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2018年6月22日金曜日

行ったり来たりする女




⋯⋯⋯⋯

母の行ったり来たり allées et venues de la mère⋯⋯行ったり来たりする母 cette mère qui va, qui vient……母が行ったり来たりするのはあれはいったい何なんだろう?Qu'est-ce que ça veut dire qu'elle aille et qu'elle vienne ? (ラカン、セミネール5、15 Janvier 1958)


東京物語

《一切女人、是れ我が母なり》(仏典)

すべての女に母の影は落ちている。つまりすべての女は母なる力を、さらには母なる全能性を共有している。(ポール・バーハウ Paul Verhaeghe、THREE ESSAYS ON DRIVE AND DESIRE、1998)


麦秋


一分と立たぬ間に、影は反対の方から、逆にあらわれて来た。振袖姿のすらりとした女が、音もせず、向う二階の椽側を寂然として歩行て行く。余は覚えず鉛筆を落して、鼻から吸いかけた息をぴたりと留めた。 

花曇りの空が、刻一刻に天から、ずり落ちて、今や降ると待たれたる夕暮の欄干に、しとやかに行き、しとやかに帰る振袖の影は、余が座敷から六間の中庭を隔てて、重き空気のなかに蕭寥と見えつ、隠れつする。

女はもとより口も聞かぬ。傍目も触らぬ。椽に引く裾の音さえおのが耳に入らぬくらい静かに歩行いている。腰から下にぱっと色づく、裾模様は何を染め抜いたものか、遠くて解からぬ。ただ無地と模様のつながる中が、おのずから暈されて、夜と昼との境のごとき心地である。女はもとより夜と昼との境をあるいている。 

この長い振袖を着て、長い廊下を何度往き何度戻る気か、余には解からぬ。いつ頃からこの不思議な装をして、この不思議な歩行をつづけつつあるかも、余には解らぬ。その主意に至ってはもとより解らぬ。もとより解るべきはずならぬ事を、かくまでも端正に、かくまでも静粛に、かくまでも度を重ねて繰り返す人の姿の、入口にあらわれては消え、消えてはあらわるる時の余の感じは一種異様である。(夏目漱石『草枕』)





母が幼児の訴えに応答しなかったらどうだろう?…母は崩落するdéchoit……母はリアルになる elle devient réelle、…すなわち権力となる devient une puissance…全能(の母) omnipotence …全き力 toute-puissance …(ラカン、セミネール4、12 Décembre 1956)

⋯⋯⋯⋯

◆「黃金之弦 La Belle Epoque. Hou Hsiao-hsien」、2011年





2017年2月21日火曜日

ホホホホーー糸子/藤尾、あるいは嬲/嫐

さて夏目漱石の『虞美人草』における糸子と藤尾という二人の「理想の女」をめぐって、「呼んでもやってこない「理想の女」」にて長々と記したが、ここでは簡潔に、--マルクス・精神分析的にーー記しておこう。

まず「二種類の対象aとフロイトの快の獲得 Lustgewinnung」における記述から次の柄谷行人の『マルクス その可能性の中心』にかかわる文とジジェクの文を再掲する。

「対称的であり且つ合理的な根拠」/「社会的な、すなわち無根拠であり非対称的な交換関係」とは、「メッセージ(商品)-コード(貨幣)-メッセージ(商品)」/「コード(貨幣)-メッセージ(商品)-コード(貨幣)」である(C-M-C/M–C–Mʹ)。
ここで耐えねばならない誘惑は、C-M-C から M-C-M' への移行を、より基本的過程の疎外・脱自然化として捉えてしまうことである。一見自然で妥当に見える、人が生産しうるが自らにとっては実際の必要でない品を、他者によって生産された必要品と交換するのは。この全過程は私の欲求によって統制されている。だが事態は奇妙な転回を起す。それは仲介要素(貨幣)にすぎなかった筈のものが、目的自体になるときである。そのとき全運動の目的は、私の実際の欲求における拠り所を失い、二次的手段化であるべき筈のものの終わりなき自己増殖へと転じる…。

C-M-C を自然で妥当と見なしてしまう誘惑に対抗して、人は強調しなければならない。C-M-C から M-C-M' への反転(すなわち自己を駆り動かす貨幣の妖怪の出現)は、既にマルクスにとって、自己駆動化された人間の生産活動の倒錯的表現である。マルクス的観点からは、人間の生産活動の真の目標は、人間の欲求の満足ではない。むしろ欲求の満足は、ある種の理性の狡知のなかで、人間の生産活動の拡張を動機づけるために使われる。(ジジェク、2016)

(このジジェクの叙述はフロイト概念「快の獲得 Lustgewinnung」、ラカン概念「剰余享楽 plus-de-jouir」、マルクス概念「剰余価値 Merhwert」にかかわっている。)

①「メッセージ(商品)-コード(貨幣)-メッセージ(商品)」というのが想像界的な愛の様相であり、糸子を理想の女とする吉本隆明の解釈である(前回の叙述参照)。

②「コード(貨幣)-メッセージ(商品)-コード(貨幣)」というのが現実界的な愛の様相であり、坂口安吾的な解釈である。

前回、安吾による「理想の女」の叙述を引用したが、あの叙述の裏には次の文がある。

・矢田津世子よ。あなたはウヌボレの強い女であった。あなたは私を天才であるかのようなことを言いつゞけた。そのくせ、あなたは、あなたの意地わるい目は、最も世俗的なところから、私を卑しめ、蔑んでいた。
・私はあの人をこの世で最も不潔な魂の、不潔な肉体の人だという風に考える。そう考え、それを信じきらずにはいられなくなるのであった。

そして、その不潔な人をさらに卑しめ辱しめるために、最も高貴な一人の女を空想しようと考える。すると、それも、いつしか矢田津世子になっている。気違いめいたこの相剋は、平凡な日常生活の思わぬところへ別の形で現れてもいた。(坂口安吾「三十歳 」)

さて、もう一度、次の二つの様相文を再掲する。

①「メッセージ(商品)-コード(貨幣)-メッセージ(商品)」
②「コード(貨幣)-メッセージ(商品)-コード(貨幣)」

これはよく知られた、あまりにも簡潔な漢字表象を使えば、


ーーである。

愛することは、女になることである。

人は女性的ポジションからのみ本当に愛しうる。愛することは女性化することである。この理由で、男性においては、愛は常にいささか滑稽である(ミレール「愛について」Jacques-Alain Miller: On Love

このあたりの消息については、「すべての乳幼児にとって、母は「男」である」に記した。

というわけでもはやこれ以上何もいうことはない。

ただしこれを如実に身に染みて悟ことができるのは詩人の感性、あるいは愛の地獄の経験がなければならぬやもしれぬ。

女の二十四は男の三十にあたる。理も知らぬ、非も知らぬ、世の中がなぜ廻転して、なぜ落ちつくかは無論知らぬ。大いなる古今の舞台の極まりなく発展するうちに、自己はいかなる地位を占めて、いかなる役割を演じつつあるかは固より知らぬ。ただ口だけは巧者である。天下を相手にする事も、国家を向うへ廻す事も、一団の群衆を眼前に、事を処する事も、女には出来ぬ。女はただ一人を相手にする芸当を心得ている。一人と一人と戦う時、勝つものは必ず女である。男は必ず負ける。具象の籠の中に飼われて、個体の粟を喙んでは嬉しげに羽搏するものは女である。籠の中の小天地で女と鳴く音を競うものは必ず斃れる。小野さんは詩人である。詩人だから、この籠の中に半分首を突き込んでいる。小野さんはみごとに鳴き損ねた。(夏目漱石『虞美人草』)

詩人の感性に全く欠けている方々でも『虞美人草』を、その前年の1906年に書かれた『草枕』ーーグレン・グールドの死の枕元にあったとされるーーとともに読めば、いくらか悟りうるはずである。

都会に芸妓と云うものがある。色を売りて、人に媚びるを商売にしている。彼らは嫖客に対する時、わが容姿のいかに相手の瞳子に映ずるかを顧慮するのほか、何らの表情をも発揮し得ぬ。年々に見るサロンの目録はこの芸妓に似たる裸体美人を以て充満している。彼らは一秒時も、わが裸体なるを忘るる能わざるのみならず、全身の筋肉をむずつかして、わが裸体なるを観者に示さんと力めている。

今余が面前に娉婷と現われたる姿には、一塵もこの俗埃の眼に遮ぎるものを帯びておらぬ。常の人の纏える衣装を脱ぎ捨てたる様と云えばすでに人界に堕在する。始めより着るべき服も、振るべき袖も、あるものと知らざる神代の姿を雲のなかに呼び起したるがごとく自然である。(……)

しかもこの姿は普通の裸体のごとく露骨に、余が眼の前に突きつけられてはおらぬ。すべてのものを幽玄に化する一種の霊氛のなかに髣髴として、十分の美を奥床しくもほのめかしているに過ぎぬ。片鱗を溌墨淋漓の間に点じて、虬竜の怪を、楮毫のほかに想像せしむるがごとく、芸術的に観じて申し分のない、空気と、あたたかみと、冥邈なる調子とを具えている。(……)

輪廓は次第に白く浮きあがる。今一歩を踏み出せば、せっかくの嫦娥が、あわれ、俗界に堕落するよと思う刹那に、緑の髪は、波を切る霊亀の尾のごとくに風を起して、莽と靡いた。渦捲く煙りを劈いて、白い姿は階段を飛び上がる。ホホホホと鋭どく笑う女の声が、廊下に響いて、静かなる風呂場を次第に向へ退く。余はがぶりと湯を呑んだまま槽の中に突立つ。驚いた波が、胸へあたる。縁を越す湯泉の音がさあさあと鳴る。(夏目漱石『草枕』)

ホホホホは藤尾の笑いであり、けっして糸子の笑いではない。

・「ホホホ」と突然藤尾は高く笑った。男はぎょっとする。

・「ホホホホ一番あなたによく似合う事」 藤尾の癇声は鈍い水を敲いて、鋭どく二人の耳に跳ね返って来た。(『虞美人草』)

こう記していて突然想起したが、藤尾も那美もソクラテスの技術をもっている。そしてこれが女性の本質であるのは、実は誰もが知っている。

ソクラテスは、その質問メソッドによって、彼の相手、パートナーを、ただたんに問いつめることによって、相手の抽象的な考え方をより具体的に追及していく(きみのいう正義とは、幸福とはどんな意味なのだろう?……)。この方法により対話者の立場の矛盾を露わにし、相手の立場を彼自身によって崩壊させる。(……)ヘーゲルが女は“コミュニティの不朽のイロニーである”と書いたとき、彼はこのイロニーの女性的性格と対話法を指摘したのではなかったか? というのはソクラテスの存在、彼の問いかけの態度そのものが相手の話を“プロソポピーア”に陥れるのだから。

会話の参加者がソクラテスに対面するとき、彼らのすべての言葉は突然、引用やクリシェのようなものとして聞こえはじめる。まるで借り物の言葉のようなのだ。参加者はおのれの発話を権威づけている奈落をのぞきこむことになり、彼らが権威化のありふれた支えに頼ろうとするまさにその瞬間、権威化は崩れおちる。それはまるでイロニーの聴きとれえない反響が、彼らの会話につけ加えられたかのようなのだ。その反響とは、彼らの言葉と声をうつろにし、声は、借りてこられ盗まれたものとして露顕する。

ここで想いだしてみよう、男が妻の前で話をしているありふれた光景を。夫は手柄話を自慢していたり、己の高い理想をひき合いに出したりしている等々。そして妻は黙って夫を観察しているのだ、ばかにしたような微笑みをほとんど隠しきれずに。妻の沈黙は夫の話のパトスを瓦礫にしてしまい、その哀れさのすべてを晒しだす。この意味で、ラカンにとって、ソクラテスのイロニーとは分析家の独自のポジションを示している。分析のセッションでは同じことが起っていないだろうか? (……)神秘的な“パーソナリティの深層”はプロソポピーアの空想的な効果、すなわち主体のディスクールは種々のソースからの断片のプリコラージュにすぎないものとして、非神秘化される。(……)彼は脱-主体化されてしまうのだ。これをラカンは“主体の脱解任”と呼んだ。

プロソポピーアとは、“不在の人物や想像上の人物が話をしたり行動したりする表現法”と定義される。(……)ラカンにとってこれは会話の性格そのものなのであり、二次的な厄介さなのではない。ラカンの言表行為の主体と言表内容の主体の区別はこのことを指しているのではなかったか? 私が話すとき、“私自身”が直接話しているわけでは決してない。私は己れの象徴的アイデンティティの虚構を頼みにしなければならない。この意味で、すべての発話は“胡散臭いindirect”。「私はあなたを愛しています」には、愛人としての私のアイデンティティーがあなたに「あなたを愛しています」と告げているという構造がある。(ジジェク、LESS THAN NOTHING,2012、私訳)

そしてーーまた長くなってしまったがーー上の文はニーチェの次の文と「ともに」読むことができる。

女は真理を欲しない。女にとって真理など何であろう。女にとって真理ほど疎遠で、厭わしく、憎らしいものは何もない。――女の最大の技巧は嘘をつくことであり、女の最大の関心事は見せかけと美しさである。われわれ男たちは告白しよう。われわれが女がもつほかならぬこの技術とこの本能をこそ尊重し愛するのだ。われわれは重苦しいから、女という生物と附き合うことで心を軽くしたいのである。女たちの手、眼差し、優しい愚かさに接するとき、われわれの真剣さ、われわれの重苦しさや深刻さが殆んど馬鹿馬鹿しいものに見えて来るのだ。(ニーチェ『善悪の彼岸』ーー真理と嘘とのあいだには対立はない

以上、またくどくなってしまったが、おバカな吉本隆明が証明された。すくなくとも愛をめぐって、女をめぐって。



2017年2月20日月曜日

呼んでもやってこない「理想の女」

漱石の『虞美人草』を今頃はじめて読み通した。彼の朝日新聞デヴュー作(1907年6月 - 10月)であるが、肩に力が入り過ぎていたのか、文体的に凝り過ぎている印象などもあり、かつてのわたくしには読みがたかった(この作品は若書きだと思いこんでいたが、1867年生れの漱石の40歳の作品であることも今頃知った)。以下はその読書による派生物である。

…………

ボードレールの名言として知られる「女と猫は呼ばない時にやって来る」。だが、これはたぶん誰かがそう意訳したのではなかろうか、正確にこの文に相当することをボードレールが言ったのかどうかは(わたくしには)不詳である。

いずれにせよこの文の核心は、女も猫も呼ばないときにやってくるだけではなく、呼んだときにやってこない、ときに拒絶する存在だということだろう。

行ったり来たりする母 cette mère qui va, qui vient……母が行ったり来たりするのはあれはいったい何なんだろう?Qu'est-ce que ça veut dire qu'elle aille et qu'elle vienne ?(ラカン、セミネール5、15 Janvier 1958)

漱石のほとんどの小説ーーおそらく例外はあるだろうがわたくしはその例外を失念したーーこの行ったり来たりする母=女を書いているのではなかろうか? 今は比較的初期の作品から《長い廊下を何度往き何度戻る》那美さんと、《男を弄ぶ》蛇女藤尾さんをめぐる叙述を掲げておく。

一分と立たぬ間に、影は反対の方から、逆にあらわれて来た。振袖姿のすらりとした女が、音もせず、向う二階の椽側を寂然として歩行て行く。余は覚えず鉛筆を落して、鼻から吸いかけた息をぴたりと留めた。 

花曇りの空が、刻一刻に天から、ずり落ちて、今や降ると待たれたる夕暮の欄干に、しとやかに行き、しとやかに帰る振袖の影は、余が座敷から六間の中庭を隔てて、重き空気のなかに蕭寥と見えつ、隠れつする。

女はもとより口も聞かぬ。傍目も触らぬ。椽に引く裾の音さえおのが耳に入らぬくらい静かに歩行いている。腰から下にぱっと色づく、裾模様は何を染め抜いたものか、遠くて解からぬ。ただ無地と模様のつながる中が、おのずから暈されて、夜と昼との境のごとき心地である。女はもとより夜と昼との境をあるいている。 

この長い振袖を着て、長い廊下を何度往き何度戻る気か、余には解からぬ。いつ頃からこの不思議な装をして、この不思議な歩行をつづけつつあるかも、余には解らぬ。その主意に至ってはもとより解らぬ。もとより解るべきはずならぬ事を、かくまでも端正に、かくまでも静粛に、かくまでも度を重ねて繰り返す人の姿の、入口にあらわれては消え、消えてはあらわるる時の余の感じは一種異様である。(夏目漱石『草枕』)
緑りの枝を通す夕日を背に、暮れんとする晩春の蒼黒く巌頭を彩どる中に、楚然として織り出されたる女の顔は、――花下に余を驚かし、まぼろしに余を驚ろかし、振袖に余を驚かし、風呂場に余を驚かしたる女の顔である。 

余が視線は、蒼白き女の顔の真中にぐさと釘付けにされたぎり動かない。女もしなやかなる体躯を伸せるだけ伸して、高い巌の上に一指も動かさずに立っている。この一刹那!(同『草枕』)
「清姫が蛇になったのは何歳でしょう」「左様、やっぱり十代にしないと芝居になりませんね。おおかた十八九でしょう」「安珍は」「安珍は二十五ぐらいがよくはないでしょうか」(……)

「私は安珍のように逃げやしません」 これを逃げ損ねの受太刀と云う。坊っちゃんは機を見て奇麗に引き上げる事を知らぬ。

「ホホホ私は清姫のように追っ懸けますよ」 男は黙っている。「蛇になるには、少し年が老け過ぎていますかしら」 

時ならぬ春の稲妻は、女を出でて男の胸をするりと透した。色は紫である。(夏目漱石『虞美人草』)
藤尾は男を弄ぶ。一毫も男から弄ばるる事を許さぬ。藤尾は愛の女王である。成立つものは原則を外れた恋でなければならぬ。愛せらるる事を専門にするものと、愛する事のみを念頭に置くものとが、春風の吹き回しで、旨い潮の満干で、はたりと天地の前に行き逢った時、この変則の愛は成就する。(夏目漱石『虞美人草』)

さて、いささか長い挿入となったがラカンに戻る。

(最初期の母子関係において)、母が幼児の訴えに応答しなかったらどうだろう?…母は崩落するdéchoit……母はリアルになる elle devient réelle、…すなわち権力となる devient une puissance…全能(の母) omnipotence …全き力 toute-puissance …(ラカン、セミネール4、12 Décembre 1956)
母の影はすべての女性に落ちている。つまりすべての女は母なる力を、さらには母なる全能性を共有している。これはどの若い警察官の悪夢でもある、中年の女性が車の窓を下げて訊ねる、「なんなの、坊や?」

