濱口桂一郎氏がエマニュエル・トッドの『西洋の敗北』書評(2025.01.09)でこう記している。
|
西側の政治家や知識人はロシアの専制主義に対して西洋の自由民主主義が闘っていると思い込んでいるが、実は西洋のリベラル寡頭制とロシアの権威主義的民主主義との闘いなのだ。そして今崩壊の危機に瀕するのは西側諸国の方だ、というのが彼の主張である。彼が描き出すアメリカの姿は、不正義の勝利、知性の崩壊、そして能力主義の終わりによる寡頭制とニヒリズムの世界である。
|
そうか、《西側の政治家や知識人はロシアの専制主義に対して西洋の自由民主主義が闘っていると思い込んでいる》のか。今でも?ーー表面上は仮にそうであっても、実はとっくにそれが嘘だと気付いていると思いたいが。
|
ネット上で検索したら、《私たちは自由民主主義と狂気の専制主義の対立から脱却しなければならない[ Il faut sortir de l'opposition démocratie libérale contre autocratie cinglée. ]》(エマニュエル・トッド『西洋の敗北』2024年)という文に行き当たった。そしてこれは以前拾ったことがあるトッドのインタビュー記事の表題が、《西洋はリベラル寡頭制で構成されており、ロシアは権威主義的民主制だ[L'Occident est composé d'oligarchies libérales, la Russie est une démocratie autoritaire]》(Emmanuel Todd, le 12/01/2024)である。
「権威」と聞くと脊髄拒絶反応を起こす人がいるようだが、《権威主義的民主主義[démocratie autoritaire]》というのは当たり前のことであり、権威なき民主主義なんてものはない、権威があって初めて民主主義的結びつきが生まれる、《個を越えた良性の権威へのつながりの感覚》(中井久夫「「踏み越え」について」2003年)があってだ。ロシアのプーチンがこの良性の権威かどうかはーーロシアフォビアの人のために遠慮して?ーー当面判断を保留しておいてもいいがね。
他方、自由主義とは、これは柄谷行人が冷戦終了直後から何度も繰り返しているが、個人主義であり、つまりはそもそも「自由民主主義」とは矛盾した表現だ。
|
自由主義と民主主義の対立とは、結局個人と国家あるいは共同体との対立にほかならない。(柄谷行人「歴史の終焉について」1990年『終焉をめぐって』所収)
|
現代の民主主義とは、自由主義と民主主義の結合、つまり自由ー民主主義である。それは相克する自由と平等の結合である。自由を指向すれば不平等になり、平等を指向すれば自由が損なわれる。(柄谷行人『哲学の起源』2012年)
|
自由指向の個人と平等指向の共同体(国家)の対立、これが自由民主主義という合成語の決定的自己矛盾である。
ここで次の二文もつけ加えておこう。
自由主義は本来世界資本主義的な原理であるといってもよい。そのことは、近代思想にかんして、反ユダヤ主義者カール・シュミットが、自由主義を根っからユダヤ人の思想だと主張したことにも示される。(柄谷行人「歴史の終焉について」1990年『終焉をめぐって』所収)
|
自由とは、共同体による干渉も国家による命令もうけずに、みずからの目的を追求できることである。資本主義とは、まさにその自由を経済活動において行使することにほかならない。(岩井克人「二十一世紀の資本主義論」2000年)
|
何はともあれ、自由主義、特に現在の市場原理に支配された新自由主義は民主主義を寡頭制に変える装置ではないか。いや新自由主義などということは言わないまでも、そもそもアリストテレスが当時の民主主義の実際は寡頭制だと言っている。今ではアテネのデモクラシー顕揚はきれいごとに過ぎないのを知らない人は少ないだろう、《アテネの民主主義は奴隷や寄留外国人を搾取することだけでなく、他のポリスを支配することによって実現された。…つまり、アテネの「直接民主主義」は、帝国主義的な膨張によって可能となったのである。》(柄谷行人『帝国の構造』2014年)
|
◾️Economists Radhika Desai & Michael Hudson explain multipolarity, decline of US hegemony
2023-01-13
|
マイケル・ハドソン:今日の世界は「一極か多極か」の闘いになっている。ロシアのプーチン、ラブロフはそのことについて語るが、アメリカは誰もそのことについて語ろうとしない。バイデンや国務省は、この世界的亀裂を「民主主義と権威主義とのあいだ」の争いと特徴づけている。これはオーウェル流二重語法だ。
(彼らにとって)「民主主義」とは金融寡頭政治を意味する。2500年前にアリストテレスはギリシャの憲法に関する本を書いているが、その中で、「ギリシャの憲法はすべて、自分たちのことをデモクラシーとしているが、実際は寡頭制(oligarchy)だ」と書いている。
|
Michael Hudson: what’s happening in the world,(…) the fight between unipolar and multipolar world. President Putin talks about that, and [Russian Foreign Minister] Lavrov talks about that, but not the U.S.
If you listen to what President Biden and the State Department say, this global fracture is “between democracy and autocracy“. That is how they characterize it. This is Orwellian Doublespeak.
[To them,] ‘democracy’ means a financial oligarchy. Aristotle, 2500 years ago, wrote a book on constitutions of Greece. He wrote, “All these constitutions call themselves democracies, but they are really oligarchies.”
|
確かに、民主主義は寡頭制になっていく傾向がある。バイデンが意味する「デモクラシー」は、金融寡頭制による政治支配ということだ。また、バイデンが「権威主義」と呼ぶものの実体は、政府が経済開発を強力に支援する官民経済である。そのもとでは、保健衛生、教育、年金、交通などベーシック・ニーズが公的に保障され、経済的余剰は教育向上、労働力の生産性向上等に振り向けられる。それは、本質的には中国がやってきたこと、他の国々がやっていること、そして米国や欧州で誰もが産業資本主義に期待していたが、金融資本主義はやっていないことである。
|
Democracy tends to turn into oligarchy. So by ‘democracy’, what President Biden means, is a financial oligarchy in control of policy.
And what Biden means by ‘autocracy’ is a mixed public-private economy with strong government support for industry, for technological research and development, for rising living standards, and most of all for providing basic needs: public health, public education, retirement income, transportation – all subsidized to minimize the cost of living for labor, so that the economic surplus can go to upgrade education, improve the productivity of the labor force, and do essentially what China has done and what other countries are doing, and what everyone expected industrial capitalism to do in the United States and Europe, but which finance capitalism is not doing.
|
ーー《金融資本主義とは、上位1%に属する人がいかにしてタダ飯を手に入れるかということだ。〔・・・〕基本的に金融資本主義とは、詐欺師が 99 パーセントの人々からお金を奪い、自分の手に収めることで金持ちになる機会を与えることである[finance capitalism is all about how to get a free lunch if you're a member of the one percent.(…) that’s basically what finance capitalism is: opportunity for rip-off artists to get rich uh by taking money away from the 99 percent, into their own hands.]》(Finance Capitalism's Self-Destructive Nature By Michael Hudson July 18, 2022)
|
さて、ここで最低限言いたいことは「自由民主主義」という表現をいま一度問い直すこと、同じく「権威」という語も。疑問符を深く打ち込みつつだ、ーー《いつもそうなのだが、わたしたちは土台を問題にすることを忘れてしまう。疑問符をじゅうぶん深いところに打ち込まないからだ[Man vergißt immer wieder, auf den Grund zu gehen. Man setzt die Fragezeichen nicht tief genug.]》(ウィトゲンシュタイン『反哲学的断章』)