蚊居肢
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夏目漱石
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2018年6月22日金曜日
行ったり来たりする女
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⋯⋯⋯⋯ 母の行ったり来たり allées et venues de la mère⋯⋯行ったり来たりする母 cette mère qui va, qui vient……母が行ったり来たりするのはあれはいったい何なんだろう?Qu'est-ce que ça...
2017年2月21日火曜日
ホホホホーー糸子/藤尾、あるいは嬲/嫐
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さて夏目漱石の『虞美人草』における糸子と藤尾という二人の「理想の女」をめぐって、「 呼んでもやってこない「理想の女」 」にて長々と記したが、ここでは簡潔に、--マルクス・精神分析的にーー記しておこう。 まず「 二種類の対象aとフロイトの快の獲得 Lustgewinnung ...
2017年2月20日月曜日
呼んでもやってこない「理想の女」
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漱石の『虞美人草』を今頃はじめて読み通した。彼の朝日新聞デヴュー作( 1907年6月 - 10月) であるが、肩に力が入り過ぎていたのか、文体的に凝り過ぎている印象などもあり、かつてのわたくしには読みがたかった(この作品は若書きだと思いこんでいたが、1867年生れの漱石の40歳...
2017年1月8日日曜日
てめえたちはな、文学を読んだことなんざ一度だつてねえんだぞ
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「日本の読書会級だなんて自分で思つてるんだろう?しかしてめえたちはな、漱石の文学を読んだことなんざ一度だつてねえんだぞ。てめえたちにやそもそも漱石なんか読めやしねえんだ。漱石つてやつあ暗いやつだつたんだ。陰気で気違いみてえに暗かつたんだ。」(中野重治「小説の書けぬ小説家」) ...
2016年7月22日金曜日
女客と来た日には、顔とお作りを見せに来て、 給金なしで一しょに芸をしてくれる
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思って御覧なさい。あなた方は軟い木を割る役だ。 誰を相手に書くのだか、目を開いて見て下さい。 退屈まぎれに来る客もあれば、 えらい馳走に逢った跡で、腹ごなしに来る客もある。 それから一番の困りものは 新聞雑誌を読み厭きてから遣って来る。 仮装舞踏へでも行くように、うっ...
2016年7月4日月曜日
女はまだ浅くさえない(ニーチェ)
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人は女を深いとみなしているーーなぜか? 女の場合にはけっして浅瀬に乗りあげることはないからである。女はまだ浅くさえないのである。(ニーチェ『偶像の黄昏』 「箴言と矢」27番) さて、ニーチェは何を言っているのだろうか。 ひょっとして女はギリシャ人のようだと言って...
2016年6月29日水曜日
不気味な親密
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要するに、私たちのもっとも近くにあるものが、私たちのまったくの外部にある。ここで問題となっていることを示すために「外密 extime」という語を使うべきだろう。(ラカン、セミネールⅩⅥーー 防衛と異物 Fremdkörper ) ………… ・こんな「 親しい he...
2015年9月8日火曜日
もっとも優美な露悪家
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賞讃に値する感情をわざと強くおしだすのが、やましい感情を被いかくす唯一の手段であるとはかぎらない、もっと新しい手は、むしろやましさをさらけだす、すくなくともそれをかくしているそぶりを見せないようにすることである、という点については、私はすでにさまざまな人にあたって気づいていた。...
2015年6月18日木曜日
新自由主義社会のなかの居心地の悪さ
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フロイトが『文化のなかの居心地の悪さ』(1930)で教えてくれたのは、社会と個人のあいだいは緊張の領域があり、個人の欲望は社会によって拘束されるということだ。彼が仕事を始めたのは、19世紀のいわゆるヴィクトリア朝モラルの社会、すなわち全き父権制社会がいまだ華やかかりし時代であり、...
2015年2月25日水曜日
「それ自身の影を纏う」刻限(ジュパンチッチ=ニーチェ)
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アレンカ・ジュパンチッチの2003年に上梓されたニーチェ論は、『The Shortest Shadow 』という名を持っている。今までその書名ぐらいは知っていたが、とくに気にすることもなかった。昨日たまたま、その書への短い批評文を二つほど(肯定的なものとやや批判的なものを)読んで...
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