2025年9月19日金曜日

うつり虱の唄

 

露草のにほへる妹を憎くあらば婢女ゆゑにあれ恋ひめやも(蚊居肢)


足音の たんびにこしを つかい止め(末摘花)

いろおとこ 何処でしょつたか 飛び虱 (末摘花)


玉ふるる虱の珠にあき盲櫂榜ぎいでむその叉深野(蚊居肢)


恋の闇 下女は小声で ここだわな (末摘花) 

ひきつけた 様な目付きで 下女よがり(末摘花)


下女越しのうつり虱をつぶしもせず仮廬の鞘のかたみ偲びつ (蚊居肢)

股倉のうつり虱に寝る夜落ちず水辺を渉る鷭の声聴く(蚊居肢)


股倉を すぼめて扶持を ねだるなり(末摘花) 

後家の下女 鵜の真似をして 追ん出され (末摘花)


吾が掘りし野鳥は去りつ底ふかき阿漕の虱の珠ぞ残りぬ(蚊居肢)




………………



短詩(三篇) 金子光晴


  A


 生きているということは、

ぬいても、剃っても毛がのびるということだ。ひたすらに、一すじに、のびる毛を辿って、僕は、どこへゆくつもりか、不安になった。


 そのゆく先がきっと、死につづいているにちがいないとおもうからか。

 また、ビンを愛撫するのも、やつには、うぶ毛一つないからのことであろうか。


 いつまでも、毛のなかにいたいという、そうすれば、安堵するという。

 その理由は、ほかでもない。毛が生であり、毛の群衆の喧噪が、世界をうずめているからであろう。


 今日も僕は、トーストの耳を手にもちながら、死よりも生きることを考えている。

 手にのこったトーストの耳ほど侘しいものはない。


 毛が立ちあがる熱氣のなかほどの、生のすばらしさを、よそでおぼえることはない。

 だが、娘たちは、けちんぼで、たった二本の毛も、僕にくれようとしない


 娘たちがわるいのではない。そんなふうに教育した

 世間の人たちがわるいのだ。そこで、僕は決心した。


 娘たちがよろこんで、氣前よくそれをくれるような社會をつくるために、

 しみったれた世界にもう一度、Revoltを起そう。


  B


 人間がいなくなって、

第一に困るのは、神樣と虱だ

さて、僕がいなくなるとして、

惜しいのは、この舌で、

なめられなくなることだ。


 あのビンもずいぶん可愛がって、

口から尻までなめてやったが、

閉口したことは、ビン奴、

おしゃべりで、七十年間、

つまらぬことをしゃべり通しだ。


 死ぬにしても心殘りは、

顏いろを變えてもがくほど、

ヘリウム瓦斯を入れてやれず

ビンがふらふら宇宙を飛んで、

天國へゆくのがみられなかったことだ。



  C


 木の札を首に結んだ

くすりビン。

木の札には、墨で、

僕の名が書いてあった。


 つまり、僕は病身だったので、

いつもきげんがわるく、

へんな味のくすりは、いつも、

木の根かたにみんな捨てた。


 僕の名札のくすりビンが

僕のかわりに學校へいって、

くすりビンが

僕より利巧になった。


 そして、僕は詩人になった。

學問があいてにしてくれないので。

ビンに結んだ名札を僕は、

包莖の根元に結びつけた。