享楽の父)が回帰している。

「享楽の父」とは、ラカン派の文脈では、欲望が隠喩化(象徴化)される前の「父」の欲望の体現者であり、そこにあるのは、猥雑な、獰猛な、限度を弁えない、言語とは異質の、そしてNom-du-Père(父の名)を与り知らない超自我である。これはラカンが超自我を「猥褻かつ苛酷な形象」[ la figure obscène et féroce ] (Lacan ,1955)と形容したことに基づく。

いささか図式的なきらいはあるにせよ、21世紀とは次のような時代と整理できるのは明らかであろう。

・ムハンマドは回帰した、テロリストとして。
・モーセ(世界宗教)も回帰した、世界資本主義として。
・キリストももちろん回帰している、レイシズムとナショナリズムとして。

これらは結局、「父の象徴的機能」なしの「資本主義」ーー資本の論理、資本の欲動ーーの席捲の問題に収斂される。

ラカンは早くも六0年代に、今後数十年の間に新たな人種主義が勃興し、民族間の緊張と民族の独自性の攻撃的主張が激化するだろうと予言した。…最近のナショナリズムの激発は、おそらくラカン自身もここまで予想外しなかったであろうと思われるほど、予感が的中したことを…証明している。…この突然の衝撃は、一体どこからその力を引き出しているのだろうか。ラカンはその力を、われらが資本主義文明の基盤そのものを構成している普遍性の追求の裏返しとして位置づけている。マルクス自身、すべての特殊な・「実体的な」・民族的な・遺伝的な結束の崩壊こそ、資本主義の決定的な特徴であるとしている。(ジジェク『斜めから見る』1991 ーー「人間の顔をした世界資本主義者たち」)

こういった洞察を受けて、ラカン系譜の思想家、ジジェクだけでなくたとえばバディウなどが「主人のシニフィアン」(≒父の名)を新しく確立することの重要性を説き続けているわけだ(参照:「神の二度めの死」=「マルクスの死」)。

肝腎なのは「権威としての父」ではなく「父の機能」である(参照:フロイトとラカンの「父の機能」(PAUL VERHAEGHE))。

仏ラカン派女流分析家の第一人者 コレット・ソレールは、今世紀に入る前後、われわれの世紀を次ぎのように定義した、すなわちわれわれは「父」をその役割に教育しなおしたい世紀だと。このあたりのことを、リベラル左翼の学者たち、あるいはフェミニストたちの多くはいまだほどんど分かっていないのではないかと、ときに疑いたくなるときがある。多文化の共存を顕揚するあまり、かつてのヨーロッパ的な普遍性ーー今では虫の息ではあるとはいえーーが「ヨーロッパ中心主義」として敬遠されてしまう(参照:彌縫策とユートピア)。

中井久夫の用語「母性のオルギア(距離のない狂宴)と父性のレリギオ(つつしみ)」を使うなら、21世紀は「母性のオルギア(距離のない狂宴)」の時代になってしまっているというのに。それは主に資本の欲動の渦巻く世界と言いうる。

・歴代の経団連会長は、一応、資本の利害を国益っていうオブラートに包んで表現してきた。ところが米倉は資本の利害を剥き出しで突きつけてくる……

・野田と米倉を並べて見ただけで、民主主義という仮面がいかに薄っぺらいもので、資本主義という素顔がいかにえげつないものかが透けて見えてくる。(浅田彰 『憂国呆談』2012.8より)

すなわち、父の機能というオブラートなしの「えげつない」資本の論理の世界である。難民・移民問題とは世界資本主義の時代における新しい奴隷制度とさえ捉え得る(参照:「グローバリズムとは現代の「奴隷制度」である!」)。

「母性のオルギア(距離のない狂宴)/父性のレリギオ(つつしみ)」をめぐる話に戻れば、ラカン派の観点からは次ぎのように言える。

重要なことは、権力 power と権威 authority の相違を理解するように努めることである。ラカン派の観点からは、権力はつねに二者関係にかかわる。その意味は、私か他の者か、ということである(Lacan, 1936)。この建て前としては平等な関係は、苦汁にみちた競争に陥ってしまう。すなわち二人のうちの一人が、他の者に勝たなければいけない。他方、権威はつねに三角関係にかかわる。それは、第三者の介入を通しての私と他者との関係を意味する。

明らかなことは、第三者がうまくいかない何かがあり、われわれは純粋な権力のなすがままになっていることだ。(社会的絆と権威(Paul Verhaeghe)

ーーここでの「権威」とは、構成的な権威(権威主義的な父)ではなく、統整的な権威(父の機能)として読まなければならない。

バディウが「11月13日金曜日のパリテロ」の後、普遍主義といっているのもその意味、「父の機能」の再発明ということである。

絶望した若者を幻惑する、イスラム原理主義とは本来無関係な戦闘行為のヒロイズムに抗して、新たなる普遍主義を構築すべきだ。(バディウ

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ところで、なぜパラノイア的主体を長とするヒステリー的主体の(狂信)集団が目立ってきたのかを、フロイト・ラカン派の観点から説明してくれる論文がある。それはベルギーの臨床家でもあるポール・ヴェルハーゲによるもので、オウム真理教事件後の1997年に書かれている(とはいえ彼が日本のオウム真理教のことを念頭に浮べて記したのかどうかは窺い知れない)。

以下、THE TACTICS OF THE MASTER: PARANOIA VERSUS HYSTERIA.,Paul Verhaeghe,1997(PDF)より私訳を掲げるが、ヒステリー概念の基本については、「シェイクスピア、ロラン・バルト、デモ(ヒステリーの言説)」を見よ。

たとえば、そこからいくらか抜き出せば、次のような記述がある。

ヒステリーという概念は1980 年にのDSM-III( 『精神疾患の分類と診断の手引き』 第 III 巻) なるアメリカ精神医学会の診断マニュアルーー中井久夫曰くは「黒船」ーーにて消滅し、その上位区分「神経症」(強迫神経症とともに) カテゴリーが解体されてしまった。
ふつうのヒステリーは症状はない。ヒステリーとは話す主体の本質的な性質である。ヒステリーの言説とは、特別な会話関係というよりは、会話の最も初歩的なモードである。思い切って言ってしまえば、話す主体はヒステリカルそのものだ。(GÉRARD WAJEMAN 「The hysteric's discourse 」私訳)

すなわち、主流の精神医療の分野における「ヒステリー概念」は、現在、解体されてしまったにもかかわらず、我々のほとんどはヒステリー的な側面がある(すくなくともラカン派の観点では)。その前提で以下の文を読もう。

さて、「主人の戦術:パラノイア対ヒステリー」(ポール・ヴェルハーゲ、1997)からの抜粋訳である。


【信仰者 believer としてのヒステリー的主体】

フロイト以来、我々は知るようになっただろう、どのヒステリーの主体も持っている中心的問題は「分裂 Spaltung 」だということを。それは、彼(女)は分割されているということだ、意識と無意識とのあいだ、エゴとイドとのあいだ、真の私と偽の私とのあいだ、等々に。この分割は、ある特定の点にて、何度もくり返し現れる。その点に至ったら、主体は呼び起こされるのだ、自らの存在 being への問いに応えるようにと。

これらのポイントはフロイトによって、いわゆる発達段階において、見出された。すなわち子供はある問いに直面する、三つの重なった問いに。①性の相違、とくに女性の性的アイデンティティ、②父の役割、とくに主体の起源にかんしての父の役割、③三番目に、両親のあいだの性関係。

フロイトの説明は、ラカンによって、構造的な仕方で捉えなおされた。すなわち主体は、象徴秩序のなかの欠如のせいで、常に分割されている、と。そして分割された主体は、ある特定の点にて、何度もくり返し現れる。それは、女性のアイデンティティ・権威・性関係であり、ラカンの公式によって、S(Ⱥ)と要約された。そして、三つの挑発的言明を誘い出した、①〈女〉は存在しない、②大他者の大他者は存在しない、③性関係は存在しない、と。

これは構造的な問題である。というのは、これらの三つは現実界には存在するが、象徴界において妥当な答を見出せない。したがって、避けがたく、想像界においての解決法を探ることに陥る。ヒステリー的主体にとっての古典的解決法は、既にフロイトによって見出されたように、エディプス・コンプレックスである。エディプス的解決法は、大他者を設置することにより成り立っている。この大他者は、女性のアイデンティティを保証し、ゆえに性関係の可能性を保証してくれる。

ヒステリー的主体のくり返される問題は、保証してくれる大他者が決して十分にそうし得ないことだ。すなわち、エディプス的連鎖が父とともに始まる。しかしどの父もうまくいかないという事実が判明するのは長い時はいらない。この点にて、大他者たちの絶え間ない連鎖が始められる。ふつうはエディプスの連鎖は、宗教やイデオロギーへと続いていく。そこで、ヒステリー的主体は、保証として機能する分割されていない大他者を探しもとめる。このように、構造的観点からみれば、ヒステリー的主体は、信仰者 believer である。彼(女)は、疑念を振り払うために信じうる大他者が必要なのだ。


【ヒステリー的主体の逆説】

何とも逆説的なことだが、この信仰は、よりいっそう目立つ特徴の背後に隠される。すなわち、ヒステリー的主体は、権威を問うたり傷つけたりする強い傾向があるのだ。その権威とは、別の権威のことである。本質的な狂信者として、ヒステリー的主体は、唯一真のものと考えられた彼女自身の名のもとに、常に他の宗教あるいはイデオロギーと闘う。この闘争は、類似した、ゆえに競合的な信念のあいだに起こるなら、いっそう暴力的になる。(…)

