蚊居肢
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ミレール
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2018年10月24日水曜日
穴Ⱥと「穴のヴェールとしての愛の対象」
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【aとi(a)】 愛自体は「見せかけ semblant」 に宛てられる(見せかけに呼びかける L'amour lui-même s'adresse du semblant)。…イマジネールな見せかけとは、 欲望の原因としての対象a[ (a) cause du ...
2018年6月17日日曜日
大他者なき大他者
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ジャック=アラン・ミレールによる『L'Autre sans Autre (大他者なき大他者)』、2013、 pdf )には、ラカンの「大他者」をめぐる思考の推移の簡潔明瞭な説明がある。今まで断片的に訳出引用してはきたが、ここではそれをいくらかまとめて掲げる。 1...
2017年9月28日木曜日
二つの根源的な愛の対象
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人間は二つの根源的な性対象、すなわち自己自身と世話をしてくれる女性の二つをもっている der Mensch habe zwei ursprüngliche Sexualobjekte: sich selbst und das pflegende Weib(フロイト『ナルシシズ...
2017年8月22日火曜日
女とは「異者としての身体」のこと
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《我々にとってマレビトである身体 un corps qui nous est étranger》と記したこと( 参照 )に異和を言ってくる人がいるので、わたくしが現在とらえているラカンの考え方を出来る限り簡潔に記す。 ………… ラカンにとっての、女とは「異者としての身...
2017年7月31日月曜日
創唱宗教/自然宗教
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創唱宗教/自然宗教という区分があるそうだ。宗教学者の阿満利麿氏が『日本人はなぜ無宗教なのか』1996年にて唱えて比較的よく知られるようになったらしいが知らなかった(わたくしは1995年に日本を出ている)。 私はかねてから「自然宗教」と「創唱宗教」という区別が日本人の宗教心を分...
2017年7月1日土曜日
残存現象と固着
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前回(「 彷徨える過剰 」)、次の文を引用した。 彷徨える過剰は存在のリアルである。L’excès errant est le réel de l’être.(バディウ Cours d’Alain Badiou) [ 1987-1988 ] ) 以下は、前回記したこ...
2017年5月3日水曜日
四つんばいになった女性の後ろ姿
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フロイトの症例狼男の回想の中で特権的な位置にあった女中グルーシャの記憶映像は、床に膝をついてかがみ、尻を突き出した姿勢でふき掃除をしている姿である。つまり「四つんばいになった女性の後ろ姿」。 だがこの姿態に魅惑されない男というものがあるのだろうか(他人のことはわからないが、...
2017年3月26日日曜日
三種類の穴埋め師:S(Ⱥ)- I(Ⱥ) - F(Ⱥ)
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◆Logic of Sexuation, Ellie Ragland,2012, PDF より Ellie Raglandはどんな方だったか? ははあ・・・ 彼女は Lacan.com の常連、つまりミレール傘下の方ではある。すなわち信頼するに...
2017年3月24日金曜日
「父の名/母の欲望」→「S1/S(Ⱥ)」 、「I(Ⱥ)/S(Ⱥ)」
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ラカンのセミネールⅤには、おそらくラカンを掠め読んだだけの者でも、さらにはラカンの初心者向け解説書のみを読んだだけの者でさえ、ほとんど誰もが知っているだろう、次の図がある。 この図は、ラカンの記述に則って、通常は次のように書き直される。 だが、母の...
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