この原初の母なる全能性はあらゆる面で恐怖を惹き起こす、女性蔑視(セクシズム)から女性嫌悪(ミソジニー)まで。(ポール・バーハウ1998,Paul Verhaeghe,Love in a Time of Loneliness THREE ESSAYS ON DRIVE AND DESIRE)

原初のトラウマ的体験ーー《経験された無力の(寄る辺なき Hilflosigkeit)状況を外傷的状況》ーーとは、行ったり来たりする「不気味な」母にかかわり、そしてそれは母なる全能性に変換される。

そしてその〈母〉は、極度に高い価値をもつ存在である。

……生物学的要因とは、人間の幼児がながいあいだもちつづける無力さ(寄る辺なさ Hilflosigkeit) と依存性 Abhängigkeitである。人間が子宮の中にある期間は、たいていの動物にくらべて比較的に短縮され、動物よりも未熟のままで世の中におくられてくるように思われる。したがって、現実の外界の影響が強くなり、エスからの自我の分化が早い時期に行われ、外界の危険の意義が高くなり、この危険からまもってくれ、失われた子宮内生活をつぐなってくれる唯一の対象は、極度にたかい価値をおびてくる。この生物的要素は最初の危険状況をつくりだし、人間につきまとってはなれない「愛されたいという要求 Bedürfnis, geliebt zu werden」を生みだす。(フロイト『制止、症状、不安』1926年 旧訳p.365、一部変更)

呼んでもやってこない「猫」と呼ばないときにやってくる「猫」とは、究極的には、分離不安と融合不安という人間の最も根源的な原不安にかかわる。

最初の母と子どもの関係では、子どもは、その身体的 somatic な未発達のため、必然的に、最初の〈他者〉の享楽の受動的対象として扱われる。この関係は二者-想像的であり、それ自体、主体性のための障害を表す。平明な言い方をすれば、子どもと彼自身の欲望にとっての余地がないということだ。そこでは二つの選択しかない。母の欲望に従うか、それともそうするのを拒絶して死ぬか、である。このような状況は、二者-想像的関係性の典型であり、ラカンの鏡像理論にて描写されたものである。

そのときの基本的動因は、不安である。これは去勢不安でさえない。「原不安」は母に向けられた二者関係にかかわる。この母は、現代では「最初に世話する人」としてもよい。無力な幼児は母を必要とする。これゆえに、明らかに「分離不安」である。とはいえ、この母は過剰に現前しているかもしれない。母の世話は息苦しいものかもしれない。

フロイトは分離不安にあまり注意を払っていなかった。しかし彼は、より注意が向かないと想定されるその対応物を見分けていた。母に呑み込まれる不安である。あるいは母に毒される不安である。これを「融合不安」呼んでみよう。もう一つの原不安、分離不安とは別にである。この概念はフロイトにはない。だがアイデアはフロイトにある。しかしながら、彼の推論において、最初の不安は分離と喪失に関係し得るにもかかわらず、フロイトは頑固に、去勢不安を中心的なものとして強調した。

このように、フロイト概念の私の理解においては、去勢不安は二次的なものであり、別の、原不安の、防衛的なエラボレーションとさえ言いうる。原不安は二つの対立する形態を取る。すなわち、他者は必要とされるとき、そこにいない不安、そして他者が過剰にそこにいる不安である。

ラカン理論は後者を強調した。そしてそれを母なる大他者 (m)Other に享楽される単なる対象に格下げされる幼児の不安として解釈した。それはフロイトの受動的ポジションと同様である。

これはラカン理論における必要不可欠な父の機能を説明する。すなわち第三者の導入が、二者-想像的段階にとって典型的な選択の欠如に終止符を打つ。第三者の導入によって可能になる移行は、母から身を翻して父に向かうということでは、それ程ない。むしろ二者関係から三者関係への移行である。これ以降、主体性と選択が可能になる。(PAUL VERHAEGHE,『New studies of old villains』2009PDF

フロイトにとって原初の母子関係における「受動的立場 passive Einstellung」とは原トラウマ的という意味である。

…………

「母の欲望」とは、事実上、「原穴(原トラウマ )の名 le nom du premier trou 」である。あるいはそれを母の法と呼び変えてもよい。

母の法 la loi de la mère…それは制御不能の法 loi incontrôlée…分節化された勝手気ままcaprice articuléである。(Lacan.S5)


我々は皆知っている。というのは我々すべては現実界のなかの穴を埋めるために何かを発明するのだから。現実界には「性関係はない il n'y a pas de rapport sexuel」、 それが「穴ウマ(troumatisme =トラウマ)」を作る。

nous savons tous parce que tous, nous inventons un truc pour combler le trou dans le Réel. Là où il n'y a pas de rapport sexuel, ça fait « troumatisme ». (ラカン、S21、19 Février 1974 )

ラカンは《身体は穴である corps……C'est un trou》(ラカン、1974)とも言っている、なぜ身体には穴が開いているのだろうか。

〈母〉、その底にあるのは、「原リアルの名 le nom du premier réel」である。それは、「母の欲望 Désir de la Mère」であり、シニフィアンの空無化 vidage 作用によって生み出された「原穴の名 le nom du premier trou 」である。

Mère, au fond c’est le nom du premier réel, DM (Désir de la Mère)c’est le nom du premier trou produit par l’opération de vidage par le signifiant. (コレット・ソレール、C.Soler « Humanisation ? »2013-2014セミネール)

大文字で書かれる「母の欲望 Désir de la Mère」とは、母子関係の最初期においては、実際の母の欲望とはあまり関係がない。むしろ全能の権力にかかわる。

ラカンによれば、《母の欲望 Désir de la Mère》を構成する「原-諸シニフィアン」は、イメージの領域における (子供の)欲求の代表象以外の何ものでもない。同じ理由で、これらの想像的諸シニフィ アン/諸記号は、刻印としての原抑圧を徴づける。(ロレンツォ・キエーザ2007,Subjectivity and Otherness: A Philosophical Reading of Lacan, by Lorenzo Chiesa)

いわゆる"去勢されていないnon‐castrated"全能の貪り食う母、真の母に関して、ミレール=ラカンは次のように注釈している。

満足していない母というだけでなく、またすべての力をもつ母である。そしてラカンの母の形象のおどろおどろしい様相は、彼女はすべての力を持ちかつ同時に不満足であることである。(Miller, “Phallus and Perversion,”)

ジジェクはこのミレールの文を引用して(『LESS THAN NOTHING』)、次ぎのように言っている。

ここには、パラドックスがある。母がよりいっそう"全能"として現れば現れるひど、彼女は不満足(その意味は欠如である)なのである。「ラカンの母はquaerens quem devoretと一致する。すなわち彼女は貪り食うために誰かを探し求める。そしてラカンは鰐として母を言い表す、口を開けた主体として。」(Jacques‐Alain Miller, “The Logic of the Cure,”)

だが男たちには究極的には、女に貪り喰われたい秘かな隠された願望があったらどうだろう?(参照:最愛の子供を奈落の底に落とす母の癖)。あるいはこう言ってもいい、《あなたを吸い込むヴァギナデンタータ(歯のはえた膣)、究極的にはすべてのエネルギーを吸い尽すブラックホールとしてのS(Ⱥ) 》(ポール・バーハウ1999)に吸い込まれたい願望と。S(Ⱥ)とはサントームの記号、原抑圧の記号である。

我々が、この機能について、ラカンから得る最後の記述は、サントームの Σ である。S(Ⱥ) を Σ として記述することは、サントームに意味との関係性のなかで「外立ex-sistence」(参照)の地位を与えることである。現実界のなかに享楽を孤立化すること、すなわち、意味において外立的であることだ。((ジャック=アラン・ミレール「後期ラカンの教え」Le dernier enseignement de Lacan' (‘Lacan's later teaching'、2002ーー基本版:現代ラカン派の考え方)


ラカン派でサントームと言われるもの、あるいはフロイトの原抑圧と呼ばれるものーーラカンはサントーム=原抑圧としている(S23)ーーとは、先ずなによりもこの「原穴(原トラウマ )の名 le nom du premier trou 」、あるいは「母の法 loi de la mère」として理解されなければならない。

サントームは、母の舌語に起源がある Le sinthome est enraciné dans la langue maternelle。話すことを学ぶ子供は、この言葉と母の享楽によって生涯徴付けられたままである。

これは、母の要求・欲望・享楽、すなわち「母の法」への従属化をもたらす Il en résulte un assujettissement à la demande, au désir et à la jouissance de celle-ci, « la loi de la mère »。が、人はそこから分離しなければならない。

この「母の法」は、「非全体」としての女性の享楽の属性を受け継いでいる。それは無限の法である。Cette loi de la mère hérite des propriétés de la jouissance féminine pas-toute : c’est une loi illimitée.(Geneviève Morel2005 Sexe, genre et identité : du symptôme au sinthome)


フロイトはこの徴をつける母を「誘惑者 Verführerin」と呼んだ。

誘惑者はいつも母である。…幼児は身体を清潔にしようとする母の世話によって必ず刺激をうける。おそらく女児の性器に最初の快感覚を目覚めさせるのさえ事実上は母である。(フロイト『新精神分析入門』1933)
母は、子どもを滋養するだけではなく、世話をする。したがって、数多くの他の身体的刺激、快や不快を子どもに引き起こす。子どもの身体を世話することにより、母は、子どもにとっての最初の「誘惑者」になる。この二者関係には、母の重要性の根が横たわっている。ユニークで、比べもののなく、変わりようもなく確立された母の重要性。全人生のあいだ、最初の最も強い愛-対象として、のちの全ての愛-関係性の原型としての母ーー男女どちらの性にとってもである。(フロイト『精神分析概説』( Abriß der Psychoanalyse草稿、死後出版1940、私訳)

この誘惑者による徴のことをラカンは、《享楽の侵入の記念物 commémore une irruption de la jouissance 》(S17)と呼び、あるいは次のようにも語った。

享楽はまさに厳密に、シニフィアンの世界への入場の一次的形式と相関的である。私が徴 marqueと呼ぶもの・「一の徴 trait unaire」の形式と。もしお好きなら、それは死への徴付けmarqué pour la mort としてもよい。

その徴は、裂目・享楽と身体とのあいだの分離から来る。これ以降、身体は苦行を被る mortifié。この「一の徴 trait unaire」の刻印の戯れ jeu d'inscription、この瞬間から問いが立ち上がる。(ラカン、S17、10 Juin 1970)

ここでの死とは何か?

私は言おう、死とは、ラカンが享楽と翻訳したものだ、と。(ミレール1988,Jacques-Alain Miller、A AND a IN CLINICAL STRUCTURES
死への道とは、享楽と呼ばれるもの以外の何ものでもない。le chemin vers la mort n'est rien d'autre que ce qui s'appelle la jouissance (ラカン、S17)

母との(現実的には不可能な)融合があれば、そのとき主体は消滅する。それが死の意味である。

生の欲動 Eros は、融合と統一の状態への回帰を目指す。エロスは、分離した要素を結びつけることによって、これをする。それは、緊張(不安)の増加をもたらす。逆に、タナトスは、分離の状態への回帰を目指す。死の欲動は、結びついた要素のあいだのすべての結合を破壊することによって、これをする。それは、すべての緊張の低減をもたらす。もし、必要なら、ゼロ度まで。その意味は、事実上、死である。

ラカン理論は、この「生と死の問い」の言い直しを可能にさせてくれる。生の欲動は、「他の享楽l'autre jouissance」を目指す。結果として、大他者のなかに主体は消滅する。したがって、分離した存在としての主体の死をもたらす。死の欲動は「ファルス享楽la jouissance phallique」を目指す。それを通して、主体は大他者から己を分離する。したがって、この大他者から独立して、孤立した存在としての歩みを進める。このラカンの読解においては、生と死の概念は、ひどく相関的である。すなわち、フロイトの生の欲動は、主体の死、主体の消滅を意味する。フロイトの死の欲動は、主体の生の継続を意味する。(ポール・バーハウ2001、PAUL VERHAEGHE、Obsessional Neurosis. The Quest for Isolation).

…………

吉本隆明は漱石の理想の女について次のように言っている。

漱石の理想の女性像はだれかとか、作品の中ではどれだと考えてみると、僕らが客観的に考えれば、それは二人います。一人は、最初期の作品ですが、『虞美人草』のお糸さんという娘さんがいます。それが漱石の理想の女性像だと思います。それからやはり初期の作品ですが、もう少しあとの『坊ちゃん』の中に出てくるお清という婆やさんがいますが、これがやはり漱石の理想像だと思います。

この二人とも描かれた作品の中では、たとえ『虞美人草』の中では藤尾がモダンで、美人で、そして教養もありという新時代の女性ですが、この女性は悪いほうの代表というかたちで描かれています。いいほうの代表のお糸さんは、何も言わなくても男の考えている心の中をちゃんと察してくれて、かゆいところに手が届くようにしてくれる、そういう女性で、これは逆に女性のほうから見たら何てわがままなやつだと思うかもしれないように描かれています。でも漱石にとっての理想の女性像はそうなのです。

これは、現存する女流作家の人が、『虞美人草』の中でだれが理想の女性かということに対して、それは藤尾だと言っているのを読んだことがありますから、女の人から見るとそのほうが理想的なのかもしれないけれども、漱石から見るとどうも始末が悪い、どうしようもないという女性になっているわけです。(吉本隆明「作品に見る女性像の変遷」

だが「理想の女」というシニフィアンは、想像界的なもの、象徴界的なもの、現実界的なものの三つの観点から見なければならない。 お糸は想像界的な理想の女ーー内気を装い、欲望を掻き立てる女ーーであり、お清は象徴界的な理想の女ーー子供に食物を与える母であり、子供を見守る母ーーである。漱石は那美や藤尾という現実界的な理想の女ーー行ったり来たりする母であり、弄びはぐらかす(拒絶する)女ーーを初期から書いた。それは遺作『明暗』における清子に至るまで。

「どうしてあの女はあすこへ嫁に行ったのだろう。それは自分で行こうと思ったから行ったに違ない。しかしどうしてもあすこへ嫁に行くはずではなかったのに。そうしてこのおれはまたどうしてあの女と結婚したのだろう。それもおれが貰おうと思ったからこそ結婚が成立したに違ない。しかしおれはいまだかつてあの女を貰おうとは思っていなかったのに。………」
「君はあの清子さんという女に熱中していたろう。ひとしきりは、何でもかでもあの女でなけりゃならないような事を云ってたろう。そればかりじゃない、向うでも天下に君一人よりほかに男はないと思ってるように解釈していたろう。ところがどうだい結果は」
津田は思い切って声をかけようとした。するとその途端に清子の方が動いた。くるりと後を向いた彼女は止まらなかった。津田を階下に残したまま、廊下を元へ引き返したと思うと、今まで明らかに彼女を照らしていた二階の上り口の電灯がぱっと消えた。津田は暗闇の中で開けるらしい障子の音をまた聴いた。同時に彼の気のつかなかった、自分の立っているすぐ傍の小さな部屋で呼鈴の返しの音がけたたましく鳴った。 

やがて遠い廊下をぱたぱた馳けて来る足音が聴こえた。彼はその足音の主を途中で喰いとめて、清子の用を聴きに行く下女から自分の室の在所を教えて貰った。(夏目漱石『明暗』)

逆に呼ばないときにやってくる不気味な女も漱石にはふんだんにある。ここでは初期作品『三四郎』の叙述を想い起すだけにしておこう。

例の女が入口から、「ちいと流しましょうか」と聞いた。三四郎は大きな声で、「いえ、たくさんです」と断った。しかし女は出ていかない。かえってはいって来た。そうして帯を解きだした。三四郎といっしょに湯を使う気とみえる。べつに恥かしい様子も見えない。三四郎はたちまち湯槽を飛び出した。
それから西洋手拭を二筋持ったまま蚊帳の中へはいった。女は蒲団の向こうのすみでまだ団扇を動かしている。「失礼ですが、私は癇症でひとの蒲団に寝るのがいやだから……少し蚤よけの工夫をやるから御免なさい」 三四郎はこんなことを言って、あらかじめ、敷いてある敷布の余っている端を女の寝ている方へ向けてぐるぐる巻きだした。そうして蒲団のまん中に白い長い仕切りをこしらえた。女は向こうへ寝返りを打った。三四郎は西洋手拭を広げて、これを自分の領分に二枚続きに長く敷いて、その上に細長く寝た。その晩は三四郎の手も足もこの幅の狭い西洋手拭の外には一寸も出なかった。女は一言も口をきかなかった。女も壁を向いたままじっとして動かなかった。
元来あの女はなんだろう。あんな女が世の中にいるものだろうか。女というものは、ああおちついて平気でいられるものだろうか。無教育なのだろうか、大胆なのだろうか。それとも無邪気なのだろうか。要するにいけるところまでいってみなかったから、見当がつかない。思いきってもう少しいってみるとよかった。けれども恐ろしい。別れぎわにあなたは度胸のないかただと言われた時には、びっくりした。二十三年の弱点が一度に露見したような心持ちであった。親でもああうまく言いあてるものではない。(漱石『三四郎』

もちろんラカンの想像界・象徴界・現実界は、ボロメオの環が示すとおり、それぞれの環は重なってはいる。だが人は、現実界的なほうに傾いた「理想の女」を忘れがちである。それをすぐれて痛切にーー《手の爪には血》を滲ませてーー書こうとした代表的作家の一人は(日本近代においては)安吾だろう。

ある婦人が私に言つた。私が情痴作家などゝ言はれることは、私が小説の中で作者の理想の女を書きさへすれば忽ち消える妄評だといふことを。まことに尤もなことだ。昔から傑作の多くは理想の女を書いてゐるものだ。けれども、私が意志することによつて、それが書けるか、といふと、さうはたやすく行かない。

誰しも理想の女を書きたい。女のみではない、理想の人、すぐれた魂、まことの善意、高貴な精神を表現したいのだ。それはあらゆる作家の切なる希ひであるに相違ない。私とてもさうである。

だが、書きだすと、さうは行かなくなつてしまふ。

誰しも理想といふものはある。オフィスだの喫茶店であらゆる人が各々の理想に就て語り合ふ。理想の人に就て、政治に就て、社会に就て。

我々の言葉はさういふ時には幻術の如きもので、どんな架空なものでも言ひ表すことができるものだ。

ところが、文学は違ふ。文学の言葉は違ふ。文学といふものには、言葉に対する怖るべき冷酷な審判官がをるので、この審判官を作者といふ。この審判官の鬼の目の前では、幻術はきかない。すべて、空論は拒否せられ、日頃口にする理想が真実血肉こもる信念思想でない限り、原稿紙上に足跡をとゞめることを厳しく拒否されてしまふのである。

