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2019年11月8日金曜日

女陰掃除の常道

女陰欲動の反復強迫があって困っている場合(困っていなければなにも問題ない)、バルチュスから掃除を始めるべきである。




一般に、語られる外傷性事態は、二次的な体験、再燃、再演であることが多い。学校でのいじめが滑らかに語られる時など、奥にもう一つあると一度は考えてみる必要がある。(……)

しかし、再燃、再演かと推定されても、当面はそれをもっぱら問題にしてよい。急いで核心に迫るべきではない。それは治療関係の解消あるいは解離その他の厄介な症状を起こす確率が高い。「流れがつまれば水下より迫れ(下流の障害から除去せよ)」とは下水掃除の常道である。〔中井久夫「トラウマと治療体験」初出2000年『徴候・記憶・外傷』所収)

《「流れがつまれば水下より迫れ(下流の障害から除去せよ)」とは下水掃除の常道》とあるとおりである。もちろんバルチュス経験よりもさらに下流に女陰地震外傷がありうる。

たまたま、私は阪神・淡路大震災後、心的外傷後ストレス障害を勉強する過程で、私の小学生時代のいじめられ体験がふつふつと蘇るのを覚えた。それは六十二歳の私の中でほとんど風化していなかった。(中井久夫「いじめの政治学」『アリアドネからの糸』所収、1996年)

とすればこちらの下水処理も重要である。

最初に語られるトラウマは二次受傷であることが多い。たとえば高校の教師のいじめである。これはかろうじて扱えるが、そうすると、それの下に幼年時代のトラウマがくろぐろとした姿を現す。震災症例でも、ある少年の表現では震災は三割で七割は別だそうである。トラウマは時間の井戸の中で過去ほど下層にある成層構造をなしているようである。ほんとうの原トラウマに触れたという感覚のある症例はまだない。また、触れて、それですべてよしというものだという保証などない。(中井久夫「トラウマについての断想」初出2006年『日時計の影』所収)

重要なのは、井戸の底のくろぐろとした実存的女陰ばかりにこだわっていてはならないことだとわたくしは考える。

二年前の夏、七月十一日、私の母は、死んだ。私は撮った。これ以上の写真は、私にはこ れから先もう撮れないであろうと感じた。私は、すでに「写真」を撮ってしまったと思った。私 は、写真家として終わってしまったと思った。

そんな私が、夏の終わりの頃であろうか、千葉のストリップ劇場「さかえ座」で、「葵浮世絵花魁ショウ」をひきいる浅草駒太夫に出会った。

よく写真は出会いであるというが、この出会いは、そんな生やさしい出会いでなく、まさに 衝撃であった。

浅草駒太夫は、特出しで私にせまってきた。「母の死」でセンチメンタルになっていた私ではあるが、かつては女陰カメラマンと称された私、決してひるまず、ぐっとのりだしてストロボ 一発、アサヒペンタックス6×7は駒太夫の女陰に命中した。その閃光は子宮にまではいりこんだ。

駒太夫の女陰は、ビクともピクリともしなかった。決して駒太夫が不感症であるというのではない。ソコに、駒太夫の女陰が、実存していたのであった。コレが実存性というのであろう。ソコに、浅草駒太夫という女性が在 ( い ) たのであった。

死、そして生。性から死。人生とはくりかえしひっくりかえしナベの底とはよく言ったもんだ やっぱり古人は偉い。私は写真家として復活したのであった。 (荒木経惟『ストリップ・ショウは写真論である』 1967年)


もちろん女陰地震やバルチュス経験をもてば実存的女陰を想起するのは必然である。

経験された寄る辺なき状況 (無力な状況 Situation von Hilflosigkeit) を外傷的 traumatische 状況と呼ぶ 。⋯⋯(そして)現在に寄る辺なき状況が起こったとき、昔に経験した外傷経験 traumatischen Erlebnisseを思いださせる。(フロイト『制止、症状、不安』1926年)

