2020年8月15日土曜日

性交できないチンパンジー


すこし前、「男は女に好まれるように努力するしかない」で、ボノボとチンパンジーの性についてのメモをしたのだが、中井久夫も触れているんだな。

人類は、他の類人猿に比して、発情期を欠き、いつでも性交・妊娠が可能であり、たとえばボノボの産児間隔の六・八年に比して、産児制限を宗教的に禁じている集団の調査において示されているように一・八年という短い産児間隔を持っている。人類は、生存戦略として多産多死型(タカ型に対してスズメ型)であり、これは人類がかつては食物連鎖の頂点になく、狩られる存在であったことを示唆する。(中井久夫「外傷性記憶とその治療―― 一つの方針」初出2000年『徴候・記憶・外傷』所収)

チンパンジーについては何度かあったなと読み返してみて、上のボノボに記述にも行き当たったのだが、《チンパンジーの実験によれば、乳児の時にやわらかく温かいものに接しなかった個体は成体となって性交ができない》というのも以前はまったく注目していなかった。

そもそも幼児型記憶は警告の意味を持っているものである。その形式は命題以前の端的な光景記憶型ではないか。「落石注意」の文字でなく端的に「落石の絵」である。その際に強烈な情動を伴っている。このほうが幼児にとっては効率的である。いや命題記憶の基盤である成人文法性の成立以前にあっては、こうでなくてはならない。

成人文法性の成立は、世界の整合性と因果性とを前提としている。この文脈において危険を理解するものである。

もう一つの型の幼児の記憶は母親に抱かれている温かい記憶であるが、これは漠然とした共感覚であろう。

前者が個体保存に関するものだとすれば、後者は種族保存に関係していよう。チンパンジーの実験によれば、乳児の時にやわらかく温かいものに接しなかった個体は成体となって性交ができないのである。(中井久夫「外傷性記憶とその治療―― 一つの方針」初出2000年『徴候・記憶・外傷』所収)

現在はどう言われているのだろうと少しだけネット上を探ってみたら、「出生後にすぐ母から引き離されたチンパンジーは、性的振る舞いが目立って低くなる」とある。

Chimpanzees which were removed from their mothers less than one week after birth, however, have been shown to exhibit markedly higher rates of atypical social behavior (tandem walking, embracing) and lower rates of sexual and play behavior when observed in conspecific social groups at 4 – 5 years of age; they also interacted with significantly fewer social partners as compared to mother-reared chimpanzees (S. R. Ross, Bloomsmith, & Lambeth, 2003). (ATTACHMENT AND EARLY REARING: LONGITUDINAL EFFECTS IN CHIMPANZEES (PAN TROGLODYTES) by Andrea Wolstenholme Clay , Georgia Institute of Technology May 2012)


やはり人間と同様、オッカサマが大事なのである。

子供の最初のエロス対象 erotische Objekt は、この乳幼児を滋養する母の乳房Mutterbrustである。愛は、満足されるべき滋養の必要性への愛着Anlehnungに起源がある。疑いもなく最初は、子供は乳房と自己身体 eigenen Körper とのあいだの区別をしていない。乳房が分離され「外部 aussen」に移行されなければならないときーー子供はたいへんしばしば乳房の不在を見出す--、幼児は、対象としての乳房を、原ナルシシズム的リビドー備給 ursprünglich narzisstischen Libidobesetzung の部分と見なす。

最初の対象は、のちに、母という人物 Person der Mutter のなかへ統合される。この母は、子供を滋養するだけではなく、世話をする。したがって、数多くの他の身体的刺激、快や不快を彼(女)に引き起こす。身体を世話することにより、母は、子供にとって「原誘惑者 ersten Verführerin」になる。この二者関係 beiden Relationen には、独自の、比較を絶する、変わりようもなく確立された母の重要性の根が横たわっている。全人生のあいだ、最初の最も強い愛の対象 Liebesobjekt として、後ののすべての愛の関係性の原型Vorbild aller späteren Liebesbeziehungenとしての母であり、男女どちらの性 beiden Geschlechternにとってもである。(フロイト『精神分析概説 Abriß der Psychoanalyse』第7章、死後出版1940年)

オッカサマという女は原愛の対象であると同時に原誘惑者である。誘惑されたら誘惑しかえすというのが人間のサガである(フロイトが繰り返し強調している「受動性-能動性」の反転機制)。したがって女性がセクハラ対象になるのは構造的必然である。

この不幸を減少させる手段のひとつは、専業主夫を増やすことである。

男性によっての男児の養育(例えば古代における奴隷による教育)は、同性愛を助長するようにみえる[scheint die Homosexualität zu begünstigen]。今日の貴族のあいだの性対象倒錯の頻出は、おそらく男性の召使いの使用の影響として理解しうる。母親が子供の世話をすることが少ないという事実とともに。(フロイト『性理論三篇』1905年)

専業主夫が赤ん坊を世話することにより、男性の同性愛者が増えてしまうという副作用はあるが、男性による女性のセクハラは目立って減る筈である。そして女性による男性へのセクハラが増えるという「一石二鳥」効果だってある。

みなさん、男女平等のこの21セイキ、専業主夫を増やすことにより世界を変貌させねばなりません!