だから私が理想の人や理想の女を書かうと思つて原稿紙に向つても、いざ書きだすと、私はもうさつきまでの私とは違ふ。私は鬼の審判官と共に言葉をより分け、言葉にこもる真偽を嗅ぎわけてをるので、かうして架空な情熱も思想もすべて襟首をつまんで投げやられてしまふ。

私はいつも理想をめざし、高貴な魂や善良な心を書かうとして出発しながら、今、私が現にあるだけの低俗醜悪な魂や人間を書き上げてしまふことになる。私は小説に於て、私を裏切ることができない。私は善良なるものを意志し希願しつゝ醜怪な悪徳を書いてしまふといふことを、他の何人よりも私自身が悲しんでゐるのだ。

だから、理想の女を書け、といふ、この婦人の厚意の言葉も、私がそれを単に意志するのみで成就し得ない文学本来の宿命を見落してをるので、文学は、ともかく、書くことによつて、それを卒業する、一つづゝ卒業し、一つづゝ捨ててそして、ヨヂ登つて行くよりほかに仕方がないものだ。ともかく、作家の手の爪には血が滲んでゐるものだ。(坂口安吾『理想の女』)

このように記す安吾は、マゾヒズム的悦楽をよく知っている。とはいえマゾヒズム的悦楽と地獄とどう異なるのか? さあて・・・とはいえ地獄を経験したものでなければ愛は語りえない・・・

この安吾の側面については、「私の好きな女が、みんな母に似てるぢやないか!」にいくらか記した。

今はごく標準的に「常識的な」文ーー「女と猫は呼ばない時にやって来る・呼んだ時にやって来ない」のプルースト版ーーを引用しておくのみにする。

若い娘たちの若い人妻たちの、みんなそれぞれにちがった顔、それらがわれわれにますます魅力を増し、もう一度めぐりあいたいという狂おしい欲望をつのらせるのは、それらが最後のどたん場でするりと身をかわしたからでしかない、といった場合が、われわれの回想のなかに、さらにはわれわれの忘却のなかに、いかに多いことだろう。(プルースト『ゲルマントのほうⅡ』)
出奔した女は、いままでここにいた女とはおなじ女ではもはやなくなっている。(プルースト『逃げ去る女』)

…………

すぐれた批評家であったには相違ない吉本隆明ではあるが、理想の女についてはイマジネールな領域に閉じ籠っている、とわたくしは思う。他方、吉本が言っている、《現存する女流作家の人が、『虞美人草』の中でだれが理想の女性かということに対して、それは藤尾だと言っているのを読んだことがあります》という女流作家の見解を尊重したい。

人が何かを愛するのは、その何かのなかに近よれないものを人が追求しているときでしかない、人が愛するのは人が占有していないものだけである。(プルースト「囚われの女」)
女は口説かれているうちが花。落ちたらそれでおしまい。喜びは口説かれているあいだだけ。Women are angels, wooing: Things won are done; joy's soul lies in the doing.( シェイクスピア、Troilus and Cressida)
ファウスト

もし、美しいお嬢さん。
不躾ですが、この肘を
あなたにお貸申して、送ってお上申しましょう。

マルガレエテ

わたくしはお嬢さんではございません。美しくもございません。
送って下さらなくっても、ひとりで内へ帰ります。
(……)

ファウスト

途方もない好い女だ。
これまであんなのは見たことがない。
あんなに行儀が好くておとなしくて、
そのくせ少しはつんけんもしている。
あの赤い唇や頬のかがやきを、
己は生涯忘れることが出来まい。
あの伏目になった様子が
己の胸に刻み込まれてしまった。 それからあの手短に撥ね附けた処が、 溜まらなく嬉しいのだ。(ゲーテ『ファウスト』森鴎外訳)

ーーマルガレエテはのちに「魔女」に化けるのはよく知られている。

 男は誰に恋に陥るのか? 彼を拒絶する女・つれないふりをする女・決してすべてを与えることをしない女に恋に陥る。(ポール・バーハウ、Love in a Time of Loneliness  THREE ESSAYS ON DRIVE AND DESIRE  Paul Verhaeghe、1998、PDF

これらは穏やかに言えば、女の媚態にかかわるといってもいい。《媚態の要は、距離を出来得る限り接近せしめつつ、距離の差が極限に達せざることである》(九鬼周造『いきの構造』)。

媚態〔コケットリー〕とは何であろうか? それは相手に性的な関係がありうるとほのめかし、しかもその可能性はけっして確実なものとしてはあらわれないような態度と、おそらくいうことができるであろう。別ないい方をすれば、媚態とは保証されていない性交の約束である。(クンデラ『存在の絶えられない軽さ』)

もっとも『草枕』の那美さんと、『虞美人草』の藤尾さんは、さらに高度に戦略的な媚態の様相を呈した女であるといえるかもしれぬ・・・

自分は決して媚びないと知らせることは、すでに一種の媚びである(ラ・ロシュフーコー)

そしてその高度な戦略を見破ったつもりでいるほどよく聡明な=凡庸な男、修行が足りない若い男には嫌悪を催させることは十分ありうる。わたくしが那美にも藤尾にも抵抗がありつづけたのはそのせいではなかったか・・・

いずれにせよ今それなりに熱心に『虞美人草』を読めば、吉本隆明が理想の女とする糸子の媚態などひどく低レベルの媚態なのである。

「ホホホホそれでも家の兄より好いでしょう」「欽吾さんの方がいくら好いか分かりゃしない」と糸子さんは、半分無意識に言って退けたが、急に気がついて、羽二重の手巾を膝の上でくちゃくちゃに丸めた。「ホホホホ」

藤尾にあっさら見破られている。 この糸子の態度は、どの娼婦もよく知っている典型的な男性ファンタジー、「女の救出」願望を誘い出す二流の媚態、その変奏にすぎない。若きウブな男性の皆さんはくれぐれも用心しなければならない。この罠に嵌ったら安易に奈落の底に吸い込まれてしまう・・・仮に吸い込まれたい願望があるにしろ、これではいかにも狐に騙されたかのような底の浅い奈落であり、真の奈落の底、あの愛の悪魔的スキル・綱渡りの揺らめきから突如凋落して眩暈をもたらす深淵の底の感覚に徹底的に欠けている。いまどきの高級娼婦ーーたとえば祇園のバーの女、銀座の女は知らないが格の高い店の女ーーはこんな安手の媚びは使わないはずである・・・吉本隆明の修行の足りないのはこの点である・・・「ホホホホ」という気味の悪い笑いを連発する藤尾のほうがいいにきまってんじゃないか、ウブだねえ、彼は。「ホホホホ」による究極のマゾヒズム的悦楽を知らないなんて。

欲望に関しては、それは定義上、不満足であり、享楽欠如 manque à jouir です。欲望の原因は、フロイトが「原初に喪失した対象」と呼んだもの、ラカンが欠如しているものとしての「対象a」と呼んだものです。それにもかかわらず、複合的ではあるけれど、人は享楽欠如を楽しむことが可能です on peut jouir du manque à jouir。それはラカンによって提供されたマゾヒズムの形式のひとつです。(コレット・ソレール2013,Interview de Colette Soler pour le journal « Estado de minas », Brésil, 10/09/2013

とはいえ吉本隆明だけではなく、あのすぐれたマゾヒズム論を書いたドゥルーズでさえ、あと一歩のところで惜しくも核心を逃がしてしまっている、《愛の経験は、全人類の愛の経験であり、そこに超越的な遺伝 hérédité transcendante の流れが貫流している》などと記しているのだから。だがそうではない、最初の誘惑者による徴付けが愛の起源である。

母 mère に対する主人公の愛の中に、愛のセリーの起源 l'origine de la série amoureuse を見出すことは、常に許容される。しかしわれわれはそこでもまたスワンに出会うことになる。スワンはコンブレ―へ夕食に来て、子供である主人公から母の存在を奪うことになる。そして、主人公の苦しみ、母にかかわる彼の不安は、すでにスワンがオデットについて彼自身体験した苦しみであり不安である。《自分がいない快楽の場、愛するひとに会うことのできない快楽の場で、そのひとを感ずる不安、それを彼に教えたのは愛である。その愛にとって不安は或る意味で始めから運命として存在しているのだ。その愛によって、不安は独占され、特殊なものにされている。しかし、私にとってそうであるように、愛がわれわれの生活の中に現れて来る前に、不安がわれわれの内部に入ってくるとき、それはあいまいで自由なものとして、期待の状態で浮動している……》恐らく、母のイメージ image de mère は、最も深いテーマではなく、愛のセリーの理由でもないという結論がここから出されよう。確かに、われわれの愛は、母に対する感情を反復している。しかし、母に対する感情は、われわれ自身が経験したことのないそれとは別の愛を、すでに反復しているのである。母はむしろむしろひとつの経験からもうひとつの経験への移行として、われわれの経験の始まり方として現われるが、すでに他人のよってなされたほかの経験とつながっている。極限では、愛の経験は、全人類の愛の経験であり、そこに超越的な遺伝 hérédité transcendante の流れが貫流している。(ドゥルーズ『プルーストとシーニュ』)

もちろんここでドゥルーズの概念 「潜在的対象 l'objet virtuel」を持ち出して彼を救う手立てがないではない。だが今はそれに触れないでおく。

そもそもドゥルーズには、 次のようなより簡潔な文がある。

反復は本質的に象徴的なものであり、シンボルやシミュラークルは反復自体の文字 lettre である。la répétition est symbolique dans son essence, le symbole, le simulacre, est la lettre de la répétition même.(ドゥルーズ『差異と反復』)

この「文字」がーーそして母による文字の徴付けがーーわれわれの愛の起源である(参照:サントームSinthome = 原固着Urfixierung →「母の徴」)。

晩年のラカンの「文字lettre」理論とは、身体の上の欲動の「原固着(原抑圧)」あるいは「刻印」を理解しようとする彼なりの方法である。(バーハウ、2001、摘要)
無意識は「文字」によって翻訳されうる。l'inconscient peut se traduire par une lettre(ラカン、S22)

これが《ひとりの女はサントームである》の核心である。

une femme est un sinthome pour tout homme(Lacan,S23)
ラカンが症状概念の刷新として導入したもの、それは時にサントーム∑と新しい記号で書かれもするが、サントームとは、シニフィアンと享楽の両方を一つの徴にて書こうとする試みである。Sinthome, c'est l'effort pour écrire, d'un seul trait, à la fois le signifant et la jouissance. (ミレール、Ce qui fait insigne、The later Lacan、2007所収)


以上、いささか断定的に記したが、わたくしの記すことは常に《真理と嘘とのあいだには対立はない》でいくらか詳述化したことがベースとなっているので、蛇足ながらふたたび強調するためにここで断っておく。ようするに「このおっさん、なにをバカなこと言ってんだ!」と嘲弄しながら読まなければならぬ。




2017年1月8日日曜日

てめえたちはな、文学を読んだことなんざ一度だつてねえんだぞ

「日本の読書会級だなんて自分で思つてるんだろう?しかしてめえたちはな、漱石の文学を読んだことなんざ一度だつてねえんだぞ。てめえたちにやそもそも漱石なんか読めやしねえんだ。漱石つてやつあ暗いやつだつたんだ。陰気で気違いみてえに暗かつたんだ。」(中野重治「小説の書けぬ小説家」)

ーーそうかね

私には私の心を腐蝕するような不愉快な塊が常にあった。(夏目漱石『硝子戸の中』)

修善寺の大患のあとだからな

ある日T君が来たから、この話をして、癒ったとも云えず、癒らないとも云えず、何と答えて好いか分らないと語ったら、T君はすぐ私にこんな返事をした。

「そりゃ癒ったとは云われませんね。そう時々再発するようじゃ。まあもとの病気の継続なんでしょう」 

この継続という言葉を聞いた時、私は好い事を教えられたような気がした。それから以後は、「どうかこうか生きています」という挨拶をやめて、「病気はまだ継続中です」と改ためた。そうしてその継続の意味を説明する場合には、必ず欧洲の大乱を引合に出した。

「私はちょうど独乙が聯合軍と戦争をしているように、病気と戦争をしているのです。今こうやってあなたと対坐していられるのは、天下が太平になったからではないので、塹壕の中に這入って、病気と睨めっくらをしているからです。私の身体は乱世です。いつどんな変が起らないとも限りません」

或人は私の説明を聞いて、面白そうにははと笑った。或人は黙っていた。また或人は気の毒らしい顔をした。

客の帰ったあとで私はまた考えた。――継続中のものはおそらく私の病気ばかりではないだろう。私の説明を聞いて、笑談だと思って笑う人、解らないで黙っている人、同情の念に駆られて気の毒らしい顔をする人、――すべてこれらの人の心の奥には、私の知らない、また自分達さえ気のつかない、継続中のものがいくらでも潜んでいるのではなかろうか。もし彼らの胸に響くような大きな音で、それが一度に破裂したら、彼らははたしてどう思うだろう。彼らの記憶はその時もはや彼らに向って何物をも語らないだろう。過去の自覚はとくに消えてしまっているだろう。今と昔とまたその昔の間に何らの因果を認める事のできない彼らは、そういう結果に陥った時、何と自分を解釈して見る気だろう。所詮我々は自分で夢の間に製造した爆裂弾を、思い思いに抱きながら、一人残らず、死という遠い所へ、談笑しつつ歩いて行くのではなかろうか。ただどんなものを抱いているのか他も知らず自分も知らないので、仕合せなんだろう。(漱石『硝子戸の中』)

死にかけたら暗くもなるさ
ついでに過去を思いだのさ、
最も不愉快だった過去を。

実父から見ても養父から見ても、彼は人間ではなかった。むしろ物品であった。ただ実父が我楽多として彼を取り扱ったのに対して、養父には今に何かの役に立てて遣ろうという目算があるだけであった。(『道草』)

自伝とか自伝的随筆ってのは疑わなくちゃな、常に。《自分について多くを語ることは、自分を隠す一つの手段でもありうる。》(ニーチェ『善悪の彼岸』)

漱石は幼児に養子にやられ、ある年齢まで養父母を本当の両親と思って育っている。彼は「とりかえ」られたのである。漱石にとって、親子関係はけっして自然ではなく、とりかえ可能なものにほかならなかった。ひとがもし自らの血統〔アイデンティティ〕に充足するならば、それはそこにある残酷なたわむれをみないことになる。しかし、漱石の疑問は、たとえそうだとしても、なぜ自分はここにいてあそこにいないかというところにあった。すでにとりかえ不可能なものとして存在するからだ。おそらく、こうした疑問の上に、彼の創作活動がある。(柄谷行人『日本近代文学の起源』)

最初期からそうだったんだろうか、
《なぜ自分はここにいてあそこにいないか》ってのは。

二個の者がsame spaceヲoccupyスル訳には行かぬ。甲が乙を追い払うか、乙が甲をはき除ける二法あるのみぢや。甲でも乙でも構はぬ強い方が勝つのぢや。理も非も入らぬ。えらい方が勝つのぢや。上品も下品も入らぬ図々敷方が勝つのぢや。賢も不肖も入らぬ。人を馬鹿にする方が勝つのぢや。礼も無礼も入らぬ。鉄面皮なのが勝つのじや。人情も冷酷もない動かぬのが勝つのぢや。文明の道具は皆己を節する器械ぢや。自らを抑える道具ぢや、我を縮める工夫ぢや。人を傷つけぬ為め自己の体に油を塗りつける[の]ぢや。凡て消極的ぢや。此文明的な消極な道によつては人に勝てる訳はない。― 夫だから善人は必ず負ける。君子は必ず負ける。徳義心のあるものは必ず負ける。清廉の士は必ず負ける。醜を忌み悪を避ける者は必ず負ける。礼儀作法、人倫五常を重んずるものは必ず負ける。勝つと勝たぬとは善悪の問題ではない ―powerデある ―willである。(夏目漱石「断片」 明治38−39年)

そして最晩年までそうだったんだろうか?

