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2022年5月4日水曜日

究極の抑圧されたものの回帰とは?

 わからない、誰もそんなこと言ってないと言われてもな。厳密に何度も引用にてーー煩雑を厭わずーー示しているのだが。


抑圧の第一段階ーー原抑圧された欲動ーーは、あらゆる「抑圧」の先駆けでありその条件をなしている固着である[Die erste Phase besteht in der Fixierung, (primär verdrängten Triebe) dem Vorläufer und der Bedingung einer jeden »Verdrängung«. ]〔・・・〕

抑圧されたものの回帰は固着点から始まる[Wiederkehr des Verdrängten…erfolgt von der Stelle der Fixierung her]。(フロイト『自伝的に記述されたパラノイアの一症例に関する精神分析的考察』(症例シュレーバー)1911年、摘要)


抑圧されたものの回帰は、実際は原抑圧されたものの回帰=固着の回帰(固着点への回帰)。そしてこれが享楽の回帰。


抑圧されたものの回帰は享楽の回帰と相同的である[retour du refoulé…symétriquement il y a retour de jouissance](J.-A. MILLER, Le Partenaire-Symptôme, 10/12/97、摘要)

享楽は真に固着にある。人は常にその固着に回帰する[La jouissance, c'est vraiment à la fixation …on y revient toujours. ](Miller, Choses de finesse en psychanalyse XVIII, 20/5/2009)


ラカンの現実界(現実界の享楽)はフロイトの原抑圧=固着であり、固着点に回帰すること。


現実界は「常に同じ場処に回帰するもの」として現れる[le réel est apparu comme « ce qui revient toujours à la même place »]  (Lacan, S16, 05  Mars  1969 )

フロイトが固着点と呼んだもの、この固着点の意味は、「享楽の一者がある」ということであり、常に同じ場処に回帰する。この理由で固着点に現実界の資格を与える。ce qu'il appelle un point de fixation. …Ce que veut dire point de fixation, c'est qu'il y a un Un de jouissance qui revient toujours à la même place, et c'est à ce titre que nous le qualifions de réel. (J.-A. MILLER, L'Être et l'Un, 30/03/2011)


現実界の享楽はトラウマであり(参照)、トラウマの回帰と言ってもよい。


結局、成人したからといって、原トラウマ的不安状況の回帰に対して十分な防衛をもたない[Gegen die Wiederkehr der ursprünglichen traumatischen Angstsituation bietet endlich auch das Erwachsensein keinen zureichenden Schutz](フロイト『制止、症状、不安』第9章、1926年)


ーーフロイトにおいてトラウマはエスの核の異者(異者身体[Fremdkörper] )、あるいは「不気味なもの」であり、トラウマの回帰は「異者の回帰」、「不気味なものの回帰」(参照)と言ってもよい。


で、究極の原抑圧されたものの回帰は母胎回帰。


オットー・ランクは『出産外傷[Das Trauma der Geburt]』にて、出生という行為は、一般に、母への原固着[ »Urfixierung«an die Mutter ]が克服されないまま、原抑圧[Urverdrängung]を受けて存続する可能性をともなうと仮定した。これが原トラウマ[Urtrauma]である。(フロイト『終りある分析と終りなき分析』第1章、1937年、摘要)

人には、出生とともに、放棄された子宮内生活へ戻ろうとする欲動、母胎回帰がある[Man kann mit Recht sagen, mit der Geburt ist ein Trieb entstanden, zum aufgegebenen Intrauterinleben zurückzukehren, …eine solche Rückkehr in den Mutterleib. ](フロイト『精神分析概説』第5章、1939年)


見ての通り、原抑圧=原固着=原固着であり、固着点は母胎。ラカンは胎盤とか臍の緒・臍は聖痕とか言っている。



これはあくまで究極の固着点への回帰ということであり、これを言っちゃあおしまいのところがあるので、通常はあまり言わないが、「まともな」フロイトラカン派ならコンセンサスになっている筈。


ラカンの「不安セミネール」で展開されたこと、それはまた、フロイトの『制止、症状、不安』においてまとめられた不安理論、『出産外傷』におけるオットー・ランクの貢献としての不安理論を支持している[que c'est développé dans le Séminaire de l'Angoisse,… prend aussi en charge, …la théorie freudienne de l'angoisse qui intègre dans Inhibition, symptôme, angoisse l'apport d'Otto Rank sur le traumatisme de la naissance. (J.-A. MILLER,  - Orientation lacanienne-  12/05/2004、摘要)


男も女も自ら知らないままでこの究極の固着点への回帰をやっている。多くの場合は隠喩(愛)や換喩(欲望)としての回帰だが、ダイレクトな究極のブラックホールの回帰もままある。



ジイドを不安で満たして止まなかったものは、女の形態の光景の顕現、女のヴェールが落ちて、ブラックホールのみを見させる光景の顕現である[toujours le désolera de son angoisse l'apparition sur la scène d'une forme de femme qui, son voile tombé, ne laisse voir qu'un trou noir ](Lacan, JEUNESSE DE GIDE, E750, 1958)

愛するという感情は、どのように訪れるのかとあなたは尋ねる。彼女は答える、「おそらく宇宙のロジックの突然の裂け目から」。彼女は言う、「たとえばひとつの間違いから」。 彼女は言う、「けっして欲することからではないわ」。あなたは尋ねる、「愛するという感情はまだほかのものからも訪れるのだろうか」と。あなたは彼女に言ってくれるように懇願する。彼女は言う、「すべてから、夜の鳥が飛ぶことから、眠りから、眠りの夢から、死の接近から、ひとつの言葉から、ひとつの犯罪から、自己から、自分自身から、突然に、どうしてだかわからずに」。彼女は言う、「見て」。彼女は脚を開き、そして大きく開かれた彼女の脚のあいだの窪みにあなたはとうとう黒い夜を見る[Elle dit : Regardez. Elle ouvre ses jambes et dans le creux de ses jambes écartées vous voyez enfin la nuit noire]。あなたは言う、「そこだった、黒い夜[la nuit noire]、それはそこだ」(マルグリット・デュラス『死の病 La maladie de la mort』1981年)



ーーこのたぐいは文学の世界ではいくらでもあるよ、プルーストのプチット・マドレーヌのレミニサンスだってあれは実際は「帆立貝の回帰」さ、溝の入った帆立貝の貝殻のなかに鋳込まれたかにみえるプチット・マドレーヌと呼ばれるずんぐりして丸くふくらんだあのお菓子の一つ[un de ces gâteaux courts et dodus appelés Petites Madeleines qui semblent avoir été moulés dans la valve rainurée d'une coquille de Saint-Jacques]》 (プルースト「スワン家のほう」)


とはいえこの究極の固着は通常は傍にやり、その後の発達段階における各人固有の固着点が基本的には分析治療の対象。


(発達段階の)展開の長い道のりにおけるどの段階も固着点となる[Jeder Schritt auf diesem langen Entwicklungswege kann zur Fixierungsstelle](フロイト『性理論三篇』1905年)


分析経験の基盤は厳密にフロイトが「固着 Fixierung」と呼んだものである[fondée dans l'expérience analytique, et précisément dans ce que Freud appelait Fixierung, la fixation. ](J.-A. MILLER, L'Être et l'Un, 30/03/2011)

精神分析における主要な現実界の到来は、固着としての症状である[l'avènement du réel majeur de la psychanalyse, c'est Le symptôme, comme fixion,](Colette Soler, Avènements du réel, 2017年)


以上。