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2020年1月6日月曜日

戦争反対のアポリア

戦争反対という理念は、「内戦という戦争」をも当然対象としている筈である。

ここでの問いは、当該自国内では収拾のつきそうもない内戦を外部の者が知ったとき、人道的立場から介入すべきかどうかというものだ。

おそらくまずはネゴシエーションあるいは説得という介入が、国連等の機関でなされるべきだというのがコモンセンスであろう。だがそれらが機能せず、例えばアサド政権のようにサリン等の化学兵器まで使った自国民の殺戮が止まなかったらどうだろう?

軍事介入すべきだろうか。ーー戦争反対という理念はここで難問に直面する。単純に「戦争反対」を言い募ることはできないのである。だが、どうもわたくしにはこの「常識」がない人間が日本言論界で跳梁跋扈している気がしならない。


例えば飯山陽さんは、ナイーヴとしか思えない戦争反対派に次のような批判を展開している(2020年1月5日)。

@IiyamaAkari 共産党の志位氏はスレイマーニーを「主権国家の要人」と盲信しているが、実際はイランという主権国家公認の対外工作武装組織の指導者であり、イラクやシリア等で数万人の市民の死に関与し、複数のテロ組織に資金援助し、国連の渡航禁止制裁の対象にもなっていたテロリストだ。
https://twitter.com/shiikazuo/status/1213436499573628929?s=20…
@IiyamaAkari 最近の人権派は民衆を抑圧するイランの体制を支持し、抑圧されたイラン民衆には一瞥もくれず、イランの体制が憎きアメリカに報復をするのをワクワクしながら期待しているようです。人権も平和も弱者擁護も忘れ去ったように見えます。https://twitter.com/nekokumicho/status/1213477378288078848…
@IiyamaAkari 本田圭佑氏は「戦争は決して正当化されない」ツイートしているが、スレイマーニーがイラン、イラク、シリアで工作活動を行い反体制派市民数万人を虐殺・弾圧してきた事は「戦争」ではないので正当化されるのであろうか。スレイマーニーはおそらく現代最大の戦争犯罪人である。
https://twitter.com/kskgroup2017/status/1213674864952766464?s=20…
@IiyamaAkari なぜイランが主権を取り戻すためにイラクやシリア、レバノン等で工作活動を行いスンニ派住民を大量に虐殺・弾圧しなければならないのか。中東情勢もろくに知らず全てを欧米のせいにすればいいと思い込んでいるので、権力者側の極右テロリストを擁護するような大矛盾に陥る。
https://twitter.com/ISOKO_MOCHIZUKI/status/1213726710098612224?s=20…


ーー「スレイマーニーはおそらく現代最大の戦争犯罪人」「権力者側の極右テロリスト」等の表現が正鵠を射ているか否は各人が調査すればよい。

ちなみに飯山陽さんの観点を支えるだろうスレイマーニーの評価記事として、すでに多くの人が読んでいるらしい黒井文太郎氏の本日付の記事がある。

黒井文太郎@BUNKUROI
ソレイマニについて、イラン本国での英雄扱いばかり報じられていますが、国外でやってきたことは大量殺戮でありテロ謀略です(それが任務)。
ちょっと挑発的なタイトルがつきましたが、こちら寄稿しました

「米軍が殺害、ソレイマニは大量殺人テロの親玉だった」黒井文太郎 https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58843


ーー数年前、シリアのことをいくらか調べたのだが、そのとき黒井文太郎さんの見解には大いに助けられた(彼の元妻はシリア人である)。


ここで2016年に拾ったアレッポ東部の女性小学校長の話と昨日拾ったシリア人の方のツイートを並べておこう。

「餓死するか、空爆で殺されるか、命がけで脱出するか。私たちにはこの三つの選択肢しかない。アラー(神)は私たちを見捨てた。私たちはアサド(大統領)に敗北した」(アレッポ東部の女性小学校長ヒンドゥ・アブダン、朝日新聞の電話インタビュー、2016年)
@Ahmad1618A 私は人々が第三次世界大戦を危惧するのは尤もだと思う。私はシリア人だ。戦争より恐ろしいものはないと思う。悲しいことに、私たちシリア人の子供たちが殺されることはあなたたちには何も意味しない。この九年来、子供たちが世界の誰に気にもされず、ただ死んで行くのを見ているしかないのは平和とはほど遠かった。(2020年1月5日、私訳)
https://twitter.com/Ahmad1618A/status/1213713256029798400


わたくしはこの二つを読むだけでさえ、「俺がこれを見過ごしたら一生自分を卑劣漢だと思うだろうな」という気分になってしまうタチである、それはおそらく多くの人と同様である筈のように。もちろん何も行動しなかったらそんな気分になっても無意味だという批判もあるだろう。だが最低限の振舞いとしてナイーヴに戦争反対を言い募らないようにしようとはしている。

ところが日本言論界の多くの人は、いまだどうもそうではなさそうに見えて仕方がないのである。

※参照 :シリア内戦勃発からもうすぐ9年、死者38万人に シリア人権監視団 2020年1月5日

発表された死者数には、政権側の刑務所で拷問により死亡した約8万8000人や、内戦中に各勢力から拘束され行方が分からなくなっている数千人は含まれていない。


ここで今「俺がこれを見過ごしたら一生自分を卑劣漢だと思うだろうな」とした、わたくしにはとても印象深い若き中井久夫の文を掲げておこう。

たまたま、私のすぐ前で、教授が私の指導者で十年先輩の助手を連続殴打するということがあった。教授の後ろにいた私はとっさに教授を羽交い締めした。身体が動いてから追いかけて「俺がこれを見過ごしたら一生自分を卑劣漢だと思うだろうな」という考えがやってきて、さらに「殿、ご乱心」「とんだ松の廊下よ」と状況をユーモラスなものにみるゆとりが出たころ、教授の力が抜けて「ナカイ、わかった、わかった、もうしないから放せ」という声が聞こえた。  

これだけのことであるが、しかし、ただでは済まないであろう。その夜、私はクラブの部室を開けて、研究者全員を集め、「今までもこういうことがなかったか」と詰問した。「あったけど、問題にしようとすると本人たちがやめてくれというんだ」「私は決してそうはいわない」ということで、けっきょく教授が謝罪し、講座制が一時撤廃され、研究員全員より成る研究員会による所長公選というところまで行った。これはまたしてもジャーナリズムに出さないということで成功した。札幌医大から来た富山さんと私と二人で、5階建ての新ウィルス研究所棟の部屋割りを3時間でやり遂げたまではよかったのだが、そのうち、若い者たちが所内の人事を左右するような議論が横行するようになった。私は、革命の後の権力のもてあそびは、こんな小さな改革でも起こるのだな、とぞっとして、東大伝染病研究所の流動研究員となって、東京に去ることにした。(中井久夫「楡林達夫『日本の医者』などへの解説とあとがき」)

以上、ここではトランプの行為について云々しなかった。彼の指令の裏にはいろんな要素があるだろうから。例えば「内憂を外患に投射して国民の目を逸らす」、「軍需産業の後盾」、「世界の警察官の役割から撤退しつつも当面は残務処理としてやらざるを得ない」(中東の警察官としてホルムズ海峡の原油輸送路防衛を米国が担っている状況は、米国の中東石油依存度が20パーセント程度になった今、80パーセント超の日本や中国韓国等にはやく肩代わりして欲しい)等々。