以下、ELISABETH ROUDINESCOのラカン伝(pdf)の導入部を要約したものである。
仏国には、1824年に設立され1984年に消滅した名門醸造酢メーカー Dessaux Fils があった。5代目の経営者 Ludovic Dessaux の姉 Marie Julie Dessaux が、精神分析家ジャック・ラカン Jacques-Marie-Émile Lacan の祖母である。
Marie Julie Dessauxは、1865年に Emile Lacan という男に出会った。Dessaux Fils の当時のボスだった Marie の父 Paul Dessaux は、この男をセールスマンに雇った。Emile Lacan はとても熱心に働き、名門醸造酢メーカー Dessaux Fils の中心的メンバーになった。
もっともラカンの祖父 Emile Lacan は、経歴から分かるように、妻 Marie Julie Dessaux の意のままの男だった。このラカンの祖母である Marie は、カトリック教義に頑固に従順な女だった。
Marie Julie は、二人の娘を生んだ後、1873年に長男 Alfred Charles Marie Lacan を生んだ。これがラカンの父である。
このラカンの父 Alfred Charles Marie は、1898年前後、Emilie Philippine Marie Baudry と出会った。これがラカンの母である。彼女の父はかつては金箔師だったが、当時は不動産投資による利子生活者だった。
二人は1900年6月23日、Saint-Paul-Saint-Louis 教会で結婚した。10ヶ月後の4月13日、最初の息子を生む。この息子の名が、Jacques Marie Emile Lacan である。
ラカンの母は、1902年に次男 Raymond を生むが、2年後に肝炎で早逝。1903年4月、今度は娘 Madeleine Marie Emmanuelle が生まれる。そして1908年12月25日、4番目の子供 Marc-Marie が生まれる。彼は後に Marc-Francois という名をもつようになり、神父になる。
Marcoは、小さい頃から神父になりたいと常にに言っていた。彼は「私の母は、無条件に賛美しうる唯一の女性だ」と言った。「母は、父とは違って真のクリスチャンだ。母は私が神父になることには何の関係もない。でも、父が反対するにもかかわらず、私の決断にとても喜んでくれた」。
他方、Marcoの兄ラカンは、1923年頃、フロイト理論を初めて知る。その後、ニーチェを独原文で読み始め、宗教への信仰喪失と拒絶が強化される。ラカンは1925年に、ニーチェの思考へのブリリアントな賛辞を書き、St. Charlemagne 晩餐会での弟 Marcoに送付している。若き Marc-Marieは「ニーチェは狂っている」と応じた。
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※付記
イヴァン・カラマーゾフの父は、イヴァンに向けてこう言う、《もし神が存在しないなら、すべては許される Si Dieu n'existe pas - dit le père - alors tout est permis》
これは明らかにナイーヴな考え方である。われわれ分析家はよく知っている、《もし神が存在しないなら、もはや何もかも許されなくなる si Dieu n'existe pas, alors rien n'est plus permis du tout.》ことを。神経症者は毎日、われわれにこれを実証している Les névrosés nous le démontrent tous les jours.。(ラカン、S2、16 Février 1955)
無神論の真の公式 la véritable formule de l’athéisme は「神は死んだ Dieu est mort」ではなく、「神は無意識的である Dieu est inconscient」である。(ラカン、S11, 12 Février 1964)
「大他者の(ひとつの)大他者はある il y ait un Autre de l'Autre」という人間のすべての必要(必然 nécessité)性。人はそれを一般的に〈神 Dieu〉と呼ぶ。だが、精神分析が明らかにしたのは、〈神〉とは単に《女というもの La femme》だということである。(ラカン、S23、16 Mars 1976)
無意識の仮説、それはフロイトが強調したように、父の名を想定することによってのみ支えられる。父の名の想定とは、もちろん神の想定のことである。 L'hypothèse de l'Inconscient - FREUD le souligne - c'est quelque chose qui ne peut tenir qu'à supposer le Nom-du-Père.Supposer le Nom-du-Père, certes, c'est Dieu.(ラカン, S23, 13 Avril 1976)
私がS(Ⱥ) にて、「斜線を引かれた女性の享楽 la jouissance de Lⱥ femme」にほかならないものを示しいるのは、神はまだ退出していない Dieu n'a pas encore fait son exit(神は死んでいない)ことを示すためである。(ラカン、S20、13 Mars 1973)
ラカン理論における「父の機能」とは、第三者が、二者-想像的段階において特有の「選択の欠如」に終止符を打つ機能である。第三者の導入によって可能となるこの移行は、母から離れて父へ向かうというよりも、二者関係から三者関係への移行である。この移行以降、主体性と選択が可能になる。(ポール・バーハウ PAUL VERHAEGHE、new studies of old villains A Radical Reconsideration of the Oedipus Complex 、2009)
享楽自体、穴Ⱥ を作るもの、控除されなければならない(取り去らねばならない)過剰を構成するものである la jouissance même qui fait trou qui comporte une part excessive qui doit être soustraite。
そして、一神教の神としてのフロイトの父は、このエントロピーの包被・覆いに過ぎない le père freudien comme le Dieu du monothéisme n’est que l’habillage, la couverture de cette entropie。
フロイトによる神の系譜は、ラカンによって、父から「女というもの La femme」 に取って変わられた。la généalogie freudienne de Dieu se trouve déplacée du père à La femme. (ジャック・アラン=ミレール 、Passion du nouveau、2003)
女が欲するものは、神もまた欲する。Ce que femme veut, Dieu le veut.(アルフレッド・ミュッセ、Le Fils du Titien, 1838)