前回示したイランのグランドプランのひとつである「ペトロダラーシステムの打破」は、事実上BRICS、あるいは上海協力機構(SCO)の基本的戦略であり、つまりイランの背後には中国とロシアがいる。流れとしては、ペトロダラーシステムの打破による脱ドル化▶︎基軸通貨ドルの崩壊▶︎ハイパーインフレである。
(なおプーチンは、2024年2月のタッカー・カールソンによるインタビューに於いて、《ドル武器化の愚かさーー米国指導層による「ドル殺し」》を語っている[参照]。)
さて、これも今まで繰り返して来たが、ここではジェフリー・サックスとケインジアン岩井克人の発言を簡潔に示そう。
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◼️ジェフリー・サックス 「ドルの最後の10年?中国の台頭とアメリカの没落」2025年4月19日 Jeffrey Sachs’ interview on The Jay Martin Show episode titled “The Dollar’s Final Decade? China’s Rise vs. America’s Fall”, [April 19, 2025].) |
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アメリカは世界の基軸通貨としての地位を維持することはできないだろう。〔・・・〕 私たちは今、一種の債務スパイラルに陥っている。残念ながら、トランプと共和党、そして民主党も同じことをやっている。彼らは、すでに負債が大量に流出しているときに、減税に心血を注いでいる。ワシントンでは誰も真剣に取り組んでいない。誰も本当の数字や予算を見ようとしない。彼らは富裕層の寄付者に目を向け、寄付者は減税しろと言う。そして彼らは、2年後には政権に就きたいので、皆さんの選挙資金が必要です」と言う。 だから基本的に、私たちは借金スパイラルに陥っている。同時に、あなたが言ったように、ドルの役割は縮小しつつあり、私たちはそれに反対するが、それを止めることはできない。 |
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the United States will not remain the key currency of the world.(…) So we’re in a kind of debt spiral right now. And unfortunately Trump and the Republicans, and I’ll add in the Democrats too, because they do the same thing. They have their hearts set on tax cuts at a time when we’re hemorrhaging debt already. Nobody’s serious in Washington. Nobody looks at real numbers, no one looks at real budgets. They look to their donors and the donors say, cut my taxes. And they say, absolutely, we want to be in office two years from now. We need your campaign contributions. So basically we’re in a debt spiral at the same time that the role of the dollar, like you said, is going to diminish and we’re going to rail against it, but we’re not going to stop that. |
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◼️岩井克人さんが語る米国の自壊 「基軸国」を失う世界で日本の使命は 聞き手・石川智也2025年5月21日 |
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「ドルが基軸通貨でなくなれば、世界中のドルが還流し、米国はあっという間にハイパーインフレとなります。また従来の安全保障体制を解体すれば、同盟国への輸出に支えられた武器産業は傾き、軍事技術の民生転用で優位性を保っていた先端技術も低迷するでしょう。ソフトパワーも落ち、世界はハリウッド映画をだんだん見なくなる……。基軸国でなくなるということは、実体以上に持っていた影響力が消え、特権的地位がもたらしてきた様々な利益を失うということ。実際に米国債が売られ長期金利が上昇し始めたことでウォール街が慌て、米政権内部もようやく自分たちの立場に気付いた節があります。関税政策をめぐる最近の迷走は、それを物語っているように見えます」 |
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基軸通貨崩壊による米国のハイパーインフレのメカニズム詳述版は次の通り。 |
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グローバル市場経済にとっての真の危機とは、金融危機でもなければ、それにつづく恐慌でもない。ハイパー・インフレーションである。そして、グローバル市場経済におけるハイパー・インフレーションとは、もちろん、基軸通貨ドルの価値が暴落してしまう「ドル危機」のことである。それは、基軸通貨としてのドルを支えているあの「予想の無限の連鎖」の崩壊過程にほかならないのである。 |
