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2021年10月16日土曜日

矢野財務次官の1%の間違い

いやあ、彼はほとんど言い切ったな、ツイッター村ではまだあまり読まれていないようだが、これこそ「真の経済学者」だ。


◼️「このままでは国家財政破綻」論は1%だけ間違いだ

矢野財務次官と筆者との「決定的な違い」とは?  小幡績 2021/10/16

財務省の現役事務次官である矢野康治氏が、「このままでは国家財政は破綻する」という論文を月刊誌『文藝春秋』の11月号に寄稿し、永田町は上へ下への大騒ぎとなっている。

矢野氏の論文は99%正しいが、違う点とは?

ネット論壇は、ここぞとばかりに財務省の財政至上主義を批判している。


一方、日本の財政状況を懸念する人々からは、財政の危機的状況を危惧した当然の主張であると受け止められている。経済同友会の桜田謙悟代表幹事などは「書いてあることは事実だ。100%賛成する」と記者会見で述べている。


矢野氏の論文は、主張というよりは事実であり、そのとおりだと思うが、実は99%しか正しくない。


では「間違っている1%」とは何か。「このままでは破綻する」のではなく、日本財政は「必ず破綻する」のである。

説明しよう。その理由は少なくとも7つある。


第1に、日本政府は戦後、財政が悪化する中で一度も借金を減らしたことがない。1980年代後半のバブル経済期においてすら、借金は増え続けたのである。もちろん小泉純一郎政権時も、2013年以降の「アベノミクス期」にも借金は増え続けた。


第2に、現在の低金利時においてすら、赤字が急激に膨らみ続けているのである。金利が上昇したら、借金の増加スピードは増すだろう。


景気がよくても、低金利でも借金は増え続けてきたのである。


第3に、今後、借金返済の条件は悪くなる一方である。人口は減り続け、高齢化は進み、さらに勤労者世代は減り続ける。高齢者がどんなに働いても、働き盛りの時よりも稼ぐ力が増える人は少数派だ。日本の1人当たり所得、あるいは所得稼得者の1人当たり所得は増えるとしても、日本全体で所得が増えるのは当面、おそらく100年は難しい。もし出生率が上がっても、若年層が増えるほどの上昇にはどんな社会の変化があってもすぐには無理である。だから、政府収入が増えるのは難しい。


第4に「経済成長が先だ」というが、たとえ画期的な成長が実現したとしても、国家財政の収入が1.5倍になるには、制度的に増税を実施しなければ無理である。新型コロナウイルスの危機によって、単年度の借金増加が約100兆円におよんだ。従来は「コロナ前」であっても、赤字額は40兆円あり、景気がいちばんよいときでも30兆円程度であった。税収は、近年で景気がいちばんよいときで60兆円程度。赤字がなくなるためには、約1.5倍の収入が必要だが、それは無理だ。

「次の危機」に財政出動ができるのか

第5に「高い経済成長が実現すれば、GDP(国内総生産)と政府負債の比率がGDPの大幅上昇によって下がる」という主張は、実際には実現しない。


まず、成熟経済においては画期的な経済成長は国全体では成立しえない。人口が数百万程度の国ならともかく、1億人以上の国でそれを実現することは不可能だ。


「アメリカは3億人以上でも比較的高成長をしている」というが、アメリカですら、高成長で借金を減らそうという主張は存在せず、リーマンショックやコロナショックに対して、大規模な財政出動はするが、危機後は速やかに赤字を減らすために、財政出動を手仕舞い、同時に増税の議論を行っている。


つまりアメリカは、経済成長は、財政のための手段ではなく経済成長自身の問題としてとらえ、財政赤字は財政の問題として、財政の枠組みの中で減らすのである。なぜなら、経済成長で借金を減らすことには限度があり、借金や赤字が多いままでは、次の危機において、大規模な財政出動はできないからである。


第6に、今後、財政支出の内訳を見れば一目瞭然のように、増える要因ばかりである。典型的なのは、高齢化による年金支出である。


ある程度の安定化措置がとられたため、際限なく財政支出が膨らむリスクは抑えられたものの、現在の年金支給では不十分という議論もあり、今後も支出が増え続けることは間違いない。政治的な判断によっては、激増する可能性も残っている。


そして、より問題なのは、医療保険制度の問題だ。これはそう簡単には歯止めがききそうもない。制度も複雑で、利害関係者も入り組んでいる。「年金は誰が負担して、誰がもらうか」という話に尽き、本来、構造は単純で、いざとなれば改革は容易のはずだ。だがこれはあくまで理論的にはということで、単純に利害が見えてしまうために、特に世代ごとの意見対立などで現実的、政治的には難しくなるという問題がある。


