さて先日、「加藤周一と中井久夫は二〇世紀日本を代表する比類のない知性だった(松浦寿輝)」にて二人を絶賛したので、ここでは「私の愛する加藤周一と中井久夫の文」として、二文ずつ掲げておく。
【加藤周一】
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吸美人淫水 密啓自慙私語盟 風流吟罷約三生 生身堕在畜生道 絶勝潙山戴角情 |
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美人陰有水仙花香 楚臺應望更應攀 半夜玉床愁夢間 花綻一莖梅樹下 凌波仙子遶腰間 |
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ーー『狂雲集』 一休宗純 |
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後生を願わぬではないけれど、今生のつとめはこの人にあずけて、なるようになれと思いきって、あられもない夜の狂おしさにわれを忘れ、今世が空ならば前世も後世も空なるべし、千年も一瞬、この一瞬も千年なりと、わが眼にはみえぬわが身の人の指の這いまわり唇のぬるぬると濡らすままにじんじんと痺れてゆくのに任せれば、森よ、この世がおまえか、おまえがこの世か、と囁く人の声のさすがに息もせわしく、雲か雨か、嵐のなかに呻きながら疲れ果てるまで、どんな考えのあとかたもないけれど、そのことのすぎ去ればふと畜生道の浅ましさに裸の背すじをぞーっとつめたいものの走り、夜着をかきあわせて息をひそめれば、ああ、このままでよいのだろうか、という思いの抑え難くて、傍らに老いたる人のながく収まらない息のせわしさに咳さえ混じるのをききながら、遠い野原にただひとり投げだされたかのように行末もわからぬ心ぼそさのしんしんと身に沁みてくるのを、何とことばにあらあすことができるだろうか。われを忘れるひとときのながくつづけばよかろうものをといえば、―色界の方法は常滅じゃ。―それならば一度は思い切ってつらくも悲しくも身をかくすことが出来た女を、探し出してまで、としにも似ない愛欲の出塵の妨げに溺れてゆくのはどういう心であるのだろうか。ーー出塵羅漢、遠仏地、森よ、情愛深ければ畜生道はこの世の道じゃ、色道なければこの世なし、この世なければ命なし、命なければ仏道もなし、〔・・・〕。 |
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そっと左の乳房の下に手をあてると、どきどきとふれるそのところだけは何か別の生きもののようにも感じられる。子を産んだことのない女の乳房は小さくまるくて掌のなかにすっぽりと入るようでいながら、この日頃人の唇の吸うに任せてきたためであろうか、まえよりもかたく張っているようで、そろりそろりと湯ぶねのなかにたちあがりながら、ぎゅっと握りしめれば、切ないもののからだのなかを走り、湯殿の窓からひんやりとした風のほてった肌に快いものの、両の掌のなかだけは火のようにもえる。湯ぶねのふちを手さぐりながら、片あしをあげて踏み台におこうとすれば、かるいめまいがして、みえない世界のさっとかげるようになるのを、思わず両手でからだを支え、またぎかけたままの姿で大きく息を吸いながらひとときをやりすごせば、息を吐きだすと共にあしの先はもう踏み台にふれていて、昔は手だすけの人もあったけれど、今はひとりですることに慣れたものだと思うにつけても、かえってこの肌のその人の他の誰にもみられぬことを、うれしく感じるのは、われとわが身をみずからみることができないからであろう。 〔・・・〕 |
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じっとりとぬるぬると乳首をきゅっと吸われれば、張った乳からつま先までぞくぞくとして、人の歯のあしの小指をかみ、唇のふくらはぎをぬらし、ぼうぼうと大きくわが身はひらいてこの世界となり、丘から谷へ、野原から上苑美人森へ、人は夢のなかに迷いながら泉に吸えば、満口清香、水仙花の香りのみちてくるのは、わが身の不思議だろうか、この世界の不思議だろうか。 〔・・・〕 |
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もしめくらの身でなかったならこの百倍はできようものをと、わが身がふびんに思われぬでもないけれど、これも罪深い身の罰かと思いかえせば、かえって今ここでみじかい命のかぎりを、身も心も捧げて生きてゆくのに、その人のあることだけが、有難く、かしこく、ひとり身の昔にもどり後生をねがおうという気はおこらない。……(加藤周一「狂雲森春雨(くるいぐももりのはるさめ) 」『三題噺』所収、1965 年) |
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生きていることのいちばん確かな証は、官能的経験の瞬間にあり、その他のすべては確かでない、夢といえは夢のようであり、現といえば現ともいえる程度のものにすぎない、というのがその立場である。(『三題噺』「あとがき」ーー「狂雲森春雨」について) |
………………
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人は忘れ得ぬ女たちに、偶然の機会に、出会う、都会で、旅先の寒村で、舞台の上で、劇場の廊下で、何かの仕事の係わりで。そのまま二度と会わぬこともあり、そのときから長いつき合いが始まって、それが終ることもあり、終らずにつづいてゆくこともある。しかし忘れ得ないのは、あるときの、ある女の、ある表情・姿態・言葉である。それを再び見出すことはできない。 再び見出すことができるのは、絵のなかの女たちである。絵のなかでも、街のなかでと同じように、人は偶然に女たちに出会う。しかし絵のなかでは、外部で流れ去る時間が停まっている。10年前に出会った女の姿態は、今もそのまま変わらない、同じ町の、同じ美術館の、同じ部屋の壁の、同じ絵のなかで。 |