どうしてあの女はあすこへ嫁に行ったのだろう。それは自分で行こうと思ったから行ったに違ない。しかしどうしてもあすこへ嫁に行くはずではなかったのに。そうしてこのおれはまたどうしてあの女と結婚したのだろう。それもおれが貰おうと思ったからこそ結婚が成立したに違ない。しかしおれはいまだかつてあの女を貰おうとは思っていなかったのに。(『明暗』)

最近日本で流行ってるらしいアドラー心理学の信奉者たちってのは、おおむね、《文学を読んだことなんざ一度だつてねえんだぞ》って連中だろうがね

外傷的事件の強度も、内部に維持されている外傷性記憶の強度もある程度以下であれば「馴れ」が生じ「忘却」が訪れる。あるいは、都合のよいような改変さえ生じる。私たちはそれがあればこそ、日々降り注ぐ小さな傷に耐えて生きてゆく。ただ、そういうものが人格を形成する上で影響がないとはいえない。

しかし、ある臨界線以上の強度の事件あるいはその記憶は強度が変わらない。情況によっては逆耐性さえ生じうる。すなわち、暴露されるごとに心的装置は脆弱となり、傷はますます深く、こじれる。素質による程度の差はあるかもしれないが、どのような人でも、残虐ないじめや拷問、反復する性虐待を受ければ外傷的記憶が生じる。また、外傷を受けつづけた人、外傷性記憶を長く持ちつづけた人の後遺症は、心が痩せ(貧困化)ひずみ(歪曲)いじけ(萎縮)ることである。これをほどくことが治療戦略の最終目標である。 (中井久夫「トラウマとその治療経験」『徴候・記憶・外傷』所収 P.109)
三月十一日の午後三時前のあの時刻、机に向かっていましたが、坐ったまま揺れの大きさを感じ測るうちに、耐えられる限界を超えかける瞬間があり、空襲の時の敵弾の落下の切迫が感受の限界を超えかけた境を思いました。(古井由吉「永劫回帰「新潮」2012年4月号」)

こういった経験もないんだろうな

経験された無力の(寄る辺なき)状況 Situation von Hilflosigkeit を外傷的 traumatische 状況と呼ぶ (フロイト『制止、症状、不安』旧訳 p.372)

そして、《現在の状況(無力の状況)が昔に経験した外傷体験を思いださせる。》(同上)

…………

この人たち(谷崎潤一郎、永井荷風、志賀直哉、等)ををさきの二人(漱石、鴎外) の人に比べてみると、大きい小さい、うまい・まずいということとは別に、今日のこの人たちが、すくなくともあの二人と同じ意味で偉大だとは義理にもいえないと思うということが自然に出てくる。(中野重治「漱石と鴎外との位置と役割」) 
……世間には、漱石は通俗であつても鴎外は通俗でないといつたふうな俗見が案外に通用している傾きがある。実地には、漱石や二葉亭はなかなかに通俗ではなかつた。鴎外が案外に通俗であつた。(中野重治「鴎外その側面」より)

 わたくしの場合、荷風好きなのはどうしたわけなんだろ?
漱石読んでると鬱陶しくなるんだよな、ときに。

鴎外は鼻を抓みたくなるような作品はたしかにあるけれど
荷風は断然鴎外派なんだよな

いやあ人の好みってのは分からんね

あの夏は暑さがはげしかった、と何故かいつもそうおもってしまうのは、その夏の間、しょっちゅう馳け出すような気持だったのを、自分で先ずそのように集約してのことらしい。(佐多稲子『夏の栞』)

『夏の栞』ってのはなんて素敵な題名なんだろ、吉岡実の『夏の宴』と同じぐらい。

病室は広い窓があって明るかったが、その光線を避けて病人の顔の周囲には、いつものように紐を張ってタオルが掛けてある。

その紐の一端が何かのはずみで解け、中野の顔の上に垂れた。中野の顔に当るのでもなかったが、真上に垂れ下がった紐だから、私は手をのばしてそれを上にあげた。眠っているかと見えた中野にその気配が感じられたらしい。

「稲子さんかァ」

と、弱く、ゆっくりと中野は声を発した。私の返事するまもなく、原さんがそれをとらえ、ぴしりと聞える調子で云った。

「あら、稲子さんってこと、どうしてわかるんだろう」

それは以前に原さんがそう云ったことのある言葉とまったく同じ文句であった。中野の脚の冷めたいのを、さわってみて、と原さんが云い、私がそれに従ったとき、それが私だというのに中野が気づいた。そのとき原さんは今と同じことを云ったのである。原さんの、どうして、というのに私は答えようがない。私にもそれはわからないのだ。私としては、病人の神経の、弱っているようでいてどこかに残る敏感さか、とおもうしかなかった。今も、中野は原さんのそう云ったのを聞き取った。原さんの言葉に対して中野が答えたのである。

「ああいうひとは、ほかに、いないもの」

そう聞いた一瞬、私は竦んだ。それは私の胸で光りを発して聞えた。(佐多稲子『夏の栞』)

2016年7月22日金曜日

女客と来た日には、顔とお作りを見せに来て、 給金なしで一しょに芸をしてくれる

思って御覧なさい。あなた方は軟い木を割る役だ。
誰を相手に書くのだか、目を開いて見て下さい。
退屈まぎれに来る客もあれば、
えらい馳走に逢った跡で、腹ごなしに来る客もある。
それから一番の困りものは
新聞雑誌を読み厭きてから遣って来る。
仮装舞踏へでも行くように、うっかりして駆け附ける。
その足を早めるのは、物見高い心持ばかりです。
女客と来た日には、顔とお作りを見せに来て、
給金なしで一しょに芸をしてくれる。
一体あなた方は詩人の高みでなんの夢を見ているのです。

ーーゲーテ『ファウスト』森鴎外訳

場中の様子は先刻見た時と何の変りもなかった。土間を歩く男女の姿が、まるで人の頭の上を渡っているように煩らわしく眺められた。できるだけ多くの注意を惹こうとする浮誇の活動さえ至る所に出現した。そうして次の色彩に席を譲るべくすぐ消滅した。眼中の小世界はただ動揺であった、乱雑であった、そうしていつでも粉飾であった。 

比較的静かな舞台の裏側では、道具方の使う金槌の音が、一般の予期を唆るべく、折々場内へ響き渡った。合間合間には幕の後で拍子木を打つ音が、攪き廻された注意を一点に纏めようとする警柝の如に聞こえた。 不思議なのは観客であった。何もする事のないこの長い幕間を、少しの不平も云わず、かつて退屈の色も見せず、さも太平らしく、空疎な腹に散漫な刺戟を盛って、他愛なく時間のために流されていた。彼らは穏和かであった。彼らは楽しそうに見えた。お互の吐く呼息に酔っ払った彼らは、少し醒めかけると、すぐ眼を転じて誰かの顔を眺めた。そうしてすぐそこに陶然たる或物を認めた。すぐ相手の気分に同化する事ができた。(夏目漱石『明暗』)

(La Loge. Pierre-Auguste Renoir)

二人の話はただ吉川夫人の双眼鏡に触れただけであった。お延はわざと手真似までして見せた。

「こうやって真ともに向けるんだから、敵わないわね」

「ずいぶん無遠慮でしょう。だけど、あれ西洋風なんだって、宅のお父さまがそうおっしゃってよ」

「あら西洋じゃ構わないの。じゃあたしの方でも奥さんの顔をああやってつけつけ見ても好い訳ね。あたし見て上げようかしら」

「見て御覧なさい、きっと嬉しがってよ。延子さんはハイカラだって」(同、漱石)




とはいえ、現代日本のクラッシック音楽演奏会では(形式的には)こういったことは少ないだろう・・・

実際コンサート・ホールという場にあっては、音楽はめったに人の心に届かないと彼はすでに感じていた。うとうとしている人々、終わったあとの食事を思い浮かべている人々、翌日になって演奏会に行ったと語るのが目的で来ている人々、彼らを除いてしまえば、ほとんど誰もいなくなる。ぬるま湯につかったような態度で音楽に接する人々や、音楽を聞きながら夢想や計算をやめずにいられる人々に比べれば、音楽に恐れをなして逃げ出してしまう人々のほうがよかった。(シュネデール『グレン・グールド paino solo』)

◆Southern Cross (Juan María Solare). Piano: Yuji Takahashi



人びとがあつまるとき、
行事であれ、儀式であれ、
ただ人びとが会うことの悦びのためであれ、
音楽がそこにあれば、楽しい。
それがなくても、人びとはあつまるが、
音楽は集いを、ともにあることのしあわせと、
ふかいやすらぎで飾る。
コンサートの語源は「合意にもちこむ」ということらしい。
争っていたものたちが和平を結ぶ場を想像してみれば、
そこには飲み食いがあり、唄があり、踊りがあり、
それらすべてが音楽ではなかったろうか。
いまコンサート会場には、飲み物食べ物はもちこめず、
踊る場所もなく、歩くことも、立つこともできず、
音楽家と、見物人に分かれ、区切られて、座っている。
それでも、コンサートは否定されるべきものだ、
と言うことはない。
コンサートは現実の場であり、そこに来る人たちがいる限り、観念で否定しても、なくなることはない。
それに替わるものがなければ、いくら貧しくても、
コンサートは音楽の場でありつづける。
別な場をつくりだすのは、音楽家のしごとではない。
人びとのあつまりかた、人間関係、社会が変わらなければ、
音楽の場は変わらないだろう。(高橋悠治「音楽の反方法論的序説」)

◆Yuji Takahashi plays Bach Six Partitas



ピアノは生活の手段だった。(……)ピアニストとみなされると、人が聞きたがるものを弾くことになる。バッハを弾いているとそればかり求められるが、日本では数十年前のグレン・グールドの代用品にすぎないから、弾くだけむだと最近は思うようになった。(……)

確信をもっていつも同じ演奏をくりかえす演奏家がいる。この確信は現実の音を聞くことを妨げる障害になるのではないかと思うが、感性のにぶさと同時に芸の傲慢さをしめしているのだろう。演奏が商品でありスポーツ化している時代には、演奏家の生命は短い。市場に使い捨てられないためには、いつも成長や拡大を求められているストレスがあるのかもしれない。(高橋悠治「ピアノを弾くこと」

◆Gould - Bach's bourree takes




家具になった音楽  高橋悠治

グレン・グールドが死んだ。クラッシック演奏のひとつの演奏はおわった。

現代のコンサートホールで2000人以上の聴き手をもつようなピアニストは、きめこまかい表現をあきらめなければならない。指はオーケストラ全体にまけない大きい音をだす訓練をうけ、小さな音には表情というものがないのもしかたのないことだ。容量のわずかなちがいによってつくられる古典的リズム感覚は失われた。耳をすまして音を聴きとるのではなく、ステージからとどく音にひたされていればいい耳は、なまけものになった。

音の技術が進む中で
1950年代にレコードがLPになり、テープ編集技術ができあがり、「電子音楽のゆめ」がうまれた。

どんな音もスタジオのなかでおもうままにつくり、くみあわせることができる、と音楽家たちはおもった。材料は自然の音にしろ、人間の声やピアノの音にしろ、聴き手がうけとるのは電圧の変化によるスピーカー膜の振動なのだから、どんな音も電子音の一種に変えられて耳にとどいている。おなじ空間のなかで、つくり手と聴き手がわかちあう音楽ではなく、聴き手のいないスタジオでうまれ、つくり手のみえないスピーカーからながれる音楽がある。音楽は密室の家具になった。テレビが映像をふくむ照明装置であるように。

グレン・グールドは、コンサートホールを捨てて、スタジオにこもった。なまの演奏の緊張と結果のむなしさに神経がたえられなかったのかもしれないが、それを時代の要求にしたてあげたのが、彼の才能だったのか。

グールドのひくバッハは、1960年代にはその演奏スタイルでひとをおどろかした。極端にはやいか、またはおそいテンポ、かんがえぬかれ、即興にみせかけた装飾音、みじかくするどい和音のくずし方。だが、それは18世紀音楽の演奏の約束ごとを踏みはずしてはいない。1970年代には古楽や古楽器の演奏にふれることもおおくなり、グールドの演奏も耳あたらしいものではなくなった。マニエリズムというレッテルをはることもできるようになった。

だが、1960年代のグールドのメッセージは、演奏スタイルではなかった。コンサートホールでは聴くことができない、ということに意味があった。おなじころ、グールドの住んでいた町、カナダのトロントからマーシャル・マルクーハンが活字文化の終わりを活字で主張していた。「メディアがメッセージだ」というのが時代のあいことばだった。

この「電子時代のゆめ」は、数年間しかもちこたえることができなかった。1968年がやってきた。プラハの町にソ連の戦車が姿をあらわし、フランスとドイツで若者たちが反乱をおこし、やがてベトナムはアメリカに勝つ。中国の文化革命もあらしを過ぎ、石油危機を通りぬけると、テクノロジー信仰も、それと対立するコミューンの実験を道づれにしてくずれおちた。次の世代には身をあずけられる原理も、すすむべき道ものこされていなかった。いまメディア革命やその反対側の対抗文化にしがみついている少数は、うしろめたさを感じないではいられないはずだ。いらなくなった文明が病気となって人間にとりついている。文明に反逆する人間も、おなじ病気にかかっている。どちらも船といっしょにしずむのだ。

われわれのしらない明日がやってくる。そこにたどりつこうとしてはいけない。明日やってくる人たちのために、今日のガラクタをしまつしておくのはいい。世界というからっぽな家をひきわたして、でていけばいいのだ。

マルクーハンが死んだときは、もう忘れられていた。グールドも「メディアとしてのメッセージ」の意味がなくなったあとは、演奏スタイルの実験をくりかえすことしかできなかった。レコードというかたちがあたらしくなくなれば、聴いたことのない曲をさがしだしてくるか、だれでもがしっている曲を、聴いたことのないやり方でひくしかない。どちらにしても、そういう音楽はよけいなぜいたくで、なくてもすむものだ。

あすへのつらい希望
音楽なんか聴かなくても生きていける。メッセージがあるとすれば、そういうことだ。クラッシク音楽が、聴き手にとってはとっくに死んだものであることに気づかずに、または気づかぬふりをして、まじめな音楽家たちは今日もしのぎをけずり、おたがいをけおとしあい、権力欲にうごかされて、はしりつづけている。音楽産業はどうしようもない不況で、大資本や国家が手をださなければなりたたないというのに、音楽市場はけっこう繁栄している。これほどのからさわぎも、そのななから、人びとにとって意味のあるあたらしい音楽文化をうみだすことに成功してはいない。

グレン・グールドは50歳で死んだ。いまの50歳といえば、まだわかい。だが、かれの死ははやすぎはしなかった。

かれだけではない。だれが死んだって、やりのこしたしごとなどないだろう。しごとの意味の方がさきに死んでしまっている。どこかでそれとしりながら、しごとを続けているのがいまの音楽家の運命だ。こういう仕事をしていれば、いのちをすりへらしても当然だ。

音楽というものがまだほろびないとすれば、明日には明日の音楽もあるだろう。だが、それを予見することはわれわれのしごとではない。いまあるような音楽が明日までも生きのびて明日をよごすことがないとおもえばこそ、音楽の明日にも希望がもてるというものだ。音楽家にとってつらい希望ではあっても。(讀賣新聞 1982年10月21日付け夕刊のグールド追悼記事)

…………

さて、ここで引用の文脈の腰を折って、デュシャンを持ち出す。

デュシャンが「泉」と題して便器を美術展に提示したとき、彼は芸術を芸術たらしめるものが何であるかをあらためて問うたのだが、それはまさにカントが提起したポイントの一つであった。すなわち、物をそれに対する日常的諸関心を括弧に入れて見ること。もう一つのポイントは、美的判断には普遍性が要求されるにもかかわらずそれがありえないということ、われわれが普遍的と見なすものは歴史的に形成された「共通感覚」にもとづいているということである。(柄谷行人『トランスクリティーク』岩波定本 P.172)



超越論的態度は暗黙に「括弧に入れよ」という命令をふくんでいる。たとえば、私は先にデュシャンが便器を美術館に展示したことについてふれた。その場合、彼はそれを芸術として見ること、つまり、日常的関心を括弧に入れることを命じてはいない。しかし、それが美術展に置かれているということが、人にそれを美術として見ることを「命令」しているのであり、そのことに人は気づかないのだ。同様に、超越論的な視点がそのような「命令」をはらんでいることが忘れられている。のみならず、超越論的な視点そのものが一つの命令に促されているということが。そのことは、超越論的視点そのものがどこから来るのかと問うとき、明らかになる。それは根本的に「他者」にかかわっている。超越論的視点そのものが倫理的なのだ。(同上 P.181)




いや、ひょっとしたら、わたくしの愛する古代キクラデス諸島の彫刻 と同じくらい美しいかもしれない。





とはいえ、グレン・グールドと高橋悠治のバッハの美のわずかな差異よりは、より大きな差異があるようにみえないでもない・・・


…………



対象a は象徴的体系内部の非徴示的変調 non-signifying glitch であるにもかかわらず、それは、場のなかを埋め合わせるものとしての要素から形式的構造を分離する裂け目の背景においてのみ把握できる。ジャック=アラン・ミレールは最近、構造と変換の話題についてのこに裂け目を詳述した。彼はラカンの四つの言説の母体を取り上げる。そこでは、時計回りとは逆の動きで、四つの用語のそれぞれ(主体―$、主人のシニフィアン―S1、知識の連鎖―S2、対象―a)が、構造における(代理人、他者、真実、生産物)の四つの場すべてを占めていく。いかになにかが不変であり、同時に何かが変わるかの事例である。(ジジェク、LESS THAN NOTHING,2012、私訳)




 ※参照:ラカンの「四つの言説」における「機能する形式」

何が不変なのだろうか? 場、関係性と場のあいだの関係性である。何が変化するのかは、それらの場を占める用語である。……これは、われわれにまさにこう言い得ることを許してくれる。すなわち、構造において、変形は置換である、と。また置換による発話は、構造を力動的にさせる方法、試みであると。さらに言い得ることは、一と多を分節化するためのある構造的な解決だと。場は固定されており、そして用語の置換により、われわれはヴァリエーションを得る。この(固定された)構造的場と、これらの場を占める(変化する)用語のあいだの相違は、その場の用語のフェティシュな凝固作用を崩すために決定的である。それはわれわれに気づかせてくれる、ある範囲までは、対象から発するアウラは対象の直接的な特性ではなく、それが占める場であるということを。

この場への依存の古典的な例は、もちろん、マルセル・デュシャンのよく知られた小便器である。それは、小便器自体が展示されることによってアートの対象となった。デュシャンの成果は、たんに、アート作品においてなにが重要とされるか(小便器でさえも)の範囲を拡げたことになるのではない。

彼がなしたことはーーそのような普遍化の形式的条件としてーー、対象とそれが占める(構造的な)場のあいだの区別の導入である。すなわち小便器をアート作品とするのは、それに内在する特性ではなく、それが占める場(アートギャラリイ)なのである。あるいはマルクスが遠い昔に商品フェティシズムに関して言ったように、「ひとびとはある人を王とみなすのは、彼が王だからではない。人々が彼を王とみなすから、彼は王なのだ」ということだ。

日常生活において、われわれはこの種の具象化の犠牲者なのである。すなわち、われわれは純粋な形式的あるいは構造的決定性を対象の直接の特性として誤認する。これがデュシャンの展示会におけるまったく正当的なある挑発を想像できる理由である。すなわち観客が小便器に向けて放尿しはじめるという場面。驚いた傍らの見物人が、ここはアートギャラリーですよ、トイレではありません、と彼に注意を促す。彼は応じる、「おお、あなたは分かっていない。私がアート作品の展示空間に入り込めば、私の行動もパフォーマンスになるのだよーー私がしたことは下品な脱崇高化じゃないんだ。私は単にアートの崇高な空間に新しい内容物を満たしただけさ…」。(同ジジェク、2012) 

たとえば、デュシャンの遺作 Étant donnés の狙いは、究極的には、覗き見のパフォーマ―になることではないだろうか。





鍵穴を覗き込む窃視者は、自分自身の見る行為に没頭しているが、やがて突然背後の小枝のそよぎに、あるいは足音とそれに続く静寂に驚かされる。ここで窃視者の視線は、彼を対象として、傷つきうる身体として奈落に突き落とす眼差しによって中断される。(コプチェク『女なんていないと想像してごらん』)





すなわち、ここには、《女客と来た日には、顔とお作りを見せに来て、 給金なしで一しょに芸をしてくれる》ーーということの現代版があるのではないだろうか。




2016年7月4日月曜日

女はまだ浅くさえない(ニーチェ)

人は女を深いとみなしているーーなぜか? 女の場合にはけっして浅瀬に乗りあげることはないからである。女はまだ浅くさえないのである。(ニーチェ『偶像の黄昏』 「箴言と矢」27番)

さて、ニーチェは何を言っているのだろうか。

ひょっとして女はギリシャ人のようだと言っているなどということはないか。

・・・おお、このギリシア人たち! ギリシア人たちは、生きるすべをよくわきまえていた。生きるためには、思いきって表面に、皺に、皮膚に、踏みとどまることが必要だった。仮象を崇めること、ものの形や音調や言葉を、仮象のオリュンポス全山を信ずることが、必要だったのだ! このギリシア人たちは表面的であった。深みからして! そして、わたしたちはまさにその地点へと立ち返るのではないか、--わたしたち精神の命知らず者、わたしたち現在の思想の最高かつ最危険の絶頂に攀じのぼってそこから四方を展望した者、そこから下方を見下ろした者は? まさにこの点でわたしたちはーーギリシア人ではないのか? ものの形の、音調の、言葉の崇め人ではないのか? まさにこのゆえにーー芸術家なのではないか。(ニーチェ KSA 3,S.352)

冒頭の文の《女はまだ浅くさえない》とは、女たちの、表面に、皺に、皮膚に踏みとどまる性向・表面的な性向を言っているのではなかろうか。まさに仮象の達人としての女と!
いや、それは買いかぶりすぎであろうか。

だがーー。

《女は、見せかけに関して、とても偉大な自由をもっている![la femme a une très grande liberté à l'endroit du semblant !] 》(ラカン、セミネール18)

どんなにポジティブな決定をしてみても、女性というのはひとつの本質だ、女性は「彼女自身だ」と定義してみても、結局のところ、女性が演技しているもの、女性が「他者にとって」どういう役割をもっているかという問題に引き戻されてしまう。なぜなら、「女性が男性以上の主体となるのは、まさに女性が本来の仮装の特徴を帯びているときだけ、女性の特徴が、すべて人工的に「装われている」ときだけだからである」。(エリザベス・ライト『ラカンとポストフェミニズム』)

ーーもちろん解剖学的女性がすべて女だとは限らない。逆に、解剖学的男性のなかにも女はいることを断っておかなければならない。

ところで冒頭のニーチェの文には、ラカンだけでなく、後期ウィトゲンシュタインがいるのをお気づきであろうか?

