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2021年1月8日金曜日

本当だね、この畳の上へ帰ってくるんだね

 ははあ、吉行あぐりさんはとっても若々しい美人だったんだな、吉行淳之介はきょうだいと間違えられることがあったらしいが。



NHKの朝の連続ドラマ「あぐり」(1997年)があったそうで知っている人は知っているだろうが、107歳まで生きられたそうだ。


大学時代、女友達がトッテモ吉行ファンで、彼女と一緒に上野毛の自宅前をウロウロしたことがある。その当時を今懐かしく思い出す。

どう、アタシの?


男根が子宮口に当り、さらにその輪郭に沿って奥のほうへ潜りこんで貼り付いたようになってしまうとき、細い柔らかい触手のようなものが伸びてきて搦まりついてくる場合が、稀にある。小さな気泡が次々に弾ぜるような感覚がつたわってくる(吉行淳之介『暗室』1970年)


吉行あぐりは15歳で吉行栄助と結婚して、16歳で長男・淳之介を生んでいる。


私はいわば成り行きで結婚し、十六歳で淳之介を生んで母親になったわけですが、子どもはそれほど好きではありませんでした。けれど、生まれたら責任もありますし、一所懸命、育てているうちに、日に日に愛情も大きくなっていきました。(『あぐり流 夫婦関係 親子関係』2003年) 


吉行淳之介は1994年70歳で肝臓癌で死んだ。


七月二十六日、九年ぶりに会う兄はもう深い眠りに入っていた。十二時間母は兄の左手の親指と人差し指の間を軽くおさえつづけていた。心臓のはたらきがよくなると聞いたことがあったので、黙ってひたすらおさえていた。


母は生後八ヶ月の兄を祖父母のもとにおいて父のいる東京へ出た。そして美容の勉強を(住み込みで)したので二年間兄のもとへ帰れなかった。祖母から母が帰ってくると聞いた兄は、本当だね、この畳の上へ帰ってくるんだね、と畳を叩いたそうだ。


孤児のようだったと兄の書いている文章がある。十二時間母と一緒に過すのは初めてだっただろう。もうこれでいいか、母が疲れるから、と思ったのかもしれない。いつ息を引き取ったのか分からないくらい静かに逝った。


私が文学の世界に入るきっかけも兄だった。兄と最後の別れをする時、〈ありがとうございました〉と頭を下げた。〔・・・〕海外で仕事をしていた姉はその日間に合わなかった。(吉行理恵「兄の似顔絵」1995年)






彼に男兄弟は無く、妹が二人だけ、後年才能を広く世に知られる吉行和子と吉行理恵、お母さんのあぐりさんは、淳之介の少年時代銀座伊東屋上に美容室を開いていた美容師で、其処へ遊びに行って接する母親のお客さんも、当然皆女性、父親はあまり家へ寄りつかなかったようだし、三十四歳の若さで亡くなってしまう。女ばかりに囲まれて大きくなった都会っ子の吉行は、嫉妬深くてしつこいところ、妙に残酷で頑固でつめたいところ、相手によって鷺を烏と言いくるめる小意地の悪さ、女好きの女嫌い、そういう一面を、かなりたっぷり、〈生理〉として持ち合わせていた。〔・・・〕


女性に対する好みも違った。酒場の女から〈タイプがきまっているのね。なんだか小児麻痺みたいなタイプがいいのね〉と言われて、半ば肯定した話を『なんのせいか』という随筆に書いている。以前は〈幽霊のように影の薄い女〉が好きだったのが、段々変化して、言われる通り、〈背の低い、美人顔でない、バランスの取れない女性を好む傾向がでてきたようだ〉と。


三浦朱門、遠藤周作、私の三人で、ひそかにこれを〈吉行の悪食〉と称したが、当人に言わせれば、〈お前たちの好きなのは分りやすーい美人、俺のは分りにくーい美人〉、その道の初心者と奥義を極めた者の違いということになる。(阿川弘之解説ーー新潮社版吉行全集第12巻(エッセイ集))





その日、私はしずかに軀を秋子の軀に寄り添わした。傷ついた二匹の獣が、それぞれ傷口を舐めながら、身を寄せ合い体温を伝え合っている形になることをおそれまい、と私は思った。秋子もしずかに私を受容れた。私は全く口をきかなかったが、私は彼女の軀と沢山の入り組んだ会話を取りかわした。荒々しい力を加えていた時には分らなかったさまざまの言葉が、彼女の軀から私の軀に伝わってきた。(吉行淳之介『娼婦の部屋』1959年)






