無意識はライプニッツによって公式に“発見”されたのであり、ショーペンハウアーやニーチェはほとんど無意識による人間心性の支配に通じた心理家であった。後二者のフロイトに対する影響は、エランベルジェの示唆し指摘するとおりであろう。(中井久夫『分裂病と人類』第3章「「西欧精神医学背景史」1982年)
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エランベルジェは『無意識の発見』で名高い精神医学の歴史学者である。
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もしフロイトが存在しなかったとすれば、二十世紀の精神医学はどういう精神医学になっていたでしょうかね」と私は問うた。問うた相手はアンリ・F・エランベルジュ先生。(……)
先生は少し考えてから答えられた。「おそらくプルースト的な精神医学になっただろうね、あるいはウィリアム・ジェームスか」(中井久夫「吉田城先生の『「失われた時を求めて」草稿研究』をめぐって」2007)
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プルースト的精神医学といえば、まず「心の間歇」と訳される intermittence du cœur が頭ん浮かぶだろう。『失われた時を求めて』は精神医学あるいは社会心理学的な面が大いにあり、社交心理学ないし階級意識の心理学など、対人関係論的精神医学を補完する面を持つにちがいないが、著者自身が小説全体の題に「心の間歇」を考えていた時期があることをみれば、まず、この概念を取り上げるのが正当だろう。フロイトの「抑圧」に対して「解離」を重視するのがピエール・ジャネにはじまる十九世紀フランス精神医学である。(中井久夫「吉田城先生の『「失われた時を求めて」草稿研究』をめぐって」2007)
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「フロイトの「抑圧」に対して「解離」を重視する」とあるが、解離自体、フロイトの排除である。
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解離とその他の防衛機制との違いは何かというと、防衛としての解離は言語以前ということです。それに対してその他の防衛機制は言語と大きな関係があります。…解離は言葉では語り得ず、表現を超えています。その点で、解離とその他の防衛機制との間に一線を引きたいということが一つの私の主張です。PTSDの治療とほかの神経症の治療は相当違うのです。
(⋯⋯)侵入症候群の一つのフラッシュバックはスナップショットのように一生変わらない記憶で三歳以前の古い記憶形式ではないかと思います。三歳以前の記憶にはコンテクストがないのです。⋯⋯コンテクストがなく、鮮明で、繰り返してもいつまでも変わらないというものが幼児の記憶だと私は思います。(中井久夫「統合失調症とトラウマ」初出2002年『徴候・記憶・外傷』所収)
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サリヴァンも解離という言葉を使っていますが、これは一般の神経症論でいる解離とは違います。むしろ排除です。フロイトが「外に放り投げる」という意味の Verwerfung という言葉で言わんとするものです。サリヴァンは「人間は意識と両立しないものを絶えずエネルギーを注いで排除しているが、排除するエネルギーがなくなると排除していたものがいっせいに意識の中に入ってくるのが急性統合失調症状態だ」と言っています。自我の統一を保つために排除している状態が彼の言う解離であり、これは生体の機能です。(中井久夫「統合失調症とトラウマ」初出2002年『徴候・記憶・外傷』所収)
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ここで哲学をめぐるフロイトの書簡をふたつ掲げる。
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形而上学は有害
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私の哲学(形而上学)に対する態度はあなたもご承知のように思われるからです。私の素地の他の欠陥であれば、きっと私は悩まされ、謙虚にさせられたことでしょうが、形而上学に関してはそうではありません。 私は形而上学に対する器官(「能力」)を持っていないばかりでなく形而上学に対する何の敬意も持ってはいません [ich habe nicht nur kein Organ (›Vermögen‹) für sie, sondern auch keinen Respekt vor ihr.]。密かに私はーー大声で言うわけにはゆかないでしょうがーー形而上学というものはいつか「有害なもの」、思考の誤用、宗教的世界観の時代の「遺物」と判決を下されるであろうと信じています[daß die Metaphysik einmal als ›a nuisance‹, als Mißbrauch des Denkens, als ›survival‹ aus der Periode der religiösen Weltanschauung verurteilt werden wird]。こういう考え方がいかに私をドイツ文化圏に縁遠いものとしているかは、よく心得ています。(中略)いずれにしても、哲学の彼岸によりも事実の此岸に道を見出すことのほうがおそらく簡単でありましょう。(フロイト書簡、ヴェルナー・アヒェリス宛、1927年1月30日付)
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スピノザ への依拠
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スピノザの学説への私の依拠 (Meine Abhängigkeit von den Lehren Spinozas) については進んでお認めしましょう。彼の名前をわざわざ直接に引用しなかったのは、私の諸前提を彼自身の研究からではなく彼によって醸し出される雰囲気(Atmosphäre) から引き出したからなのです。そしてまた、哲学的な正当化一般を行うことは私にとっては重要ではなかったからです。
生来私は[哲学の]才能に恵まれてはいないので、この災いを転じて福となし、可能な限り加工を施すことなく、先入見を持ち込まず、そして準備なしに (möglichst unverbildet, vorurteilslos und unvorbereitet)、自らにとって新しく立ち現われてくる事実を解き明かす心構えをしたのでした。