この意味で、ヒステリー者は革命的というより権威の本質的なサポーターである。ときにいわゆる「代替の」権威に対して革命的であろうとも。この関係は、ラカンの言説理論にて構造的な方法で理解しうる。そこでは、主人の言説とヒステリーの言説は完全なバランスもっている。臨床的な観点からは、ヒステリーの主要な問題は、権威を具現化した人びとが決して十分にその権威に見合っていないことだ。そのため、典型的なヒステリー的不満と絶え間なく移行する欲望をともなう。


【不信仰者(Unglauben)としてのパラノイア的主体】

これが我々にもたらしてくれるのは二番目の主体であり、ヒステリー者とは根源的に異なった主体だ。構造的観点からは、パラノイア的主体は分割されておらず何の欠如も示さない。すなわち、彼は「知っている」。その精神病的構造のせいで、彼は決してエディプスの応答を受け入れない。これが、フロイトがパラノイアを本質的な不信仰者(“Unglauben”)と叙述した理由である。

パラノイア的主体のエディプスの拒絶、ラカンの用語なら父の名の排除は、精神発展のある一定の段階で、自分自身の答を生み出すように彼を余儀なくさせる。これらの答は、ヒステリー的主体と同様な問いにかかわる。すなわち女性の性的アイデンティティ、父支えとしての父の役割、性関係である。しかしそれら全く異なった仕方ないで扱われる。


【パラノイア的無垢 innocence paranoiaque】

基本的に、ヒステリー的主体は常に疑いをもっており、自ら行なった選択について決して確信していない。逆に、パラノイア的主体は確信する。そしてこの知をシステムへ変形させる。根源的な三つの問いへの応答において、アクセントは欲望から享楽へと移行する。心理学的観点からは、これは妄想を引き起こす。そしてこの妄想の典型的なスタイルは、誇大妄想、疑念の欠如、自己反省の欠如、過度の確信性である。

彼はなんの欠如もない主人なのだ。基本的欠陥や欠如は、常に、そして覆すようすもなく、他者のせいにされる。他方、パラノイア者は具現化された無垢である。彼は無垢であるだけでなく、彼を非難し悩ます他者の悪意を確信している。コレット・ソレールはこれを「パラノイア的無垢 innocence paranoiaque」と名付けた。


【シュレーバー事例】

このように、過剰に確信するパラノイア的主人は、永遠に疑いつづけるヒステリー的主体とは全く異なっている。彼は自ら確信している唯一の者である限り、すべてを知る者としての彼の地位はいくらか不安定である。フロイトはシュレーバーについての研究においてはっきりとこれを観察した。フロイトは自問した、彼(フロイト)自身とシュレーバーとのあいだにある相違は何だろう、と。とくに何人かの科学者がフロイトの妄想理論を非難したという事実の観点から。

この問いへのフロイトの答は次のようなものだ。すなわち、シュレーバー理論は一人の人物によってのみ信じられている。他方、私の理論は少なくともある集団の人びとによって信じられている。彼らは実践によってその理論を試してみようと準備している。したがってパラノイア的主体の典型的な問題は、彼が、彼の知を確信している唯一の者であることだ。主人としての彼の地位は、むしろ不安定であり、信じてくれる他者を切実に必要としている、と。

ふたたびシュレーバーの、今度は歴史的事例を参照するなら、彼は自伝 (the Denkwürdigkeiten eines Nervenkranken) を書いた。世界が彼の「世界観 Weltanschauung」の正しさを確信してくれるようにと。これは、パラノイア的主体の相当数が書いたり講義し始めたりする理由を説明する。それは、精神病の主体に欠けていること、すなわち社会的絆を設置しようとする精神病的な試みなのだ。社会的絆が欠けているというのは、どの社会的紐帯も常にエディプス構造の相続人であり、精神病者はエディプス構造を拒絶しているからだ。

ゆえに精神病者はふつうの社会的関係の外部にいる。精神医学の用語なら、精神病者は本質的に異なった他者である。不気味な他者とさえ言える。ラカンの用語なら、精神病者は四つの言説とそれに引き続く社会的関係の「外部に」立っている。フロイトの用語なら、精神病者はナルシシスティックな神経症(自己愛神経症)である。すなわち、ふつうには期待される対象関係のない神経症だ。


【パラノイア的主体の逆説】

この状況の逆説的な帰結は、まさにパラノイア的主体が、最も切実に、聴衆・集団を欲するということだ。それが彼の正気を保つ、彼の精神病的破綻を防ぐ。彼にとって集団はビタミン剤として機能する。


【ヒステリー的主体とパラノイア的主体の完全調和】

ヒステリー的主体とパラノイア的主体のこの描写を元にすれば、この両者は完全な調和を形作る。ヒステリーの分割された主体は、欠如のない確信をもった主体を探し求める。パラノイア的主体は、フォロワーと信者を探し求める。このような関係は、なによりもまず、通常の集団形成と呼ばれるものを基盤としている。それは、フロイトが『Massenpsychologie und Ich-Analyse(集団心理学と自我の分析)』にて叙述したものだ。リーダーは外部の場を占める。そのリーダーに未来の集団 group-to-be のメンバーは彼ら自身を同一化する。

より特化していえば、同一化は「Ich-Ideal 自我理想」に焦点を絞る。自我理想は元の自我を完全に覆い隠す。この理由で、もともと異なった主体は互いに似はじめる。しばしば十分に見出されるのは、服装であったり共通のジャーゴンの開発であったりの表出だ。彼らはラカンが“des egos/égaux”ーーすなわち、まったく同じ花の集まりーーという駄洒落で描いたようなものになる。

ふつうはーーエディプス的な規範によればーー、リーダーのポジションは、本来の父のポジションであり、まさに欠かせない機能を具現化したものだ。簡潔にいえば、主体に欲望と享楽と折り合いをつける機会を与えるものである。通常は、父との関係を念入りに作り上げ最終的には投げ出されて自分自身との関係を選ぶことになる。


【発展的ヒステリア】

この標準的な進化はーー私は発展的ヒステリアと呼びたいがーー、幼年期に全能の父への信念にて始まる。思春期と青春期のあいだに父を挑発し捨て去り、成人期に彼と折り合いをつけるようになる。これに関して、ラカンによってなされた差異化、つまりリアルな父、イマジネールな父、シンボリックな父のあいだの区別はとても役に立つ。

標準的な進化という考え方が意味するのは、ヒステリー者とパラノイア者はそんなにしばしば出会わないということだ。もし近過去にそれが起こったとするなら、ヒステリー者が15歳から25歳のあいだのどこかの傷つきやすい時期にふつうは限られていた。その期間というのは、誰もが元々のエディプス的主人の代わりに相応しい代替者を探し求めている。


【病理的ヒステリア】

それを超えて、主人とヒステリー者とのあいだの絆を維持しようとする病理的なヒステリアもあるに違いない。私が言ったように、ふつうはあのようだったのであり、しかし、おそらく今日最も大きな問題は、ヒステリー的主体にとってだけではなく、次の事態である。すなわち、象徴的父の機能自体が疑わしいようになったのだ。その支えと答を提供する機能が、控え目に言っても、もはや説得的でない。

結果として、新しい主人を探し求めるヒステリー的主体は増え続けており、そのためにパラノイア的主体にとっての好機を創造している。……


2015年11月22日日曜日

「パリ同時多発テロ」と「オウム真理教」

すでに関心のある人は知っているだろうが、“As States Turn Away Refugees – All Paris Attackers Identified So Far are EU Nationals”、すなわち《各国が難民を追い返す中、今まで身元が判明しているパリの同時テロ実行犯はすべてEU国籍だったことが判明》という記事があり、その邦訳もある。一部を抜き出せば次ぎの通り。

これまでのところ、同事件で身元が明らかになった実行犯の全員は、実際にはEU国籍をもった市民だったのだ。

外国籍のパスポートが発見されたと広く報道されているが、エジプトのパスポートは犠牲者のもので、もう一つのシリアのパスポートとされていたものは実際には偽造パスポートであったことが明らかになっている。

今週、EUの外交長官Federica Mogheriniは、最近のテロ攻撃についてEUは「内部からの脅威」に直面していると話している。

Federica Mogheriniさん:「これまで特定されたテロ実行犯の人物像からは、これは内からの脅威の問題であったことがわかっている、ということを強調させてください。

今までわかった実行犯全員がEUの市民でした。時間と共に状況は変化する可能性がありますが、これはEU圏内の内部のセキュリティの問題であることは明白です」


これを元朝日新聞の編集委員であり、退社後中東に住まって取材活動をしている川上泰徳氏の記事と並べてみよう(「パリ同時多発テロを戦争へと誘導する未確認情報の不気味 - 川上泰徳 中東ニュースの現場から」)。

(ISの犯行)声明は襲撃を礼賛、祝福しているだけで、とても犯行声明とは呼べないというのが、私の評価である。

 このIS声明では、ISが実行したという決め手にならない。オランド大統領は「ISによる戦争行為」を宣言しても、事件とISの関係について決め手となるような材料が示されたわけではない。にもかかわらず、大統領の宣言を受けて、フランス軍は14日からイスラム国への報復的な空爆を開始した。

