2017年7月30日日曜日

神のタタリ

以下、本居宣長の神の定義である。

さて凡て迦微(かみ)とは、古御典等(いにしえのみふみども)に見えたる天地の諸の神たちを始めて、其を祀れる社に坐す御霊をも申し、又人はさらにも云わず、鳥獣木草のたぐひ海山など、其余何にまれ、尋(よの)常ならずすぐれたる徳のありて、可畏き物を迦微とは云ふなり、(すぐれたるとは、尊きこと善きこと、功しきことなどの、優れたるのみを云に非ず、悪きもの奇(あや)しきものなども、よにすぐれて可畏(かしこ)きをば、神と云なり、

さて人の中の神は、先づかけまくもかしこき天皇は、御世々々みな神に坐すこと、申すもさらなり、其は遠つ神とも申して、凡人とは遥に遠く、尊く可畏く坐しますが故なり、かくて次々にも神なる人、古も今もあることなり、又天の下にうけばりてこそあらね、一國一里一家の内につきても、ほどほどに神なる人あるぞかし、

さて神代の神たちも、多くは其代の人にして、其代の人は皆神なりし故に、神代とは云なり、又人ならぬ物には、雷は常にも鳴る神神鳴りなど云へば、さらにもいはず、龍樹靈狐などのたぐひも、すぐれてあやしき物にて、可畏ければ神なり、(中略)又虎をも狼をも神と云ること、書紀万葉などに見え、又桃子(もも)に意富加牟都美命((おおかむつみのみこと)と云名を賜ひ、御頸玉(みくびたま)を御倉板擧(みくらたなの)神と申せしたぐひ、又磐根木株艸葉(いわねこのたちかやのかきば)のよく言語したぐひなども、皆神なり、さて又海山などを神と云ることも多し、そは其の御霊の神を云に非ずて、直に其の海をも山をもさして云り、此れもいとかしこき物なるがゆゑなり、)

抑迦微は如此く種々にて、貴きもあり賤しきもあり、強きもあり弱きもあり、善きもあり悪きもありて、心も行もそのさまざまに随ひて、とりどりにしあれば(貴き賤きにも、段々多くして、最賤き神の中には、徳すくなくて、凡人にも負るさへあり、かの狐など、怪きわざをなすことは、いかにかしこく巧なる人も、かけて及ぶべきに非ず、まことに神なれども、常に狗などにすら制せらるばかりの、微(いやし)き獣なるをや、されど然るたぐひの、いと賤き神のうへをのみ見て、いかなる神といへども、理を以て向ふには、可畏きこと無しと思ふは、高きいやしき威力の、いたく差(たが)ひあることを、わきまへざるひがことなり、)大かた一むきに定めては論ひがたき物になむありける」(本居宣長『古事記伝』三)

とてもすぐれた定義ではないだろうか。

古代人は、日々自然に驚いていたはずである。太陽が東からのぼり西に沈む。月の満ち欠けがある。女たちには月経があり血を流す。ときに腹が大きくなり子供が股のあいだからでて来る。

天に暗雲がたれこめ雨がふり嵐となる。あるいは日照りが続く。空に鳥の一群が通り過ぎる。めぐみの大地が潤ったり乾いたりする。穀物や樹々の実をみのらす。森や山から野獣が出没する。大地はときに揺れる。川の水が溢れる。

海のかたわらの土地なら、潮の干満がある。魚や貝、ときには巨大な鯨があらわれる。津波もある。これらの自然の驚異・脅威が神、あるいは神の仕業である。

ところで、日本最大級の断層、中央構造線の上には名高い神社がタタッテいる。




・後代の人々の考へに能はぬ事は、神が忽然幽界から物を人間の前に表す事である。

・たゝると言ふ語は、記紀既に祟の字を宛てゝゐるから奈良朝に既に神の咎め・神の禍など言ふ意義が含まれて来てゐたものと見える。其にも拘らず、古いものから平安の初めにかけて、後代とは大分違うた用語例を持つてゐる。最古い意義は神意が現れると言ふところにある。

たゝりはたつのありと複合した形で、後世風にはたてりと言ふところである。「祟りて言ふ」は「立有而言ふ」と言ふ事になる。神現れて言ふが内化した神意現れて言ふとの意で、実は「言ふ」のでなく、「しゞま」の「ほ」を示すのであつた。

・此序に言ふべきは、たゝふと言ふ語である。讃ふの意義を持つて来る道筋には、円満を予祝する表現をすると言ふ内容があつたのだとばかりもきめられない事である。「たつ」が語原として語根「ふ」をとつて、「たゝふ」と言ふ語が出来、「神意が現れる」「神意を現す様にする」「予祝する」など言ふ風に意義が転化して行つたものとも見られる。さう見ると、此から述べる「ほむ」と均しく、「たゝふ」が讃美の義を持つて来た道筋が知れる。だから、必しも「湛ふ」から来たものとは言へないのである。(折口信夫『「ほ」・「うら」から「ほかひ」へ』)
タタリという日本語のもとの意味は、こういう神がかりの最初の状態をさしたものと、私だけは考えている。タタエ・タトエ・タツなども同系の語で、タタリにはもとより罰の心持はなく、ただ「現れる」というまでの語だったかと思う。(柳田国男『みさき神考』)