長い病気の恢復期のような心持が、軀のすみずみまで行きわたっていた。恢復期の特徴に、感覚が鋭くなること、幼少年期の記憶が軀の中を凧のように通り抜けてゆくこととがある。その記憶は、薄荷のような後味を残して消えてゆく。

 

立上がると、足裏の下の畳の感覚が新鮮で、古い畳なのに、鼻腔の奥に藺草のにおいが漂って消えた。それと同時に、雷が鳴ると吊ってもらって潜りこんだ蚊帳の匂いや、縁側で涼んでいるときの蚊遣線香の匂いや、線香花火の火薬の匂いや、さまざまの少年時代のにおいの幻覚が、一斉に彼の鼻腔を押しよせてきた。(吉行淳之介『砂の上の植物群』1964年)


…………


吉行淳之介は、グレアム・グリーンを注釈しつつーーおそらく自己批判を伴いながらも、だが「埋めることのできない、深い暗い穴」という表現を使っている。


ぼくはずいぶん長い間、あの時期のことを思い返すたびに、まるで石の下の虫のように復讐欲が生きながらえているのに気がついたものである。唯一の変化は、 石の下を見ることがだんだん頻繁でなくなってゆくことであった。ぼくが小説を書きはじめると、過去はその力の一部分を失うようになった。それは書かれることによって、ぼくから離れたのである。(グレアム・グリーン『復讐』)


これでは、まるで復讐の武器として小説を選んでいる印象を与えるが、それだけのことではあるまい。少年のころ、激しく傷つくということは、傷つく能力があるから傷つくのであって、その能力の内容といえば、豊かな感受性と鋭い感覚である。そして、例外はあるにしても、その種の能力はしばしば、病弱とか異常体質とか極度に内攻する心とか、さまざまなマイナスを肥料として繁ってゆく。そして、そういうマイナスは、とくに少年期の日常生活において、大きなマイナスとして作用するものだ。さらに、感受性や感覚のプラス自体が、マイナスに働くわけなので、結局プラスをそのままプラスとして生かすためには、文学の世界に入って行かざるを得ない。〔・・・〕

文学作品をつくる場合、追究するテーマというものがあり、もちろんそれを追究する情熱というものがあるわけだが、これはいわば「近因」である。一方、その作者がむかし文学をつくるという場所に追い込まれたこと、そのときの激しい心持ち、それが「遠因」といえるわけで、その遠因がいつまでもなまなましく、一種の情熱というかたちで残っていないと、作品に血が通ってこない。追い込まれたあげくに、一つの世界が開かれるのを見るのである。〔・・・〕

一人前の作家として世間に認められたとき、「遠因」が消え失せてしまう、とおもわせるところがある。〔・・・〕しかし、グリ ーンもそんなことでは埋めることのできない、深い暗い穴を心に持っていた、と考えるべきであろう。(吉行淳之介『「復讐」のために ─文学は何のためにあるのか─』)


この半年ほどラカンの穴と穴埋めの話をしばしばしているが、基本の部分では吉行の使う意味合いと相同的である。



ラカンは享楽と剰余享楽 [la jouissance du plus-de-jouir]を区別した。…空胞化された、穴としての享楽と、剰余享楽としての享楽[la jouissance comme évacuée, comme trou, et la jouissance du plus-de-jouir]である。…対象aは穴と穴埋め [le trou et le bouchon]なのである。(J.-A. Miller, Extimité, 16 avril 1986)

穴埋めの対象a、この対象aは、人が自らを防衛できないものがある。密封しえない「ひとつの穴の穴埋め」である。ダナイデスの樽モデルの穴の穴埋めである。…それはヒト属における傷痕である。われわれはこの傷痕を去勢と呼ぶ。L'objet petit a bouchon, l'objet petit a, c'est l'objet petit a dont on ne peut pas se défendre qu'il est « bouche un trou » qui est infermable, qui bouche un trou du modèle tonneau des Danaïdes, …qu'il y a une malfaçon dans l'espèce humaine. On appelle ça la castration (J.-A. MILLER, Tout le monde est fou, 14/11/2007)



