2019年8月4日日曜日

冥府からのフーガ




Todesfuge Paul Celan


chwarze Milch der Frühe wir trinken sie abends
wir trinken sie mittags und morgens wir trinken sie nachts
wir trinken und trinken
wir schaufeln ein Grab in den Lüften da liegt man nicht eng
Ein Mann wohnt im Haus der spielt mit den Schlangen der schreibt
der schreibt wenn es dunkelt nach Deutschland
dein goldenes Haar Margarete

er schreibt es und tritt vor das Haus und es blitzen die Sterne
er pfeift seine Rüden herbei
er pfeift seine Juden hervor läßt schaufeln ein Grab in der Erde
er befiehlt uns spielt auf nun zum Tanz

Schwarze Milch der Frühe wir trinken dich nachts
wir trinken dich morgens und mittags wir trinken dich abends
wir trinken und trinken
Ein Mann wohnt im Haus der spielt mit den Schlangen der schreibt
der schreibt wenn es dunkelt nach Deutschland
dein goldenes Haar Margarete
Dein aschenes Haar Sulamith

wir schaufeln ein Grab in den Lüften da liegt man nicht eng

Er ruft stecht tiefer ins Erdreich ihr einen ihr andern singet und spielt
er greift nach dem Eisen im Gurt er schwingts seine Augen sind blau
stecht tiefer die Spaten ihr einen ihr anderen spielt weiter zum Tanz auf

Schwarze Milch der Frühe wir trinken dich nachts
wir trinken dich mittags und morgens wir trinken dich abends
wir trinken und trinken
ein Mann wohnt im Haus dein goldenes Haar Margarete
dein aschenes Haar Sulamith er spielt mit den Schlangen

Er ruft spielt süßer den Tod der Tod ist ein Meister aus Deutschland
er ruft streicht dunkler die Geigen dann steigt ihr als Rauch in die Luft
dann habt ihr ein Grab in den Wolken da liegt man nicht eng

Schwarze Milch der Frühe wir trinken dich nachts
wir trinken dich mittags der Tod ist ein Meister aus Deutschland
wir trinken dich abends und morgens wir trinken und trinken
der Tod ist ein Meister aus Deutschland sein Auge ist blau
er trifft dich mit bleierner Kugel er trifft dich genau
ein Mann wohnt im Haus dein goldenes Haar Margarete
er hetzt seine Rüden auf uns er schenkt uns ein Grab in der Luft
er spielt mit den Schlangen und träumet der Tod ist ein Meister aus
Deutschland

dein goldenes Haar Margarete
dein aschenes Haar Sulamith


死のフーガ     飯吉光夫訳


あけがたの黒いミルク僕らはそれを夕方に飲む
僕らはそれを昼に朝に飲む僕らはそれを夜中に飲む
僕らは飲むそしてまた飲む
僕らは宙に掘るそこなら寝るのに狭くない
一人の男が家に住むその男は蛇どもをもてあそぶその男は書く
その男は暗くなるとドイツに書く君の金色の髪のマルガレーテ
彼はそう書くそして家の前に歩み出るすると星がまた星が輝いている
  彼は口笛を吹いて自分の犬どもを呼び寄せる
彼は口笛を吹いて自分のユダヤ人どもを呼び出す地面に墓を掘らせる
彼は僕らに命令する奏でろさあダンスの曲だ

あけがたの黒いミルク僕らはお前を夜中に飲む
僕らはお前を朝に昼に飲む僕らはお前を夕方に飲む
僕らは飲むそしてまた飲む
一人の男が家に住む蛇どもをもてあそぶその男は書く
その男は暗くなるとドイツに書く君の金色の髪のマルガレーテ
君の灰色の髪ズラミート僕らは宙に墓を掘るそこなら寝るのに狭くない

男はどなるもっと深くシャベルを掘れこっちの奴らそっちの奴ら
  歌え伴奏しろ
男はベルトの拳銃をつかむそれを振りまわす男の眼は青い
もっと深くシャベルを入れろこっちの奴らそっちの奴らっもっと奏でろ
  ダンスの曲だ

あけがたの黒いミルク僕らはお前を夜中に飲む
僕らはお前を昼に朝に飲む僕らはお前を夕方に飲む
僕らは飲むそしてまた飲む
一人の男が家に住む君の金色の髪のマルガレーテ
君の灰色の髪ズラミート男は蛇どもをもてあそぶ

彼はどなるもっと甘美に死を奏でろ死はドイツから来た名手
彼はどなるもっと暗鬱にヴァイオリンを奏でろそうしたらお前らは
  煙となって空に立ち昇る
そうしたらお前らは雲の中に墓を持てるそこなら寝るのに狭くない

あけがたの黒いミルク僕らはお前を夜中に飲む
僕らはお前を昼に飲む死はドイツから来た名手
僕らはお前を夕方に朝に飲む僕らは飲むそしてまた飲む
死はドイツから来た名手彼の眼は青い
彼は鉛の弾丸(たま)を君に命中させる彼は君に狙いたがわず命中させる
一人の男が家に住む君の金色の髪マルガレーテ
彼は自分の犬を僕らにけしかける彼は僕らに空中の墓を贈る
彼は蛇どもをもてあそぶそして夢想にふける死はドイツから来た名手
君の金色の髪マルガレーテ
君の灰色の髪ズラミート