とはいえまずは女陰地震やバルチュス外傷治療による玉突き効果を期待せねばならない。

治療はいつも成功するとは限らない。古い外傷を一見さらにと語る場合には、防衛の弱さを考える必要がある。⋯⋯⋯統合失調症患者の場合には、原外傷を語ることが治療に繋がるという勇気を私は持たない。

統合失調症患者だけではなく、私たちは、多くの場合に、二次的外傷の治療を行うことでよしとしなければならない。いや、二次的外傷の治療にはもう少し積極的な意義があって、玉突きのように原外傷の治療にもなっている可能性がある。そうでなければ、再演であるはずの二次的外傷が反復を脱して回復することはなかろう。(中井久夫「トラウマとその治療経験」2000年初出『徴候・記憶・外傷』所収)

バルチュス外傷とはおおむね暖炉の火を立て直す男にかかわるはずである。





暖炉の火が穏やかな気配の弱さになっていたのを、僕は立て直そうとした。(……)

炎の起こったところでふりかえると、スカートをたくしあげている紡錘形の太腿のくびれにピッチリはまっているまり恵さんのパンティーが、いかにも清潔なものに見えた。(大江健三郎『人生の親戚』)

治療とは、なによりもまず言語化あるいは言語化でなくてもイマージュ化(絵画療法)である。

言語化への努力はつねに存在する。それは「世界の言語化」によって世界を減圧し、貧困化し、論弁化して秩序だてることができるからである。(中井久夫「発達的記憶論」初出2002年『徴候・記憶・外傷』所収)

バルテュスは「絵画は他の言葉では表現することができない言語活動だ」と言っている。

最も重要なのは、くりかえせば、下流の下水掃除を回避して上流の実存的女陰に逃げていてはならないことである。

フロイトも上流掃除にのみ励むのは、《火の出た部屋からそのランプを外に運び出すだけで満足する、といったことになってしまうのではないか》と言っている。

オットー・ランクは『出産外傷 Das Trauma der Geburt』 (1924)にて、出生という行為は、一般に母への「原固着 Urfixierung」が克服されないまま、「原抑圧 Urverdrängung」を受けて存続する可能性をともなうものであるから、この出産外傷こそ神経症の真の源泉である、と仮定した。

後になってランクは、この「原トラウマ Urtrauma」を分析的な操作で解決すれば神経症は総て治療することができるであろう、したがって、この一部分だけを分析するば、他のすべての分析の仕事はしないですますことができるであろう、と期待したのである。

…だがおそらくそれは、石油ランプを倒したために家が火事になったという場合、消防が、火の出た部屋からそのランプを外に運び出すだけで満足する、といったことになってしまうのではなかあろうか。もちろん、そのようにしたために、消化活動が著しく短縮化される場合もことによったらあるかもしれないが。(フロイト『終りある分析と終りなき分析』第1章、1937年)


下流の下水掃除を怠れば、場合によっては侵入症状が頻発することになりかねない。

治療における患者の特性であるが、統合失調症患者を診なれてきた私は、統合失調症患者に比べて、外傷系の患者は、治療者に対して多少とも「侵入的」であると感じる。この侵入性はヒントの一つである。それは深夜の電話のこともあり、多数の手紙(一日数回に及ぶ!)のこともあり、私生活への関心、当惑させるような打ち明け話であることもある。たいていは無邪気な範囲のことであるが、意図的妨害と受け取られる程度になることもある。彼/彼女らが「侵入」をこうむったからには、多少「侵入的」となるのも当然であろうか。世話になった友人に対してストーキング的な電話をかけつづける例もあった。(中井久夫「トラウマと治療体験」2000年『徴候・記憶・外傷』所収)

