2017年12月16日土曜日

ボクは青ざめる

恋愛とは何か? 自己の外に出ようとする欲求だ。人間は崇拝する動物だ。崇拝する、それは自己を供犠に付し、自己を売春に付すことだ。ゆえにすべての恋愛は売春である。(ボードレール、Mon cœur mis à nu)

この数日で立場が完全に逆転したな、20日ぐらい死闘が続くけどさ。

恋愛は拷問または外科手術にとても似ているということを私の覚書のなかに既に私は書いたと思う。(⋯⋯)たとえ恋人ふたり同士が非常に夢中になって、相互に求め合う気持ちで一杯だとしても、ふたりのうちの一方が、いつも他方より冷静で夢中になり方が少ないであろう。この比較的醒めている男ないし女が、執刀医あるいは体刑執行人である。もう一方の相手が患者あるいは犠牲者である。(ボードレール、Fusées)

昨晩、何時に寝たかな、たぶん8時ごろだよ、昨晩ってのか今朝の。

ボクは青ざめるよ、

異なった誇り。 ――女性は、その恋人が自分たちにふさわしくないかもしれないと想像して青ざめる。男性は、自分たちがその恋人にふさわしくないかもしれないと想像して青ざめる。

ここで話題にするのは、申し分のない女性や男性のことである。 “通常” 確信と力の感情を備えた人間であるそういう男性は、情熱の状態になると、はにかみ、自分を疑う。しかしそういう女性は、平常いつも自分は弱いものであり、身を捧げる心構えがあると感じているが、情熱という高潮した “例外 ” のときになると、誇りをもち、力の感情をもつ。 ――このようなものとして女性は問う。だれが私にふさわしいのか?(ニーチェ『曙光』403番)

⋯⋯⋯⋯

・現在の彼は、遊戯の段階からはみ出しそうな女性関係には、巻込まれまいと堅く心に鎧を着けていた。

・私は蕩児の姿勢を装って、町を歩きまわっていた。(吉行淳之介「娼婦の部屋」)  

鎧は完全にボロボロになっちまった。

Aの意識の底には、女にたいして精神的になりたいという欲求が潜んでいるのではないか。精神的になる価値のある女を、ひそかに探し求めているのではないか。(吉行淳之介「星と月は天の穴」)