このブログを検索

2025年8月29日金曜日

想像してみてください、日本の愚かしさを。想像してみてください、中国の女たちの美しさを。

 




➡︎動画

………………


首のない馬の腸のとぐろまく夜の陣地

姦淫された少女のほそい股が見せる焼かれた屋根

朝の沼での兵士と死んだ魚の婚礼


ーー吉岡実「死児」



水のながれは止る 

その全面の硬い量の上をすべる 

女と魚 

たえずまくれるスカートのなかの鱗で飾られた脚


ーー吉岡実「水のもりあがり」



ぼくがクワイがすきだといったら

ひとりの少女が笑った

それはぼくが二十才のとき

死なせたシナの少女に似ている

・・・

コルクの木のながい林の道を

雨傘さしたシナの母娘

美しい脚を四つたらして行く下からまる見え


ーー吉岡実「恋する絵」



或る別の部落へ行った。兵隊たちは馬を樹や垣根につなぐと、土造りの暗い家に入って、チャンチュウや卵を求めて飲む。或るものは、木のかげで博打をする。豚の奇妙な屠殺方法に感心する。わたしは、暗いオンドルのかげに黒衣の少女をみた。老いた父へ粥をつくっている。わたしに対して、礼をとるのでもなければ、憎悪の眼を向けるでもなく、ただ粟粥をつくる少女に、この世のものとは思われぬ美を感じた。その帰り豪雨にあい、曠野をわたしたちは馬賊のように疾走する。ときどき草の中の地に真紅の一むら吾亦紅が咲いていた。満人の少女と吾亦紅の花が、今日でも鮮やかにわたしの眼に見える。揚柳の下に、豪華な色彩の柩が放置されているのも、異様な光景だ。ふたをとって覗いて見たらと思ったが、遂に見たことはない。びらんした屍体か、白骨が収まっているのだろう。みどりに芽吹く外景と係りなく。やがて黄塵が吹きすさぶ時がくるのだ。


反抗的でも従順でもない彼ら満人たちにいつも、わたしたちはある種の恐れを抱いていたのではないだろうか。〔・・・〕


彼らは今、誰に向って「陰惨な刑罰」を加えつつあるのか。


わたしの詩の中に、大変エロティックでかつグロテスクな双貌があるとしたら、人間への愛と不信をつねに感じているからである。(吉岡実「わたしの作詩法?」)