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2021年10月10日日曜日

未生の告白

 


例えば暁方ミセイの「告白」にはこうある。


外側へ、

咲けるだけ咲く。

衝動を愛に摩り替えて、ぶちまける。

感情を吐き続ける目と口の、

奥に真っ黒な自己愛が光っている。

そうして育つことなく撒き散らされた種子を

彼女は自ら眺めて満足し、

恋は終わったのだと、人に話してまわる。



ここには愛とは何かを問うた、真の詩人の姿がある。


「衝動を愛に摩り替えて」とは、フロイト用語では「欲動を対象愛に摩り替えて」である。ラカン用語では、欲動ーーフロイトは「愛の欲動」Liebestriebeとも言ったーーは享楽、対象愛は欲望であり、欲望は享楽のシニフィアン化、すなわち見せかけ化である。


享楽のシニフィアン化をラカンは欲望と呼んだ[la signifiantisation de la jouissance…C'est ce que Lacan a appelé le désir. (J.-A. Miller, Les six paradigmes de la jouissance, 1999)

見せかけはシニフィアン自体だ! Ce semblant, c'est le signifiant en lui-même ! ](ラカン、S18, 13 Janvier 1971


見せかけを外部にぶちまけても、それは単に嘘でしかない。「真っ黒な自己愛」しかない。これがナルシシズムだ。


あの八行には、欲動=享楽という現実界、対象愛=欲望という象徴界、自己愛=ナルシシズムという想像界、すべてが書かれている。


ここでは、このように彼女の詩句をフロイトラカン用語で解釈してしまう「はしたなさ」を許していただくことを願う。というのは、巷間ではあまりにも安上がりに使われている「愛」という言葉を、真の詩人はどうやって使っているかを、精神分析的観点からも示すための「はしたなさ」だから(そもそもミセイは「愛」という語を稀にしか使わない)。


さらに続けよう。


ミセイは愛とは何かを、あの八行の詩句を中心にして、痛々しい形で問うている。愛とはいったいなに? この残酷なものは?


人には愛の条件の固着がある。


忘れないようにしよう、フロイトが明示した愛の条件のすべてを、愛の決定性のすべてを。N'oublions pas … FREUD articulables…toutes les Liebesbedingungen, toutes les déterminations de l'amour  (Lacan, S9, 21  Mars 1962)

愛は常に反復である。これは直接的に固着概念を指し示す。固着は欲動と症状にまといついている。愛の条件の固着があるのである。L'amour est donc toujours répétition, []Ceci renvoie directement au concept de fixation, qui est attaché à la pulsion et au symptôme. Ce serait la fixation des conditions de l'amour. (David Halfon,「愛の迷宮Les labyrinthes de l'amour 」ーー『AMOUR, DESIR et JOUISSANCE』論集所収, Novembre 2015


ラカンは固着を穴とした。穴とはトラウマ、傷のことである(フロイトの『モーセ』(1939)における、病因的トラウマ[ätiologische Traumen]=自己身体の出来事[Erlebnisse am eigenen Körper ]=初期の自我への傷[frühzeitige Schädigungen des Ichs ]=固着[Fixierung])。


われわれはトラウマ化された享楽を扱っている[Nous avons affaire à une jouissance traumatisée. (J.-A. MILLER, Choses de finesse en psychanalyse, 20 mai 2009)

傷ついた享楽[jouissance blessée](Colette Soler, Les affects lacaniens 2011


愛の条件には傷があるのである。リアルな愛は真に傷にある、ーー《享楽は真に固着にある。人は常にその固着に回帰する[La jouissance, c'est vraiment à la fixation …on y revient toujours. ]》(Miller, Choses de finesse en psychanalyse, 20/5/2009)



ここでジョー・ブスケに登場願おう。


われわれは傷ついている。だから傷つけずには愛しえない[C'est parce que nous sommes blessés que nous ne pouvons aimer qu'en blessant (ジョー・ブスケ Joë Bousquet, Mystique)


暁方ミセイは「告白」という詩で、人は「傷つけずには愛しえない」ことを歌っている。あまりにも生々しい詩であり、彼女の詩のなかでは傑作とは言い難いが、敢えて取り上げてみた。





2021年10月9日土曜日

わたしは憧れる あなたがたの凡庸さに

 


