このブログを検索

2024年7月13日土曜日

いまだ訪れない夏の匂

 


まだ訪れない、静かな場所は。

まだ訪れない、夏の匂いは。


ずっとわたしは待っていた。

わずかに濡れた

アスファルトの、この

夏の匂いを、

たくさんをねがったわけではない。

ただ、ほんのすこしの涼しさを五官にと。

奇跡はやってきた。

ひびわれた土くれの、

石の呻きのかなたから。



一九四五年、四月二十五日、ファシスト政権と、それにつづくドイツ軍による圧制からの解放をかちとった、反ファシスト・パルチザンにとっては忘れられないその日のこみあげる歓喜を、都会の夏の夕立に託したダヴィデの作品である。こんな隠喩が、屈辱の日々の終焉をひたすら信じ、そのために身を賭してたたかった世代の男女と、彼らにつづく「おくれてきた」青年たちを、酔わせ、ゆり動かしていたのが、一九五〇年代の前半という時代だった。そのなかで、コルシア・デイ・セルヴィ書店は、そんな人たちの小さな灯台、ひとつの奇跡だったかもしれない。(須賀敦子「銀の夜」『コルシカ書店の仲間たち』)