蚊居肢
ラベル
ジュパンチッチ
の投稿を表示しています。
すべての投稿を表示
ラベル
ジュパンチッチ
の投稿を表示しています。
すべての投稿を表示
2018年9月29日土曜日
人はみなバイセクシャルである
›
◆基本教養篇 【男というものと女というものはない】 男性のセクシャリティや女性のセクシャリティはない。一つのセクシャリティしかない。すべての関係はこの一つの性のなかで泳いでいる、同性愛的単独性は防水加工されていない。Il n’y a pas de sexualité m...
2018年9月18日火曜日
「欠如の欠如」と「穴」
›
不気味なもの Unheimlich とは、…欠如が欠けている manque vient à manquerと表現しうる。(ラカン、S10「不安」、28 Novembre l962) 欠如の欠如 Le manque du manque が現実界を生む。(Lacan、AE573...
2017年8月6日日曜日
コトバとコトバの隙間が神の隠れ家
›
まずジュパンチッチによる科学・宗教・芸術の簡潔な定義を掲げる。 ◆アレンカ・ジュパンチッチ Alenka Zupančič、The Splendor of Creation: Kant, Nietzsche, Lacan,2013、 PDF より。 科学が基盤としてい...
2017年3月8日水曜日
それ自身に対して差異的であるところの差異体系(柄谷行人、ラカン)
›
言語とはもともと言語についての言語である。すなわち、言語は、たんなる差異体系(形式体系・関係体系)なのではなく、自己言及的・自己関係的な、つまりそれ自身に対して差異的であるところの、差異体系なのだ。自己言及的(セルフリファレンシャル)な形式体系あるいは自己差異的(セルフディファ...
2016年10月6日木曜日
偶然/遇発性(Chance/Contingency)
›
写真は絶対的な「個」であり、反響しない、ばかのような、この上もなく「偶発的なもの」であり、「あるがままのもの」である(ある特定の「写真」であって、「写真」一般ではない)。要するにそれは、「偶然 Tuché」の、「機会」の、「遭遇」の、「現実界」の、あくことを知らぬ表現である。....
2016年9月29日木曜日
ゲーデルの不完全性定理とラカンの Ⱥ
›
科学が主体をどうしても「縫合 suture」しえないのは、メタ言語はないからである。言語を統合する真理はないからである。というのは、言語とそれが作り出す象徴構造は構造的に不完全であるから。 これがラカン派にとっての「ゲーデルの不完全性定理 Gödelscher Unvolls...
2016年9月22日木曜日
地球における最悪の病原菌
›
地球から見れば、ヒトは病原菌であろう。しかし、この新参者はますます病原菌らしくなってゆくところが他と違う。お金でも物でも爆発的に増やす傾向がますます強まる。(中井久夫「ヒトの歴史と格差社会」2006.6初出『日時計の影』所収) 地球にとってもっともよいのは、三分の...
2016年9月16日金曜日
基本的な二種類の対象a (ラカン、ドゥルーズ)
›
「 欲望は剰余享楽の換喩である 」で記した欲望機械をめぐるジジェクの文にコメントを入れてくる方がいる。よい機会なのでいくらかまとめてみた。 まずドゥルーズ派の人には異和が感じられるだろう次の文はとほとんど同じ文が『身体なき器官』にもあり、ジジェクは2012年の書でもくり返し...
2016年9月14日水曜日
フロイトの第二「去勢」物語
›
フロイトの多くの概念は二重化されている。 抑圧/原抑圧、幻想/原幻想、父/原父、トラウマ/原トラウマ、抑圧された無意識/抑圧されていない無意識(力動的無意識/システム無意識)、快原理の此岸/快原理の彼岸…… いくつかフロイトから直接引用するとすれば、 抑圧されてい...
2016年9月9日金曜日
カントの「美は無関心」をめぐって
›
アレンカ・ジュパンチッチはカントの『判断力批判』における「美は無関心」ーー《美とは関心なし(ohne interesse)に人の気に入る(gefallen)何かである》ーーをめぐって、カントの「緑の草原」叙述箇所を参照することにより、次のような説明している(彼女にはラカンに依拠...
2016年9月8日木曜日
偉大なるフェティッシュ分析家マルクス
›
《論理学は、現実の世界にはなにも対応するものがないような前提、たとえば同等な物があるとか、一つの物はちがった時点においても同一であるというような前提にもとづいている。 数学についても同じことがいえる。もしひとがはじめから厳密には直線も円も絶対的な量もないことを知っていたら、数学...
›
ホーム
ウェブ バージョンを表示