ラカンは「性別化の定式」において、性差を構成する非一貫性を詳述化した。そこでは、男性側は普遍的機能とその構成的例外によって定義され、女性側は「非全体」 (pas‐tout) のパラドクスによって定義される(例外はない。そしてまさにその理由で、集合は非全体であり全体化されない)。

思い起こそう、ウィトゲンシュタインにおける「言葉で言い表せないもの」の変遷する地位を。前期から後期ウィトゲンシュタインへの移行は、全体(構成的例外を基盤とした普遍的「全て」の秩序)から、非全体(例外なしの秩序、そしてそれゆえに非普遍的・非全体的)への移行である。

すなわち、『論理哲学論考 Tractatus』の前期ウィトゲンシュタインにおいては、世界は、「諸事実」の自閉的 self‐enclosed、限界・境界づけられた「全体」として把握される。まさにそれ自体として「例外」を想定している。つまり、世界の限界として機能する神秘的な「語りえぬもの」としての「例外」の想定。

逆に、後期ウィトゲンシュタインにおいては、「語りえぬもの」の問題系は消滅する。しかしながら、まさにその理由で、世界はもはや言語の普遍的条件によって統整された「全体」として把握されない。残存しているものはことごとく、部分領域のあいだの水平的連携である。普遍的特徴の集合によって定義されたシステムとしての言語概念は、分散した実践の多様性としての言語概念に置き換えられる。つまり、「家族的類似性」によってゆるやかに相互につながった多様性としての言語概念に。(ジジェク、LESS THAN NOTHING,2012、私訳)

例外の論理/非全体の論理とは、男性の論理/女性の論理のことである。《部分領域のあいだの水平的連携》、ネットワークあるいは差異の論理であるところの女性の論理(家族的類似性・非一貫性の論理)は、深さをしらない。もちろん浅瀬に乗りあげることはなく、浅くさえない・・・

だが、それならなぜ、我々は「女を深い」と考えるのだろう?

「見せかけ」の機能は《無を覆う》ことだとジャック=アラン・ミレールは言っている[Nous appelons semblant ce qui a fonction de voiler le rien](J.A. Miller, "Des semblants dans la relation entre les sexes", 1997)。

ここで言われている「見せかけsemblant」とは、ヴェールの機能である。さらに、このヴェールに注意を誘引する機能だ。ミレールは続けて言っている、《「見せかけ」のこの二重の側面のために、ヴェールはファルス化され、とくに身体がファルス化する》、と。

こうして無を覆うことにより、深さの錯覚が生まれうる。

仮面の下には何もなく、それをヴェールで覆うこと自体が、逆に深さや神秘の感覚を生む場合があるーー。

自分はこの時始めて女というものをまだ研究していない事に気がついた。嫂はどこからどう押しても押しようのない女であった。こっちが積極的に進むとまるで暖簾のように抵抗がなかった。仕方なしにこっちが引き込むと、突然変なところへ強い力を見せた。その力の中にはとても寄りつけそうにない恐ろしいものもあった。またはこれなら相手にできるから進もうかと思って、まだ進みかねている中に、ふっと消えてしまうのもあった。自分は彼女と話している間始終彼女から翻弄されつつあるような心持がした。不思議な事に、その翻弄される心持が、自分に取って不愉快であるべきはずだのに、かえって愉快でならなかった。(夏目漱石『行人』)

ところで、〈あなた〉は青大将に身体を絡まれたことがおありであろうか・・・

《自分の下には嫂が横になっていた。自分は暗い中を走る汽車の響のうちに自分の下にいる嫂をどうしても忘れる事ができなかった。彼女の事を考えると愉快であった。同時に不愉快であった。何だか柔かい青大将に身体を絡まれるような心持もした。》

感情に強調が置かれる女に対して、ロゴスを代表するのが男ではない。むしろ、男にとって、全ての現実の首尾一貫・統一した普遍的原則としてのロゴスは、ある神秘的な言葉で言い表されない X (「それについて語るべきでない何かがある」)の構成的例外に依拠している。他方、女の場合、どんな例外もない、「全てを語ることができる」。そしてまさにこの理由で、ロゴスの普遍性は、非一貫的・非統一的・分散的、すなわち「非全体 pas-tout」になる。

あるいは、象徴的な肩書きの想定にかんして、男は彼の肩書きと完全に同一化する傾向にある。それに全てを賭ける(彼の「大義 Cause」のために死ぬ)。しかしながら、彼はたんに肩書き、彼が纏う「社会的仮面」だけではないという神話に依拠している。仮面の下には何かがある、「本当の私」がある、という神話だ。逆に女の場合、どんな揺るぎない・無条件のコミットメントもない。全ては究極的に「仮面」だ。そしてまさにこの理由で、「仮面の下」には何もない。

あるいはさらに、愛にかんして言えば、恋する男は、全てを与える心づもりでいる。愛された人は、絶対的・無条件の「対象」に昇華される。しかし、まさにこの理由で、彼は「彼女」を犠牲にする、公的・職業的「大義」のために。他方、女は、どんな自制や保留もなしに、完全に愛に浸り切る。彼女の存在には、愛に浸透されないどんな局面もない。しかしまさにこの理由で、彼女にとって「愛は非全体」なのだ。それは永遠に、不気味かつ根源的な無関心につき纏われている。(ジジェク、LESS THAN NOTHING,2012、私訳ーー男は私のなかになにを見ているのかしら?

例外の論理は、まさに例外があるために世界は安定化・退屈化する。だが非全体の論理は、《表面に、皺に、皮膚に踏みとどまる》ことゆえに、まさに不気味さや神秘、深淵の感覚をもたらすのではないか。

私は、「永遠の女性」の本質に通じた最初の心理学者なのかもしれない。女という女はわたしを愛するーーいまさらのことではない。もっとも、かたわになった女たち、子供を産む器官を失った例の「解放された女性群」は別だ。 ――幸いにしてわたしには、八つ裂きにされたいという気はない。完全な女は、愛する者を引き裂くのだ ……わたしは、そういう愛らしい狂乱女〔メナーデ〕たちを知っている ……ああ、なんという危険な、足音をたてない、地中にかくれ住む、小さな猛獣だろう! しかも実にかわいい! ……ひとりの小さな女であっても、復讐の一念に駆られると、運命そのものを突き倒しかねない。 ――女は男よりはるかに邪悪である、またはるかに利口だ。女に善意が認められるなら、それはすでに、女としての退化の現われの一つである ……すべての、いわゆる「美しき魂」の所有者には、生理的欠陥がその根底にあるーーこれ以上は言うまい。話が、医学的(半ば露骨)になってしまうから。(ニーチェ『この人を見よ』)

ーーなぜかここでの文脈とはあまり関係がない、ニーチェのフモールあふれる文を挿入してしまったが、この文でなにが言いたいわけでもない。ただし、《女に善意が認められるなら、それはすでに、女としての退化の現われの一つである》くらいは注目しておいてもよい。

とすれば冒頭の『偶像の黄昏』27番の次にはこうあることのを自ずと思い起こすことになる、、《女が男の徳をもっているなら、逃げだすよい。また、男の徳をもっていないなら、女自身が逃げだす》(「箴言と矢」28番)。

ああ、なんという至高の心理学者!


さて、話をもとに戻せば、詩人や芸術家諸君も、深さを生み出すために、《思いきって表面に、皺に、皮膚に、踏みとどまることが必要》ではないだろうか?

(もっとも女は芸術家になる必要など毛頭ない。存在自体が芸術家なのだから。)

というわけでーーなにが「とういうわけ」かは知らぬがーー、芸術家志望の男性諸君!どうだろう、全き表面に生き、あとは、それを効果的に「揺らめかす」技法を身に着けることに専念したら?

身体の中で最もエロティックなのは衣服が口を開けている所ではないだろうか。倒錯(それがテクストの快楽のあり方である)においては、《性感帯》(ずい分耳ざわりな表現だ)はない。精神分析がいっているように、エロティックなのは間歇である。二つの衣服(パンタロンとセーター)、二つの縁(半ば開いた肌着、手袋と袖)の間にちららと見える肌の間歇。誘惑的なのはこのちらちら見えることそれ自体 ce scintillement même qui séduit である。更にいいかえれば、出現ー消滅の演出 la mise en scène d'une apparition-disparition である。(ロラン・バルト『テクストの快楽』)

ーー「ちらちら見えること」と訳されている scintillement も結局、バルトのマナ語の「揺らめかす」の変奏である(参照:揺らめかすvaciller というロラン・バルトの鍵言葉)。

「出現ー消滅の演出」とは、まさにミニスカ芸術家の演出方法でもあるだろう。




一方の手で着物をまくり上げようとし、他方の手で着物を押さえようとするヒステリー患者の発作…(「矛盾する同時性」)。患者は分析中に一方の性的意味から逆の意味の領域へと「隣りの線路の上へそらせるように」たえずそらせようとする。(フロイト『ヒステリー性空想、ならびに両性性に対するその関係』ーーミニスカ症候群と集団ヒステリー)

蛇足ながら、ラカンは1950年代、人間の昇華形式の三様式として、芸術・宗教・科学(ヒステリー・強迫神経症・パラノイア)としている[l'hystérie, de la névrose obsessionnelle et de la paranoïa, de ces trois termes de sublimation : l'art, la religion et la science(S.7)](後年、哲学もパラノイアの仲間入りをさせている)。

これが普遍的に正しいか否かは別にして、ミニスカ芸術家は、どうやらヒステリー的であるのは間違いなさそうである・・・

上の画像の芸術家は、わたくしの好みからすると、やや見えすぎるきらいがあり、わたくしを「油断」させることがいささか少ないのが玉に瑕である。

エリオットは、詩の意味とは、読者の注意をそちらのほうにひきつけ、油断させて、その間に本質的な何ものかが読者の心に滑り込むようにする、そういう働きのものだとしている(参照:生垣の「結び目をほどく」詩人)。




2016年6月29日水曜日

不気味な親密

要するに、私たちのもっとも近くにあるものが、私たちのまったくの外部にある。ここで問題となっていることを示すために「外密 extime」という語を使うべきだろう。(ラカン、セミネールⅩⅥーー防衛と異物 Fremdkörper

…………

・こんな「親しい heimilich」場所を私は今まで見たことがない。(ゲーテ)

・「秘密の heimilich」力なき呪縛を解きうるは、ただ洞察の手あるのみ(ノヴァーリス)

・湖の左手に/牧場は森のなかに 「人眼に触れず heimilich」横たわっている(シラー)

ーーフロイトは100例前後はあるだろうこの類の文例を掲げたあと、次のように記している。

以上の長い引用のうちでわれわれにとってももっとも興味深いのは、heimlichという語が、その意味の幾様ものニュアンスのうちに、その反対語 unheimlich と一致する一つのニュアンスを示していることである。すなわち親しいもの、気持のいいもの des Heimliche が、気味の悪いもの、秘密のものdes Unheimliche となることがそれである。(フロイト『不気味なもの』1919)

「故郷の、故郷のような思いをさせる、自宅での、家内での」の意からさらに「人の眼に触れない、人の眼から隠されている」の概念が発生し、多様な関係において展開していった。(グリム辞典)

隠されているはずのもの、秘められているはずのものが表に現れてきた時は、なんでも「不気味なunheimilich」と呼ばれる。(シェリング)

『ツェック』の家の人はみんな heimlichだ」
Heimlich?彼らのいうheimlichとはどんな意味であろうか?
「そうだな……私にはあそこの人たちは、埋められた泉か、それとも干上がった池みたいな気がする。この泉か池に行くたんびに、いつかはもういちど水が出てくるだろう、という気にならずにはいらない」
しかし、われわれならそれをunheimlich(気味が悪い)といいます。ところがあなたはそれをheimlichというんですね。じゃ、いったいあなたはどういう点でこの家族が何か隠されたもの、信頼できないものをもっているとお思いなんですか?(グツコー)

≪不気味なものは実際にはなんら新しいものでもなく、見も知らぬものでもなく、心的生活にとって昔から親しい何ものかであって、ただ抑圧の過程によって疎遠にされたものである。≫(フロイト『不気味なもの』)

ーーここでの「抑圧」という用語は「防衛」ーー場合によっては原抑圧ーーと読みたいところである。

不安の問題についての議論に関連して、私は一つの概念――もっと遠慮していうと一つの術語――をふたたび採用した。この概念は、三十年前に私の研究の初めにもっぱら使用したが(『防衛―神経精神病』1894)、その後はすてておいたものである。私は防衛過程のことをいっているのである。そのうちに私はこの防衛過程という概念のかわりに、抑圧という概念をおきかえたのだが、この両者の関係ははっきりしない。現在私はこの防衛という古い概念をまた使用しなおすことが、たしかに利益をもたらすと考える。(……)

より一般的な「防衛」の傾向を「抑圧」から区別するのが適切である。抑圧は防衛に役立つ一つのメカニズムにすぎない(フロイト『制止、症状、不安』1926)

…………

ところで、heimilich = unheimlich とラカンの外密 Extimitéとどう違うんだろうか?

Extimité(外密)は親密の反対ではない。外密は、親密な〈他〉である。異物(フロイトのFremdkörper)、寄生物のようなものである(ミレール、参照

ラカン自身は、セミネールⅩⅥにて、フロイトのモノ das Ding と 隣人Nebenmenschtとを extimeに関連づけてはいる。

隣人が extime なら、フロイトが「不気味なもの」で関連づけた分身 Doppelgänger とどう違うのだろう?

ネット上を英文で探してみたかぎりでは、これといった指摘は見当たらない。当然すぎるからか?

分身とは、究極的には、「欲望の主体」としての自らのExtimitéである「欲動の主体」のことではないだろうか。≪欲望の主体は、欲動の主体のなかの己自身を認知しない。欲動の主体は、「彼の外部」にある。≫(ヴェルハーゲ、1998ーー享楽に対する防衛)

たとえば、漱石の遺作『明暗』の分身の話はそう読めないでもない。

以下、以前要約した文を掲げておこう(「それ自身の影を纏う」刻限(ジュパンチッチ=ニーチェ)

…………

田は到宿当夜、――翌朝、療養中のかつての女清子に果物籠を届けることになっているーーひと風呂浴びたあと自分の部屋に戻ろうとして、建て増しのために錯綜としている温泉宿の廊下に迷ってしまう。

広い宿は深閑としており部屋の在り処を尋ねる女中も見当たらない。行き当たりばったりに、ふと筋違いの階子段を二、三段あがると、《洗面台の白い金盥が四つほど並んでいる中へ、ニッケルの栓の口から流れる山水だか清水だか、絶えずざあざあ落ち》ているのに、眼が、軀が、吸い込まれていく。

《縁を溢れる水晶のような薄い水の幕の綺麗に滑って行く様が鮮やかに眺められた。金盥の中の水は後から押されるのと、上から打たれるのと両方で、静かなうちに微細な震盪を感ずるものの如くに揺れた。》

津田はその水の渦巻に魅入られる。《ただ彼の眼の前にある水だけが動いた。渦らしい形を描いた。そうしてその渦は伸びたり縮んだりした。》大きな鏡があって、「自分の影像」が映る。《これが自分だと認定する前に、これは自分の幽霊だという気が先ず彼の心を襲った。》(『明暗』第百七十五章)――こうやって、彼自身のなかにあって彼以上のもの(対象a)、彼の分身、ドッペルゲンガーに出会う。

…………

ところで、分身についてジジェクは次のように記している。

分身 Doppelgänger との不気味uncanny な遭遇において、我々の眼差しを回避するものは、常に分身の目である。分身は奇妙にも斜めから観察している。我々の目のなかにまっすぐ見詰めることによって、我々の眼差しを返すことはけっしてない。分身がそうした瞬間、我々の生は終わるだろう。

ラカンは指摘している、我々の「現実の経験」の一貫性は、現実から対象a を締め出すことにのみ依拠している、と。我々が正常な「現実へのアクセス」をするためには、何かが締め出されなければならない。「原抑圧」されていなければならない。精神病においては、この締め出しはなされていない。対象(この場合、眼差し、あるいは声)は現実のなかに含まれる。この結果は、我々の「現実の感覚」の崩壊、「現実の喪失」である。

注)この対象が、原初の幻想的対象(ラカンの幻想の式:$‐a を見よ)である限りで、同じ要点を別の言い方で指摘することができる。すなわち、我々の「現実の感覚」は、現実が我々の根本幻想にあまりに近くまで接近したとき、崩壊する、と。

我々は、ここでのパラドックスを逃さないように注意深くなけれなならない。いつ、正確に、「現実の喪失」が起こるのか? 人が思い描くようにではないのだ。「言葉」と「物」を分離する深淵があまりに懸け離れてしまって、「現実」がもはや、我々の象徴的「前-理解」の枠組み、あるいは地平に合致しなくなったせいではない。

