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2026年7月13日月曜日

リンゼー・グラムはどこで死んだのか

 

噂によれば、リンゼー・グラム(Lindsey Graham)ーーリンジー・グラハム、リンジー・グレアム等とも読まれるのだがーーその彼は公式発表とは異なりウクライナで死んだらしいよ。






日本でも昨日すでにそう疑っている人がいたがね。










そういえば2週間前にロシアの戦略は豹変し、要人の暗殺への動きもあるという話を言っている人がいたな。今のところ上の話と直接結びつけるつもりは毛頭ないがね。


並行図書館 / Parallel Library | Alzhacker @Alzhacker 2026/06/30

プーチン変貌――欧州が創った戦時指導者


プーチンはもはや和平を口にしない。彼が繰り返すのは「勝利」と「解放」という言葉だけだ。この変化は、単なるレトリックの転換ではない。西側がついに、自らが最も恐れていた指導者を生み出してしまった瞬間である。


事の発端は、昨年12月にプーチンのヴァルダイ邸を狙ったドローン攻撃だった。ロシア指導部の多くはこれを暗殺未遂と受け止めた。それから数週間、プーチンはウクライナについて多くを語らなくなった。私はその沈黙の裏で、クレムリン内部で激しい路線論争が起きていると直感した。


その論争にトドメを刺したのは欧州だ。英国をはじめとする欧州諸国では連日、対ロシア戦争を煽る言辞が飛び交い、戦争への忌避感は奇妙なほど薄れた。ロシア国内では、交渉による解決は不可能という見方が支配的になった。


プーチン自身、最近のインタビューで西側の和平提案を「価値のない策略」と一蹴した。さらに、アンカレッジでの米国との合意すら「成立しなかった」と断言し、過去の譲歩に縛られない姿勢を明確にした。この発言は、和平プロセスが完全に死んだことを内外に宣言するものだった。


2014年、欧米はウクライナの親露政権を転覆させ、同国を対ロシア代理戦争の道具として育て上げた。


ミンスク合意は無視され、元NATO大使は「紛争こそが成功」と公言した。イスタンブール和平交渉が頓挫したのも当然の帰結だった。欧米にとって、平和とは育成した代理軍を無駄にすることに他ならなかったからだ。


仮にロシアがドンバス全域を制圧し、ウクライナ軍が壊滅したとしても、それで戦争は終わるのか。


私はそうは思わない。むしろ、これは永久戦争の新たな段階への入り口に過ぎない。


NATOは2014年以来、巨費を投じてウクライナ軍を構築してきた。平和が訪れた瞬間に、その軍を「用済み」として捨てる道理などない。西側はウクライナ西部の残存領域から攻撃を続けさせ、ロシアを永久に出血させる道を選ぶだろう。


モスクワでは今、ウクライナでの勝利だけでは不十分で、「欧州に恐怖を再び植え付ける」段階に踏み込むべきだという議論が力を増している。かつてはカラガノフ教授のような一部の強硬派だけの声だったが、今や安全保障会議レベルにまで浸透しつつある。


欧州の為政者たちは、この現実から目を背けている。その代わりに彼らが熱中するのは、国内で「ウクライナの勝利」を唱和し、異論を封じる偽善的な儀式だ。「プーチンのプロパガンダ」というレッテル一発で、あらゆる理性的議論が抹殺される。


フィンランド大統領は「ロシア人を殺せ」と叫び、ドイツは欧州最強の軍事大国化を夢見る。しかし、ドイツで20万人の若者に志願を募っても、応じたのはわずか500人だ。国民は戦争を望んでいない。それでもメディアと政治階級が議論を封殺するシステムは完璧に機能している。


私が最近モスクワで工場労働者と話したとき、彼らはこの戦争を「ロシア対西側」の生存競争と明確に捉えていた。欧州のタカ派的な言辞は、ロシア社会の結束を逆に固めているのである。


さらに恐ろしいのは、ロシアが「汚い戦争」の段階に入りつつあることだ。ウクライナ諜報員の暗殺をロシアが初めて公然と認めた。これは氷山の一角に過ぎず、報復の連鎖はやがて欧州本土にまで及ぶ可能性がある。


クリミアへの無人機攻撃はロシアに実害を与えているが、それはロシアを屈服させるどころか、その怒りを増幅させるだけだ。核保有国を絶え間なく突くことの危うさを、冷戦時代の指導者なら誰もが理解していた。しかし今や、その基本的な恐怖感が欧州から完全に失われている。


プーチンは依然として抑制を保っているが、その権威が永遠に続く保証はない。もし彼に代わって、より過激な指導者がクレムリンに座ることになれば、欧州ははるかに危険な場所になるだろう。それを理解せず、プーチンの屈辱に熱中する欧州エリートの無分別に、私は戦慄を覚える。


戦争の長期化は欧州経済を蝕んでいる。英国ではこの4年で4人の首相が交代したが、誰もその異常さに気づかない。どの首相も同じ対露強硬路線を踏襲し、経済は悪化の一途をたどる。それでも政治システムは、自動機械のように次の同じ顔を吐き出すだけだ。