むかし彼女のツイートを読んでさ、2015年の初めにメモしてるから、もう6年以上前だな


暁方ミセイ @kumari_kko


ワ~ッとはしゃいだあと、よく、その賑やかさが妙に不快に思い出されてしまうよ。実際は楽しく何も問題なんかなくても。たくさんの声の高低、ざわめきから飛び出して聞こえる不愉快な単語、目つき、表情、繰り返し繰り返し、ぐちゃぐちゃになって自分の声でかき消す。


全然なにもわかってもらえてないし、だからといって言い訳みたいに話すつもりもないし、自ら話すほどわかってもらえてないわけではないかもしれない。誰かから見たわたしは、自分で思うわたしと同じくらい、あるいはそれ以上に、わたしなんだろうなあ。


わたしが自分で思うわたしは、みんなと同じ「わたし」なんだ。複雑で、闇の中に色彩がチラチラ飛び交っているような形をしていて、開いていて輪郭がない。だからわたしは、誰も否定しないし、誰もばかにしたりしないよ。恐ろしい、宇宙よりもわけのわからない場所に、意識をおいてる生き物みんな。


どこか、山の奥かどこかに、見えなくなりたいなあと思うことはある。でもいずれは、望まなくてもそうなるから、いまはやる。やれることやる。そんな感じ。



高校時代にイカれたトニオ・クレーゲルみたいなこと言ってる人だと思ったよ。


認識と創造の苦悩との呪縛から解き放たれ、幸福な凡庸性のうちに生き愛しほめることができたなら。…もう一度やり直す。しかし無駄だろう。やはり今と同 じことになってしまうだろう。-すべてはまたこれまでと同じことになってしまうだろう。なぜならある種の人々はどうしたって迷路に踏み込んでしまうからだ。〔・・・〕

私は、偉大で魔力的な美の小道で数々の冒険を仕遂げて、『人間』を軽蔑する誇りかな冷たい人たちに目をみはります。-けれども羨みはしません。なぜならもし何かあるものに、文士を詩人に変える力があるならば、それはほかならぬ人間的なもの、生命あるもの、平凡なものへの、この私の俗人的愛情なのですから。 すべての暖かさ、すべての善意、すべての諧謔はみなこの感情から流れ出てくるのです。(トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』)



あのときから彼女に惚れたんだ、いま生きている詩人で唯一注目している人だよ。




ハイネに次のフレーズがある。


病こそはたぶん、創造のあらゆる

衝動の究極の根拠であった。

創作しつつ私は治癒することができたし、

創作しつつ私は健康になった。


Krankheit ist wohl der letzte Grund  

Des ganzen Schöpferdrangs gewesen;  

Erschaffend konnte ich genesen,  

Erschaffend wurde ich gesund.


――ハイネ


まずはこうだろうなあ、

でも健康になったらどうなるんだろう?


フロム=ライヒマンが、分裂病者の最善の改善像は芸術家だといっていますが、私はそうは思いません。そんなに社会には芸術家は要らないわけですし、さらに治ると平凡な作品になってしまうので、周囲がそれ以上治らないように配慮するわけです。リルケは、才能を無くするということでフロイトの治療を断わられたようです。もっとも、フロイトの治療を受けたほうがよかったかどうか分かりません。フロイトは、治療を探求より優先させる人かどうかわかりません。あいだに立ったハンス・カロッサがやめておけとリルケに言ったという説もあります。(中井久夫「分裂病についての自問自答」1992年)






身構える必要はなく/呼び出される光景に、浸ればいい

 