そうではなく、反対に、「現実」が「言葉」にあまりもぴったりと合致したとき、我々の言葉の内容が、過剰に「文字通り」の仕方で実現されたとき、「現実の喪失」が起こる。

フロイトの不可思議な反応を思い起こすだけで充分だろう。アクロポリスについて長年の幻想をした後、彼は初めてそこに訪れる。フロイトはひどく驚かされる。青年時代以降、読んできたことが、実際に存在し、書物に叙述されていたのと全く同じ仕方で見ることができるという事実に。彼の最初の反応は「現実の喪失」の圧倒的な感覚だった、ーー「いや、これは本当ではない…」(ZIZEK,LESS THAN NOTHING,2012,私訳)

≪我々の「現実の感覚」は、現実が我々の根本幻想にあまりに近くまで接近したとき、崩壊する≫とジジェクは言っているが、長いあいだ「幻想」した女性の性器に最初に遭遇した少年ーーあのときの感覚は、「いや、これは本当ではない…」という「現実の喪失」だったろうか・・・ひどく豊かな腰回りと太腿、そして濃密な陰毛をもった少女だったが、眩暈がしたのはたしかだった・・・





ーーこの荒木経惟の写真はわたくしにはどうもいけない・・・わたくしにはひどく「外密 extime」だ・・・母方の祖父の家の座敷を思い起こすということもある・・・

神経症者が、女の性器はどうもなにか君が悪いということがよくある。しかしこの女の性器という気味の悪いものは、誰しもが一度は、そして最初はそこにいたことのある場所への、人の子の故郷への入口である。冗談にも「恋愛とは郷愁だ」という。もし夢の中で「これは自分の知っている場所だ、昔一度ここにいたことがある」と思うような場所とか風景などがあったならば、それはかならず女の性器、あるいは母胎であると見ていい。したがって不気味なものとはこの場合においてもまた、かつて親しかったもの、昔なじみのものなのである。しかしこの言葉(unhemlich)の前綴unは抑圧の刻印である。(フロイト『不気味なもの』)

…………

柄谷行人の「不気味なもの」の捉え方は、最初に読んだときから異和を感じたし、今もそうだ。

ウィトゲンシュタインは私的言語あるいは独我論に対して、社会的な言語の先行性を主張したといわれる。だが、そのようにいうことは、彼の「懐疑」をほとんど無効にしてしまうだろう。彼が否定したのは、「証明」というかたちをとる共同主観性あるいは対話それ自体の独我論性なのだ。私は、ここで、独我論とは、自分一人しかいないという思考ではなく、自分にあてはまることが万人にあてはまるという考えのことであるといおう。なぜなら、後者においては、結局他者は自己の中に内面化されてしまうのだから。同時に、私は、対話とは、規則を共有しない他者との対話、あるいは非対称的な関係にとどまるような対話であると定義したい。そして、他者とはそのような者である、と。といっても、他者は、人類学者がいうような異者(不気味なもの)ではない。フロイトがいったように、「不気味なもの( unheimlich)」とは本来「親密なもの( heimlich)」である。つまり、自己投射にほかならない。また、われわれがいう他者は絶対的な他者ではない。それもまた自己投射にすぎない。われわれが考えるのは、むしろありふれた相対的な他者の他者性である。(柄谷行人『トランスクリティーク』)

そもそも、フロイトの「隣人」とは、ここでいうありふれた「相対的な他者の他者性」であろうし、それをラカンは外密という。「不気味なもの」もそうではないだろうか。

むしろ、以下の文で柄谷行人がいう≪物自体はアンチノミーにおいて見い出されるものであって、そこに何ら神秘的な意味合いはない≫に近いものとしての、フロイトのdas Ding が「不気味なもの」はないだろうか。

『純粋理性批判』を出版した後、カントは、同書における記述の順序に関して、現象と物自体という区分について語るのは、弁証論におけるアンチノミーについて書いてからにすべきだったと述べている。

実際、現象と物自体の区別から始めたことは、彼のいわんとすることを、現象と本質、表層と深層というような、伝統的な思考の枠組みに引き戻す結果を招いてしまった。カント以後に物自体を否定した者は、そのようなレベルで考えているのである。また、ハイデガーのように物自体を擁護した者はそれを存在論的な「深層」として見いだしている。

しかし、物自体はアンチノミーにおいて見い出されるものであって、そこに何ら神秘的な意味合いはない。それは自分の顔のようなものだ。それは疑いもなく存在するが、どうしても像(現象)としてしか見ることができないのである。したがって重要なのは、「強い視差」としてのアンチノミーである。それのみが像(現象)でない何かがあることを開示するのだ。

カントがアンチノミーを提示するのは、必ずしもそう明示したところだけではない。たとえば、彼はデカルトのように「同一的自己」と考えることを、「純粋理性の誤謬真理」と呼んでいる。しかし、実際には、デカルトの「同一的自己はある」というテーゼと、ヒュームの「同一的自己はない」というアンチテーゼがアンチノミーをなすのであり、カントはその解決として「超越論的主観X」をもちだしたのである。(柄谷行人『トランスクリティーク』ーー「言い得ぬもの」はアンチノミーの場にあり、何ら神秘的な意味合いはない


ラカン自身、このdas Ding(la chose) は、≪〈物〉 la Choseは、本質的に、〈他の物〉Autre choseである≫(S.7)と言っている。これ自体アンチノミーである。そしてこのla chose(物)がExtimité(外密)である(S.16)。


2015年9月8日火曜日

もっとも優美な露悪家

賞讃に値する感情をわざと強くおしだすのが、やましい感情を被いかくす唯一の手段であるとはかぎらない、もっと新しい手は、むしろやましさをさらけだす、すくなくともそれをかくしているそぶりを見せないようにすることである、という点については、私はすでにさまざまな人にあたって気づいていた。おまけに、サン=ルーにあって、そんなやましさをさらけだす傾向が強められたのは、失態を演じたりへまをやったりして人に非難されかねないとき、自分でわざとやったのだといってそのことを大っぴらにする、という彼の習慣によるのであった。(プルースト『見出された時』井上究一郎訳)

…………

柄谷行人)夏目漱石が、『三四郎』のなかで、現在の日本人は偽善を嫌うあまりに露悪趣味に向かっている、と言っている。これは今でも当てはまると思う。

むしろ偽善が必要なんです。たしかに、人権なんて言っている連中は偽善に決まっている。ただ、その偽善を徹底すればそれなりの効果をもつわけで、すなわちそれは理念が統整的に働いているということになるでしょう。
浅田彰)善をめざすことをやめた情けない姿をみんなで共有しあって安心する。日本にはそういう露悪趣味的な共同体のつくり方が伝統的にあり、たぶんそれはマス・メディアによって煽られ強力に再構築されていると思います。(……)

日本人はホンネとタテマエの二重構造だと言うけれども、実際のところは二重ではない。タテマエはすぐ捨てられるんだから、ほとんどホンネ一重構造なんです。逆に、世界的には実は二重構造で偽善的にやっている。それが歴史のなかで言葉をもって行動するということでしょう。(『「歴史の終わり」と世紀末の世界』

《かゆい所に手がとゞくとは漱石の知と理のことで、よくもまアこんなことまで一々気がつくものだと思ふばかり》(坂口安吾「デカタン文学論」)

漱石の『三四郎』から引く。

近ごろの青年は我々時代の青年と違って自我の意識が強すぎていけない。我々の書生をしているころには、する事なす事一として他を離れたことはなかった。すべてが、君とか、親とか、国とか、社会とか、みんな他本位であった。それを一口にいうと教育を受けるものがことごとく偽善家であった。その偽善が社会の変化で、とうとう張り通せなくなった結果、漸々自己本位を思想行為の上に輸入すると、今度は我意識が非常に発展しすぎてしまった。昔の偽善家に対して、今は露悪家ばかりの状態にある。
昔は殿様と親父だけが露悪家ですんでいたが、今日では各自同等の権利で露悪家になりたがる。もっとも悪い事でもなんでもない。臭いものの蓋をとれば肥桶で、見事な形式をはぐとたいていは露悪になるのは知れ切っている。形式だけ見事だって面倒なばかりだから、みんな節約して木地だけで用を足している。はなはだ痛快である。天醜|爛漫としている。ところがこの爛漫が度を越すと、露悪家同志がお互いに不便を感じてくる。その不便がだんだん高じて極端に達した時利他主義がまた復活 する。それがまた形式に流れて腐敗するとまた利己主義に帰参する。つまり際限はない。我々はそういうふうにして暮らしてゆくものと思えばさしつかえない。
「君、人から親切にされて愉快ですか」
「ええ、まあ愉快です」
「きっと? ぼくはそうでない、たいへん親切にされて不愉快な事がある」
「どんな場合ですか」
「形式だけは親切にかなっている。しかし親切自身が目的でない場合」

「そんな場合があるでしょうか」
「君、元日におめでとうと言われて、じっさいおめでたい気がしますか」
「そりゃ……」
「しないだろう。それと同じく腹をかかえて笑うだの、ころげかえって笑うだのというやつに、一人だってじっさい笑ってるやつはない。親切もそのとおり。お役目に親切をしてくれるのがある。ぼくが学校で教師をしているようなものでね。実際の目的は衣食にあるんだから、生徒から見たらさだめて不愉快だろう。これに反して与次郎のごときは露悪党の領袖だけに、たびたびぼくに迷惑をかけて、始末におえぬいたずら者だが、悪気がない。可愛らしいところがある。ちょうどアメリカ人の金銭に対して露骨なのと一般だ。それ自身が目的である。それ自身が目的である行為ほど正直なものはなくって、正直ほど厭味のないものはないんだから、万事正直に出られないような我々時代の、こむずかしい教育を受けたものはみんな気障だ」
「うん、まだある。この二十世紀になってから妙なのが流行る。利他本位の内容を利己本位でみたすというむずかしいやり口なんだが、君そんな人に出会ったですか」
「どんなのです」
「ほかの言葉でいうと、偽善を行うに露悪をもってする。まだわからないだろうな。ちと説明し方が悪いようだ。――昔の偽善家はね、なんでも人によく思われたいが先に立つんでしょう。ところがその反対で、人の感触を害するために、わざわざ偽善をやる。横から見ても縦から見ても、相手には偽善としか思われないようにしむけてゆく。相手はむろんいやな心持ちがする。そこで本人の目的は達せられる。偽善を偽善そのままで先方に通用させようとする正直なところが露悪家の特色で、しかも表面上の行為言語はあくまでも善に違いないから、――そら、二位一体というようなことになる。この方法を巧妙に用いる者が近来だいぶふえてきたようだ。きわめて神経の鋭敏になった文明人種が、もっとも優美に露悪家になろうとすると、これがいちばんいい方法になる。血を出さなければ人が殺せないというのはずいぶん野蛮な話だからな君、だんだん流行らなくなる」


…………


前回(「風をみながら絶えず舵を切るほかはない民」)、次ぎの柄谷行人の文を引用した。

ありとあらゆるものを外から導入しながら「外部」をもたない自己充足性、あるいは逆に、きわめてローカルであるのに世界的であると思いこむ誇大妄想的な島国性、さらに事実国際的に容赦なく進出していながらいささかの「侵略」の自意識もない自己欺瞞性(柄谷行人「一九七〇年=昭和四十五年」『終焉をめぐって』所収 p.26)

どこかほかのところで似たようなことを言っていたな、と思案し探してみると、「「露悪」せよと日本文明は言う」に下のメモがあり、上の文にも同時に行き当たった。

ところで「風をみながら絶えず舵を切るほかはない民」の記述は、いささか《もっとも優美に露悪家になろう》とする気味のところがあるのではないか、と「反省」してみるふりをしておく。

人の感触を害するために、わざわざ偽善をやる。横から見ても縦から見ても、相手には偽善としか思われないようにしむけてゆく。相手はむろんいやな心持ちがする。そこで本人の目的は達せられる。

今、《「反省」してみるふりをしておく》と記したのはフロイトの次の話が念頭にあったからだ。

フロイトの『機知』には、真実を言って--「真実のふり」をしてーー、相手を騙そうとする話がある。

あるガリツィア地方の駅で二人のユダヤ人が出会った。「どこへ行くのかね」と一人が尋ねた。「クラカウへ」と答えた。「おいおい、あんたはなんて嘘つきなんだ」と最初の男がいきり立って言う。「クラカウに行くと言って、あんたがレンベルクに行くとわしに思わせたいんだろう。だけどあんたは本当にクラカウに行くとわしは知っている。それなのになぜ嘘をつくんだ?」(フロイト『機知』

ひとは、彼はこういっているから、たぶんこうでないだろう、と憶測することがある。その心理を逆手にとって、真実を言って相手を騙す、騙さないまでも韜晦する。これは、わたくしの「常道」である、おそらく、より洗練された優美な露悪家である〈あなたがた〉と同様に。

…………

※メモ

韓国では、中国の制度=文明が全面的に受け入れられた。科挙や宦官をふくむ文官制が早くから確立されています。しかし、日本では中国の制度=文明を受け入れながら、同時に受け入れを拒んでいる。その奇妙なあり方が文字のあり方としてあらわれているのです。私はそれを、ラカンから学んだ考えで説明しようとしました。結論としていえば、日本人はいわば、「去勢」が不十分である、ということです。象徴界に入りつつ、同時に、想像界、というか、鏡像段階にとどまっている。〔『日本精神分析再考(講演)(2008)』
日本と韓国を比べたときに最も目立つのは、漢字に対する態度の違いです。韓国やベトナムなど中国の周辺諸国は、すべて漢字を受け入れたのですが、現在は全部放棄しています。言語のタイプが異なる(中国語が独立語であるのに、周辺の言語は膠着語である)ので、漢字の使用が難しいからです。しかし、日本には漢字が残っている。のみならず、漢字に由来する二種の表音的文字が使われています。しかも、日本では、三種の文字によって、語の出自を区別しています。たとえば、外国起源の語は漢字またはカタカナで表記される。このようなシステムが千年以上に及んでいるのです。こうした特徴を無視すれば、文学はいうまでもなく、日本のあらゆる諸制度・思考を理解することはできないはずです。というのも、諸制度・思考は、そうしたエクリチュールによって可能だからです。

 丸山真男は、日本ではいかなる外来思想も受けいれられるが、ただ雑居しているだけで、内的な核心に及ぶことがない、と言いました。しかし、それが最も顕著なのは、このような文字使用の形態においてです。漢字やカタカナとして受け入れたものは、所詮外来的であり、だからこそ、何を受け入れても構わないのです。外来的な観念はどんなものであれ、先ず日本語に内面化されるがゆえに、ほとんど抵抗なしに受け入れられる。しかし、それらは、所詮漢字やカタカナとして表記上区別される以上、本質的に内面化されることなく、また、それに対する闘いもなく、たんに外来的なものとして脇に片づけられるわけです。結果として、日本には外来的なものがすべて保存されるということになる。(同上)

2015年6月18日木曜日

新自由主義社会のなかの居心地の悪さ

フロイトが『文化のなかの居心地の悪さ』(1930)で教えてくれたのは、社会と個人のあいだいは緊張の領域があり、個人の欲望は社会によって拘束されるということだ。彼が仕事を始めたのは、19世紀のいわゆるヴィクトリア朝モラルの社会、すなわち全き父権制社会がいまだ華やかかりし時代であり、そこでは伝統的な階級構造と支配的な宗教による「禁止」、あるいは超=強制倫理の支配する時代だった。この社会において「神経症」が生みだされた。精神分析が生れたのは、神経症のせいだとさえ言える。

その後、第一次世界大戦によって、西欧文化の超自我(父権制社会)が揺るがされる。ヴァレリーの「精神の危機」 (1919) とは、実は西欧文化の「父」の危機であった。さらに1968年の学生運動によって象徴的父の決定的な崩壊、1989年にはベルリンの壁の崩壊により、マルクスという父も死んだ(参照:1、「三つの「父の死」」、2、「神の二度めの死」=「マルクスの死」)。

現在は象徴的権威の崩壊により資本の論理のみが渦巻く社会だ。すなわち、《 自由、平等、所有そしてベンサム(Freiheit, Gleiheit,EigentumundBentham)だけである》(マルクス『資本論』)であり、ベンサム主義(経済の論理、効率の論理)、ほとんど非イデオロギーとさえいえる「新自由主義」が席捲する時代である。

それぞれの社会構造は、それぞれの異なった症状を生む。いまでは「神経症」、その代表症状であるヒステリーはーーすくなくとも強度のヒステリーはーーほとんど消えてなくなった。それは超自我社会でなくなったおかげである。

幸にして自然は緩和剤としての歇私的里(ヒステリー)を細君に与えた。発作は都合好く二人の関係が緊張した間際に起った。健三は時々便所へ通う廊下に俯伏になって倒れている細君を抱き起して床の上まで連れて来た。真夜中に雨戸を一枚明けた縁側の端に蹲踞っている彼女を、後から両手で支えて、寝室へ戻って来た経験もあった。 

そんな時に限って、彼女の意識は何時でも朦朧として夢よりも分別がなかった。瞳孔が大きく開いていた。外界はただ幻影のように映るらしかった。 枕辺に坐って彼女の顔を見詰めている健三の眼には何時でも不安が閃めいた。時としては不憫の念が凡てに打ち勝った。彼は能く気の毒な細君の乱れかかった髪に櫛を入れて遣った。汗ばんだ額を濡れ手拭で拭いて遣った。たまには気を確にするために、顔へ霧を吹き掛けたり、口移しに水を飲ませたりした。 発作の今よりも劇しかった昔の様も健三の記憶を刺戟した。 

或時の彼は毎夜細い紐で自分の帯と細君の帯とを繋いで寐た。紐の長さを四尺ほどにして、寐返りが充分出来るように工夫されたこの用意は、細君の抗議なしに幾晩も繰り返された。 或時の彼は細君の鳩尾へ茶碗の糸底を宛がって、力任せに押し付けた。それでも踏ん反り返ろうとする彼女の魔力をこの一点で喰い留めなければならない彼は冷たい油汗を流した。(夏目漱石『道草』)

一神教文化ではない、すなわち超自我の機能が弱かった日本社会(明治以降約半世紀強の天皇制のもとの疑似一神教文化)でさえ、かくの通り。西欧のT・S・エリオットの妻ヴィヴィアン、あるいはエドヴァルド・ムンクの恋人(オスロのワイン商人の美しい娘)などはどんな具合だったか・・・

