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2021年12月29日水曜日

水っぽいミルクか破壊の傷か


いろんな意味があるからな、リーベってのは。でも基本は、水っぽいミルクか傷かどっちかじゃないかね。


愛という語[Wort »Liebe«]…この語ががこれほど頻繁にくりかえされてしかるべきものとは思えなかった。それどころか、この二音綴は、まことにいとわしきもの「recht widerwärtig]と思えるのだった。水っぽいミルクとでもいうか、青味を帯びた白色の、なにやら甘ったるいしろもののイメージに結びついていた [eine Vorstellung verband sich für ihn damit wie von gewässerter Milch, - etwas Weißbläulichem, Labberigem](トーマス・マン『魔の山』1924年)


われわれは傷ついている。だから傷つけずには愛しえない[C'est parce que nous sommes blessés que nous ne pouvons aimer qu'en blessant] (ジョー・ブスケ Joë Bousquet, Mystique)




ラカンの悦(享楽)はフロイトのリアルな愛の欲動のことだが、傷ついてんだよ、最初から。ブスケのいうようにね。


傷ついた悦[jouissance blessée](Colette Soler, Les affects lacaniens 2011)


このところ何度も言っているように悦は定義上、自己破壊欲動だ。


現実界の悦はマゾヒズムから構成されている[Jouissance du réel comporte le masochisme](Lacan, S23, 10 Février 1976)

マゾヒズムはその目標として自己破壊をもっている。そしてマゾヒズムはサディズムより古い。サディズムは外部に向けられた破壊欲動であり、攻撃性の特徴をもつ。或る量の原破壊欲動は内部に残存したままでありうる。

Masochismus …für die Existenz einer Strebung, welche die Selbstzerstörung zum Ziel hat. …daß der Masochismus älter ist als der Sadismus, der Sadismus aber ist nach außen gewendeter Destruktionstrieb, der damit den Charakter der Aggression erwirbt. Soundsoviel vom ursprünglichen Destruktionstrieb mag noch im Inneren verbleiben(フロイト『新精神分析入門』32講「不安と欲動生活 Angst und Triebleben」1933年)



でも自己破壊しないように他者破壊へと投射するんだな、ふつうは。真に惚れ込んだらこれが起こるよ、もしこれを知らないだったら、リアルな愛を知らないってことだ。



破壊は唯一、愛の悦の顔である[le ravage, c'est seulement la face de jouissance de l'amour](J.-A. MILLER, Le Partenaire-Symptôme   18/3/98 )



破壊の別名は穴の原理だ。


破壊は、愛の別の顔である。破壊と愛は同じ原理をもつ。すなわち穴の原理である[Le terme de ravage,…– que c'est l'autre face de l'amour. Le ravage et l'amour ont le même principe, à savoir grand A barré](J.-A. Miller, Un répartitoire sexuel, 1999)



穴ってのはトラウマのことで、傷の原理だ。ブスケは限りなく正しい。


われわれはトラウマ化された悦を扱っている[Nous avons affaire à une jouissance traumatisée. ](J.-A. MILLER, Choses de finesse en psychanalyse, 20 mai 2009)



でもこのへんは、何も精神分析にたよらずにも、ある意味「常識的な」話かもね、文学には頻繁に現れるし、現実でもたとえばバタイユの恋人で自殺してしまったコレット・ぺニョはこう書いている。


私のように天分に恵まれた人間は世界にはいないわ、冥界の力よ、愛しているものを破壊するの。 Aucun être au monde n'est doué comme moi de ce pouvoir infernal : détruire ce qu'il aime. (Colette Peignot, 1935ーーバタイユ宛だが未送付の書簡)




で、ミルクも破壊も嫌だったら、笑って過ごすしかないんじゃないかね。


たぶん私が一番よく知っている、なぜ人間だけが笑うのかを。人間のみがひどく傷ついているので、笑いを発明しなければならなかったのである。Vielleicht weiß ich am besten, warum der Mensch allein lacht: er allein leidet so tief, daß er das Lachen erfinden mußte.(ニーチェ遺稿ーー『力への意志』Der Wille zur Macht I - Kapitel 10-91)