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2022年4月6日水曜日

メガネについてーーあるいは屍体は視線を分節化する装置である


◼️丸山真男の「めがね」

めがねというのは、抽象的なことばを使えば、概念装置あるいは価値尺度であります。ものを認識し評価するときの知的道具であります。われわれは直接に周囲の世界を認識することはできません。われわれが直接感覚的に見る事物というものはきわめて限られており、われわれの認識の大部分は、自分では意識しないでも、必ずなんらかの既成の価値尺度なり概念装置なりのプリズムを通してものを見るわけであります。そうして、これまでのできあいのめがねではいまの世界の新しい情勢を認識できないぞということ、これが象山がいちばん力説したところであります。〔・・・〕


われわれがものを見るめがね、認識や評価の道具というものは、けっしてわれわれがほしいままに選択したものではありません。それは、われわれが養われてきたところの文化、われわれが育ってきた伝統、受けてきた教育、世の中の長い間の習慣、そういうものののなかで自然にできてきたわけです。ただ長い間それを使ってものを見ていますから、ちょうど長くめがねをかけている人が、ものを見ている際に自分のめがねを必ずしも意識していないように、そういう認識用具というものを意識しなくなる。自分はじかに現実を見ているつもりですから、それ以外のめがねを使うと、ものの姿がまたちがって見えるかもしれない、ということが意識にのぼらない。…そのために新しい「事件」は見えても、そこに含まれた新しい「問題」や「意味」を見ることが困難になるわけであります。(丸山真男集⑨「幕末における視座の変革」1965.5)




◼️蓮實重彦の「めがね」ーー屍体は視線を分節化する装置である

風景…それは、 視線の対象であるかにみえて、実は視線を対象として分節化する装置にほかならない。…つまりここで問題となる風景とは、 視界に浮上する現実の光景の構図を一つの比喩にしたてあげもするあの不可視の、 だが透明とはほど遠い濁った壁の表層にまといついた汚点や斑点の戯れそのものにほかなら(ない)⋯⋯


解釈される風景と解釈する視線という抽象的な対応性を超えて、解釈する視線が解釈される風景による解釈をすでに蒙った解釈される視線でしかなく、つまり視線が世界の物語を語る話者である以前にそれじたいが物語の説話論的要素として風景の一部に分節化されてしまっており、したがって視線が分節化する風景の物語は風景が分節化する視線の物語にそれと知らずに汚染しているということ、しかもその事実によって視線同士がたがいに確認しあう風景の解釈は、遂に風景が語る物語を超えることがないという視点は、なにも科学史という「知」の一領域に限らず、こんにち、「文化」と呼ばれる「制度」のあらゆる領域で問題とされているごく退屈な議論にすぎないことは誰もが知っている。(蓮實重彦「風景をこえて」『表層批判宣言』1979年)


制度とは、語りつつある自分を確認する擬似主体にまやかしの主体の座を提供し、その同じ身振りによってそれと悟られぬままに客体化してしまう説話論的な装置にほかならない。それは、存在はしないが機能する装置なのである。あるいは、きわめて人称性の高い個体としてあったはずの発話者を、ごく類型的な匿名者に変容させてしまう磁場だとしてもよい。この磁場に織りあげられては解きほぐされてゆく言葉、それがこの章の冒頭で触れておいた現代的な言説なのである。その担い手たちは、知っているから語ろうとする存在ではない。だからといって知らないことを饒舌に語ってみせる香具師のたぐいでもない。知ることも語ることもできるはずの主体を装置に譲りわたし、みずから説話論的な要素として分節化されることをうけいれながら、それを語ることだと錯覚する擬似主体こをが現代的な言説の担い手なのであって、誰もが『紋切型辞典』の編纂者たる潜在的な資格を持つその匿名の複数者は、それを意図することもないままに善意の連帯の環をあたり一帯におし拡げてゆく。おそらくはわれわれもまた、その波紋の煽りを蒙りながら思考し、語りつづけているのだろう。(蓮實重彦『物語批判序説』1985年)