どうして川上泰徳氏はこのように ISの犯行声明は疑わしいと評価したのかは、この記事に書かれている。それは主にベイルートの自爆テロ(パリテロの前日)の犯行声明と比較しての推測であるが、わたくしには説得的である。

そして氏は次ぎのように結論づけている。

重要なのは、イスラム国の指令によるテロ作戦というよりも、フランスとその周辺国を含めたイスラム過激派組織による大規模なテロ作戦が実行されたという事実である。「イスラム国の指令」はあったとしても、二次的な要素である。

 どうも、この間の数日の報道や情報の流れを見ていると、「IS空爆」という戦争を激化させようとする政治的な意図のもとに、未確認情報が飛び出し、それによって世論操作が行われ、政治が動いているように思えてならない。その陰で、フランスや欧州の足下で重大な危機が広がっていくのではないかという危惧を抱かざるをえないのである。

ここで今回のパリテロをめぐる記事ではなく、いささか遡って 今年初めの「シャルリー・エブド事件」後の浅田彰 のコメントを思い出しておこう。

そこには《たとえばISもオウム真理教を巨大かつ強力にしたようなもの》(「パリのテロとウエルベックの『服従』」)とある。


川上氏の見解をくり返せば、《フランスとその周辺国を含めたイスラム過激派組織による大規模なテロ作戦が実行された》のであり、《「イスラム国の指令」はあったとしても、二次的な要素である》。

今回のパリテロは、「シャルリー・エブド事件」以上に、フランスとその周辺国を含めて存在する「オウム真理教」の仕業とみるのが妥当ではないか、というのが、これらの資料を並べて眺めた限りでのわたくしのいまのところの感想である。




誰かほかにそのようなことを言っていないかと探れば、今年の3月に、水島宏明法政大学教授(元日本テレビ「NNNドキュメント」ディレクター)による「誰も言わない「オウム」と「IS」(イスラム国)の共通点」という記事があるので参照のこと。






最後にこうつけ加えておこう。

パリテロ攻撃の最大の犠牲者は難民自身である。そして本当の勝者は、「je suis Paris 」スタイルの決まり文句の背後にあって、どちらの側においてもシンプルに全面戦争を目指す愛国者たちだ。

これが、パリ殺人を真に非難すべき理由だ。たんにアンチテロリストの連帯ショウに耽るのではなく、シンプルな cui bono(誰の利益のために?)の問いにこだわる必要がある。

ISIS テロリストたちの「より深い理解」は必要ない(「彼らの悲しむべき振舞いは、それにもかかわらず、ヨーロッパの野蛮な介入への反応だ」という意味での)。彼らはあるがままなものとして特徴づけられるべきだ。すなわちイスラムファシストはヨーロッパの反移民レイシストの対応物だ。二つはコインの両面である。(Slavoj Zizek: In the Wake of Paris Attacks the Left Must Embrace Its Radical Western Roots、2015,11,16)

ジジェクは、イスラムファシストとヨーロッパの反移民レイシストはコインの両面であるとしているが、ここではジジェクの含意する文脈を(おそらく)はなれて次ぎのようにいっておこう。

ヨーロッパ内においてすでにEU国籍を獲得しているムスリムたち、いやそうでなくてもそこで生活の糧を築きつつあるムスリムたちの中には、自らの仲間であるだろう難民歓迎の心持を抱いていない連中もいるはずだ。難民が大挙して流入すれば、かりに些細な職であれ、彼らの既得権が脅かされるのだから。


2015年11月21日土曜日

四国出身のネトウヨ予備軍のメンヘラボクチャンへ

なんだ、そこの「想像的ディスクール」に終始する四国出身のネトウヨ予備軍のメンヘラボクチャン! 相手をしてほしいのか? だれにも相手にされていないようで、わたくしはつい「同情」してしまうが。

同情は、おおまかに言って、淘汰の法則にほかならない発展の法則をさまたげる。それは、没落にひんしているものを保存し、生の勘当され、断罪された者どものために防戦し、同情が生のうちで手離さずにいるすべての種類の出来そこないを充満せしめることによって、生自身に陰鬱な疑わしい相貌をあたえる。人はあえて、同情を徳と名づけてきた(――あらゆる高貴な道徳においては、同情は弱さとみなされているのだがーー)。さらにすすんで、同情から徳そのものを、すべての徳の地盤と根源をでっちあげるにいたった、――もちろんこれは、このことこそたえず眼中にしておかなければならないことだが、ニヒリズム的な、生の否定を標榜した哲学の観点からのことであるにすぎない。ショーペンハウアーは、この点では正しかった。すなわち、同情によって生は否定され、いっそう否定に値するものたらしめられるからである、――同情とはニヒリズムの実践なのである。(……)ショーペンハウアーは生に敵対した、このゆえに彼にとっては同情が徳になったのである・・・アリストテレスは、周知のごとく、同情のうちに、ときどきは一服の下剤でなおすのが好ましい、病的な危険な状態をみとめた。彼は悲劇を下剤と解したのである。ショーペンハウアーの場合が(そしていかんながら、セント・ペデルブルグからパリまでの、トルストイからヴァーグナーまでの現代の全文学的芸術的デカタンスもまた)示しているような、同情のそうした病的な危険な鬱憤に一撃をくわえる手段が、生の本能からこそ事実探しもとめられなければならないであろう、すなわち、この鬱積が炸裂するためにである・・・(ニーチェ「反キリスト』原佑訳)

ああ、ニーチェの逆鱗にふれてしまわないで、貴君のような「馬鹿」を相手にするにはどうしたらいいのだろう?

なにか糖菓入りの壺はないだろうか。

小さい愚行やはなはだ大きい愚行がわたしに加えられても、わたしは、一切の対抗策、一切の防護策を―――従って当然のことながら一切の弁護、一切の「弁明」を自分に禁ずるのである。わたし流の報復といえば、他者から愚かしい仕打ちを受けたら、できるだけ急いで賢さをこちらから送り届けるということである。こうすれば、たぶん、愚かしさの後塵を拝さずにすむだろう、比喩を使っていうなら、わたしは、すっぱい話にかかりあうことをご免こうむるために、糖菓入りのつぼを送るのである。(……)

わたしはまた、どんなに乱暴な言葉、どんなに乱暴な手紙でも、沈黙よりは良質で、礼儀にかなっているように思われるのである。沈黙したままでいる連中は、ほとんど常に、心のこまやかさと礼儀に欠けているのである。沈黙は抗弁の一種なのだ、言いたいことを飲み下してしまうのは、必然的に性格を悪くするーーそれは胃さえ悪くする。沈黙家はみな消化不良にかかっている。--これでおわかりだろうが、わたしは、粗暴ということをあまり見下げてもらいたくないと思っている。粗暴は、きわだって”人間的な”抗議形式であり、現代的な柔弱が支配するなかにあって、われわれの第一級の徳目の一つである。--われわれが豊かさを十分にそなえているなら、不穏当な行動をするのは一つの幸福でさえある。……(ニーチェ『この人を見よ』手塚富雄訳)

いやいやシツレイ! 貴君を馬鹿としたが、わたくしも馬鹿の一員である。ただいささか相対的にはカナリ……、いやいやヤメテオコウ。

「私はただ相対的には愚かに過ぎないよ、つまり他の人たちと同じでね。というのは多分私はいくらか啓蒙されてるからな」

“I am only relatively stupid—that is to say, I am as stupid as all people—perhaps because I got a little bit enlightened”?  (Lacan“Vers un signifiant nouveau” 1979)

ジジェクはこの文を引用して、《この「相対性」は、"完全には愚かではない"と読むべきだ、すなわち厳密な意味での非-全体の論理として。…ラカンの中には愚かでないことは何もない。愚かさへの例外はない。ラカンが完全には愚かでないのは、彼の愚かさのまさに非一貫性にある》(ジジェク「『LESS THAN NOTHIG』私訳)と説明している。

ーーところが貴君には愚かさの一貫性しかないようにみえないでもない・・・

なにはともあれ「大量の馬鹿が書くようになった時代」の典型的な人物なようだから、貴君だけがわるいわけではない・・・わたくしもその時代の波をかぶって、こうやって毎日のようにカイエを公表している。

とはいえ、まずディスクールを移行させることだよ、君になによりも必要なのは(参照:「言説の横断と愛の徴」)。その言説では誰にも相手にされないまま一生終るぜ。いやいやきっと四国のオカアチャンがそんな貴君を愛で続けるのだろう。

さて贈り物をしておこう、糖蜜入りだ。この見解に対して、想像的ディスクールでなく応じたら、貴君を見直すことにしよう、

…………

「イスラム原理主義」についての西側諸国の主張の殆どが仮に真実だったとしてもーーイスラム原理主義のテロは我々の最大の脅威だ、一般大衆をターゲットにした振舞いはなによりも許しがたい等々ーー、西側諸国の反イスラムはいまだ病理的だ。というのは、それは本当の理由を抑圧しているからだ。その理由とは、米国あるいは仏国などが「なぜこの今」反ISが「必要か」にかかわる。それは、(まずは)米国にとってはイラク攻撃がIS出現の条件を作ったを忘れたいためであり、仏にとってはオランドの9月シリア空爆がパリテロを生んだことを忘れたいためだ。

だから、反イスラム原理主義の場合、イスラム原理主義者が「実際にどのようであるか」についての知はまやかしであり見当ちがいである。他方、真理の場にある唯一の知は、なぜ欧米諸国は彼らのイデオロギー的体系を支えるためにーーすなわち、非イデオロギー的イデオロギー「新自由主義」、「世界資本主義」あるいは「新植民主義」を支えるために ーー イスラム原理主義の形象が必要か(なぜその形象のもとに「連帯」したいのか)についての知である。

…………

さあてどうだろうか、この見解にたいしては、わたくしもいささか自ら批判したい心持はある。だがここでは貴君に批判はまかせよう。そもそも《「批判」とは相手を非難することではなく、吟味であり、自己吟味である》(柄谷行人「トランスクリティーク』)、--そのことを忘れないようにしよう。かつまた《自分が知らないこと、あるいは適切に知っていないことについて書くのではないとしたら、いったいどのようにして書けばよいのだろうか》(ドゥルーズ『差異と反復』「はじめに」)なのであり、貴君の腕の見せ所を示してくれたまえ!