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さて、このドル危機がグローバル市場経済のなかでおこるとしたら、それは何らかの理由で、世界中のひとびとが基軸通貨として保有しているドルを過剰に感じることから出発するはずである。世界各地の外国為替市場でドルがほかのすべての通貨にたいして売られ、ドル価値の下落がはじまるのである。もちろん、このようなドル価値の下落が一時的でしかないという予想が支配しているかぎり、ドル危機にはいたらない。だが、もしどこかの時点で、ドル価値がさらに下落するという予想のほうが支配的になってしまうと、事態は後戻りできなくなる。ほかのひとびとがもはや将来ドルを基軸通貨として受け入れてはくれないのではないかという恐れが広がり、 その恐れによって、実際にひとびとはドルを基軸通貨として受け入れることを拒否するようになるのである。恐れが自己実現し、世界中のひとびとはドルから遁走しはじめる。それは、たんにドルが世界各地の外国為替市場で売り浴びせられるというだけではない。それまで基軸通貨として、タイからロシア、ロシアから韓国、韓国からブラジルへとアメリカの国外を回遊しつづけていた膨大な量のドルが、アメリカ国内に大挙して押し寄せ、アメリカ製品との交換を要求することになるはずである。ドル紙幣をたんなる紙くずにしてしまうよりは、なんでもよいからモノのかたちにしておいたほうがはるかにましだからである。アメリカ国内もたちまちハイパー・インフレーションに突入してしまうだろう。(その結果、ドルがほんとうにたんなる紙くずになってしまうかもしれない。)ドルを基軸通貨として支えていたあの「予想の無限の連鎖」が崩壊し、ドルはほかの通貨と同様の、たんなるアメリカの通貨、しかも大幅に価値を失った一国通貨になり下がってしまうのである。 |
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もしこのような「ドル危機」が実際におこることになれば、そのとき、基軸通貨ドルの媒介によって可能となっていた貿易取り引きも金融取り引きも、その大部分が不可能となってしまうはずである。世界は細かく国ごとに分断されるか、いくつかのブロックに分割され、貿易も金融も各国同士のバーター取り引きかブロック内の取り引きに制限されてしまうことになる。ドル危機の行き着く先は、グローバル市場経済そのものの解体にほかならないのである。(岩井克人『二十一世紀の資本主義論』2000年) |
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「予想の無限の連鎖」という表現が2度出てくるが、これはケインズの美人投票論に起源がある▶︎参照 |
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ハイパーインフレとは「貨幣のパニック」を意味する。 |
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貨幣のバブルーーそれは、人が実際のモノよりも貨幣を貨幣として欲しがることである。その結果、モノ全体に対する需要が減ると、生産や雇用が停滞する不況が始まり、それによって不安をかき立てられた人がさらに貨幣を手元に置き始めると、不況が一層進展し始める。その極限状態が、誰も何もモノを買おうとしなくなってしまう恐慌に他ならない。 貨幣のパニックーーそれは、 貨幣が貨幣であることに人が不安を抱き、 それを早くモノに換えたいと思うことである。それによってモノの価格全体が上昇しはじめるとインフレになり、貨幣の価値を押し下げる。一層インフレが進展すると人びとが予想し始めると、貨幣をモノに換えようという動きが加速され、さらにインフレを促進してしまうという悪循環に陥ってしまう。その極限状態が、誰も貨幣を貨幣として受け取ろうとしなくなるハイパーインフレなのである。 (岩井克人「自由放任主義の第二の終焉」2008年、pdf) |
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以下の『貨幣論』において、「不況やインフレ的熱狂」と「ハイパー・インフレーション」の相違が説明されているが、パニックとは後者の「商品世界の解体」の審級にある。 |
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不況(Depression、depression)、熱狂(Manie、mania)、さらには解体(Spaltung、splitting)ーー貨幣的な交換に固有な困難のあり方を形容するためにわれわれがもちいたこれらの言葉が、それぞれ鬱病(depression)、躁病(mania)、精神分裂病(schizophrenia = splitting of mind)といった精神病理学的な病名を想いおこさせるのはけっして偶然ではない。精神病理学者の木村敏によれば、躁鬱病とは、自己が自己であるということはあくまでも自明なものとされたうえで、その自己の対社会的な役割同一性が疑問に付されているという事態であり、これにたいして分裂病とは、まさに自己が自己であるということの自明性が疑問に付されてしまう事態であり、自己がそのつど自己自身とならなければならないという個別化の営みの失敗として特徴づけられるという。( 『分裂病の現象学』(弘文堂、一九七五)、『自己・あいだ・時間』(弘文堂、一九八一)、 『時間と自己』(中公新書、一九八二)、 『分裂病と他者』(弘文堂、一九九O)等の一連の著作を参照のこと。)じっさい、これからわれわれは、不況やインフレ的熱狂とは、貨幣が貨幣であることは前提とされたうえでの、貨幣とほかの商品全体とのあいだの関係において生じる困難であるのにたいして、ハイパー・インフレーションとは、貨幣が貨幣であることの根拠そのものが疑問に付され、その結果として貨幣の媒介によって維持されている商品世界そのものが解体してしまうという事態にほかならないということを論ずるつもりである。すなわち、人間社会において自己が自己であることの困難と、資本主義社会において貨幣が貨幣であることの困難とのあいだには、すくなくとも形式的には厳密な対応関係が存在しているのである。(岩井克人『貨幣論』第4章「恐慌論」34節「不均衡累積課程から乗数課程へ」注16、1993年) |
岩井克人ゼミ出身の小幡績の言い方ならこうである、ーー《ハイパーインフレはインフレとは異なる。別と考えたほうが良い。なぜなら、インフレとはモノの値段が上がることだが、ハイパーインフレはマネーあるいは貨幣の値段が暴落することだからである。貨幣とは本来は価値ゼロのバブルそのものであるから、いったん「価値がない」と思われればすぐに紙くず、あるいは仮想通貨(暗号資産)なら「ビットくず」になってしまう。》(小幡績「そもそもインフレはどうやったら起きるのか?」2021/06/13 )
ここでの小幡績の《貨幣とは本来は価値ゼロのバブルそのもの》とは一見、先の岩井克人の「貨幣のバブル/貨幣のパニック」と矛盾しているように見えるかもしれないが、まったくそうではなく、彼の言っていることは次の「貨幣は無」に相当する、ーー《貨幣とは、まさに「無」の記号としてその「存在」をはじめたのである。》(岩井克人『貨幣論』第三章 貨幣系譜論 25節「貨幣の系譜と記号論批判」1993年)