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私はここで、想い出すままに、私が絵のなかで出会った女たちについて、語ろうとした。その眼や指先、その髪や胸や腰、その衣裳や姿勢……その一瞬の表情には、――それは歓びに輝いていたり、不安に怯えていたり、断乎として決意にみちていたり、悲しみにうちひしがれていたりするのだが、――私の知らない女の過去のすべてが凝縮され、当人にさえもわからない未来が影を落としている。私は場面を解釈し、環境を想像し、時代を考え、私が今までに知っていたことの幾分かをそこに見出し、今まで知らなかった何かをそこに発見する。現実の女が、必ず他の女たちに似ていて、しかも決して他のどんな女とも同じではないように。(加藤周一『絵のなかの女たち』1985年) |
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より詳しくは▶︎歌麿の青の色遣い ……………… |
【中井久夫】
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ふたたび私はそのかおりのなかにいた。かすかに腐敗臭のまじる甘く重たく崩れた香りーー、それと気づけばにわかにきつい匂いである。 それは、ニセアカシアの花のふさのたわわに垂れる木立からきていた。雨あがりの、まだ足早に走る黒雲を背に、樹はふんだんに匂いをふりこぼしていた。 金銀花の蔓が幹ごとにまつわり、ほとんど樹皮をおおいつくし、その硬質の葉は樹のいつわりの毛羽となっていた。かすかに雨後の湿り気がたちのぼる。 二週間後には、このあたりは、この多年生蔓草の花の、すれちがう少女の残す腋臭のほのかさに通じる、さわやかな酸味をまじえたかおりがたちこめて、ひとは、おのれをつつむこの香の出どころはどこかととまどうはずだ。小さい十字の銀花も、それがすがれちぢれてできた金花の濃い黄色も、ちょっと見には眼にとまらないだろう。 この木立は、桜樹が枝をさしかわしてほのかな木下闇をただよわせている並木道の入口にあった。桜たちがいっせいにひらいて下をとおるひとを花酔いに酔わせていたのはわずか一月まえであったはずだ。しかし、今、それは遠い昔であったかのように、桜は変貌して、道におおいかぶさっているのはただ目に見える葉むらばかりでなく、ひしひしとひとを包む透明な気配がじかに私を打った。この無形の力にやぶれてか、道にはほとんど草をみず、桜んぼうの茎の、楊枝を思わせるのがはらはらと散らばっていた。(中井久夫「世界における索引と徴候」1990年) |
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より詳しくは▶︎「五月のたわわな白い花のすこしただれたかおり」 |
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カビや茸の匂いーーこれからまとめて菌臭と言おうーーは、家への馴染みを作る大きな要素だけでなく、一般にかなりの鎮静効果を持つのではないか。すべてのカビ・キノコの匂いではないが、奥床しいと感じる家や森には気持ちを落ち着ける菌臭がそこはかとなく漂っているのではないか。それが精神に鎮静的にはたらくとすればなぜだろう。 |
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菌臭は、死ー分解の匂いである。それが、一種独特の気持ちを落ち着かせる、ひんやりとした、なつかしい、少し胸のひろがるような感情を喚起するのは、われわれの心の隅に、死と分解というものをやさしく受け入れる準備のようなものがあるからのように思う。自分のかえってゆく先のかそかな世界を予感させる匂いである。〔・・・〕 菌臭の持つ死ー分解への誘いは、腐葉土の中へふかぶかと沈みこんでゆくことへの誘いといえそうである。〔・・・〕 |
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菌臭は、単一の匂いではないと思う。カビや茸の種類は多いし、変な物質を作りだすことにかけては第一の生物だから、実にいろいろな物質が混じりあっているのだろう。私は、今までにとおってきたさまざまの、それぞれ独特のなつかしい匂いの中にほとんどすべて何らかの菌臭の混じるのを感じる。幼い日の母の郷里の古い離れ座敷の匂いに、小さな神社に、森の中の池に。日陰ばかりではない。草いきれにむせる夏の休墾地に、登山の途中に谷から上がってくる風に。あるいは夜の川べりに、湖の静かな渚に。〔・・・〕 |
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もっとも、それは過去の歴史の記憶だけだろうか。菌臭は、われわれが生まれてきた、母胎の入り口の香りにも通じる匂いではなかろうか。ここで、「エロス」と「タナトス」とは匂いの世界では観念の世界よりもはるかに相互の距離が近いことに思い当たる。恋人たちに森が似合うのも、これがあってのことかもしれない。公園に森があって彼らのために備えているのも、そのためかもしれない。(中井久夫「きのこの匂いについて」1986年『家族の深淵』所収) |
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さて蚊居肢ブログは日々投稿することを原則としているが、しばらく「菌臭の森に」小旅行に出かけるので、ひょっとして途切れるかもしれない。