想像的ディスクールでなく、かつまた 私はこう思うとのみ宣言して解釈さえ放棄する無邪気な「無神論者」にも陥らず、反論できたならば、貴君の将来を愛でることにしよう。

いずれにせよ「どうでもいい」やら「処世術にすぎない」やらとオッシャッテイルにもかかわらず、いつまでもこのブログの読者でいる必要はない。かつて一度罵倒したはずだが。

それとも「この窪地に朝鮮人が来てからというもの、谷間の人間は迷惑をこうむりつづけでしたが! 」メンタリティのボクチャンよ、この罵倒がよほど応えてのルサンチマンかね?

貴君のような人物のアカウント名をさらすつもりも、貴君の片言隻語を引用する気にもならないのだが、あえて忠告すれば、実にひどい悪臭がただよっていることを自覚したほうがいい。

《おそらく粗悪な血のせいだろうが、わたくしの観察に誤りがないなら、わたしの潔癖性に不快の念を与えるように生れついた者たちの方でも、わたしが嘔吐感を催しそうになってがまんしていることを感づくらしい。だからとって、その連中の香りがよくなってくるわけではないのだが……》

人々をたがいに近づけるものは、意見の共通性ではなく精神の血縁である。(プルースト 「花咲く乙女たちのかげに Ⅰ」井上究一郎訳)
人間は自分の精神が属する階級の人たちの言葉遣をするのであって、自分の出生の身分〔カスト〕に属する人たちの言葉遣をするのではない(プルースト「ゲルマントのほう Ⅰ」同上訳) 

ーーおわかりだろうか、わたくしは実のところ「差別主義者」であり、貴君とは精神のカストが天と地ほど懸け離れている気がする。貴君はひょっとしてわたくしよりもずっと島国日本の土人カーストでいえば「上流階級」であるのだろう。

 さて、さきほどのイスラム原理主義の文は以下の文の変奏だ。

ここで、ふたたび思い起こしておこう、ラカンの法外な言明を。すなわち、嫉妬深い夫が彼の妻について言い張るーー彼女はそこらじゅうの男と寝るーー、それが真実だとしても、 彼の嫉妬はいまだ病理的 pathological である、と。

この同じ線で言いうるだろう、ユダヤ人についてのナチの主張のほとんどがかりに真実だったとしてもーーユダヤ人はドイツ人を食いものにする、ドイツ人の少女を誘惑する…ーー、彼らの反ユダヤ主義はいまだ病理的だ、と。というのは、それは本当の理由を抑圧しているからだ、その理由とは、ナチスは 「なぜ」反ユダヤ主義が「必要だったのか」にかかわる。それは、ナチスのイデオロギー的ポジションを維持するためである。

だから、反ユダヤ主義の場合、ユダヤ人が「実際にどのようであるか」についての知はまや かしであり見当ちがいである。他方、真理の場にある唯一の知は、なぜナチは彼らのイデ オロギー的体系を支えるためにユダヤ人の形象が「必要か」についての知である。(ラカンの「四つの言説」における「機能する形式」(ジジェク)


いずれにせよ、現在 IS( Islamic State:イスラム国))は、主人のシニフィアンとして機能しつつある側面があることはまちがいないだろ? なあ、ボクチャンよ!!

ドイツにおける1920年代の反ユダヤ主義について考えてみよう。人びとは、混乱した状況を経験した。不相応な軍事的敗北、経済危機が、彼らの生活、貯蓄、政治的不効率、道徳的頽廃を侵食し尽した……。ナチは、そのすべてを説明するひとつの因子を提供した。ユダヤ人、ユダヤの陰謀である。そこには〈主人〉の魔術がある。ポジティヴな内容のレベルではなんの新しいものもないにもかかわらず、彼がこの〈言葉〉を発した後には、「なにもかもがまったく同じでない」……。たとえば、クッションの綴目le point de capitonを説明するために、ラカンは、ラシーヌの名高い一節を引用している、「Je crains Dieu, cher Abner, et je n'ai point d'autre crainte./私は神を恐れる、愛しのAbner よ、そして私は他のどんな恐怖もない。」すべての恐怖は一つの恐怖と交換される。すなわち神への恐怖は、世界のすべての出来事において、私を恐れを知らなくさせるのだ。新しい〈主人のシニフィアン〉が生じることで、同じような反転がイデオロギーの領野でも働く。反ユダヤ主義において、すべての恐怖(経済危機、道徳的頽廃……)は、ユダヤ人の恐怖と交換されたのだ。je crains le Juif, cher citoyen, et je n'ai point d'autre crainte. . ./私はユダヤ人を恐れる、愛する市民たちよ。そして私は他のどんな恐怖もない……。(ZIZEK,LESS THAN NOTHING 2012,私訳


ああ、貴君のおかげで本日、三つも投稿してしまったじゃないか、イケネ、しばらく休むことにしようか、実はこのブログの下書きが76ほど溜まってしまっているので、この際、それをすべて連投するという手もあるが。

そもそもこのブログでのわたくしの基本は次ぎの文の前半だ。想像的ディスクールの、すなわち夜郎自大言説の貴君には思いもよらぬ態度かもしれぬが。

「きみにはこんな経験がないかね? 何かを考えたり書こうとしたりするとすぐに、それについて最適な言葉を記した誰かの書物が頭に思い浮かぶのだ。しかしいかんせん、うろ覚えではっきりとは思い出せない。確認する必要が生じる──そう、本当に素晴らしい言葉なら、正確に引用しなければならないからな。そこで、その本を探して書棚を漁り、なければ図書館に足を運び、それでも駄目なら書店を梯子したりする。そうやって苦労して見つけた本を繙き、該当箇所を確認するだけのつもりが、読み始め、思わずのめりこんでゆく。そしてようやく読み終えた頃には既に、最初に考えていた、あるいは書きつけようとしていた何かのことなど、もはやどうでもよくなっているか、すっかり忘れてしまっているのだ。しかもその書物を読んだことによって、また別の気がかりが始まったことに気付く。だがそれも当然だろう、本を一冊読むためには、それなりの時間と思考を必要とするものなのだから。ある程度時間が経てば、興味の対象がどんどん変化し移り変わってもおかしくあるまい? だがね、そうやってわれわれは人生の時間を失ってしまうものなのだよ。移り気な思考は、結局、何も考えなかったことに等しいのだ」(ボルヘス 読書について──ある年老いた男の話)

なあ、貴君よ!

どこの馬の骨ともわからぬ老境の男の文など読まなくてよろしいのだよ、迷信に凝り固まった「将来ある」まだ若いはずの蛆虫くんよ。 しかも「難民」と口にだしたら、《……宗教家の覚悟も、王の覚悟もないものが》などと意味不明のことをオッシャル。

…また、私は、民衆から迷信を取り去ることは恐怖を取り去ることと同時に不可能であることを知っている。最後に、民衆が自己の考えを変えようとしないのは恒心ではなくて我執なのであること、また民衆はものを賞讃したり非難したりするのに理性によって導かれず衝動によって動かされることを知っている。ゆえに、民衆ならびに民衆とともにこうした感情にとらわれているすべての人々に私は本書を読んでもらいたくない、否、私は、彼らが本書を、すべてのものごとに対してそうであるように、見当違いに解釈して不快な思いをしたりするよりは、かえって本書を全然顧みないでくれることが望ましい。彼らは本書を見当違いに読んで自らに何の益がないばかりか、他の人々に、――理性は神学の婢でなければならぬという思想にさまたげられさえしなかったらもっと自由に哲学しえただろう人々に、邪魔立てするだろう。実にそうした人々にこそ本書は最も有益であると、私は確信するのに。(スピノザ『神学・政治論』1670年序文)

もちろん、わたくしはスピノザではないが、スピノザのように言ってみたくなるときがあるのだよ、蛆虫くんたちには。

わたくしは悪臭にはとてもよわいたちなので、それを振り払うには、ブログを変えたほうがいいのだろうかーー、ただし文体をかぎつけてくるルサンチマンくんがいるんだよな、ネット上には。

