ぺぺ・エスコバル(Pepe Escobar)はニマ・アルコルシド(NIMA ALKHORSHID)ーーニマはイラン出身ーーのインタビューで、エスカレーションではなくトータルデストラクションと言っているがね、
イランはもちろん報復するだろうから、トータルデストラクションはイランだけでなく中東全体に及ぶだろうよ。日本言論界では当面、ナフサ不足の話題で賑わっているがね、今後、石油とガスに関わる「肥料危機➤飢饉の連鎖」の話題が賑うことだろうよ。
やあ、タノシミダネ・・・
|
まさか生きているうちに「スッキリすること=いっちゃあいけないこと」を味わえるとは思わなかったよ |
|
本当のことを言うとね、空襲で焼かれたとき、やっぱり解放感ありました。震災でもそれがあるはずなんです。日常生活を破られるというのは大変な恐怖だし、喪失感も強いけど、一方には解放感が必ずある。でも、もうそれは口にしちゃいけないことになっているから。(古井由吉「新潮」2012年1月号又吉直樹対談) |
|
近代の資本主義至上主義、あるいはリベラリズム、あるいは科学技術主義、これが限界期に入っていると思うんです。五年先か十年先か知りませんよ。僕はもういないんじゃないかと思いますけど。あらゆる意味の世界的な大恐慌が起こるんじゃないか。 その頃に壮年になった人間たちは大変だと思う。同時にそのとき、文学がよみがえるかもしれません。僕なんかの年だと、ずるいこと言うようだけど、逃げ切ったんですよ。だけど、子供や孫を見ていると不憫になることがある。後々、今の年寄りを恨むだろうな。(古井由吉「すばる」2015年9月号) |
|
この口にしちゃいけないことはすこぶる刺激的な美味でね、ボクはこう見えても幼い頃から美食家でね、ーー《君が何を食べているか言ってみたまえ。君がどんな人間か言い当ててみせよう (Dis-moi ce que tu manges, je te dirai ce que tu es.)》(ブリア=サヴァラン『美味礼讃』)。最近の食い物は詐欺の味しかしないからな、ーー《人道を口にする者は詐欺師である[Wer Menschheit sagt will betrügen]》(カール・シュミット『政治的なものの概念』Carl Schmitt, Der Begriff des Polotischen、1932) |
|
21世紀の象徴秩序…それはフロイトが「文化の中の居心地の悪さ」と呼んだものの成長、ラカンが「文明の行き詰まり」として解読したものの成長とともにある。 それは20世紀を置き去りにし、世界における我々の実践を更新し、二つの歴史的要因によって存分に再構成された。つまり科学の言説と資本の言説である。現代のこの支配的言説は、その出現以来、人間の経験の伝統的構造を破壊し始めている。それぞれが他方に依存しているこれら 2 つの言説の複合的な支配は、伝統の最も深い基盤を破壊し、おそらく粉砕することに成功するほどの規模になった。 我々が目にしているのは、象徴秩序に起こった大変動にともなう、その礎である父の名のひび割れである。ラカンが極めて正確に述べたように、伝統による父の名は、科学と資本主義の二つの言説の組み合わせによって影響を受け、価値を下げられたのである。 |
|
L'ordre symbolique au XXIème siècle …de ses coordonnées inédites au XXIème siècle, au moment où se développe ce que Freud appelle : « Le malaise dans la culture », que Lacan lira comme les impasses de la civilisation. Il s'agit de laisser derrière soi le XXème siècle, pour renouveler notre pratique dans le monde, lui-même suffisamment restructuré par deux facteurs historiques, deux discours : le discours de la science et le discours du capitalisme. Ces discours dominants de la modernité ont commencé, depuis leur apparition, à détruire la structure traditionnelle de l'expérience humaine. La domination combinée de ces deux discours, chacun s'appuyant sur l'autre, a pris une telle ampleur qu'elle a réussi à détruire, et peut-être à briser, les fondements les plus profonds de la tradition. Nous l'avons vu, …avec le bouleversement survenu dans l'ordre symbolique, dont la pierre angulaire, le Nom-du-Père, s'est fissurée. Et, comme le dit Lacan avec une extrême précision, le Nom-du-Père selon la tradition, a été touché, dévalué, par la combinaison des deux discours, celui de la science et celui du capitalisme. |
|
(ジャック=アラン・ミレール、21世紀における現実界 JACQUES-ALAIN MILLER, LE RÉEL AU XXIèmeSIÈCLE , 27 avril 2012 ) |

