蚊居肢
ラベル
坂口安吾
の投稿を表示しています。
すべての投稿を表示
ラベル
坂口安吾
の投稿を表示しています。
すべての投稿を表示
2019年2月23日土曜日
愛とは両性の命がけの憎悪である
›
亭主とか女房なんてえものは、一人でたくさんなもので、これはもう人生の貧乏クヂ、そッとしておくもんですよ。…惚れたハレたなんて、そりや序曲といふもんで、第二楽章から先はもう恋愛などゝいふものは絶対に存在せんです。哲学者だの文士だのヤレ絶対の恋だなんて尤もらしく書きますけれどもね、...
2018年6月16日土曜日
その女なしでは記憶に戻って来なかったこと
›
フロイトの《愛のつながり Liebesbeziehungen》( 感情的結びつき Gefühlsbindungen )ってのは、《享楽のカーテン voilement de la jouissance》(ラカン、S19)をすることさ、それしかないね。 ボクに言わせれば、二流の...
2017年12月13日水曜日
1947年の安吾
›
1947年6月1日 坂口安吾といふ三文々士が女に惚れたり飲んだくれたり時には坊主にならうとしたり五年間思ひつめて接吻したら慌ててしまつて絶交状をしたゝめて失恋したり、近頃は又デカダンなどと益々もつて何をやらかすか分りやしない。もとより鑑賞に堪へん。第一奴めが何をやりをつたに...
2017年11月5日日曜日
人間の実相
›
私が信頼を寄せれば、彼は正直な人間でいる。私が心のうちで彼をとがめていると、彼は私のものを盗む。どんな人間でも、私のあり方次第で私にたいする態度をきめるのである。(アラン「オプチミスム」) いやあスバラシイ! 至高のモラリスト、わが青春のたぐいまれなる教師!《チョークの...
2017年10月29日日曜日
安吾の「無頼・アモラル・非意味」
›
柄谷行人は、ごく最近、次のように言っている。 僕にとって、真に無頼派の名にふさわしいのは安吾ですね。この本の冒頭に書きましたが、 「 無頼 」という言葉は、一般に考えられているようなものではなく、「 頼るべきところのないこと 」 (『広辞苑』)です。つまり、それは 他人に頼...
2017年10月18日水曜日
オッカサマという「ふるさと」
›
いやあ、なにか言ってくるヤツがいるかなと心配したが、すぐに言ってくるんだな、どうせファルス秩序の囚人だろ 十六日には禁断症状の最初の徴候が現われ始めた。なぜ十六日と云う日をはっきり覚えているかと云うと二月十六日が彼の母の命日で、十六日の朝、彼が泣いていたからだった。ふとん...
2017年10月17日火曜日
オッカサマがオレを助けに来て下さる
›
私が精神病院へ入院したとき小林秀雄が鮒佐の佃煮なんかをブラ下げて見舞いにきてくれたが、小林が私を見舞ってくれるようなイワレ、インネンは毛頭ないのである。これ実に彼のヤジウマ根性だ。精神病院へとじこめられた文士という動物を見物しておきたかったにすぎないのである。一しょに檻の中で酒...
『青鬼の褌を洗う女』のモデル
›
以下、ほぼ引用の列挙である。 まず『クラクラ日記』と『青鬼の褌を洗う女』から二つの文を並べる。 「 私くらいお前を愛してやれる者はいないよ 。お前は今より人を愛す事があるかも知れないけど、今よりも愛される事はないよ」それは説得するような調子であった。私はしかし、それが本...
2017年10月16日月曜日
荷風と安吾への同一化
›
まず、ロラン・バルト『恋愛のディスクール』「同一化 Identifications」の項より。 いろいろな恋愛関係を眼にするたびに、わたしはこれを凝視し、自分が当事者だったらどのような場を占めていたかを標定しようとする。類似 analogies ではなく相同 homolo...
2017年10月13日金曜日
前夫とのあいだの子供(坂口三千代)
›
あとで泣くなというけれども私は泣くことは覚悟している。人を愛して泣かないで済むことを想像する方が難しい。まして坂口のような人と暮して泣かないで済むだろうとは思わない。彼は好きなように生きる人だ。(坂口三千代『クラクラ日記』) 坂口三千代さんの『クラクラ日記』は、わたくしの手...
2017年9月23日土曜日
高麗笛
›
ーー ははあ、すばらしい。ビックリした。 だがなにがすばらしいのかは言わないでおく(内政にも外交にもとびきりのすぐれたメッセージであるなどと主張するつもりはない。あくまで天皇・皇后両陛下の私的旅行である)。 とはいえ高麗神社について、一週間ほどまえに読んだところだ...
2017年9月18日月曜日
ふたつの理想化(菊乃と津世子)
›
批評家は、作家のめざしてゐるものを見よ。最高の理想をめざして身悶えながら、汚辱にまみれ、醜怪な現実に足をぬき得ず苦悶悪闘の悲しさに一掬の涙をそゝぎ得ぬのか。然り。そゝぎ得ぬ筈だ。おん身らは、かゝる苦闘を知らないのだから。日本文学の伝統などといふものを表面の字づらの上で読みとり...
2017年9月15日金曜日
越後の毒消し売り
›
今日はすこしは風がある。だがまだひどく暑い。 数日前荷風を読もうとしたがどうもいけない。かわりに安吾を読んでいる。 以前に安吾の作品を集中的に読んだのはインド旅行のときだ。安吾の文章は暑さを吹き飛ばしてくれる。 今回は青空文庫のあいうえお順に読んでいる。まだ「あ」が終わ...
2017年2月21日火曜日
ホホホホーー糸子/藤尾、あるいは嬲/嫐
›
さて夏目漱石の『虞美人草』における糸子と藤尾という二人の「理想の女」をめぐって、「 呼んでもやってこない「理想の女」 」にて長々と記したが、ここでは簡潔に、--マルクス・精神分析的にーー記しておこう。 まず「 二種類の対象aとフロイトの快の獲得 Lustgewinnung ...
2017年2月20日月曜日
呼んでもやってこない「理想の女」
›
漱石の『虞美人草』を今頃はじめて読み通した。彼の朝日新聞デヴュー作( 1907年6月 - 10月) であるが、肩に力が入り過ぎていたのか、文体的に凝り過ぎている印象などもあり、かつてのわたくしには読みがたかった(この作品は若書きだと思いこんでいたが、1867年生れの漱石の40歳...
›
ホーム
ウェブ バージョンを表示