わたくしはひょっとして「寄生虫に取りつかれる」存在なのだろうか・・・貴君たちの病を伝染させないでくれたまえ・・・

いろいろ問題があったけれども、やはり<強者>と<弱者>の問題というのが重要だと思うんです。これはさっきのファシズム問題ともつながるけれども、ニーチェの<強者>というのは普通の意味での強者、例えばヘーゲルの意味での強者と徹底的に区別しないと、プロトファシストみたいになってしまうわけです。実際、普通の意味でいうと、ニーチェの<強者>というのは物凄く弱い。ニーチェは能動的なものと反動的なもの、肯定的なものと否定的なもののおりなす系譜をたどっていくのだけれども、なぜか世界史においては必ず反動的なもの・否定的なものが勝利し、能動的なもの・肯定的なものは全面的に敗北しているわけです。

これはなぜかというと、<弱者>の側が力で勝っているからではなく、<弱者>が<強者>に病いを伝染させ、それによって<強者>の力を差っ引くからであるというんですね。これはほとんど免疫の話になっているんですが、たまたま『ニーチェの抗体』という変な論文を書いた人がいて、83年ぐらいに既にAIDSの問題が出かかったときそれとの絡みで書かれた(……)思いつき倒れの論文なんだけれども、面白いことに、ニーチェの<強者>というのは免疫不全だと言うんです。何でもあけっぴろげに受け入れてしまう。それにつけ込んで有毒なウィルスを送り込むのが<弱者>なんです。事実、その論文は引いていないけれど、ツァラトゥストラも、最高の存在というのは最も多くの寄生虫に取りつかれると言っている。全くオープンなまま常に変転しているから、それをいいことにして寄生虫がパーッと入って来て、ほとんどAIDSになってしまうわけです(笑)。だから「<強者>をつねに<弱者>の攻撃から守らなければならない」。(『天使が通る』(浅田彰/島田雅彦対談集))

彌縫策とユートピア

さてテロの話を続けたので、今回はもうすこし一般論を掲げよう。もともとテロやら連帯やらの話はここへの遠回りの道であったのだから。いままで種々に記した原動因は「ここ」、すなわち「資本主義」批判にある。

イスラム教とは、コミュニズム衰退後にその暴力的なアンチ資本主義を引き継いだ「二十一世紀のマルクス主義」である。(ピエール=アンドレ・タギエフーー「新しい形態のアパルトヘイト」

ーーただし、このタギエフの見解に「直接的には」賛同するものではない。それを以下に示そう。

…………

真に偉大な哲学者を前に問われるべきは、この哲学者が何をまだ教えてくれるのか、彼の哲学にどのような意味があるかではなく、逆に、われわれのいる現状がその哲学者の目にはどう映るか、この時代が彼の思想にはどう見えるか、なのである。(ジジェク『ポストモダンの共産主義  はじめは悲劇として、二度めは笑劇として』)

ジジェクが最近やっているのは、ヘーゲルなら、あるいはマルクスなら、今の時代ーーとくに2015年ーー をどう捉えるのか、という試みである。ヘーゲルやマルクスでなくてもよい、カントなら、ニーチェやハイデガーなら、どうこの2015年を捉えるのか、〈あなたがた〉の関心の深いらしいフーコー、ドゥルーズ、デリダの目にはどう映るのか、それをやっている人物が日本にはいるのだろうか?

〈あなたがた〉のほとんどは、あれらの「哲学者」たちが《何をまだ教えてくれるのか、彼の哲学にどのような意味があるか》のみしかやっていないのではないか。〈あなたがた〉はフーコーやドゥルーズ、デリダほどには「聡明」ではなさそうなので、稚拙さを怖れているのかもしれない。だがそれをやらなくて、ーーわれわれのいる現状がたとえばドゥルーズの目にはどう映るか、この時代が彼の思想にはどう見えるかーーをやらなくて、なんの研究をしているというのか。

たとえばジジェクなら「革命幻想」があるという批判があるだろう。では〈あなたがた〉に何があるのだろう、ただひたすら彌縫策幻想しかないのではないか。

2015年の前半、ヨーロッパはラディカルな解放運動(ギリシャの Syriza とスペインの Podemos)に没頭した。他方で後半は、関心が難民という「人道的」話題へと移行した。階級闘争は文字通り抑圧され、寛容と連帯のリベラル-文化的話題に取って代わられらた。

11月13日金曜日のパリテロ殺人にて、今ではこの話題(それはまだ大きな社会経済問題に属していた)、その話題さえ覆い隠されて、テロ勢力とのシンプルな対決ーー無慈悲な戦いに囚われた凡ての民主勢力によるーーに取って代わられた。

次に何が起こるのかは容易に想像できる。難民のなかの ISIS エージェントの偏執狂的 paranoiac 探索である(メディアはすでに嬉々としてレポートしている、テロリストのうちの二人が難民としてギリシャを経由してヨーロッパに入った、と)。パリテロ攻撃の最大の犠牲者は難民自身である。そして本当の勝者は、「je suis Paris 」スタイルの決まり文句の背後にあって、どちらの側においてもシンプルに全面戦争を目指す愛国者たちだ。

これが、パリ殺人を真に非難すべき理由だ。たんにアンチテロリストの連帯ショウに耽るのではなく、シンプルな cui bono(誰の利益のために?)の問いにこだわる必要がある。

ISIS テロリストたちの「より深い理解」は必要ない(「彼らの悲しむべき振舞いは、それにもかかわらず、ヨーロッパの野蛮な介入への反応だ」という意味での)。彼らはあるがままなものとして特徴づけられるべきだ。すなわちイスラムファシストはヨーロッパの反移民レイシストの対応物だ。二つはコインの両面である。 (Slavoj Zizek: In the Wake of Paris Attacks the Left Must Embrace Its Radical Western Roots、2015,11,16)

…………


アフリカや中東からヨーロッパに移民・難民が押し寄せるのは、ただたんに彼らの国の内戦のせいではない。環境変化による水不足が甚だしくなり、失業が溢れかえったり飢餓に襲われつつあるせいでもある(参照:Why More Conflict is Inevitable in the Middle East)。





さて「「われわれはみんなシリア難民なのだ」にて、以下の文を私訳して掲げたが、その後の文も続けよう。

今知られているのは、フクシマ原発の炉心溶融のあと、いっときだが日本政府は、思案したことだ、全東京エリアーー2000万人以上の人びとーーを避難させねばならないと。この場合、彼らはどこに行くべきなのだろう? どんな条件で? 彼らに特定の土地が与えられるべきだろうか? それともただ世界中に四散させられただけなのだろうか?

ーー同じく、「 Slavoj Zizek: We Can't Address the EU Refugee Crisis Without Confronting Global Capitalism」からである(読みやすさのために、いくらか行わけしている)。


【新しい民族大移動の時代】
シベリア北部がより居住や耕作に適したエリアとなり、サハラ地域の周囲がひどく乾燥して、そこに住む多数の人口を支えられなくなったらどうだろう。どうやって人口の再配置がなされるべきか。過去に同様なことが起こったとき、社会変化が野蛮かつ自発的な仕方で生じた。それは暴力と破壊を伴って、である(想起しよう、ローマ帝国の終焉時の壮大な移動を)。そのような予想は、現代では破滅的である。というのは多くの国で大量破壊兵器が利用できるのだから。

したがって、学ばれるべき主要な教訓は、人類はもっと「可塑的 plastic」かつ遊牧的な仕方で生きるように準備すべきだということだ。地域と世界の急速な環境変化は、前代未聞の壮大な規模の社会変容を要求している。

ーージジェクは民族大移動を記しつつ、フロイトの次の文を間違いなく想起しているはずだ。

《「人間は人間にとって狼である」(Homo homini lupus)といわれるが、人生および歴史においてあらゆる経験をしたあとでは、この格言を否定する勇気のある人はまずいないだろう。

通例この残忍な攻撃本能は、挑発されるのを待ちうけているか、あるいは、もっと穏やかな方法でも手に入るような目的を持つある別の意図のために奉仕する。けれども、ふだんは阻止力として働いている反対の心理エネルギーが不在だというような有利な条件に恵まれると、この攻撃本能は、自発的にも表面にあらわれ、自分自身が属する種族の存続する意に介しない野獣としての人間の本性を暴露する。

民族大移動、フン族――ジンギス・カーンおよびティームールにひきいられたモンゴル人――の侵入、信心深い十字軍戦士たちによるエルサレムの征服などに伴って起こった数々の残虐事件を、いや、さらに最近の世界大戦中」の身の毛もよだつ事件までを想起するならば、こういう考え方を正しいとする見方にたいし、一言半句でも抗弁できる人はあるまい。》(フロイト『文化への不満』 )


 【国家主権の再定義】
一つのことが明らかだ。すなわち、国家主権はラディカルに再定義されなけばならない。そして世界的協調 cooperation を創造しなければならない。計り知れない経済の変化にどう対応したらいいのか、新しい気候のパターンによる環境保全、あるいは水やエネルギーの不足をどうしたらいいのか。(…)


【我々の未来としての難民】 
第一に、ヨーロッパは、難民の品位ある生存のための手段を提供するために、十全なコミットメントを改めて約束しなければならない。ここにはどんな妥協もない。多数の移民は我々の未来である。このようなコミットメントの唯一の代替は野蛮状態の復活である(人が呼ぶところの「文明の衝突」だ)。


【難民たちが支払うべき代価】
第二に、このコミットメントの必要不可欠な帰結として、ヨーロッパは自身を組織し、明確な規則と法を課さなければならない。難民の流れの国家コントロールは、全ヨーロッパ共同体を網羅する壮大な行政ネットワークを通して実施されるべきだ(ハンガリーやスロヴァキアの行政のそれのような地域の野蛮行為を避けるために)。