ここで次のように引用することもできる。


無意志的回想のブラックホール[trou noir du souvenir involontaire]。どうやって彼はそこから脱け出せるだろうか。結局これは脱出すべきもの、 逃れるべきものなのだ[Avant tout, c'est quelque chose dont il faut sortir, à quoi il faut échapper]。プルーストはそのことをよく知っていた。 彼を注釈する者たちにはもう理解できないことだが。しかし、そこから彼は芸術によって脱け出すだろう、ひたすら芸術によって。(ドゥルーズ&ガタリ『千のプラトー』「零年ーー顔貌性」1980年)




日本には次のようなことを言ってしまう女性運動家もいるが。


(吉行淳之介の作品の)主人公は「母性を欠いた女」つまり「娼婦」として、あるいは娼婦のようにしてしか女性と交渉を持てないが、それは「母の拒絶」「女の裏切り」に会ってしまった男の、ありふれた「女嫌い」の物語に過ぎない。(上野千鶴子解説ーー『成熟と喪失』江藤 淳)


男児は、性行為の醜い規範から両親を例外として要求する疑いを抱き続けることができなくなったとき、彼は皮肉な正しさで、母親と売春婦の違いはそれほど大きくなく、基本的には母親がそうなのだと自分に言い聞かせるようになる。……娼婦愛…娼婦のような女を愛する条件はマザーコンプレクスに由来するのである。

Er vergißt es der Mutter nicht und betrachtet es im Lichte einer Untreue, daß sie die Gunst des sexuellen Verkehres nicht ihm, sondern dem Vater geschenkt hat. (…) 

Dirnenliebe…die Bedingung (Liebesbedingung) der Dirnenhaftigkeit der Geliebten sich direkt aus dem Mutterkomplex ableitet. (フロイト『男性における対象選択のある特殊な型について』1910年、摘要)



要するに泥まんじゅう組のフェミニストである。

フロイトを研究しないで性理論を構築しようとする女たちたちは、ただ泥まんじゅうを作るだけである。Trying to build a sex theory without studying Freud, women have made nothing but mud pies(カミール・パーリア  Camille Paglia "Sex, Art and American Culture", 1992)



ジェンダー理論は、性差からセクシャリティを取り除いてしまった。(ジョアン・コプチェク Joan Copjec、Sexual Difference、2012年)

驚くべきは、現代ジェンダー研究において、欲動とセクシャリティにいかにわずかしか注意が払われていないかである。(ポール・バーハウ Paul Verhaeghe『ジェンダーの彼岸にある欲動 drive beyond gender 』2005年)



……………………



もちろん上野千鶴子さんだけではない。現在の日本のインテリはーー少なくともセクシャリティに関してーーほとんどみな泥まんじゅう組である。




〈大文字の母〉、その基底にあるのは、「原リアルの名」であり、「原穴の名 」である。Mère, au fond c’est le nom du premier réel, [...] c’est le nom du premier trou (コレット・ソレール Colette Soler, Humanisation ? ,2014)

現実界は…穴=トラウマを為す。le Réel […] ça fait « troumatisme ».(ラカン、S21、19 Février 1974)


初期幼児期の愛の固着[frühinfantiler Liebesfixierungen.](Freud, Eine Teufelsneurose im siebzehnten Jahrhundert, 1923) 

母へのエロス的固着の残滓は、しばしば母への過剰な依存形式として居残る。そしてこれは女への隷属として存続する。Als Rest der erotischen Fixierung an die Mutter stellt sich oft eine übergrosse Abhängigkeit von ihr her, die sich später als Hörigkeit gegen das Weib fortsetzen wird. (フロイト『精神分析概説』第7章、1939年)


結局、固着が身体の物質性としての享楽の実体のなかに穴を為す。固着が無意識のリアルな穴を身体に掘る。このリアルな穴は閉じられることはない。ラカンは結び目のトポロジーにてそれを示すことになる。要するに、無意識は治療されない。 Une fixation qui finalement fait trou dans la substance jouissance qu'est le corps matériel, qui y creuse le trou réel de l'inconscient, celui qui ne se referme pas et que Lacan montrera avec sa topologie des nœuds. En bref, de l'inconscient on ne guérit pas, (ピエール=ジル・ゲガーン Pierre-Gilles Guéguen, ON NE GUÉRIT PAS DE L'INCONSCIENT, 2015)



欲動の現実界がある。私はそれを穴の機能に還元する。il y a un réel pulsionnel […] je réduis à la fonction du trou.(Lacan, Réponse à une question de Marcel Ritter, Strasbourg le 26 janvier 1975)