「さいわいにも」こういった症状は稀になった。だが現在の社会構造においては、また別の異なった症状が生まれている。

現在、フロイトから百年経て、われわれはまったく異なった症状に直面している。恐怖症の構築のかわりに、パニック障害に出会う。転換症状のかわりに、身体化と摂食障害に出会う。アクティングアウトのかわりに、攻撃的な性的エンアクトメント(上演)に出会う、それはしばしば自傷行為と薬物乱用を伴っている。そのうえ、ヒストリゼーション(歴史化)等々はどこかに行ってしまった。個人のライフヒストリーのエラボレーション、そこにこれらの症状の場所や理由、意味を見出すようなものは、見つからないのだ。最後に、治療上の有効な協同関係はやってこない。その代りに、われわれは上の空の、無関心な態度に出会う。それは疑いの目と、通常は陰性転移を伴う。実際、そのような患者を、フロイトは拒絶しただろう。いささか誇張をもって言うなら、好ましく振舞う(行儀のよい)かつての精神神経症の患者はほとんどいなくなってしまった。これが、あなたがたが臨床診療の到るところで見出す現代の確信である。すなわち、われわれは新しい種類の症状、ことに、新しく取扱いが難しい患者に出会うのだ。(Lecture in Dublin, 2008 (EISTEACH) A combination that has to fail: new patients, old therapists Paul Verhaeghe 

以下に引用するポール・ヴェルハーゲの「資本主義と心理学:文化のなかの新しい居心地の悪さにおけるアイディンティティと不安」と題される論においては、この新しい症状を生み出している「社会構造」と闘わなくてよいのか、という問いがベースになっている。

もちろん、かりにこの社会構造を克服して、新しい社会になったとしても、そこにおいてまた別の新しい症状が生まれるという議論もあるだろう。とはいえ、ボール・ヴェルハーゲは、昨年にも一般公衆向けに 「新自由主義はわれわれに最悪のものを齎したNeoliberalism has brought out the worst in us"」Guardian(2014.09.29)という短い記事をガーディアンに書いている。


Capitalism and Psychology Identity and Angst: on Civilisation's New Discontent(Paul Verhaeghe,2012)

どの社会秩序もアイデンティティの発展を決定づけるとともに、そのメンバーの潜在的な不調disordersを決定づける。超-厳格な超自我の圧制下、(フロイトの時代の)ヴィクトリア朝社会は神経症の市民を生みだした。彼らは、集団として、つねに自らの家父長にためにーー他の集団の家父長に対してーー、戦う用意があった。

エンロン社会は、互いに競合する個々の消費者を生みだす。ラカンにとって、ポストモダンの超自我の命令は「享楽せよ!」である。

ヴィクトリア朝時代の病いは、あまりにも多く集団にかかわり、あまりにも少なく享楽にかかわることだった。ポストモダンの個人たちの現代の病いは、あまりにも多く享楽にかかわり、あまりにも少なく集団にかかわることである。

我々は狂ったように自ら享楽しなければならない。いやより正しく表現するなら、狂ったように消費しなければならない。数年前に比べて、享楽の限界は最低限にしなければならない。草叢の蛇(目に見えない敵snake in the grass)は、文字通りあるいは比喩としても、首尾よく捕まえなければならないーーそれは我々の義務であるーー、その捕獲方法は、もちろん絶えまない他者との競争にてである。このようなシステムはトーマス・ホッブズの不安angstを正当化する、すなわち、Homo homini lupus est(人間は人間にとって狼である)。

結果はMark Fisherが印象的に呼んだ「抑鬱的ヘドニア(快楽)depressive hedonia」だ。能力主義システムは、自らを維持するため、急速に特定のキャラクターを特権化し、そうでない者たちを罰し始めている。競争心あふれるキャラクターが必須であるため、個人主義がたちまち猖獗する。融通性がまた高く望まれる。だが、その代償は皮相的で不安定なアイデンティティである。孤独は高価な贅沢となる。その場は一時的な連帯が取って代わる。その主な目的は、負け組からよりも仲間からもっと何かを勝ち取ろうとすることだ。

仲間との強い社会的絆は、実質上締め出され、仕事への感情的コミットメントは殆ど存在しない。疑いなく、会社や組織への忠誠はない。これに関連して、典型的な防衛メカニズムは冷笑主義である。それは己れをコミットすることの失敗あるいは拒否を反映している。個人主義、利益至上主義とオタク文化me-cultureは、擬似風土病のようになっている。…表面の下には、失敗の怖れからより広い社会不安までの恐怖がある。

この精神医学のカテゴリーは最近劇的に増え、薬品産業は莫大な利益をえている。私は、若い人たちのあいだでの自閉症の診断の増大はこの結果だと思う。私の意見では、それは伝統的な自閉症とはほとんど関係がない。そうではなく、社会的孤立の増大の反映、〈他者〉によって引き起こされる脅威からの逃走の反映である。(私訳)


冒頭近くに「エンロン社会」という語彙が出てくるが、それについては、「エンロンEnron社会」を泳がざるをえない「文化のなかの居心地の悪さ」を見よ。

一般には、エンロン事件をめぐるエンロンとは、次ぎのようなものである。

……マッキンゼー出身でエンロン社CEOになったジェフリー・スキリングは「ランク・アンド・ヤンク」方式を実施した。役員から社員までをランク付けしておいて、下位の者をクビにしていくという差別化方式だ。これがピーターの法則から免れるためのベストプラクティスだと思われたのだ。その後、ケネス・レイがCEOになった時期、アーサー・アンダーセンのコンサルが入り込み、結果は知っての通り、エンロンは最悪の社内状況を生み、瓦解した。その後、多くのコンサルティング・ファームでは「アップ・オア・アウト」方式を導入するようになった。「一定の期間に昇進できない者は会社をやめなければならない」というものだ。(コンサルタントはこうして組織をぐちゃぐちゃにする

ヴェルハーゲの文に、《急速に特定のキャラクターを特権化し、そうでない者たちを罰し始めている。競争心あふれるキャラクターが必須であるため、個人主義がたちまち猖獗する。融通性がまた高く望まれる。だが、その代償は皮相的で不安定なアイデンティティである》とあった。

新自由主義における「模範的な」キャラクターとは、たとえばドワンゴの社長川上量生氏のような人物ということになるのか、--彼については何も知らなかった身であるが。

@kadongo38@cracjp 君らと議論してもなんの得もしないじゃん。君らはもともと失うものないし、そっちが一方的に得するだけでしょ?まあ、ずっとネットで言い合ってきたよしみでいっぺんぐらいやってもいいけど、動機が今回とは別の理由だよね。それこそゲンロンカフェとかでいい。

これは何を言っているのか? オレは社会的地位もあり、名声もある。そのオレが君たちのようななにも失うもののない「雑魚」を相手にしてやってるんだよ、--とわたくしは読んでしまう・・・

こういった発言にひどく苛立つのはーーそしてこのツイートを垣間見ている筈の多数の人がたいして苛立つ様子がないらしいのを知るとーー、その苛立ちは、ただわたくしが浮世ばなれしているせいということになるかもしれない(わたくしは1995年に日本を離れている)。


…………

※附記

ヴェルハーゲはホッブスのHomo homini lupus(人間は人間にとって狼である)を引用しているが、もちろんそれはフロイトの『文化のなかの居心地の悪さ』の叙述を想起して書いているはずだ。

人間は、せいぜいのところ他人の攻撃を受けた場合に限って自衛本能が働く、他人の愛に餓えた柔和な動物なのではなく、人間が持って生まれた欲動にはずいぶん多量の攻撃本能も含まれていると言っていいということである。

したがって、われわれにとって隣人は、たんにわれわれの助手や性的対象たりうる存在である ばかりでなく、われわれを誘惑して、自分の攻撃本能を満足させ、相手の労働力をただで利用し、相手を貶め・苦しめ・虐待し・殺害するようにさせる存在でもあるのだ。

「人間は人間にとって狼である」(Homo homini lupus)といわれるが、人生および歴史においてあらゆる経験をしたあとでは、この格言を否定する勇気のある人はまずいないだろう。

通例この残忍な攻撃本能は、挑発されるのを待ちうけているか、あるいは、もっと穏やかな方法でも手に入るような目的を持つある別の意図のために奉仕する。けれども、ふだんは阻止力として働いている反対の心理エネルギーが不在だというような有利な条件に恵まれると、この攻撃本能は、自発的にも表面にあらわれ、自分自身が属する種族の存続する意に介しない野獣としての人間の本性を暴露する。

民族大移動、フン族――ジンギス・カーンおよびティームールにひきいられたモンゴル人――の侵入、信心深い十字軍戦士たちによるエルサレムの征服などに伴って起こった数々の残虐事件を、いや、さらに最近の世界大戦中」の身の毛もよだつ事件までを想起するならば、こういう考え方を正しいとする見方にたいし、一言半句でも抗弁できる人はあるまい。(フロイト『文化への不満』フロイト著作集3 )

父なき時代、象徴的権威の崩壊の時代とは、実に《阻止力として働いている反対の心理エネルギーが不在》の時代のことでもあるだろう。

《阻止力として働いている反対の心理エネルギーが不在だというような有利な条件に恵まれると、この攻撃本能は、自発的にも表面にあらわれ、自分自身が属する種族の存続する意に介しない野獣としての人間の本性を暴露する。》





2015年2月25日水曜日

「それ自身の影を纏う」刻限(ジュパンチッチ=ニーチェ)

アレンカ・ジュパンチッチの2003年に上梓されたニーチェ論は、『The Shortest Shadow 』という名を持っている。今までその書名ぐらいは知っていたが、とくに気にすることもなかった。昨日たまたま、その書への短い批評文を二つほど(肯定的なものとやや批判的なものを)読んでみたが、たいしたことが判ったわけではない。

①”Unearthing Nietzsche's Bomb: Nuance, Explosiveness, Aesthetics”(Paul Kingsbury)
②”Nietzsche, Interrupted A review of Alenka Zupancic, The Shortest Shadow: Nietzsche's Philosophy of the Two”(Steven Michels)

いや、だが、肯定的な方の批評文には、ジュパンチッチが何を強調しようとしているのかは要領よく?ーーいやこういうことは批評の対象の書物を読んでいないものがいうものではないーー書かれている。

Zupančič rewires Nietzsche as follows: first, instead of simply reading Nietzsche as the postmodern big bang igniter of systematizing discourses, Nietzsche is also the “philosopher of the event” whose explosiveness is charged by the intense nuances of stillness, silence, and subtlety. Second, while Nietzsche is frequently praised for pitting multiplicity against the totality of the One, Nietzsche also affirms moments when “One turns to Two”, that is, when totalizing discourses of representation, truth, and subjectivity become internally fractured. (Paul Kingsbury,Unearthing Nietzsche's Bomb: Nuance, Explosiveness, Aesthetics)

おそらく通説となっている「超人」やら「価値の転換」、「権力への意志」やらをるのではなくーーこれはわたくしの推測であるーー、ニーチェは「出来事哲学者philosopher of the event」とされ、それは静けさ、沈黙、繊細さの密度あるニュアンスによって齎されることが強調されるとある。かつまたOne turns to Twoともある。これはどういうことなのか。ジュパンチッチの文が引用されているので、英文のまま孫引きしよう。

not the moment when the sun embraces everything, makes all shadows disappear, and constitutes an undivided Unity of the world; it is the moment of the shortest shadow. And what is the shortest shadow of a thing, if not this thing itself? Yet, for Nietzsche this does not mean that the two becomes one, but rather, that the one becomes two. Why? The thing (as one) no longer throws its shadow upon another thing; instead it throws its shadow upon itself, thus becoming, at the same time, the thing and its shadow. When the sun is at its zenith, things are not simply exposed (“naked,” as it were); they are, so to speak, dressed in their own shadows. (Zupančič, 2003, 27; emphasis in original)

ニーチェは、「正午」の哲学者なのである。その静けさに満たされた「正午」は、「最も短い影The Shortest Shadow」 の刻限である。すべての影は消え去る。そのとき二つのものが一つになるのではなく、一つのものが二つになる。事物は「それ自身の影を纏うdressed in their own shadows」。

なんとも「美しい」表現ではないか。しかも、ニーチェの核心にあのツァラトゥストラの「正午」を見るとは。

つつしむがいい。
熱い正午が野いちめんを覆って眠っている。
歌うな。静かに。世界は完全なのだ。

歌うな。草のあいだを飛ぶ虫よ。
おお、わたしの魂よ。囁きさえもらすな。
見るがいいーー静かに。
老いた正午が眠っている。
いまかれは口を動かす。
幸福の一滴を飲んだところではないか。――

ーー「正午」はまだ続くが、それは「神々しいトカゲ」を見よ。

正午とは神々しいトカゲの刻限でもある。

軽やかな音もなく走りすぎていくものたち、わたしが神々しいトカゲと名づけている瞬間を、ちょっとのま釘づけにするという、けっして容易ではない技術(ニーチェ『この人を見よ』手塚富雄訳)
……この真っ昼間、……
トカゲも壁の割れ目にもぐり、
墓守ヒバリも見えない時刻なのに。
……
実もたわわなスモモの枝が
地面に向かってしなだれる。

――テオクリトス『牧歌(Idyllia)』第7歌(古澤ゆう子訳)

だが、そんなことはとっくの昔からわかっているだろう、 ニーチェの真の読者なら。わかっていないのは、「学者」たちだけである。ーーと書けば、わたくしがニーチェの真の読者である、などと不遜な主張をしているかに受け取られるかもしれないが、まあそれはこの際許してもらうことにする。

正午とは、母なる無時間的な刻限なのであり、、ジョイスの「父なる時間、母なる空間(あるいは種)」Father's time, mother's species(クリスティヴァ引用によるが原出典不詳)における「母なる空間」である。

「父なる時間/母なる空間」とは、「クロノス的(物理的)/カイロス的(人間的)」でもあるだろう。

狩猟採集民の時間が強烈に現在中心的・カイロス的(人間的)であるとすれば、農耕民とともに過去から未来へと時間は流れはじめ、クロノス的(物理的)時間が成立した。(中井久夫『分裂病と人類』)

もちろんカイロス的刻限は、ディオニュソスの秘戯によっても齎される刻限である。

ディオニュソス的密儀のうちで、ディオニュソス的状態の心裡のうちではじめて、古代ギリシア的本能の根本事実はーーその「生への意志」は、おのれをつつまず語るからである。何を古代ギリシア人はこれらの密儀でもっておのれに保証したのであろうか? 永遠の生であり、生の永遠回帰である。過去において約束され清められた未来である。死と転変を越えた生への勝ちほこれる肯定である。生殖による、性の密儀による総体的永世としての真の生である。このゆえにギリシア人にとっては性的象徴は畏敬すべき象徴自体であり、全古代的敬虔心内での本来的な深遠さであった。生殖、受胎、出産のいとなみにおける一切の個々のものが、最も崇高で最も厳粛な感情を呼びおこした。(ニーチェ「私が古人に負うところのもの」『偶像の黄昏』原佑訳)

ここで唐突に文脈からいささか外れて?「カイロス」という語に導かれてロラン・バルトの写真論の文章を掲げる。




……見えない場の存在(力学)こそ、ポルノ写真からエロティックな写真を区別するところのものである、と私は思う。ポルノ写真は一般にセックスを写し、それを動かない対象(フェティッシュ)に変え、壁龕から外に出てこない神像のようにそれを崇拝する。私にとっては、ポルノ写真の映像にプンクトゥムはない。その映像は、せいぜい私を楽しませるだけである(しかもすぐに倦きがくる)。これに反して、エロティックな写真は、セックスを中心的な対象としない(これがまさにエロティックな写真の条件である)。セックスを示さずにいることも大いにありうる。エロティックな写真は観客をフレームの外へ連れ出す。だからこそ、私はそうした写真を活気づけ、そうした写真が私を活気づける。プンクトゥムは、そのとき、微妙な一種の場外となり、映像は、それが示しているものの彼方に、欲望を向かわせるかのようになる。といっても、ただ単にその裸体の《他の部分》に向かわせるということではない。ただ単に、ある行為をおこなう幻想に向かわせるということではない。魂と肉体を兼ねそなえた一個の存在の絶対的な素晴らしさに向かわせるのである。腕を伸ばして明るく微笑んでいるこの青年の場合、その美しさは決して型にはまったものではなく、彼の身体はフレームの一方に極端に片寄って、半ば外にとび出してしまっているが、しかし軽快な一種のエロティシズムを体現している。この写真は、重苦しい欲望、ポルノ写真の欲望と、軽やかな欲望、快い欲望、エロティシズムの欲動とを区別するようにうながす。要するに、これはおそらく《シャッター・チャンス》の問題なのであろう。写真家は、青年(メイプルソープ自身だと思う)の腕がうまいぐあいに広げられ、実に屈託のない形になった瞬間を固定した。あと数ミリの過不足があっても、青年の推測される肉体はもはや好意をこめて提供されることはなかったろう(ポルノ写真の肉体は濃密で、自己をみせびらかすが、しかしそれを与えはしない。そこには少しも寛容さがない)。「写真家」は欲望の好機を、カイロスをとらえたのである。(ロラン・バルト『明るい部屋』「見えない場」より P70-71)

わたくしはここあるカイロスをとらえる仕方、あるいはブンクトゥムをとらえる仕方を、享楽をとらえる仕方と読む。もちろんそれは「神々しいトカゲ」をとらえることとしてもよいし、あるいは対象aをとらえる仕方としてもよいかもしれないが、それは後述する。ここではただ《欲望が享楽に向かって進もうとするときはいつでも、それはトカゲの尻尾のように落ちる[ca tombe]》(ラカン=ミレール)とだけしておく。

プンクトゥムと享楽の関係については「ベルト付きの靴と首飾り (ロラン・バルト)」を見よ。そしてカイロス的時間にまったく不感症であるらしい巷間の「知識人」なる種族への嘲弄は、「写真の本質の飼い馴らし、あるいは白痴が微笑む世界」で書いた。


ところで、Paul Kingsburyの書評には、次の文がある。

Nietzsche's beautiful notion of “doves' feet” (Taubenfüssen) suggests that many of the world's events are guided by the silent realms of thought. The German word “Taube” also refers to a deaf person.