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一人の哲学者のことを理解しようと努力しつつ、人は、必然的にその哲学者の思想を吸収し (思想が浸透してきて)、自らの作品において、その支配を被ることになる (deren Lenkung bei seiner Arbeit erleide) のだと私は思います(自らの作品において、このように導かれることで苦しむのだと私は思います)。このようにして私もまたニーチェの研究を差し控えたのです。それは、より正確には私の眼には、彼の視点が私のそれと非常に近くにあるように人々の目には映るということが明確であったからではなかったのではありますが。
私は決して[思想上の発見の]優先権(Priorität) を要求したのではありません。私は無教養なので、C・ブルンナーについては無知でありましたし、快の本質についての唯一の有益なものを、私はフェフィナーにおいて見出したのです。(フロイト書簡、ビッケル宛、1931年6月28日付)
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次にフロイトによるショーペンハウアーとニーチェの顕揚である。
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ニーチェの類まれなる自己省察
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ニーチェによって獲得された自己省察(内観 Introspektion)の度合いは、いまだかつて誰によっても獲得されていない。今後もおそらく誰にも再び到達され得ないだろう。Eine solche Introspektion wie bei Nietzsche wurde bei keinem Menschen vorher erreicht und dürfte wahrscheinlich auch nicht mehr erreicht werden." (フロイト、於ウィーン精神分析協会会議 1908年 Wiener Psychoanalytischen Vereinigung)
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精神分析とショーペンハウアー・ニーチェ哲学との大幅な一致
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これら近年の仕事では私が根気のいる観察(Beobachtung)に背を向け、全くの思弁(speculation)に 耽っていると考えないで頂きたい。むしろ私は、変わることなく精神分析の素材に間近く接しているし、特殊な臨床的ないし技法的なテーマに取り組み続けてきた。観察を離れている時でも、本来の意味での哲学に近づかないように用心している。[哲学に対する]私の生得的な才能のなさ (Konstitutionelle Unfähigkeit) が、こうした態度を貫くのをいとも簡単にした。私はかねてから、G. Th. フェヒナーの見解に親しんでおり、重要な事柄になるとこの思想家に依拠してきた。精神分析とショーペンハウアーの哲学との大幅な一致、ーー彼は感情の優位と性の際立った重要さを説いただけでなく、抑圧の機制すら洞見していたーーは、私がその理論を熟知していたがためではない。ショーペンハウア一を読んだのは、ずっと後になってからである。哲学者としてはもう一人ニーチェが、精神分析が苦労の末に辿り着いた結論に驚くほど似た予見や洞察をしばしば語っている。だからこそ、私は彼を久しく避けてきたのだ。私が心がけてきたのは、誰かに先んじること (Priorität)にもまして、とらわれない態度(Unbefangenheit) を持することである。(フロイト『自己を語る』1925年)
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最後にラカンである。
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哲学というボロ切れ
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私はどの哲学者にも喧嘩を売っている。…言わせてもらえば、今日、どの哲学も我々に出会えない。哲学の哀れな流産 misérables avortons de philosophie! 我々は前世紀(19世紀)の初めからあの哲学の襤褸切れの習慣 habits qui se morcellent を引き摺っているのだ。あれら哲学とは、唯一の問いに遭遇しないようにその周りを浮かれ踊る方法 façon de batifoler 以外の何ものでもない。…唯一の問い、それはフロイトによって名付けられた死の本能 instinct de mort 、享楽という原マゾヒズム masochisme primordial de la jouissance である。全ての哲学的パロールは、ここから逃げ出し視線を逸らしている。Toute la parole philosophique foire et se dérobe.(ラカン、S13、June 8, 1966)
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哲学というガラクタ
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あなた方は焦らないようにしたらよろしい。哲学のがらくたに肥やしを与えるものにはまだしばらくの間こと欠かないだろうから。(⋯⋯)
対象a …この対象は、哲学的思惟には欠如しており、そのために自らを位置づけえない。つまり、自らが無意味であることを隠している。Cet objet est celui qui manque à la considération philosophique pour se situer, c'est à dire pour savoir qu'elle n'est rien. (……)
対象a、それはフェティシュfétiche とマルクスが奇しくも精神分析に先取りして同じ言葉で呼んでいたものだ。(ラカン「哲学科の学生への返答 Réponses à des étudiants en philosophie」 1966)
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ここで冒頭に戻って、中井久夫が指摘するプルースト的精神医学における「解離=排除」についていくら触れておこう。
「解離=排除」とは、事実上、現代ラカン派中心概念の原抑圧=固着である。 |
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排除
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父の名の排除から来る排除以外の別の排除がある。il y avait d'autres forclusions que celle qui résulte de la forclusion du Nom-du-Père. (Lacan, S23、16 Mars 1976)