◼️柄谷行人の「めがね」ーーファクトはレトリック・プロパガンダ

経験科学の真理にかんしては、「確証可能性 confirmability」をあげる論理実証主義者(カルナップ)と「反証可能性 falsifability」をとなえるポパーとのあいだに、有名な論争があった。ポパーの考えでは、科学法則はすべて帰納的な支持をもつ仮説でしかなく、観察によってそれと衝突する「否定的データ」が発見されると、その例を肯定的事例として証明できるような新しい包括的な理論が設定され、理論の転換がおこる。したがって、「否定的データ」の発見が科学の進歩や発展の原動力である。


ところが、T.クーンらに代表される近年の科学史家は、観察そのものが「理論」に依存していること、理論の優劣をはかる客観的基準としての「純粋無垢なデータ」が存在しないことを主張する。すなわち、経験的データが理論の真理性を保証しているのではなく、逆に経験的データこそ一つの「理論」の下で、すなわち認識論的パラダイムの下で見出される、と。そして、それが極端化されると、「真理」を決定するものはレトリックにほかならないということになる。(柄谷行人「形式化の諸問題」『隠喩としての建築』所収、1983年)


たとえば、ポパー、クーン、ファイヤアーベントらの「科学史」にかんする事実においては、科学が事実・データからの帰納や“発見”によるのではなく、仮説にもとづく“発明”であること、科学的認識の変化は非連続的であること、それが受けいれられるか否かは好み(プレファレンス)あるいは宣伝(プロパガンダ)・説得(レトリック)によること……などという考えが前提になっている。考えてみればすぐわかることだが、このような科学史(メタ科学)的認識そのものが、その対象、たとえば量子力学やサイバネティックスにもとづいいる。科学史をそのように変化させたののは、すでに現代の科学が経験・データではなく知的構成(建築)にもとづくといわざるをえない事態である。科学史あるいはもっと広く思想史において用いられる理論的枠組(たとえば構造主義)は、科学自体から導入されている。この関係はのちに説明するように自己言及的(セルフ・リファレンシャル)である。すなわち、科学史あるいは思想史は、それが対象とするものに逆に属してしまうのであって、それらはけっして外在的、あるいは“超越的”(メタ)であることができない。(柄谷行人「隠喩としての建築」『隠喩としての建築』所収、1983年)




◼️ニーチェ・サピアの「言語のめがね」

ウラル=アルタイ語においては、主語の概念がはなはだしく発達していないが、この語圏内の哲学者たちが、インドゲルマン族や回教徒とは異なった目で「世界を眺め」[anders "in die Welt" blicken]、異なった途を歩きつつあることは、ひじょうにありうべきことである。ある文法的機能の呪縛は、窮極において、生理的価値判断と人種条件の呪縛でもある。(ニーチェ『善悪の彼岸』第20番、1986年)

サピア・ウォーフの仮説 Sapir-Whorf hypothesis:人間は単に客観的な世界に生きているだけではなく、また、通常理解されるような社会的行動の集団としての世界に生きているだけでもない。むしろ、それぞれに固有の言語に著しく依存しながら生きている。そして、その固有の言語は、それぞれの社会の表現手段となっているのである。こうした事実は、“現実の世界”がその集団における言語的習慣の上に無意識に築かれ、広範にまで及んでいることを示している。どんな二つの言語でさえも、同じ社会的現実を表象することにおいて、充分には同じではない。. (Sapir, Mandelbaum, 1951)



次のことは第一観点である。 それは、 言語はレトリックである、 ということ。 というのも、 言語はドクサのみを伝え、 何らエピステーメを伝えようとはしないからである[Das ist der erste Gesichtspunkt: die Sprache ist Rhetorik, denn sie will nur eine doxa, keine episteme Übertragen ](ニーチェ講義録WS 1871/72 – WS 1874/75)



