露草のにほへる妹を憎くあらば婢女ゆゑにあれ恋ひめやも(蚊居肢) |
足音の たんびにこしを つかい止め(末摘花) いろおとこ 何処でしょつたか 飛び虱 (末摘花) |
玉ふるる虱の珠にあき盲櫂榜ぎいでむその叉深野(蚊居肢) |
恋の闇 下女は小声で ここだわな (末摘花) ひきつけた 様な目付きで 下女よがり(末摘花) |
下女越しのうつり虱をつぶしもせず仮廬の鞘のかたみ偲びつ (蚊居肢) 股倉のうつり虱に寝る夜落ちず水辺を渉る鷭の声聴く(蚊居肢) |
股倉を すぼめて扶持を ねだるなり(末摘花) 後家の下女 鵜の真似をして 追ん出され (末摘花) |
吾が掘りし野鳥は去りつ底ふかき阿漕の虱の珠ぞ残りぬ(蚊居肢) |
………………
短詩(三篇) 金子光晴 |
A 生きているということは、 ぬいても、剃っても毛がのびるということだ。ひたすらに、一すじに、のびる毛を辿って、僕は、どこへゆくつもりか、不安になった。 そのゆく先がきっと、死につづいているにちがいないとおもうからか。 また、ビンを愛撫するのも、やつには、うぶ毛一つないからのことであろうか。 いつまでも、毛のなかにいたいという、そうすれば、安堵するという。 その理由は、ほかでもない。毛が生であり、毛の群衆の喧噪が、世界をうずめているからであろう。 今日も僕は、トーストの耳を手にもちながら、死よりも生きることを考えている。 手にのこったトーストの耳ほど侘しいものはない。 毛が立ちあがる熱氣のなかほどの、生のすばらしさを、よそでおぼえることはない。 だが、娘たちは、けちんぼで、たった二本の毛も、僕にくれようとしない。 娘たちがわるいのではない。そんなふうに教育した 世間の人たちがわるいのだ。そこで、僕は決心した。 娘たちがよろこんで、氣前よくそれをくれるような社會をつくるために、 しみったれた世界にもう一度、Revoltを起そう。 |
B 人間がいなくなって、 第一に困るのは、神樣と虱だ。 さて、僕がいなくなるとして、 惜しいのは、この舌で、 なめられなくなることだ。 あのビンもずいぶん可愛がって、 口から尻までなめてやったが、 閉口したことは、ビン奴、 おしゃべりで、七十年間、 つまらぬことをしゃべり通しだ。 死ぬにしても心殘りは、 顏いろを變えてもがくほど、 ヘリウム瓦斯を入れてやれず ビンがふらふら宇宙を飛んで、 天國へゆくのがみられなかったことだ。 |
C 木の札を首に結んだ くすりビン。 木の札には、墨で、 僕の名が書いてあった。 つまり、僕は病身だったので、 いつもきげんがわるく、 へんな味のくすりは、いつも、 木の根かたにみんな捨てた。 僕の名札のくすりビンが 僕のかわりに學校へいって、 くすりビンが 僕より利巧になった。 そして、僕は詩人になった。 學問があいてにしてくれないので。 ビンに結んだ名札を僕は、 包莖の根元に結びつけた。 |