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女性のシニフィアンの排除がある。これが、ラカンの「女というものは存在しない」の意味である。il y a une forclusion de signifiant de La femme. C'est ce que veut dire le “La femme n'existe pas”(J.-A. Miller, Du symptôme au fantasme et retour, Cours du 27 avril 1983)
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私は、フロイトのテキストを拡大し、…「性関係はないものとしての原抑圧の名[le nom du refoulement primordial comme Il n'y a pas de rapport sexuel」を強調しよう。…
話す存在 l'être parlant にとっての固有の病い、この病いは排除と呼ばれる[cette maladie s'appelle la forclusion]。女というものの排除 la forclusion de la femme)、これが「性関係はない il n'y a pas de rapport sexuel」の意味である。(Jacques-Alain Miller, Choses de finesse en psychanalyse III, Cours du 26 novembre 2008)
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固着
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原抑圧は「現実界のなかに女というものを置き残すこと」として理解されうる。Primary repression can […]be understood as the leaving behind of The Woman in the Real. (PAUL VERHAEGHE, DOES THE WOMAN EXIST?, 1997)
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ラカンの現実界は、フロイトの無意識の核であり、固着のために置き残される原抑圧である。「置き残される」が意味するのは、「身体的なもの」が「心的なもの」に移し変えられないことである。(ポール・バーハウ Paul Verhaeghe, BEYOND GENDER, 2001年)
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われわれには原抑圧 Urverdrängung、つまり心的(表象的-)欲動代理psychischen(Vorstellungs-)Repräsentanz des Triebes が意識的なものへの受け入れを拒まれるという、抑圧の第一相を仮定する根拠がある。これと同時に固着 Fixerung が行われる。(……)
欲動代理 Triebrepräsentanz は(原)抑圧により意識の影響をまぬがれると、それはもっと自由に豊かに発展する。それはいわば暗闇に蔓延り wuchert dann sozusagen im Dunkeln 、極端な表現形式を見つけ、もしそれを翻訳して神経症者に指摘してやると、患者にとって異者のようなもの fremd に思われるばかりか、異常で危険な欲動の強さTriebstärkeという装い Vorspiegelung によって患者をおびやかすのである。(フロイト『抑圧』Die Verdrangung、1915年)
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このところ繰り返し示しているが、ここでも、真にフロイトに回帰した後期ラカン理論のエッセンスを確認の意味で再掲しよう。
サントーム=享楽の固着=リビドーの固着=トラウマへの固着
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サントーム=享楽の固着
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ラカンのサントームとは、たんに症状のことである。だが一般化された症状(誰もがもっている症状)である。Le sinthome de Lacan, c'est simplement le symptôme, mais généralisé, (J.-A. MILLER, L'ÉCONOMIE DE LA JOUISSANCE, 2011)
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疑いもなく、症状(サントーム)は享楽の固着である。sans doute, le symptôme est une fixation de jouissance. (J.-A. MILLER, - Orientation lacanienne III, 12/03/2008)
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サントーム=享楽=身体の出来事
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症状は身体の出来事である。le symptôme à ce qu'il est : un événement de corps(ラカン、JOYCE LE SYMPTOME,AE.569、16 juin 1975)
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享楽は身体の出来事である la jouissance est un événement de corps…享楽はトラウマの審級 l'ordre du traumatisme にある。…享楽は固着の対象 l'objet d'une fixationである。(J.-A. MILLER, L'Être et l'Un, 9/2/2011)
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享楽の固着=リビドーの固着=トラウマへの固着
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フロイトは幼児期の享楽の固着の反復を発見したのである。Freud l'a découvert[…] une répétition de la fixation infantile de jouissance. (J.-A. MILLER, LES US DU LAPS -22/03/2000)