(飯吉光夫編・訳 『パウル・ツェラン詩文集』 より)


中井久夫はツェランの詩を「冥府からの途切れがちの声」と呼んだ。

「若きパルク」は「誰が泣くのか、過ぎ行く一筋の風ならで/いやはての星々とともにひとりあるこのひとときに」で始まる。『ドゥイノの悲歌』は「誰が、たとえ私が叫ぼうとも、天使たちの序列の中から私の声を聞いてくれようか」で始まる。いずれも鋭い、答えのない「誰が?」で始まる。

そうして「若きパルク」では個人の意識の中に、『ドゥイノの悲歌』では人間の現存在世界とでもいうべきものの中に、ずんずん下って行く。『荒地』だけは問いかけではなく、「四月は残酷な月だ」で始まるが、中途に「誰が?」「誰だ?」という問いかけをいく度も放ちながら、現代社会の荒廃と索莫の地獄めぐりを行う。いずれの詩も最後近くににわかに上昇に転じ、肯定で終わるが、肯定は唐突であり、どこかに弱さがある。読み終えた者の耳に残るものは不安で鋭い問いかけの方である。

これらの詩を二十世紀後半の詩と隔てるものは何であろうか。

私たちは三歳から五歳以後今まで連続した記憶を持っている。むろん忘却や脱落はあるが、にもかかわらず、自我は一つで三歳以後連続している確実感がある。それ以前の記憶は断片的である。また成人型の記憶は映画やビデオのように、いやもっとダイナミックに動いているが、ある時期の記憶は前後関係を欠き、孤立したスティール写真のような静止画像である。成人型の記憶と違って、言葉に表しにくい。

「若きパルク」も『ドゥイノの悲歌』も、『荒地』でさえも、映像も言語も成人型の記憶のように動き流れていく。断絶や飛躍を越えて連続性がある。前後関係があり遠近がある。

これに対して、二十世紀後半の詩は孤立した鋭い断片であって、成人以前の記憶が禁止を破って突き上げてきた印象がある。このタイプの映像は幼い時の記憶だけでなく、たとえ成人であっても耐えがたい心の傷を負った時には、その記憶がとる形である。

たとえばパウル・ツェランの詩が痛ましさを以て迫るのは、その内容だけでなく詩句もそれが呼び起こす映像も外傷的記憶の形をとっているからであると私は思う。それはもはや冥府下りでなく、冥府からの途切れがちの声である。(中井久夫「私の三冊」初出1996年『アリアドネからの糸』所収)





MANDORLA

In der Mandel-was steht in der Mandel?
Das Nichts.
Es steht das Nichts in der Mandel.
Da steht es und steht.

Im Nichts-wer steht da? Der König.
Da steht der König, der König.
Da steht er und steht.

Judenlocke, wirst nicht grau.

Und dein Aug-wohin steht dein Auge?
Dein Aug stht der Mandel entgegen.
Dein Aug, dem Nichts stehts entgegen.
Es steht zum König.
So steht es und steht.

Menschenlocke, wirst nicht grau.
Leere Mandel, königsblau.


マンドルラ(関口裕昭訳)

アーモンドの中―そこには何がある?
無がある。
アーモンドの中には無がある。
そこにそれはある、ある。

無の中に―そこには誰がいる?王が。
そこには王がいる、王が。
そこに彼がいる、いる。

   ユダヤ人の巻き毛、それは灰色にならない。

そしておまえの目―おまえの目はどこに向けられている?
おまえの目はアーモンドに向き合っている。
おまえの目、それは無に向き合っている。
それは王に向いている。
そのようにそれはある、ある。

   ユダヤ人の巻き毛、それは灰色にならない。
   中空のアーモンド、王の青。

様々な喪失の只中で、手に届くものとして、近くにあるものとして、失われずに残ったものは言葉だけでした。・・・その言葉は自分自身の答えのないことのなかを、恐ろしい沈黙のなかを、死をもたらす弁舌の千の闇のなかを抜けて来なければなりませんでした。・・・抜けていき、再び明るみに出ることができました、すべての出来事に『豊かにされて』。あの歳月、そしてその後の歳月のなかで、私はこの言葉で詩を書こうとしました。(パウル・ツェラン「ブレーメン賞受賞の挨拶」)


PAUL CELAN e GISELE LESTRANGE

やあ、とても美しい女性だな、英語版のWIKIには、

They married on December 21, 1952, despite the opposition of her aristocratic family.

とあるけれど。

1951年、女性版画家のジゼル・ド・レストランジュと知り合い、翌年に結婚。
1967年ジゼルと別居。1970年パリで死去(49歳)。セーヌ川で遺体が発見。
1991年ジゼル死去(64歳)。ツェランと同じ墓に埋められる。

作家の伝記における孤独の強調にもかかわらず、完全な孤独で創造的たりえた作家を私は知らない。もっとも不毛な時に彼を「白紙委任状」を以て信頼する同性あるいは異性の友人はほとんど不可欠である。多くの作家は「甘え」の対象を必ず準備している。(中井久夫「創造と癒し序説」)