しかし、それでも決定的な危機に陥り、政治決断をせざるをえなくなり、そして、それを実行すれば問題は処理できる。やるべきことはわかっているのである。


一方、医療改革は絶望的に難しい。どうやれば、医師、病院、患者などが政策の意図するように動いてくれるのか、どういう妥協をすれば、利害団体が動いてくれるのか、難しい。やるべき政策を発見するのも難しい。利害関係者を動かすのはもちろん難しい。危機的状況になっても、解決策に踏み切ろうにも、明確な、正しいけど痛みがあるから出来なかったが、今はやるしかない、という政策ではなく、非常に練られた政策を今から考えて生み出す必要があるのである。


また、今回のコロナ危機でわかったことは、医療制度や組織構造自体の効率も悪く、さらに医療に関する財政支出の効率性が悪い。両者が相まって、先進国でもかなり大きな財政支出がなされているのに、財政支出の効果が薄かったという分析がシンクタンクなどによりなされている。


さらに、旅行業などへの支援に見られるような一連のコロナ関連の経済支援などの政策では財政支出よりもさらに効率が悪かった、とシンクタンクなどは指摘している。日本の場合、感染者数、死亡者数が諸外国に比べて非常に小さく、一方で大規模な財政支出を行っても一向に景気が上向かなかったことなどを考えると、財政支出の効果の国際比較としては、極端に効率が悪いということになる。

政治側に借金返済の意思があるのか

このように数多くの理由により、日本の財政問題は困難な状況にあるのだが、しかし、7つ目の問題は、いや、真の最も致命的な問題、日本財政の最大の問題は「政治に借金返済の意思がまったくない」としか思えないことに尽きる。


日本政治は、1990年以降、一度も借金を減らそうとしたことがあっただろうか。「プライマリーバランス」(税収等で政策的経費を支払えているかどうか)の確保ですら1980年代のバブル崩壊以後、実現したことはないが、「プライマリーバランスを目指す」といっても、それでも借金は利子の支払い分増え続けるのであり、プライマリーバランスというのは、第1歩にすぎない。


本来はその先が必要なのであるが、それを目指したことがない。つまり、借金を減らす気がなければ、もちろん減るはずがない。そして、前述の第1から第6の理由により、歳出は増え続けることは必至である。支出は増え続け、歳入を増やす意思がないとなれば、破綻する以外の結果はありえない。


だから「日本財政は破綻するかどうか」ではなく「破綻するのがいつなのか」ということが問題なのだ。これはバブルの構造と同じである。


実は上記の1から6の要素は、矢野論文でも示されている。矢野氏と私の実質的な違いは、第7の理由、財政破綻が実現してしまうかどうかの致命的な点についてである。


矢野氏の論文は「与野党ともにバラマキばかりだ。あたかも財源が無限にあるかのような振る舞いで、いずれの政策も財政破綻をもたらす」という警告を発することが目的であり、「なんとかぎりぎりのところで踏ん張って、財政破綻させないようにしてくれ」という悲痛な叫びである。


一方、私は「政治家などこのフィールドにいる人々は、いつか財政破綻してしまうかどうかには関心がない。せいせい数年先のことしか考えていない」という認識をしている。そして、たぶん矢野氏よりも私のほうが正しい。結局、どんな警告を発しても無駄なのである。


そもそも「バラマキだ!」と批判しても、まったく無意味なのである。なぜなら、政治の世界の人々は「バラマくぞ!」と積極的に主張しているのであり、まさにバラマキ合戦をすることを意図しているからだ。しかも、今回は、多くのネット評論家、有識者、さらに専門家であるエコノミストたちの中でも多くの人々が、バラマキを支持し、画期的なバラマキの具体策を提案しているのである。


「これまでは中途半端で思い切りが足りなかった」というのが、このような多数派の主張である。バラマキが大規模であればあるほど素晴らしく、思い切りのよい優れた政治家とみなされる。財務官僚の警告などにひるまない、強い政治家ほど絶賛されているのである。

バラマキの責任は国民にある

ここが私と矢野氏の決定的な意見の違いである。矢野氏は、財政の真実の姿を国民に直接伝え、理解が広がれば、国民は賢明な判断をするだろうと信じている。私は信じていない。バラマキは、国民こそが(すべてではないが多数派が)望んでいるのである。


政治家は馬鹿ではない。勝つために政策を主張する。公約をする。与野党そろってのバラマキ主張は、票を取るためには正しい戦略なのである。


したがって、バラマキの責任は政治家にあるのではなく、国民にある。つまり、批判すべきは、バラマキを受けて喜んでいる国民、有権者たちだ。政治家は飯のために、権力を取るために、それに迎合しているにすぎないのだ。


また政治家を責めるぐらいなら、もっと糾弾されるべきは、財政出動、減税を礼賛、推奨している、有識者、エコノミストたちである。彼らこそが、国を滅ぼす戦犯なのである。


彼らを糾弾するためには、「日銀が国債を買えば大丈夫だ」「国全体のバランスシートは問題ない」」「MMT(現代貨幣理論)は有効だ」「インフレが起きてないから、むしろインフレを起こすために破綻しかねないぐらいの財政出動をしろ」といった類の議論がいかに間違っているかを書く必要がある。だが、それは別の機会にしよう。