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幼児期の純粋な偶然的出来事 rein zufällige Erlebnisse は、リビドーの固着 Fixierungen der Libido を置き残す hinterlassen 傾向がある。(フロイト 『精神分析入門』 第23 章 「症状形成へ道」1916年)
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病因的トラウマ ätiologische Traumenは自己身体の上への出来事 Erlebnisse am eigenen Körper もしくは感覚知覚 Sinneswahrnehmungen である。…また疑いなく、初期の自我への傷 Schädigungen des Ichs である(ナルシシズム的屈辱 narzißtische Kränkungen)。…
これらは「トラウマへの固着 Fixierung an das Trauma」と「反復強迫Wiederholungszwang」の名の下に要約される。
これらは、標準的自我 normale Ich と呼ばれるもののなかに含まれ、絶え間ない同一の傾向 ständige Tendenzen desselbenをもっており、「不変の個性刻印 unwandelbare Charakterzüge」 と呼びうる。(フロイト『モーセと一神教』「3.1.3 Die Analogie」1938年)
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症状は刻印である。現実界の水準における刻印である。Le symptôme est l'inscription, au niveau du réel,(Lacan, LE PHÉNOMÈNE LACANIEN, 30 nov, 1974)
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プルーストの心の間歇とは、メカニズムとしては、フロイトのトラウマへの固着による反復強迫以外の何ものでもない。
心の間歇≒遅発性外傷障害
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遅発性の外傷性障害がある。(……)これはプルーストの小説『失われた時を求めて』の、母をモデルとした祖母の死後一年の急速な悲哀発作にすでに記述されている。ドイツの研究者は、遅く始まるほど重症で遷延しやすいことを指摘しており、これは私の臨床経験に一致する。(中井久夫「トラウマとその治療経験」初出2000年『徴候・外傷・記憶』)
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「心の間歇 intermittence du cœur」は「解離 dissociation」と比較されるべき概念である。…
解離していたものの意識への一挙奔入…。これは解離ではなく解離の解消ではないかという指摘が当然あるだろう。それは半分は解離概念の未成熟ゆえである。フラッシュバックも、解離していた内容が意識に侵入することでもあるから、解離の解除ということもできる。反復する悪夢も想定しうるかぎりにおいて同じことである。(中井久夫「吉田城先生の『「失われた時を求めて」草稿研究』をめぐって」2007年)
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さらに言えば、フロイトのいう「幼児期の病因的トラウマの刻印=自己身体の上への出来事・感覚知覚」(ラカンの「身体の出来事」)とは、ロラン・バルトの「身体の記憶」に限りなく近似している。
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私の身体は、歴史がかたちづくった私の幼児期である mon corps, c'est mon enfance, telle que l'histoire l'a faite。…匂いや疲れ、人声の響き、競争、光線など des odeurs, des fatigues, des sons de voix, des courses, des lumières、…失われた時の記憶 le souvenir du temps perdu を作り出すという以外に意味のないもの…(幼児期の国を読むとは)身体と記憶 le corps et la mémoireによって、身体の記憶 la mémoire du corpsによって、知覚することだ。(ロラン・バルト「南西部の光 LA LUMIÈRE DU SUD-OUEST」1977年)
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PTSDに定義されている外傷性記憶……それは必ずしもマイナスの記憶とは限らない。非常に激しい心の動きを伴う記憶は、喜ばしいものであっても f 記憶(フラッシュバック的記憶)の型をとると私は思う。しかし「外傷性記憶」の意味を「人格の営みの中で変形され消化されることなく一種の不変の刻印として永続する記憶」の意味にとれば外傷的といってよいかもしれない。(中井久夫「記憶について」1996年)
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バルトや中井久夫のように表現すれば、幼少期のトラウマ的記憶の回帰は実は誰もが体感していることではなかろうか? そしてすべての哲学とは言わないが、多くの哲学はこう言ったことに冷感症ではないだろうか?
三歳の記憶 中原中也
縁側に陽があたつてて、
樹脂が五彩に眠る時、
柿の木いつぽんある中庭は、
土は枇杷いろ 蝿が唸く。
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要は下駄を脱ぎ捨てて足袋の底に冷めたい廊下のすべすべした板を蹈んだとき、一瞬間遠い昔の母のおもかげが心をかすめた。蔵前の家から俥の上を母の膝に乗せられて木挽町へ行った五つか六つの頃、茶屋から母に手を曳かれて福草履を突っかけながら、歌舞伎座の廊下へ上るときがちょうどこんな工合であった。(谷崎潤一郎『蓼食う虫』)
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立上がると、足裏の下の畳の感覚が新鮮で、古い畳なのに、鼻腔の奥に藺草のにおいが漂って消えた。それと同時に、雷が鳴ると吊ってもらって潜りこんだ蚊帳の匂いや、縁側で涼んでいるときの蚊遣線香の匂いや、線香花火の火薬の匂いや、さまざまの少年時代のにおいの幻覚が、一斉に彼の鼻腔を押しよせてきた。(吉行淳之介『砂の上の植物群』)
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