難民は、彼らの安全にかんして保証されなければならない。しかし難民に対して明確にしておくべきことは、彼らはヨーロッパの行政当局によって割り当てられた居住エリアを受け入れなくてはならないということだ。それにつけ加えて、ヨーロッパ各国間の法と社会規範に敬意を払わなければならない。すなわち、どんな側面でも、宗教的、性差別的、民族的暴力への寛容はない。自身の生活様式あるいは宗教を他者に押し付ける権利はない。彼/彼女の共同体の慣習を捨て去るすべての個人の自由への敬意、等々。

もし女性が顔をヴェールで覆いたければ、その選択は尊重されなければならない。しかしもし 顔を覆わないことを選ぶなら、彼女の自由が保証されなければならない。そう、こうした規範は西洋的生活様式を特権化するが、それがヨーロッパでの受け入れの代価である。 こられの規範は明文化されて必要に応じて強制的に施行されなければならない (国内のレイシストに対するのと同様に外国の原理主義者に対しても、である)。


 【新しい形での国際的介入】
第三に、新しい形の国際的な介入が創造される必要がある、すなわち新植民地主義の罠に陥らないような軍事的かつ経済的介入が。リビアやシリア、コンゴにおける平和を国連軍は保証しただろうか? このような介入は、新植民地主義に密接に関連しており、徹底的な予防措置が必要となる。

イラクやシリア、リビアの事例は、いかに間違った介入が、不介入と同様に、同じ袋小路に陥るかを示している。間違った介入、すなわちイラクとリビアであり、不介入、すなわちシリアだ(シリアでは、表面的な不介入の仮面の裏に、ロシアからサウジアラビア、米国までの外国勢力が深くかかわっている)。


【究極的な理念】
第四が、最も困難かつ重要な仕事だ。それは、難民が生み出される社会的条件の廃絶のためのラディカルな経済的変化である。難民の究極的な原因は、現在の世界資本主義自体とその地理的ゲームにある。これをラディカルに変容させないかぎり、ギリシャやほかのヨーロッパ諸国からの移民が、アフリカ難民にまもなく合流するだろう。

私が若い頃は、このようなコモンズ commons を統整する組織された試みは、コミュニズムと呼ばれた。我々は、おそらくそれを再発明すべきだ。これが長い目でみた唯一の解決策である。

これらの全てはユートピアだろうか。たぶんそうかもしれない。だがそうしなかったら、我々はほんとうに敗北してしまう。そしてなにもしなければそれに値する。

…………

当面以上だが、ここで、これらを「ユートピア」と考えるだろう〈あなたがた〉のために、こうつけ加えておこう。

人々は私に「ああ、あなたはユートピアンですね」と言うのです。申し訳ないが、私にとって唯一本物のユートピアとは、物事が限りなくそのままであり続けることなのです。(ジジェクーーユートピアンとしての道具的理性instrumental reason主義者たち

もちろん、ジジェクのような提案ではなく、ほかの提案もあるのかもしれない。だがそれらの殆どすべては、わたくしの知るかぎりたんなる「彌縫策」にすぎない。

資本主義的な現実が矛盾をきたしたときに、それを根底から批判しないまま、ある種の人間主義的モラリズムで彌縫するだけ。上からの計画というのは、つまり構成的理念というのは、もうありえないので、私的所有と自由競争にもとづいた市場に任すほかない。しかし、弱肉強食であまりむちゃくちゃになっても困るから、例えば社会民主主義で「セイフティ・ネット」を整えておかないといかない。(『可能なるコミュニズム』シンポジウム 2000.11.17 浅田彰発言)

彌縫策とは、中井久夫の名著『分裂病と人類』で明かされたように、日本人の得意技でもある。二宮尊徳を例に挙げ、立て直し/世直しの対比で叙述されている(二宮自身は「立て直し」論理だけではない強靭さがある、と中井久夫は強調していることを注記しておこう)。

そこでは、二宮の倫理は、《世界は放置すればエントロピーが増大し無秩序にむかう、したがって絶えず負のエントロピーを注入して秩序を再建しつづけなければならない》ものとされつつ、こうある。

その裏面として「大変化(カタストロフ)」を恐怖し、カタストロフが現実に発生したときは、それが社会的変化であってもほとんど天災のごとくに受け取り、再び同一の倫理にしたがった問題解決の努力を開始するものである。反復強迫のように、という人もいるだろう。この倫理に対応する世界観は、世俗的・現世的なものがその地平であり、世界はさまざまの実際例の集合である。この世界観は「縁辺的(マージナル)なものに対する感覚」がひどく乏しい。ここに盲点がある。マージナルなものへのセンスの持ち主だけが大変化を予知し、対処しうる。ついでにいえば、この感覚なしに芸術の生産も享受もありにくいと私は思う。(中井久夫「執着気質の歴史的背景」『分裂病と人類』所収)

さて話を戻せば、彌縫策でない提案は、どうしてもジジェクと似たようなものとなるのではないか?たとえばピケティの提案などは、ジジェクや柄谷にとっては彌縫策にすぎない(参照→「世界は驚くほど「平和」になっている(戦死者数推移)」の末尾)。

各地の運動が国連を介することによって連動する。たとえば、日本の中で、憲法九条を実現し、軍備を放棄するように運動するとします。そして、その決定を国連で公表する。(……)そうなると、国連も変わり、各国もそれによって変わる。というふうに、一国内の対抗運動が、他の国の対抗運動から、孤立・分断させられることなしに連帯することができる。僕が「世界同時革命」というのは、そういうイメージです。(柄谷行人『「世界史の構造」を読む』)

すなわち、ジジェク=柄谷行人は次ぎのような考え方である。

一般に流布している考えとは逆に、後期のマルクスは、コミュニズムを、「アソシエーションのアソシエーション」が資本・国家・共同体にとって代わるということに見いだしていた。彼はこう書いている、《もし連合した協同組合組織諸団体(uninted co-operative societies)が共同のプランにもとづいて全国的生産を調整し、かくてそれを諸団体のコントロールの下におき、資本制生産の宿命である不断の無政府主と周期的変動を終えさせるとすれば、諸君、それは共産主義、“可能なる”共産主義以外の何であろう》(『フランスの内乱』)。この協同組合のアソシエーションは、オーウェン以来のユートピアやアナーキストによって提唱されていたものである。(柄谷行人『トランスクリティーク』)
確かに、ヨーロッパは死んだ。しかし、どのヨー ロッパが死んだのか、と。これへの回答は、以下である。ポスト政治的なヨーロッパの世界市場への組み込み、国民投票で繰り返し拒絶されたヨーロッパ、ブリュッセルのテクノクラ ットの専門家が描くヨーロッパ──死んだのはそうしたヨーロッパなのだ。ギリシアの情熱と 腐敗に対して冷徹なヨーロッパ的理性を代表してみせるヨーロッパ、そうした哀れなギリシ アに「統計」数字を対置するヨーロッパが、死んだのだ。しかし、たとえユートピアに見えようとも、この空間は依然としてもう1つのヨーロッパに開かれている。もう1つのヨーロッパ、 それは、再政治化されたヨーロッパ、共有された解放プロジェクトにその根拠を据えるヨー ロッパ、古代ギリシアの民主制、フランス革命や10月革命を惹き起こしたヨーロッパである。(ジジェク、2010

結局、非イデオロギーという名のイデオロギー「新自由主義」国の面々、あるいは東アジア的破廉恥な資本主義国の連中にまかしておけるはずがない。新自由主義も東アジアのやり方も《世俗的・現世的なものがその地平であり、世界はさまざまの実際例の集合》である。

私は確信している、我々はかつてなくヨーロッパが必要だと。想像してごらん、ヨーロッパなしの世界を。二つの柱しか残っていない。野蛮な新自由主義の米国、そして独裁的政治構造をもった所謂アジア式資本主義。あいだに拡張論者の野望をもったプーチンのロシア。我々はヨーロッパの最も貴重な部分を失いつつある。そこではデモクラシーと自由が集団の行動を生んだ。それがなくて、平等と公正がどうやってあると言うんだ。(Zizek,The Greatest Threat to Europe Is Its Inertia' 2015.3.31)


《人間は幸福をもとめて努力するのではない。そうするのはイギリス人だけである》(ニーチェ『偶像の黄昏』)

世界資本主義の条件の下では、我々は、イデオロギー的には、「みなイギリス人=アングロサクソンである」。

そこから逃れるには(今では、虫の息として残存するだけかもしれない)あのヨーロッパ精神しかない。そのヨーロッパはシリア空爆に精を出すヨーロッパとはまったく異なったヨーロッパだ。




「〈ソリダリテ〉(連帯)」の悲しい運命

《ブッシュのアメリカをあれほど批判していたフランスも結局は同じことをしていると言わざるを得ない》としたのは、 今年初めの「シャルリー・エブド事件」後の浅田彰だ。

ヴァルス首相が国会での演説で「フランスはテロリズム、ジハード主義、過激イスラム主義との戦争状態にある」と踏み込み(*注)、オランド大統領もIS(「イスラム国」)空爆のためペルシア湾に向けて出港する空母シャルル・ドゴールに乗り込んで「対テロ戦争」に参加する兵士たちを激励する、それによって低迷していた支持率が急上昇する、といったその後の流れを見ていると……(「パリのテロとウエルベックの『服従』」)