すなわち「最も静かな時刻」も、ニーチェの核心であり、それは「鳩の足」とともに訪れる。

嵐をもたらすものは、もっとも静寂なことばだ。鳩の足で歩んでくる思想が、世界を左右するのだ。(『ツァラトゥストラ』第二部 「最も静かな時刻」 手塚富雄訳)

真の詩人たちは、とっくの昔からわかっている(参照:逃げ水と海へ向かう道)。だが「詩人」ではなさそうな印象を受けていたジュパンチッチから出てきたたことが、わたくしには尊い。


(スロベニア「ラカン派哲学者」三人組)

この写真だけみると「詩人」的な繊細さを醸しだしていないでもないが、次の文章の印象が強すぎた。おそらく下品さの臭気を意図して?振り撒くジジェクの「悪影響」というものなのだろう。すなわち、《私の深い不信は、ハイデガーのようなパセティックなスタイルだ。私には物事を俗化させたい純然たる強迫がある。その俗化とは、物事を単純化するという意味ではなく、<物>へのパセティックな同一化を崩壊させたいという意味である。だから私は、最も高級な理論から、最も低劣な事例に、唐突に飛ぶのを好むのだ。》(『ジジェク自身によるジジェク』私訳

結局、「お前の妹(姉さん、母さん)、すぐにやらせてくれるって話じゃないか」などといった罵り文句は、「〈女性〉は存在しない」という事実、ラカンの言葉を借りれば、彼女が「完全ではない」、「完全に彼のものではない」という事実を、下世話な言葉で表現したものである。「女性は非-全体である」という命題は、女性ではなく男性にとって耐えがたい。それは、男性の存在の内、象徴界における女性の役割の内に注ぎ込まれた部分を脅かすのである。この種の中傷に対する男性の極端な、全く法外な反応――殺人を含む――を見てもいいだろう。これらの反応は、男性は女性を「所有物」だと見なしている、という通常の説明で片づけられるものではない。この中傷によって傷つけられるのは、男性がもっているものではなく、彼らの存在、彼らそのものである。関連する命題をもうひとつ紹介して、ドン・ジュアンに返ろう。「〈女性〉は存在しない」という命題を受け入れるなら、スラヴォイ・ジジェクが言うように、男性の定義は次のようなものになる――男性とは「自分が存在すると信じている女性である」。( アレンカ・ジュパンチッチ『リアルの倫理―カントとラカン』冨樫剛訳)

1949生まれのジジェクが脳溢血でくたばっても、1966年生まれのより繊細なラカン派ジュパンチッチはまだ長らく活躍してくれるだろうから、そろそろ馬を乗り換えてもよい時期かもしれない。ただし、「真の詩人」の宿命として、政治的な言動はやや欠けざるをえないだろう。

私ともあろう者がこの著者に先を越されるとは! こんなヤツは、本なんか書く前にさっさとくたばってしまえばよかったのだ! アレンカ・ジュパンチッチ『リアルの倫理』の序文(ジジェク)

…………

鳩歩む この静かな屋根は
松と墓の間(ま)に脈打って
真昼の海は正に焔。
海、常にあらたまる海!
一筋の思ひの後のこの報ひ、
神々の静けさへの長い眺め

(ヴァレリー『海辺の墓地』中井久夫訳)

坂を上つて行く 女の旅人
突然後を向き
なめらかな舌を出した正午

(西脇順三郎『鹿門』より)

不安がもだえそうに淡い炎がゆだっている
道端の青い小さな花を煮る六月十日は、
(ひそひそと話をしている)
(柑子の木のあたり、雨に濡れそぼって、ふたりで、小声で)
(おおそのうえ古語で、)
(聞き取れない話をしている。雨の庭の古い濡れた柑子の木のあたりで)
((ちがうよ、あれは鳩だよ))
(人の様な、くぐもってずっと話している。何十羽もいる。)
何十羽も鳩がいる。茂みのなかで鳴いている。
遠く潰れた緑のうえに、
誰かの面影が、こんもりと盛られて、動かないでいる。
今は時々きらっと反射して、
もうすぐ隠れて
見えなくなる。
暁方ミセイ「極楽寺、カスタネアの芳香来る」より)

ニーチェも正午を探していると言っていた。垂直に光が差す。影の消える刻限。一瞬だけ原型さえもが見えなくなる。夜は思い出でさえなくなり、昨日のなかへ遠ざかり、消滅する。樹々の影も一瞬消え失せ、キリコの絵のなかの街路も、また別の日常の神秘に覆われることになる。見回しても、輪遊びしている少女もいない。ありえない蒸発、停止。諸々の生の停滞、とランボーがうんざりして言ったのはこのことではない。そうではなく、ただひとつの停止。あっという間のことである。一瞬だけ感情も来歴も何もかもが外に追い出される。お払い箱なのだ。(鈴木創士「正午を探す街角」ーー見出された「権力への意志」=「死の欲動」より)

おわかりだろうか? こういったことに不感症になのが「学者」という種族の特徴である。とはいえ、わたくしはどちらかというと遠慮深いほうなので、鉤括弧をつけているが、出来事の哲学者は鉤括弧さえつけない。

学者というものは、精神上の中流階級に属している以上、真の“偉大な”問題や疑問符を直視するのにはまるで向いていないということは、階級序列の法則から言って当然の帰結である。加えて、彼らの気概、また彼らの眼光は、とうていそこには及ばない。(ニーチェ『悦ばしき知識』)

もちろんプルーストも大江健三郎も「詩人」である。

ふだんはけっしてつかむことができないものーーきらりとひらめく一瞬の持続、純粋状態にあるわずかな時間――を、獲得し、孤立させ、不動化することをゆる(す)(プルースト「見出された時」ーー見出された「権力への意志」=「死の欲動」

プルーストの、この時間が垂直的に立ち上がる静けさの刻限、あのカイロス的刻限が、どうして大江健三郎の「一瞬よりいくらか長く続く間」でないことがあろう。

――……この一瞬よりはいくらか長く続く間、という言葉に私が出会ったのはね、ハイスクールの前でバスを降りて、大きい舗道を渡って山側へ行く、その信号を待つ間で…… 向こう側のバス・ストップの脇にシュガー・メイプルの大きい木が一本あったんだよ。その時、バークレイはいろんな種類のメイプルが紅葉してくる季節でさ。シュガー・メイプルの木には、紅葉時期のちがう三種類ほどの葉が混在するものなんだ。真紅といいたいほどの赤いのと、黄色のと、そしてまが明るい緑の葉と…… それらが混り合って、海から吹きあげて来る風にヒラヒラしているのを私は見ていた。そして信号は青になったのに、高校生の私が、はっきり言葉にして、それも日本語で、こう自分にいったんだよ。もう一度、赤から青になるまで待とう、その一瞬よりはいくらか長く続く間、このシュガー・メイプルの茂りを見ていることが大切だと。生まれて初めて感じるような、深ぶかとした気持で、全身に決意をみなぎらせるようにしてそう思ったんだ……

それからは、自分を訓練するようにして、人生のある時々にさ、その一瞬よりはいくらか長く続く間をね、じっくりあじわうようにしてきたと思う。それでも人生を誤まつことはあったけれど、それはまた別の問題でね。このように自分を訓練していると、たびたびではないけれどもね、この一瞬よりはいくらか長く続く間にさ、自分が永遠に近く生きるとして、それをつうじて感じえるだけのことは受けとめた、と思うことがあった。(大江健三郎『燃え上がる緑の木 第一部』ーー「一瞬よりはいくらか長く続く間」より)


大江健三郎でさえも(シツレイ!)、こうやって「正午」を探しているのだ。〈あなたたち〉も探さなければならない。

…………

「それ自身の影を纏うdressed in their own shadows」とは、ジュパンチッチの書を読まないままのわたくしの臆断だが、「ドッペルゲンガーを纏う」とも読みたくなる。それは、フロイトの「異物Fremdkörper」やラカンの「外-密ex-timate」を纏うといしてもいいが、それでは話が長くなるので、「ドッペルゲンガー」に搾る(参照:天動説のままの阿呆鳥、あるいは「死の欲動」)。


ここで夏目漱石が真の「詩人」となった遺作『明暗』末尾近くの驚くべき文章をいくらか要約・引用してみよう。いやその前にこうやって引用してから始めよう。

『猫』は今日読む能わず、『こころ』は読み得るかも知れないが、我々の文学世界に何らの新しい現実を加えていない。新しい現実は、『明暗』のなかにある。私は、『明暗』によって、又『明暗』によってのみ、漱石は不朽であると思う。そして、『明暗』は、漱石の「知性人たる本質」によってではなく、知性人たらざる本質によって、その他のすべての小説が達し得なかった、今日なお新しい現実、人間の情念の変らぬ現実に達し得たと思う。(加藤周一「日本文学の変化と持続」)

…………

津田は到宿当夜、――翌朝、療養中のかつての女清子に果物籠を届けることになっているーーひと風呂浴びたあと自分の部屋に戻ろうとして、建て増しのために錯綜としている温泉宿の廊下に迷ってしまう。広い宿は深閑としており部屋の在り処を尋ねる女中も見当たらない。行き当たりばったりに、ふと筋違いの階子段を二、三段あがると、《洗面台の白い金盥が四つほど並んでいる中へ、ニッケルの栓の口から流れる山水だか清水だか、絶えずざあざあ落ち》ているのに、眼が、が、吸い込まれていく。《縁を溢れる水晶のような薄い水の幕の綺麗に滑って行く様が鮮やかに眺められた。金盥の中の水は後から押されるのと、上から打たれるのと両方で、静かなうちに微細な震盪を感ずるものの如くに揺れた。》津田はその水の渦巻に魅入られる。《ただ彼の眼の前にある水だけが動いた。渦らしい形を描いた。そうしてその渦は伸びたり縮んだりした。》大きな鏡があって、「自分の影像」が映る。《これが自分だと認定する前に、これは自分の幽霊だという気が先ず彼の心を襲った。》(『明暗』第百七十五章)――こうやって、彼自身のなかにあって彼以上のもの(対象a)、彼の分身、ドッペルゲンガーに出会う。

ここで津田は、「自分の中にある自分以外のもの」 , 「私」である手の出せない/思いもよらない対象」、すなわち対象aに出会っているのだ。「鏡に対する結果としてはこの自信(眼鼻立の整った「顔の肌理も男としてはもったいないくらい濃か」な好男子)を確かめる場合ばかりが彼の記憶に残っていた」その姿ではなく、「いつもと違った不満足な印象が鏡の中に現われた」。

ジュパンチッチは、「鳩の足」の刻限に、二つのものが一つになるのではなく、一つのものが二つになるとしている。それと同様に、「自己」=一つのものでしかなかった津田は、自己と「自分の影像」=斜線を引かれた主体$の二つのものになる動きに襲われたのではないか。このことが「それ自身の影を纏うdressed in their own shadows」なのではないか。そして自分の影を纏うとは、この対象aを纏う、ドッペルゲンガーを纏うことではないか。もっともジュパンチッチの次ぎの文章をそう読むのは牽強付会にすぎるという見解はあるだろう。


The thing (as one) no longer throws its shadow upon another thing; instead it throws its shadow upon itself, thus becoming, at the same time, the thing and its shadow.

いずれにせよ、『明暗』には、あの第175章(あるいはそれに引き続くいくつかの章)に、津田が襲われた「最も静かな時刻」がある。「それ自身の影を纏う」刻限はなにも「正午」だけでなくてもよい。

きのうの夕方ごろ、わたしの最も静かな時刻がわたしに語ったのだ。つまりこれがわたしの恐ろしい女主人の名だ。(……)

君たちは、眠りに落ちようとしている者を襲う驚愕を知っているか。――

足の指の先までかれは驚愕する。自分の身の下の大地が沈み、夢がはじまるのだ。

このことをわたしは君たちに比喩として言うのだ。きのう、最も静かな時刻に、わたしの足もとの地が沈んだ。夢がはじまった。

針が時を刻んで動いた。わたしの生の時計が息をした。――いままでこのような静寂にとりかこまれたことはない。それゆえわたしの心臓は驚愕したのだ。

そのとき、声なくしてわたしに語るものがあった。「おまえはそれを知っているではないか、ツァラトゥストラよ」――

このささやきを聞いたとき、わたしは驚愕の叫び声をあげた。顔からは血が引いた。しかしわたしは黙ったままだった。

と、重ねて、声なくして語られることばをわたしは聞いた。「おまえはそれを知っているではないか、ツァラトゥストラよ。しかしおまえはそれを語らない」――

と、ふたたび声なくしてわたしに語られることばがあった、「欲しないというのか、ツァラトゥストラよ。そのことも真実か。反抗のなかに身をかくしてはならない」――

そのことばを聞いて、わたしは幼子のように泣き、身をふるわした。そして言った。「ああ、わたしはたしかにそれを言おうとした。しかし、どうしてわたしにそれができよう。そのことだけは許してくれ。それはわたしの力を超えたことなのだ」
と、ふたたび声なくしてわたしに語られることばがあった。「おまえの一身が問題なのではない、ツァラトゥストラよ。おまえのことばを語れ、そして砕けよ」――
(……)
と、ふたたびささやくようにわたしに語りかけるものがあった。「嵐をもたらすものは、もっとも静寂なことばだ。鳩の足で歩んでくる思想が、世界を左右するのだ。

おお、ツァラトゥストラよ、おまえは、来たらざるをえない者の影として歩まねばならぬ。それゆえおまえは命令しなければならぬ。命令しながら先駆しなければならぬ」――

わたしは答えた。「わたしは羞恥を感ずる」と。

と、ふたたび声のない声はわたしにむかって語りかけた。「おまえはこれから幼子になり、そして羞恥の思いを放棄しなければならない。

青年期の誇らしさがまたおまえを離れない。おまえは青年になることがおそかったのだ。しかし幼子になろうとする者は、おのれの青年期をも乗り超えなければならぬ」――(『ツァラトゥストラ』第二部 「最も静かな時刻」 手塚富雄訳)

ここには《きのうの夕方ごろ、わたしの最も静かな時刻がわたしに語ったのだ。つまりこれがわたしの恐ろしい女主人の名だ》とある。あるいは、《彼女の名(女主人の名)をわたしは君たちに言ったことがあるだろうか》ともある。

わたしのほかに誰が知ろう、アリアドネが何であるかを!……これらすべての謎は、いままでだれ一人解いた者がなかった。そこに謎があることに気がついた者さえいるかどうか疑わしい。(ニーチェ『この人を見よ』手塚富雄訳

ニーチェの遺稿には、《迷路の人間は、決して真実を求めず、ただおのれを導いてくれるアリアドネを求めるのみ。》(ニーチェ 遺稿)とある。

賢くあれ、アリアドネ!……そなたは小さき耳をもつ、そなたはわが耳をもつ。(ニーチェ『ディオニュソスーディテュランボス』(Dionysos-Dithyrambus)第七歌「アリアドネの嘆き」(Klage der Ariadne)より

こうやって並べて、わたくしが何をいいたいのかを書くのは、蛇足というものだろう(参照:「ニーチェとフロイトの「エスEs」)。


…………

※附記1

二重自我のモティーフは、オットー・ランクの同名の研究論文で、きわめて詳細に論及されている。第二の自我の、鏡にうつる像、影の像、守護神、生霊説、死の恐怖などにたいする諸関係がここに研究されているが、このモティーフの驚くべき発展史もまたここに明らかにされている。というのは、ドッペルゲンゲル(二重自我)とは、そもそも自我の消滅にたいする保障、ランクの言葉によれば、「死の偉力を断固として否定すること」であったのである。どうやらあの「不死」の魂こそは、肉体の最初のドッペルゲンゲルであったらしいのである。死滅にたいして防御するための、そのような換え玉作製は、性器象徴の倍加、あるいは複数化によって去勢を表現したがる夢言葉の描写のうちにその対応物ともいうべきものをもっている。これこそ古代エジプト文化において、死者の像を永続する素材のうちに形どっておく技術の原動力となったものである。しかしこれらの諸表象は、原始人や子供の精神生活を支配している無限のナルシシズム、原始的ナルシシズムの基盤の上に生じきたったものであって、この段階を克服すると、ドッペルゲンゲルの形にも変化が起こって、かつては永生の保証であったものが、今は無気味な死の前触れとなるのである。

ドッペルゲンゲルという表象はこの原始的ナルシシズムとともに没落することを要しない。なぜならこの表象は、自我のその後の発展段階から新しい内容を獲得することができるからである、自我のうちには徐々に、爾余の自我と対立する特殊な一部分が形成されて、この一部分が自己観察、自己批評の役割を果たし、心的検閲の仕事を行ない、やがてわれわれの意識にたいして「良心」として立ち現われてくるものなのである。監視妄想の病的ケースにあってはこの一部分が孤立し、爾余の自我から分離されて、医師に気づかれるようになる。爾余の自我をまるで他人のもののように扱いうるような自我の一部分が存在するという事実、つまり人間は自己観察をする能力があるという事実が、古いドッペルゲンゲルの表象を新しい内容をもってみたし、またこの表象にいろいろなものを、なかんずく自己批評の眼には原始時代の、あの古い、すでに克服されたナルシシズムに属するかのように見えるもの一切をなすりつけることを可能にするのである。

しかし自己批評にとって不快な内容のみがドッペルゲンゲルになすりつけられるのではなくて、空想がいまだにそれに執着しているところ、実現されることのなかった運命形成の一切の可能性、また外的な不運によって貫徹されなかったところの、一切の自我の目標、同様にまた自由意志という錯覚を生んだところの、あらゆる禁圧された意志決定も同じくこのドッペルゲンゲルに委譲されるのである。(フロイト『無気味なもの』ーー「かつて二度訪ねたことのある家(フロイトと漱石)」より)

(Mark Rothko)


※附記2


【ラカンのテーゼ】

現実の領域は<対象a>の除去の上に成り立っているが、それにもかかわらず<対象a>が現実を枠どっている。(Ecrits)


◆ミレール(Montre a Premontre, in Analytica 1984)より


対象を<現実界>として密かに無視することによって、現実の安定が「ひとかけらの現実」といして保たれているのだ、とわれわれは理解している。だが、<対象a>がなくなったら、<対象a>はどうやって現実に枠をはめるのか。

<対象a>は、まさしく現実の領域から除去されることによって、現実に枠をはめるのである。

右の絵から斜線を引いた長方形を取り除くと、ちょうど額縁のようなものができる。それは穴にとっての枠であるが、同時に残りの表面にとっても枠である。こうした枠はどんな窓によっても作ることができる。、<対象a>というのはこのような表面の断片であり、それを取り除くことが、それに枠をはめることになるのである。主体とは、すなわち斜線を引かれた主体とは、存在の欠如であるから、この穴のことである。存在としては、この除去されたかけらにほかならないのである。主体と<対象a>は等価である、とはそういうことなのである。

このミレールの説明における主体とは、斜線を引かれた主体$のことであり、われわれはそれ以外にもイマジネールな自己やシニフィアンの主体を持っている。ここではそれを、仮に「シニフィアンの主体」と総称しておこう(想像界は象徴界によって、すでにーいつも構造化されているのだから)。対象aを取り除いたシニフィアンの主体として日常生活をおくっているわれわれは、あるとき己れの対象aに遭遇する。

ジュパンチッチの云う、一つのものが二つになる、あるいは事物は「それ自身の影を纏うdressed in their own shadows」とは、この遭遇のことを(も)意味するのだろうと取り合えず憶測しておく。