まだ訪れない、静かな場所は。
まだ訪れない、夏の匂いは。
ずっとわたしは待っていた。 わずかに濡れた アスファルトの、この 夏の匂いを、 たくさんをねがったわけではない。 ただ、ほんのすこしの涼しさを五官にと。 奇跡はやってきた。 ひびわれた土くれの、 石の呻きのかなたから。 一九四五年、四月二十五日、ファシスト政権と、それにつづくドイツ軍による圧制からの解放をかちとった、反ファシスト・パルチザンにとっては忘れられないその日のこみあげる歓喜を、都会の夏の夕立に託したダヴィデの作品である。こんな隠喩が、屈辱の日々の終焉をひたすら信じ、そのために身を賭してたたかった世代の男女と、彼らにつづく「おくれてきた」青年たちを、酔わせ、ゆり動かしていたのが、一九五〇年代の前半という時代だった。そのなかで、コルシア・デイ・セルヴィ書店は、そんな人たちの小さな灯台、ひとつの奇跡だったかもしれない。(須賀敦子「銀の夜」『コルシカ書店の仲間たち』) |
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