とはいえバルチュス外傷自体、本来的に治癒不能の外傷であることを熟知せねばならない。

私は外傷患者とわかった際には、①症状は精神病や神経症の症状が消えるようには消えないこと、②外傷以前に戻るということが外傷神経症の治癒ではないこと、それは過去の歴史を消せないのと同じことであり、かりに記憶を機械的に消去する方法が生じればファシズムなどに悪用される可能性があること、③しかし、症状の間隔が間遠になり、その衝撃力が減り、内容が恐ろしいものから退屈、矮小、滑稽なものになってきて、事件の人生における比重が減って、不愉快な一つのエピソードになってゆくなら、それは成功である。これが外傷神経症の治り方である。④今後の人生をいかに生きるかが、回復のために重要である。⑤薬物は多少の助けにはなるかもしれない。以上が、外傷としての初診の際に告げることである。(中井久夫「外傷性記憶とその治療ーー一つの方針」初出2003年)

ちなみに蚊居肢子は高所恐怖症は治らない。いやいったんは軽度になったのだが、最近また復活した。

10歳ぐらいまではジャングルジムに上ったり二階建ての家の窓際に立つだけでひどい冷や汗や身体の震えに襲われた。その後はいくらか軽度になったとはいえ、高層住宅の足元まで透けた一面ガラスの窓際やら吊橋、遊園地の観覧車などは全然ダメである。映画でビルの屋上の際に座って足をぶらぶらしている美女などをみるとほとんど失神しそうになる。イマコウキシタダケデ足ガフルエテクル・・・

ところで、である。幼い頃頻発した穴に吸い込まれる夢を最近またよく見るようになったのである。夜間の睡眠中というのではない。わたくしは成年後はとても熟睡タイプで夢の記憶というのはほんの僅かしかない。そうではなく昼下がり、少しウトウトしたときにブラックホールが顕現する。かつまたある種の音楽を聴いていると渦巻く穴めいたものが現れる。ほかにもうひとつあるが、これは言わないでおく。

ただし昔はただ怖いだけだったが、最近現れる穴はどこか吸い込まれてもいい感じがないでもない。その穴のなかに消滅したいリビドー感覚である。リビドー=享楽であり、享楽感覚といってもよい。

わたくしのフロイトへの真の信頼は次の文から始まる。

外部(現実)の危険[äußere (Real-) Gefahr] は、それが自我にとって意味をもつ場合は、内部化Verinnerlichungされざるをえないのであって、この外部の危険は寄る辺なさ(無力さHilflosigkeit)経験した状況と関連して感知されるに違いないのである。
注)自我がひるむような満足を欲する欲動要求 Triebanspruch は、自分自身にむけられた破壊欲動Destruktionstriebとしてマゾヒスム的でありうる。おそらくこの付加物によって、不安反応 Angstreaktion が度をすぎ、目的にそわなくなり、麻痺する場合が説明される。高所恐怖症 Höhenphobien(窓、塔、断崖)はこういう由来をもつだろう。そのかくれた女性的な意味は、マゾヒスムに近似している ihre geheime feminine Bedeutung steht dem Masochismus nahe。(フロイト『制止、症状、不安』最終章、1926年)
欲動要求はリアルな何ものかである [Triebanspruch etwas Reales ist(exigence pulsionnelle est quelque chose de réel](フロイト『制止、症状、不安』最終章、1926年)


ここで究極的な意味での原マゾヒズム(フロイトの「原ナルシシズム的リビドー備給ursprünglich narzisstischen Libidobesetzung =原欲動 Urtriebe」)について、ラカンの言葉を引用しておいてもよい。

死への道 Le chemin vers la mort…それはマゾヒズムについての言説であるdiscours sur le masochisme 。死への道は、享楽と呼ばれるもの以外の何ものでもない。le chemin vers la mort n’est rien d’autre que ce qu’on appelle la jouissance (ラカン、S17、26 Novembre 1969)


何度か示しているが、蚊居肢子の原光景は三歳三ヶ月幼稚園初登園時の記憶「鎮守の森」である。




蚊居肢子の穴をめぐる記述は、この原風景にたいする言語化・防衛である比重が大であることをここで白状しておこう。

そして主に59歳、18歳、14歳、3歳という成層構造があることも記しておくべきか。