ーーに続く文として冒頭のコメントが現われる。

ところで、昨晩、日本国籍だが元フランス人(たぶん)のエリック・Cという方のツイートを眺めた。

 @x__ok: 戦闘を拡大して行ったら泥沼に嵌まって行くに決まっているのに今回のテロでフランス人の81%が空爆賛成とコロっと大きく変わってしまった。感情的に人間はこうやって変わるものだから冷静に考えられる内にしっかり平和について考え守りを固めておく必要がある。日本はその最後のチャンスの所にいる。

@x__ok: 日本国憲法の反戦の意義を良く知っている者にとっては昨日からコロッと変わって戦争に力をいれるフランス人達と距離を感じ始めた。人間の感情は一日にして大きく変わるものだ。戦争に関わってはいけない。日本は早く元に戻るべきだ。早く安倍の安保法や秘密保護法を廃案にしなければ大変に危険だ。

@x__ok: だんだん知り合いのさらに関係する人とかでテロの被害に遭って殺害された人や入院している人達の話が耳に入って来る様になってきた。パリの人間関係は有機的に繋がっている。それと同時にテロとの戦いを支援する話も入って来てこちらとしては心が痛い。フランスは後戻りできない所まで来てしまった。

@x__ok: 同時テロ主犯格の死が確認されたとフランス政府は喜こんでいるが、これもまたビンラデンの時と同じ様に生け捕りにして裁判にかけるなどという事がないまま消されてしまった。しかしここ数日、大統領の支持率は大きく上がっている。政治とはこんなものだ。

@x__ok: 原因は貧困というより、不当な格差にです。テロリスト達が存在しだした理由も不当な格差があるからです。人間という生き物は不当な格差の中で生きる事ができない生き物なのです。 https://t.co/qbaFOk2UyQ

要はーーここでは焦点を絞るがーー、フランス人たちはどうやら集団神経症的な「連帯」をして、《空爆賛成とコロっと大きく変わってしまった》のだ。

フロイトの考えでは、宗教は集団神経症である。神経症を意志によって克服することはできない。が。彼は、ひとが宗教に入ると、個人的神経症から癒えることを認めている。それは、ある感情(神経症)を除去するには、もっと強力な感情(集団神経症)によらねばならないということである。(柄谷行人

フランスの「知識人」層は「ブッシュのアメリカをあれほど批判していた」にもかかわらず、いざテロ行為で多くの犠牲者が出れば、同じ穴の狢であり、平等やら博愛やらの「理念」などすぐさまふっとんでしまう。怒りと悲しみによって人は報復に向う。反空爆デモの気配は、寡聞にしてか、窺えない。

……行動化自体にもまた、少なくともその最中は自己と自己を中心とする世界の因果関係による統一感、能動感、単一感、唯一無二感を与える力がある。行動というものには「一にして全」という性格がある。行動の最中には矛盾や葛藤に悩む暇がない。(……)

さらに、逆説的なことであるが、行動化は、暴力的・破壊的なものであっても、その最中には、因果関係の上に立っているという感覚を与える。自分は、かくかくの理由でこの相手を殴っているのだ、殺すのだ、戦争を開始するのだ、など。(……)

行動化は集団をも統一する。二〇〇一年九月十一日のWTCへのハイジャック旅客機突入の後、米国政府が議論を尽くすだけで報復の決意を表明していなければ、アメリカの国論は乱れて手のつけようがなくなっていたかもしれない。

もっとも、だからといって十月七日以後のアフガニスタンへの介入が最善であるかどうかは別問題である。副作用ばかり多くて目的を果たしたとはとうてい言えない。しかし国内政治的には国論の排他的統一が起こった。「事件の二週間以内に口走ったことは忘れてくれ」とある実業家が語っていたくらいである。すなわち、アメリカはその能動性、統一性の維持のために一時別の「モード」に移行したのである。(中井久夫「「踏み越え」について」『徴候・記憶・外傷』所収ーー「一にして全」による 「イスラム国」攻撃の激化?

《米国政府が議論を尽くすだけで報復の決意を表明していなければ、アメリカの国論は乱れて手のつけようがなくなっていたかもしれない》とあるように、今回のフランスも「連帯」、すなわち「一にして全」となって矛盾や葛藤を一時的にしろ吹き飛ばすために、空前の「報復」空爆をせざるをえない世論なのだろう。この「一時的」な処置が泥沼への道であるのは、「冷静」になれば誰もが知っていることだ。

彼らの国々であってそうである。日本においては言わずもがな、だ。

……国民集団としての日本人の弱点を思わずにいられない。それは、おみこしの熱狂と無責任とに例えられようか。輿を担ぐ者も、輿に載るものも、誰も輿の方向を定めることができない。ぶらさがっている者がいても、力は平均化して、輿は道路上を直線的に進む限りまず傾かない。この欠陥が露呈するのは曲がり角であり、輿が思わぬ方向に行き、あるいは傾いて破壊を自他に及ぼす。しかも、誰もが自分は全力をつくしていたのだと思っている。醒めている者も、ふつう亡命の可能性に乏しいから、担いでいるふりをしないわけにはゆかない(中井久夫「戦争と平和についての観察」『樹をみつめて』所収ーー「おみこしの熱狂と無責任」気質(中井久夫)、あるいは「ヤンキー」をめぐるメモ

「正義の味方」を自称するいわゆる「カウンター」運動をしている連中も、あきらかに報復活動熱烈派予備軍である。それは「構造的な類似(ネトウヨ/カウンター)」や「「パリ10 区・11 区という場所」がなぜテロのターゲットになったのか」などでみたのでくり返さない。

ーーこう記しているわたくしももちろん「予備軍」である。たとえば愛する人をテロで失ったとき、どうやって人は冷静でいられよう?

ランク(1913年)はちかごろ、神経症的な復讐行為が不当に別の人にむけられたみごとな症例を示した。この無意識の態度については、次の滑稽な挿話を思い出さずにはいられない。それは、村に一人しかいない鍛冶屋が死刑に値する犯罪をひきおこしたために、その村にいた三人の仕立屋のうちの一人が処刑されたという話である。刑罰は、たとえ罪人に加えられるのではなくとも、かならず実行されなければならない、というのだ。(フロイト『自我とエス』ーー「血まみれの頭ーー〈隣人〉、あるいは抑圧された〈悪〉」)

シリア人たちは、おそらくアサド側からサリン爆弾攻撃を受けた(2013)。復讐行為はアサド直接に対してでなくてよろしい。アサドを支援しているらしき先進諸国であったら誰に対してさえーーひょっとしてサリンを使用してーー、あのトラウマを晴らすかもしれない。それはちょうど毒ガス負傷兵であったヒトラーのように、である。

(第一次世界大戦後)ドイツが好戦的だったのはどういうことか。敗戦ドイツの復員兵は、敗戦を否認して兵舎に住み、資本家に強要した金で擬似的兵営生活を続けており、その中にはヒトラーもいた。ヒトラーがユダヤ人をガスで殺したのは、第一次大戦の毒ガス負傷兵であった彼の、被害者が加害者となる例であるからだという推定もある。薬物中毒者だったヒトラーを戦争神経症者として再検討することは、彼を「理解を超えた悪魔」とするよりも科学的であると私は思う。「個々人ではなく戦争自体こそが犯罪学の対象となるべきである」(エランベルジェ)。(中井久夫 「トラウマとその治療経験」『徴候・記憶・外傷』所収)

私はテロで妻を殺されたが報復などしない、と決然と宣言するすぐれた方がいる。だが彼のトラウマは消えない。するとそのトラウマから生じる破壊衝動は、外部に向うのを抑制すれば、内へと向う。

以下の文はややここでの文脈と異なるが、メカニズムとしては同じである。

想いだしてみよう、奇妙な事実を。プリーモ・レーヴィや他のホロコーストの生存者たちによって定期的に引き起こされることをだ。生き残ったことについての彼らの内密な反応は、いかに深刻な分裂によって刻印されているかについて。意識的には彼らは十分に気づいている、彼らの生存は無意味なめぐり合わせの結果であることを。彼らが生き残ったことについて何の罪もない、ひたすら責めをおうべき加害者はナチの拷問者たちであると。だが同時に、彼らは“非合理的な”罪の意識にとり憑かれる(それは単にそれ以上のようにして)。まるで彼らは他者たちの犠牲によって生き残ったかのように、そしていくらかは他者たちの死に責任があるかのようにして。――よく知られているように、この耐えがたい罪の意識が生き残り者の多くを自殺に追いやるのだ。これが露わにしているのは、最も純粋な超自我の審級である。不可解な審級、それがわれわれを操り、自己破壊の渦巻く奈落へと導く。(ジジェク、2012)

さて冷静で入られるうちに、こうやってジジェクでも引用しておくのだ。いずれにしろわたくしはきみたちの《おみこしの熱狂》をあまりみたくはない。

我々が考えるべき、別の、もっと形式的な側面……すなわち、普通の日常生活の束の間の残酷な途絶である。意味深いことに、攻撃された対象は、軍事施設や政治施設ではなく、日常の大衆文化ーーレストランやライヴハウス、サッカースタジアムだ。このようなテロリズムの形式--束の間の破裂ーーは、主に西側の先進諸国における攻撃を特徴づける。そこにはハッキリとした対照がある。多くの第三世界の国々では、暴力は生活の半永久的な事態だ。考えてみるがいい、コンゴやアフガニスタン、シリア、イラク、レバノンでの日常生活を。いったいどこにあるのだ国際的連帯の叫びは? 数多くの第三世界の人びとが死んでいるときに。(The Paris Attacks and a Disturbance in a Cupola BY SLAVOJ ŽIŽEK 11/18/15

ーーおまえら、第三国の連中をウサギあつかいしてるだろ? パリテロ後、「連帯」やら「祈り」やらと「涼しい顔をして」ほざいているそこのオマエラだ!!




