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2022年1月17日月曜日

「この裏切り者め!」のマタイ

 前回から引き続くが、ラファエル・ピション(Raphaël Pichon)のマタイは、サビーヌ・ドゥヴィエル(Sabine Devieilhe) というよりもひどく冷酷そうなルシール・リシャルドー(Lucile Richardot)が場を引き締めているんだろうな




ロシアの草原を思わせ、豊かな滋養をさずけ、死をもたらす母[mère des steppes et grande nourrice, porteuse de mort] (ドゥルーズ『マゾッホとサド』「マゾッホと三人の女(Masoch et les trois femmes)」の章、1967年)



彼女は鞭でももたせたらピッタリの女性だよ、真の女はこうじゃなくちゃいけない。


So ist mein Jesus nun gefangen Matthäus BWV244

◼️

Raphaël Pichon

2020

Sabine Devieilhe & Lucile Richardot



Nr.27a Arie - Sopran, Alt, Chor

27a アリア(ソプラノ、アルト、合唱)

So ist mein Jesus nun gefangen.

こうしてイエスは捕らえられた。

Laßt ihn, haltet, bindet nicht !

彼を離せ、やめろ、縛るな

Mont und Licht

月も光も

ist vor Schmerzen untergangen,

私のイエスが捕らえられてしまったから、

Laßt ihn, haltet, bindet nicht !

彼を離せ、やめろ、縛るな

Sie führen ihn, er ist gebunden.

彼らはイエスをを連れて行き、縛った。




Nr.27b Chor

27b 合唱

Sind Blitze,sind Donner in Wolken verschwunden?

稲妻と雷鳴は雲のなかに消えてしまったのか?

Eröffne den feurigen Abgrund,o Hölle,

火の深淵よ開け、おお地獄よ!

zertrümmre,verderbe,verschlinge,zerschelle

破壊せよ、滅ぼせ、飲み込んでしまえ

mit plözlicher Wut

粉々にしてしまえ、激しい怒りでもって

den falschen Verräter,das mördrische Blut!

偽りの裏切り者を! 殺人者の血統を!




このマタイ第27曲のソプラノとアリアのデュオ「こうしてイエスは捕らえられた(So ist mein Jesus nun gefangen)」とそれに引き続く「裏切り者め!」の合唱は最も情動感溢れる箇所のひとつだが、いやあ興奮するね、ルシール・リシャルドーの高貴さには。


近頃のチョロイのとはわけが違う。



So ist mein Jesus nun gefangen 

◼️

Herreweghe

2010

◼️

2007

◼️

Harnoncourt

◼️

Ton Koopman



もっと過去に遡ったってどこにもルーシーはいない。


So ist mein Jesus nun gefangen 

◼️

Karl Richter

1958

◼️

Otto Klemperer

1960

◼️

Karajan 

1973



合唱に限っていえば、カール・リヒターのは切れ味の鋭さでピション並に白い鳩が羽搏くな。カタツムリの跡なんてチャチなもんじゃなく。



ああ、私はルーサンヴィルの楼閣に哀願したけれども空しかったーーコンブレーの私たちの家のてっぺんの、アイリスの香がただよう便所にはいって、半びらきの窓ガラスのまんなかにその尖端しか見えないルーサンヴィルの楼閣に向って、その村の女の子を私のそばによこしてほしい、とたのんだけれども空しかったーー


そしてそこにそうしているあいだに、あたかも何か探検をくわだてている旅行者か、自殺しようとする絶望者のような、悲壮なためらいで、気が遠くなりながら、私は自分自身のなかに、ある未知の道、死の道とも思われた一つの道をかきわけていた、そしてそのあげくは、私のところまで枝をたわめている野性の黒すぐりの葉に、あたかもかたつむりが通った跡のように見える、自然に出たものの跡が、一筋つくのであった。(プルースト「スワン家のほうへ」)