おい、2026年早々、いろいろ大変だな。債務危機、ホルムズ海峡閉鎖(石油暴騰懸念)、レアアースと三重苦じゃないか。
折に触れて掲げてきた李鵬の予言があるがね。
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武藤国務大臣)……そのオーストラリアへ参りましたときに、オーストラリアの当時のキーティング首相から言われた一つの言葉が、日本はもうつぶれるのじゃないかと。実は、この間中国の李鵬首相と会ったら、李鵬首相いわく、君、オーストラリアは日本を大変頼りにしているようだけれども、まああと三十年もしたら大体あの国はつぶれるだろう、こういうことを李鵬首相がキーティングさんに言ったと。非常にキーティングさんはショックを受けながらも、私がちょうど行ったものですから、おまえはどう思うか、こういう話だったのです。私は、それはまあ、何と李鵬さんが言ったか知らないけれども、これは日本の国の政治家としてつぶれますよなんて言えっこないじゃないか、確かに今の状況から見れば非常に問題があることは事実だけれども、必ず立ち直るから心配するなと言って、実は帰ってまいりました。(第140回国会 行政改革に関する特別委員会 第4号 平成九年五月九日) |
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平成9年は1997年だから、30年後は2027年だよ。1年早まったかもな。 勤勉と工夫で生きる島国日本のムラビトたちは、このカタストロフが現実に発生しても、《ほとんど天災のごとくに受け取り》、ふたたび頑張っちゃうんだろうか? |
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勤勉と工夫に生きる人は、矛盾の解決と大問題の処理が苦手なのだ。そもそも大問題が見えにくい。そして、勤勉と工夫で成功すればするほど、勤勉と工夫で解決できる問題は解消して、できない問題だけが残る。(中井久夫『「昭和」を送る』初出「文化会議」 1989年) |
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農耕社会の強迫症親和性〔・・・〕彼らの大間題の不認識、とくに木村の post festum(事後=あとの祭)的な構えのゆえに、思わぬ破局に足を踏み入れてなお気づかず、彼らには得意の小破局の再建を「七転び八起き」と反復することはできるとしても、「大破局は目に見えない」という奇妙な盲点を彼らが持ちつづけることに変わりはない。そこで積極的な者ほど、盲目的な勤勉努力の果てに「レミング的悲劇」を起こすおそれがある--この小動物は時に、先の者の尾に盲目的に従って大群となって前進し、海に溺れてなお気づかぬという。(中井久夫『分裂病と人類』第1章、1982年) |
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執着気質的職業倫理〔・・・〕この倫理、二宮に従えば「こまごまと世話をやいてこそ人道は立つもの」であるという認識に立つ倫理は、その裏面として、「大変化(カタストロフ)」を恐怖し、カタストロフが現実に発生したときは、それが社会的変化であってもほとんど天災のごとくに受け取り、再び同一の倫理にしたがった問題解決の努力を開始するするものである。反復強迫のように、という人もいるだろう。この倫理に対応する世界観は、世俗的・現世的なものがその地平であり、世界はさまざまの実際例の集合である。この世界観は「縁辺的(マージナル)なものに対する感覚」がひどく乏しい。ここに盲点がある。マージナルなものへのセンスの持ち主だけが大変化を予知し、対処しうる。ついでにいえば、この感覚なしに芸術の生産も享受もありにくいと私は思う。(中井久夫『分裂病と人類』第2章「執着気質の歴史的背景」1982年) |
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| (分裂病親和者と執着気質者) |
いや実際、ツイッター社交界でのキミたちの勤勉ぶりには驚かされるからな、で、《人が何ごとかを語るのは、そのことが生起しつつある瞬間から視線をそらせるためである。むしろ事態の推移には視線を注ぐまいとして、もろもろの予言や断言が行きかうことになる……》(蓮實重彦『物語批判序説』1985年)ってヤツだろ?