ジジェク) リオ・デ・ジャネイロのような都市には何千というホームレスの子供がちがいます。私が友人の車で講演会場に向っていたところ、私たちの前の車がそういう子供をはねたのです。私は死んで横たわった子供を見ました。ところが、私の友人はいたって平然としている。同じ人間が死んだと感じているようには見えない。「連中はウサギみたいなもので、このごろはああいうのをひっかけずに運転もできないくらいだよ。それにしても、警察はいつになったら死体を片づけに来るんだ?」と言うのです。左翼を自認している私の友人がですよ。要するに、そこには別々の二つの世界があるのです。海側には豊かな市街地がある。他方、山の手には極貧のスラムが広がっており、警察さえほとんど立ち入ることがなく、恒常的な非常事態のもとにある。そして、市街地の人々は、山の手から貧民が押し寄せてくるのを絶えず恐れているわけです。……

浅田彰) こうしてみてくると、現代世界のもっとも鋭い矛盾は、資本主義システムの「内部」と「外部」の境界線上に見出されると考えられますね。

ジジェク)まさにその通りです。だれが「内部」に入り、だれが「外部」に排除されるかをめぐって熾烈な闘争が展開されているのです。(浅田彰「スラヴォイ・ジジェクとの対話」1993.3『SAPIO』初出『「歴史の終わり」と世紀末の世界』所収ーー「ルソー派とニーチェ派」)




川上泰徳@kawakami_yasu: シリア人権ネットワーク(SNHR)が2011年3月から今年10月末までのシリア内戦の民間人死者を集計。計188502人。政府軍や政府系民兵による死者180879(96%)、反体制組織2669、イスラム国1712、クルド勢力379、ヌスラ戦線347、ロシア軍263、有志連合251。

シリア人権ネットワークは反体制地域各地で情報を確認しつつ者数を集計。政権支配地域では直接活動はしていないが、政権の拷問による死者も集計。政治的な偏向があるとか、数字が偏っているなどの批判があるとしても、空爆や樽爆弾をする政権軍が圧倒的に民間人を殺害していることは動かないでしょう。

シリア政権軍の空爆が圧倒的多数の民間人を殺している一方で、昨年9月からの有志連合の空爆による民間人死者が251いるのも重大。9月末から空爆を始めたロシア軍は263人。太平洋戦争で米軍による徹底的な都市爆撃を経験した日本人は、空爆の無差別性と非人道性にもっと敏感になるべきでしょう。

私はイスラム国を深刻な脅威であると考えるが、いまのシリアでの政権軍の非道が続く限り、ISを止めることはできないと危惧する。ISに参加する若者たちやISを支持する部族がISの暴力はイスラムを守るためでも、民衆を守るためでもないと気けば、ISは支持を失うだろうが、状況は悪化するばかり



2015年11月20日金曜日

傷口に塩を塗る「連帯」理念

なにやら意味不明のことを言ってくる人がいるが、「「パリ10 区・11 区という場所」がなぜテロのターゲットになったのか」において、別にむずかしいことをいっているわけではない。

「被害者意識」とは、人を正義の場に立たせてくれるのだから、おおくの人はそこに憩う。その悪臭をかぎつけただけだ。あの程度の露骨な悪臭であるなら、ニーチェほどの鼻が利く必要はまったくない。

最後に、わたしの天性のもうひとつの特徴をここで暗示することを許していただけるだろうか? これがあるために、わたしは人との交際において少なからず難渋するのである。すなわち、わたしには、潔癖の本能がまったく不気味なほど鋭敏に備わっているのである。それゆえ、わたしは、どんな人と会っても、その人の魂の近辺――とでもいおうか?――もしくは、その人の魂の最奥のもの、「内臓」とでもいうべきものを、生理的に知覚しーーかぎわけるのである……わたしは、この鋭敏さを心理的触覚として、あらゆる秘密を探りあて、握ってしまう。その天性の底に、多くの汚れがひそんでいる人は少なくない。おそらく粗悪な血のせいだろうが、それが教育の上塗りによって隠れている。そういうものが、わたしには、ほとんど一度会っただけで、わかってしまうのだ。わたしの観察に誤りがないなら、わたしの潔癖性に不快の念を与えるように生れついた者たちの方でも、わたしが嘔吐感を催しそうになってがまんしていることを感づくらしい。だからとって、その連中の香りがよくなってくるわけではないのだが……(ニーチェ『この人を見よ』手塚富雄訳)


◆「メモ:「被害者意識」(蓮池透氏)」より一部再掲。

被害者意識というのはやっかいなものです。私も、被害者なのだから何を言っても許されるというある種の全能感と権力性を有してしまった時期があります。時のヒーローでしかたらね。(……)

被害者意識は自己増殖します。本来、政治家はそれを抑えるべきなのに、むしろあおっています。北朝鮮を「敵」だと名指しして国民の結束を高める。為政者にとっては、北朝鮮が「敵」でいてくれると都合がいいのかもしれません。しかし対話や交渉はますます困難となり、拉致問題の解決は遠のくばかりです。

拉致問題を解決するには、日本はまず過去の戦争責任に向き合わなければならないはずです。しかし棚上げ、先送り、その場しのぎが日本政治の習い性となっている。拉致も原発も経済政策も、みんなそうじゃないですか。

(……)日本社会は被害者ファンタジーのようなものを共有していて、そこからはみ出すと排除の論理にさらされる。被害者意識の高進が、狭量な社会を生んでいるのではないでしょうか。(蓮池透発言(元「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」事務局長))
……被害者の側に立つこと、被害者との同一視は、私たちの荷を軽くしてくれ、私たちの加害者的側面を一時忘れさせ、私たちを正義の側に立たせてくれる。それは、たとえば、過去の戦争における加害者としての日本の人間であるという事実の忘却である。その他にもいろいろあるかもしれない。その昇華ということもありうる。

社会的にも、現在、わが国におけるほとんど唯一の国民的一致点は「被害者の尊重」である。これに反対するものはいない。ではなぜ、たとえば犯罪被害者が無視されてきたのか。司法からすれば、犯罪とは国家共同体に対してなされるものであり(ゼーリヒ『犯罪学』)、被害者は極言すれば、反国家的行為の単なる舞台であり、せいぜい証言者にすぎなかった。その一面性を問題にするのでなければ、表面的な、利用されやすい庶民的正義感のはけ口に終わるおそれがある。(中井久夫「トラウマとその治療経験」『徴候・外傷・記憶』所収)

両方とも日本民族の被害者幻想を指摘しているが、これは多かれ少なかれどの民族にもある。

他方、多文化主義者の他民族との連帯意識は、たとえばフランス人であればアルジェエリア戦争の《過去の戦争責任に向き合》うことを忘れさせてくれる(参照:「フランス人のマグリブ人に対する敵意」)。

ーーようはムスリムたちが、パリにおける自由・平等・博愛的「集団神経症」に鼻を抓みたくなる心性ぐらいは気づけよ、ということだけだ。

そもそもムスリムたちはパリ郊外というゲットーに隔離されて生活してる連中が多いのだ。次ぎの文も何度も引用しているが、再掲しておこう。

そもそも「他者に開かれた多文化社会」を目指しつつ、実際は移民をフランス人の嫌がる仕事のための安価な労働力として使い、「郊外」という名のゲットーに隔離してきたわけで、そういう移民の若者の鬱屈をイスラム原理主義が吸収したあげく今回のようなテロが起きたと考えられる。 (浅田彰「パリのテロとウエルベックの『服従』」

フランスは、《わが国こそ世界で最も自由、平等、友愛の理念を実現した国だという自負そのものが、ナショナリズムや愛国心を生み、他国、他民族を蔑視し差別するメカニズムが働いてしまっている》(参照)のであり、自由と連帯と他者に開かれた多文化社会の象徴であるパリ10 区・11 区に、鬱屈をかかえたムスリムたちが、仏人の過去の搾取や暴力的支配の実践を隠蔽する仕草、そして《傷口に塩を塗りつけるように、反対物、すなわち自由・平等・民主の仮面の下で、野蛮な現実をプレゼンする》現場を幻想的に見出してもなんの不思議でもないだろう、--そういうことを記しただけだ。

…………


同情されて怒り狂うドストエフスキーの誇り高い登場人物たち。

彼にとっては、愛と過度のにくしみも、善意とうらぎりも、内気と傲岸不遜も、いわば自尊心が強くて誇が高いという一つの性質をあらわす二つの状態にすぎないのです。そんな自尊心と誇が、グラーヤや、ナスターシャや、ミーチャが顎ひげをひっぱる大尉や、アリョーシャの敵=味方のクラソートキンに、現実のままの自分の《正体》を人に見せることを禁じているというわけなのです。(プルースト『囚われの女』)