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2026年11月2日月曜日

米国の「狂気」の戦争計画――イランが直前の出口を提示(マランディ)

 


「狂気」には出口はないだろうな、行くところまで行くよ。


➤要旨


並行図書 / Parallel Library | Alzhacker@Alzhacker 2026/11/01

マランディ教授『米国の「狂気」の戦争計画――イランが直前の出口を提示』


私は現在、米国の対イラン攻撃計画が内部から「狂気」と断じられている異常な事態を注視している。上院議員クリス・マーフィーは機密ブリーフィングを受け、この計画が民間インフラを標的とし、破滅的なエスカレーションを招くと警告した。


この発言は、米国が既存の歯止めをすべて外して戦争に突入しようとしている危険な局面を浮き彫りにしている。


イランはこの脅威を単なる言葉として受け止めていない。アフガニスタンとイラクの占領期、イランは駐留する米国の外交官や軍高官を通じて、米国の深層構造と機密情報の流れを詳細に学習した。


現在、イランは地下基地を拡大し、新技術を用いたミサイルとドローンの生産を急増させている。保管場所に困るほどだ。イランは米国を熟知しているが、米国はイランをほとんど理解していない。


米国はイランについて、ペルシャ語も話せず、現地に入ったこともない「専門家」の意見に依存している。対照的に、イランは英語を第二言語とし、欧米の政治やNATOの動向に精通した人材を国内に多数抱えている。この情報の非対称性は、今後の紛争において決定的な優位性をイランにもたらす。


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しかし、イランが現在、戦争を望んでいるわけではない。むしろ、米国の中間選挙という国内政治の日程を逆手に取り、精巧な圧力戦を展開している。


最高国家安全保障会議議長が指摘したように、米国のJDヴァンス氏からの最近の手紙は、過去の侮辱的なトーンから尊重あるものへと変化している。これは、米国内で圧力が高まり、政権が弱体化している証拠だ。


この圧力を支えるのが、ホルムズ海峡における船舶攻撃の激化である。かつてはドローンで軽微な損傷を与えるだけだったが、現在はミサイルや重型ドローンで実質的な損害を与えている。これによりエネルギー価格が上昇し、米国政権に政治的な圧力がかかっている。


この圧力の上で、イランは「糖衣を包んだ7つの要求」という交渉の出口を提示している。戦争を完遂する能力を持ちながら、あえて平和的な解決の扉を半開きにしている。


このイランの警告は、ペルシャ湾岸の同盟国にとって存亡に関わる。イランは、自国のインフラが攻撃されれば、サウジアラビア、UAE、カタール、クウェート、バーレーンの重要インフラを数日で壊滅させると明言している。


かつて南パルスガス田が攻撃された際、イランは即座にカタールのLNG施設やUAEの施設を報復攻撃し、当時のトランプ氏でさえもSNSで事態の収拾を図らざるを得なかった歴史的事実がある。


もし再びこの道を進めば、イランはすべてを消し去る。これは1930年代の大恐慌を超える世界経済の崩壊を意味する。


イランの軍事関係者は、これら湾岸諸国の政権を「ガラスの宮殿」に住む者と表現し、米国への賭けに失敗した彼らが新たな現実に適応せざるを得ないと突きつけた。イエメンがサウジアラビアのインフラを破壊している現状を見れば、イランの攻撃能力がどれほど壊滅的であるかは明白だ。


米国は韓国や自国の防衛資産さえも中東に掻き集めているが、それは同盟国を見捨てる行為に他ならない。湾岸諸国は、米国が勝利をもたらすと信じて対イラン戦争に加担したが、それは誤った賭けだった。もし戦争が起これば、彼らの政権は数日で崩壊する。


米国が目の前の「糖衣を包んだ」条件を呑むか、それとも破滅的なエスカレーションの引き金を引くか。最高指導者は、戦争が始まればその終わりをイランが自ら決める権限を握っていると明言した。数日間の空爆で「勝利」を宣言するような事態は許されない。


我々は包囲を終わらせるまで、いかなる犠牲を払ってでも意志を貫く。米国は不可能な状況に自らを追い込んでいる。オマーンとの合意に基づくホルムズ海峡の管理権も、この新たな現実の一部となるだろう。


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Seyed Mohammad Marandi(テヘラン大学教授、元イラン核交渉チーム顧問)、Glenn Diesen(教授、地政学アナリスト)

対談 『U.S. ‘Insane’ War Plans ― Iran Offers Last-Minute Off-Ramp』(米国の「狂気」の戦争計画――イランが直前の出口を提示) 2026年

youtu.be/cPiCcg-eErw




「イランはすべてを消しさる」とあるが、標的は今のところこんな具合らしい。




もはや世界大恐慌がしっかり起こってスッキリしたいんじゃないかい、おおかたの皆さんも?

本当のことを言うとね、空襲で焼かれたとき、やっぱり解放感ありました。震災でもそれがあるはずなんです。日常生活を破られるというのは大変な恐怖だし、喪失感も強いけど、一方には解放感が必ずある。でも、もうそれは口にしちゃいけないことになっているから。(古井由吉「新潮」2012年1月号又吉直樹対談) 


最高のお祭りってのは別に「口にしちゃいけないこと」でもないだろ?

これまでのところ、人間の最高の祝祭は生殖と死であるに違いない[So weit soll es kommen, daß die obersten Feste des Menschen die Zeugung und der Tod sind!  ](ニーチェ遺稿137番、1882 - Frühjahr 1887)




少なくともイラン軍人の大半は次のレベルになってる筈だよ。

最も厳しい倫理が支配している、あの小さな、たえず危険にさらされている共同体が戦争状態にあるとき、人間にとってはいかなる享楽が最高のものであるか? [Welcher Genuss ist für Menschen im Kriegszustande jener kleinen, stets gefährdeten Gemeinde, wo die strengste Sittlichkeit waltet, der höchste?] 戦争状態ゆえに、力があふれ、復讐心が強く、敵意をもち、悪意があり、邪推深く、どんなおそろしいことも進んでし、欠乏と倫理によって鍛えられた人々にとって? 残酷の享楽[Der Genuss der Grausamkeit]である。残酷である点で工夫に富み、飽くことがないということは、この状態にあるそのような人々の徳にもまた数えられる。共同体は残酷な者の行為で元気を養って、絶え間のない不安と用心の陰鬱さを断然投げすてる。残酷は人類の最も古い祭りの一つである[Die Grausamkeit gehört zur ältesten Festfreude der Menschheit].〔・・・〕

「世界史」に先行している、あの広大な「風習の倫理」の時期に、現在われわれが同感することをほとんど不可能にする……この主要歴史においては、痛みは徳として、残酷は徳として、偽装は徳として、復讐は徳として、理性の否定は徳として、これと反対に、満足は危険として、知識欲は危険として、平和は危険として、同情は危険として、同情されることは侮辱として、仕事は侮辱として、狂気は神性として、変化は非倫理的で破滅をはらんだものとして、通用していた! ――諸君はお考えになるか、これらすべてのものは変わった、人類はその故にその性格を取りかえたに違いないと? おお、人間通の諸君よ、互いをもっとよくお知りなさい![Oh, ihr Menschenkenner, lernt euch besser kennen! ](ニーチェ『曙光』18番、1881年)


これが前回記した侵犯の享楽ってヤツだよ。