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初期ラカンは主にヘーゲルに依拠しつつこう言った。 |
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欲望は承認欲望(承認されたい欲望)である[il est désir de faire reconnaître son désir](Lacan, E181,1946年) |
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一般には「承認欲求」とされることが多いこの「承認されたい欲望」だが、この承認欲望の根にあるのは、フロイト観点においては「愛されたいという要求」である。
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《愛されたいという要求[Bedürfnis, geliebt zu werden]》とあるがBedürfnisとは英語ならneedだから、「愛されたい欲求」としてもよい。これが承認されたい欲望の根にあるものだ。
《寄る辺なさと依存性[Hilflosigkeit und Abhängigkeit]》ともあるが、「寄る辺なさ」とは「無力」とも訳される語であり、この語がフロイトのトラウマの定義のひとつである、《経験された寄る辺なき状況をトラウマ的状況と呼ぶ [eine solche erlebte Situation von Hilflosigkeit eine traumatische]》(フロイト『制止、症状、不安』第11章、1926年)。そして《喪われた子宮内生活 [verlorene Intrauterinleben] をつぐなってくれる唯一の対象》とはもちろん母だ、《母への依存性[Mutterabhängigkeit]》(フロイト『女性の性愛 』第1章、1931年)
未熟児で生まれてきて一歳までは、他の動物の胎児なみの保護が必要な状態のヒト族だから、人はみなこの愛されたい欲求を生涯抱えている筈だよ、少なくとも「無意識的」には。ーー《幼児の最初期の出来事は、後の全人生において比較を絶した重要性を持つ[die Erlebnisse seiner ersten Jahre seien von unübertroffener Bedeutung für sein ganzes späteres Leben]》(フロイト『精神分析概説』第7章、1939年)
もちろん意識的には格好つけて、「私は愛されたい欲求なんかない」と言い張る人も多いだろうがね。
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先の「寄る辺なさと依存性」とは結局、愛の喪失に対するトラウマ的不安のことだ。 |
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寄る辺なさと他者への依存性という事実は、愛の喪失に対する不安と名づけるのが最も相応しい[Es ist in seiner Hilflosigkeit und Abhängigkeit von anderen leicht zu entdecken, kann am besten als Angst vor dem Liebesverlust bezeichnet werden](フロイト『文化の中も居心地の悪さ』第7章、1930年) |
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不安はトラウマにおける寄る辺なさへの原初の反応である[Die Angst ist die ursprüngliche Reaktion auf die Hilflosigkeit im Trauma]。(フロイト『制止、症状、不安』第11章B、1926年) |
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で、フロイトの臨床観においては、このトラウマ的不安は回帰する。 |
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結局、成人したからといって、原初のトラウマ的不安状況の回帰に対して十分な防衛をもたない[Gegen die Wiederkehr der ursprünglichen traumatischen Angstsituation bietet endlich auch das Erwachsensein keinen zureichenden Schutz](フロイト『制止、症状、不安』第9章、1926年) |
防衛とあるが、この別名は抑圧だ。
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私は(『防衛―神経精神病』1894年で使用した)防衛過程[Abwehrvorganges]概念のかわりに、後年、抑圧[Verdrängung]概念へと置き換えたが、この両者の関係ははっきりしない。現在私はこの防衛[Abwehr]という古い概念をまた使用しなおすことが、たしかに利益をもたらすと考える。 Ich meine den des Abwehrvorganges [Fußnote]Siehe: ›Die Abwehr-Neuropsychosen«.. Ich ersetzte ihn in der Folge durch den der Verdrängung, das Verhältnis zwischen beiden blieb aber unbestimmt. Ich meine nun, es bringt einen sicheren Vorteil, auf den alten Begriff der Abwehr zurückzugreifen, (フロイト『制止、症状、不安』第11章、1926 年) |
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要するに先の《結局、成人したからといって、原初のトラウマ的不安状況の回帰に対して十分な防衛をもたない》とは「抑圧されたトラウマの回帰」は必ずあるということだ。 |
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抑圧されたトラウマ[verdrängte Trauma](フロイト『精神分析技法に対するさらなる忠告』1913年) |
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抑圧されたものの回帰は、トラウマと潜伏現象の直接的効果に伴った神経症の本質的特徴としてわれわれは叙述する[die Wiederkehr des Verdrängten, die wir nebst den unmittelbaren Wirkungen des Traumas und dem Phänomen der Latenz unter den wesentlichen Zügen einer Neurose beschrieben haben. ](フロイト『モーセと一神教』3.1.3, 1939年) |
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子供の頃に可愛がられていた人間は、後年しぶといものです。孤立無援になった時、過去に無条件に好かれていたという思いがあれば、辛抱できるんです。 でも、人に好かれないで突き放されて生きていた人は、痛ましい話だけれど、強くてももろいところがあるんです。こういう人は子供の頃に体験できなかった感情を、成人してから調達しようとします。(古井由吉『人生の色気』2009年) |
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