…………………



◼️ファクトは解釈

現象[Phänomenen]に立ちどまったままで《あるのはただ事実のみ [es giebt nur Thatsachen]》と主張する実証主義[Positivismus] に反対して、私は言うであろう、否、まさしく事実なるものはなく、あるのはただ解釈のみ[nein, gerade Thatsachen giebt es nicht, nur Interpretationen] と。私たちはいかなる事実「自体」をも確かめることはできない。おそらく、そのようなことを欲するのは背理であろう。〔・・・〕


総じて「認識」という言葉が意味をもつかぎり、世界は認識されうるものである。しかし、世界は別様にも解釈されうるのであり、それはおのれの背後にいかなる意味をももってはおらず、かえって無数の意味をもっている。---「遠近法主義」。

[Soweit überhaupt das Wort »Erkenntnis« Sinn hat, ist die Welt erkennbar: aber sie ist anders deutbar, sie hat keinen Sinn hinter sich, sondern unzählige Sinne. – »Perspektivismus.«](ニーチェ『力への意志』1886/87)



◼️ファクトは嘘

確信は嘘にもまして危険な真理の敵ではなかろうかとは、すでに長いこと私の考慮してきたところのことであった[Es ist schon lange von mir zur Erwägung anheimgegeben worden, ob nicht die Überzeugungen gefährlichere Feinde der Wahrheit sind als die Lügen ](『人間的、あまりに人間的』第1部483番)。

このたびは私は決定的な問いを発したい、すなわち、嘘と確信とのあいだには総じて一つの対立があるのであろうか? [Diesmal möchte ich die entscheidende Frage tun: besteht zwischen Lüge und Überzeugung überhaupt ein Gegensatz? ]


――全世界がそう信じている、しかし全世界の信じていないものなど何もない! [― Alle Welt glaubt es; aber was glaubt nicht alle Welt! ]

――それぞれ確信は、その歴史を、その先行形式を、その模索や失敗をもっている。長いこと確信ではなかったのちに、なおいっそう長いことほとんど確信ではなかったのちに、それは確信となる。


えっ? 確信のこうした胎児形式のうちには嘘もまたあったかもしれないのではなかろうか?[Wie? könnte unter diesen Embryonal-Formen der Überzeugung nicht auch die Lüge sein? ] ――ときおり人間の交替を必要とするだけのことである。すなわち父の代にはまだ嘘であったものが、子の代にいたって確信となるのである。(ニーチェ『反キリスト者』第55節、1888年)


ーー《常にニーチェを思う。私たちは、繊細さの欠如によって科学的となるのだ[Toujours penser à Nietzsche : nous sommes scientifiques par manque de subtilité. ]》(『彼自身によるロラン・バルト』1975年)



◼️ニーチェ・ラカンの「めがね」ーー物理学という形而上学

物理学とは世界の配合と解釈にすぎない[dass Physik auch nur eine Welt-Auslegung und -Zurechtlegung](ニーチェ『善悪の彼岸』第14番、1886年)

科学が居座っている信念は、いまだ形而上学的信念である[daß es immer noch ein metaphysischer Glaube ist, auf dem unser Glaube an die Wissenschaft ruht] (ニーチェ『 悦ばしき知 』第344番、1882年)


物理学の言説が物理学者を決定づける。その逆ではない [c'est que

c'est le discours de la physique qui détermine le physicien, non pas le contraire](Lacan, S16, 20 Novembre 1968)




◼️ラカン派の「めがね」ーー言語は嘘である

象徴界は言語である[Le Symbolique, c'est le langage](Lacan, S25, 10 Janvier 1978)

言語は存在しない[le langage, ça n'existe pas. ](Lacan, S25, 15 Novembre 1977)

象徴界は厳密に嘘である[le symbolique, précisément c'est le mensonge.](J.-A. MILLER, Le Reel Dans L'expérience Psychanalytique. 2/12/98)


ーー《言語とは本来的に虚構である[le langage est, par nature, fictionnel]》(ロラン・バルト『明るい部屋』1980年)