最も恐ろしい真実は別にある。私が信頼する英国の元高官から聞いた話だ。2022年以降に交代した4人の首相のうちの一人は、就任直後に「この対露政策は持続不可能だ」と気づいたという。


しかし、それを変えようとした瞬間、自分が長く首相の座にいられないことを悟った。戦争を叫ぶことだけが政治的生存の条件となった社会に、もはや理性の入り込む余地はない。


私が欧州で最も恐れるのは、もはや戦争そのものではない。戦争を止めるための理性的な議論すら不可能になった、この精神の壊死だ。私たちは、自ら招いた破局に向かって、目を開けたまま歩き続けている。


Alexander Mercouris(The Duran司会者)、Glenn Diesen(地政学アナリスト)

対談 『Alexander Mercouris: A New Putin? From Diplomacy to War』(アレクサンダー・メルクーリス:新たなプーチン? 外交から戦争へ)



以上、あくまで噂話だからな、話半分として読まれたし。


❖附記





なおリンゼー・グラム(Lindsey Graham)はジョン・マケイン(John McCain)ととものーー2008年に大統領候補として指名を受けた共和党の重鎮ーー次のような写真が残っている





二人は「ウクライナ工作」でとっても活躍したらしい。




➡︎動画



他方、ジョン・マケインはかつて大きな話題となったアブー・バクル・アル=バグダーディーAbu Bakr al-Baghdadi(自称イスラム国のカリフ)とオトモダチだった。







むかしリンゼー・グラムが若くして両親をなくし妹を育てたという話を読んだことがあるが、やっぱりこの今もそれを言っている人がいるね。



とはいえこのホロっとさせる人物からなぜかこういう人物が出来上がるんだよな、


外傷神経症でも抱えていたんじゃないかね


ヒトラーがユダヤ人をガスで殺したのは、第一次大戦の毒ガス負傷兵であった彼の、被害者が加害者となる例であるからだという推定もある。薬物中毒者だったヒトラーを戦争神経症者として再検討することは、彼を「理解を超えた悪魔」とするよりも科学的であると私は思う。(中井久夫「トラウマとその治療経験」初出2000年『徴候・記憶・外傷』所収)

遅発性の外傷性障害がある。〔・・・〕これはプルーストの小説『失われた時を求めて』の、母をモデルとした祖母の死後一年の急速な悲哀発作にすでに記述されている。ドイツの研究者は、遅く始まるほど重症で遷延しやすいことを指摘しており、これは私の臨床経験に一致する。(中井久夫「トラウマとその治療経験」2000年『徴候・外傷・記憶』)




………

❖追記


Satoko Oka Norimatsu 乗松聡子/ Peace Philosophy Centre@PeacePhilosophy 2026/07/13


【リンゼー・グラムはキーウで死んだはずだ】

ラリー・ジョンソンのブログより:


時系列を追ってみましょう。公式発表によれば、7月11日午後8時30分(米東部時間)、ワシントンD.C.の自宅から心停止の疑いで911に通報があり、「自宅で死亡した」とされています。


こんなのはまったくのでたらめです。


では、時系列を見ていきましょう。リンゼーは7月9日午前7時ごろ(現地時間)にダレス国際空港を出発しました。ダレスからワルシャワまでは飛行時間約9時間です。その後、7月9日午後6時15分(現地時間)にワルシャワを出発する夜行列車に乗り、7月10日午前9時45分から10時45分ごろ(現地時間)にキーウへ到着しました。


つまり、リンゼー・グラムは金曜日(7月10日)の午前11時までにはキーウに到着しています。そこでゼレンスキー大統領と会談し、ドローン工場も視察しています。それなのに、現地で24時間も滞在しないうちにワシントンD.C.へ戻ったと信じろというのでしょうか。私はこれもまた、まったくのでたらめだと言います。


ワルシャワ方面へ戻る最も早い列車は、7月11日午前7時40分から8時ごろにキーウ旅客駅(Kyiv-Pasazhyrskyi)を出発し、午後5時から6時ごろにプシェムィシル中央駅(Przemyśl Główny)へ到着します。これだけで少なくとも9時間かかります。その時点でワシントンD.C.ではおよそ午前11時です。空港までの移動に1時間かかると仮定し、ポーランドを現地時間午後7時に離陸したとしましょう。これはワシントンでは正午に当たります。西向きの飛行は約10時間かかります。つまり、ダレス空港に到着できる最も早い時刻は、7月11日午後10時ごろになります。これは、グラムが「自宅で死亡した」と報じられた時刻より2時間半も後です。


強調しておきますが、米国議会議員やNATO・EU関係者、さらにはジョー・バイデン大統領でさえ、通常は飛行機でポーランドまで行き、そこから列車でキーウへ向かいます。通常、この移動には少なくとも20時間かかります。グラム上院議員がワシントンD.C.の自宅に現地時間午後8時までに到着していたとすれば、ウクライナ時間の午前7時にはキーウを出発していなければならなかった計算になります。しかし、その時間帯にキーウを出発する列車の時刻表は、私は見つけることができませんでした。


UPDATE: The Lindsey Graham Timeline Does Not Work… He Died in Kyiv sonar21.com/the-lindsey-gr…