身構える必要はなく、

呼び出される光景に、浸ればいい。

――暁方ミセイ



世界を浴びているんだ
ギリギリのところで
ちょっとでも間違ったら
落ちてしまう
静かに見守らないといけない
騒ぎ立てないように


ハロ丘陵  暁方ミセイ

言うべきことを失くすというのは、ほとんど足りるということで、それでも幸福でないな

らば、わたしなかを疾駆していった影がまだ近くに残っている。


ごく早い頃、夜との境目があいまいな、ひとの反射熱のない時間に、性をなくしているわ

たしたちはたいていは静かな、擦れた空気の音しかしない人間のいとなみを丘やマンション

の壁から感知して、その像をもらってくる。そうだ、そういうものはいつも内側が空虚な

さみしい時間でできていて、わたしはこの空虚こそを臓腑いっぱいに吸い込んでしまって

もう何も語らないでいられたらと思う。


特質のない、更に怒りの気色もない

視野がわたしのほんとうの肉体で、

生命の底を見透かすような

青い炉が吐く大気層を

昼ま歩いていったのだ。


まったく明るすぎて、緑が暗く点滅した。野原の途中で倒れるイメージを幾つも重ねて、

わたしの亡骸が点々と葬られている豊かな春がもうじきにここへもくると思う。中天では

青い炉が希薄な大気層をもやもやと吐いて、それごと大きなまるい嵩を被っていた。その

下で、小さくなったわたしが妙に白けた動作を繰り返していた。針金を曲げたり、また真

っ直ぐにしたりして、それを一日中生真面目に、きちんとしようと苦心していた。川沿い

では蜜蜂と花が燃えてひとつになり、動物が温んだ土に肉体を溶かしながら、小さくなっ

たわたしの顔をじっと覗き込んでいた。



誰にでもあるのかもしれない

この感覚

そう、思春期にはあった

少なくとも二年ほどのあいだは


空を見、雲を見、

木立ちのなか、川辺をさまよい

樹々や腐葉土のにおいを吸い込んだ

川水の渦をみつめ続け

吸い込まれそうになった


長持ちするかどうかだ

二十歳頃にはもうとっくに消えていた

あの感覚を持続させていたら

うまく生きていけないよ


だが彼女は呼び戻す

あの光景を



「詩を書いているときの自分は、あまり人の輪に入って馴染めている自分ではなくて、〔・・・〕壁一枚みんなから隔てられている感覚、人間社会のなかに入り込めていない感覚、人間社会を観察しているような距離感があります。(ウイルスとか微生物は)そういうこれまでの、わたしの立場かもしれないと思います。」



私の輪郭がいま、半分ほどは空気に散らばりましたね

 


暁方ミセイ@kumari_kko Sep 13

ちょっと前の写真。こういう空をみるとなぜか「ここでおしまい」って思う。神様のねずみ返し。


いやあ、こよなく美しい。失われたものだ、ボクにとって。この空この雲は、いま住んでいる土地にはけっしてない。



私の輪郭がいま、半分ほどは空気に散らばりましたね


ーー 暁方ミセイ「月と乗客」『紫雲天気、嗅ぎ回る』



彼女の詩だけではない、彼女の感性がときに私にグサリと刺さる。





2017年4月27日木曜日

ほらほら、主語せよ あなたたち

《ほらほら、主語せよ、木の芽吹く花鬼宿る》

ほらほら、主語せよ あなたたち
ぼってり濡れた言葉で
腰の奥から迸る言葉でね
ほらほら、客語で語ってばかりいないで
囁き声だっていいの

暁方ミセイのパクリだが、ミセイの詩は、蚊居肢散人をこのように責める。彼女は実に美しい詩人だよ。わたくしはネット上から拾い読みするだけだが。


彼女は濡れている
「緋色の筋のまわりにひろがる繊細な苔におおわれた丘」(レミ・ベロー)
ひとはミセイにはまらなければならない
「丘のうなじがまるで光つたやうではないか
灌木の葉がいつせいにひるがへつたにすぎないのに」(大岡信)
いま稀有の「蕾の割れた梅の林から、糸のように漂いやってくる」
エロスを紡ぎ出す詩人だよ

駐アカシック、ニュー稲荷前トゥーム(暁方ミセイ)


ひとつ確かなのは、ヒトがいたことだ、早春の
薮には見えないものがいっぱい
右から左へ走っては、どうっと鳴らす
ほらほら、主語せよ、木の芽吹く花鬼宿る

蕾の割れた梅の林から、糸のように漂いやってくる、
五百年前の我が兄子、千年前の我が妹子、
影絵のように映し出されて薄青色のお天気の下、
杭や小川や台車や納屋は、ますます黄色く、野暮たくぬくめ

死んだからといって、レコーディングされるのだ
取り消せない時間と出来事の、苛烈と絶対
新しく生まれる者をかなしむことはないよ
何千年も先まで連なるものを、いつかはみんな、わたしと呼ぶだろう

ひとつ確かなのは、ヒトがいたことだ、早春の
海にもおかにも、ここからずっと遠くまで、きらめくもの
形成し続けるもの
ほらほら、主語せよ、木の芽吹く花鬼宿る

不安がもだえそうに淡い炎がゆだっている
道端の青い小さな花を煮る六月十日は、
(ひそひそと話をしている)
(柑子の木のあたり、雨に濡れそぼって、ふたりで、小声で)
(おおそのうえ古語で、)
(聞き取れない話をしている。雨の庭の古い濡れた柑子の木のあたりで)
((ちがうよ、あれは鳩だよ))
(人の様な、くぐもってずっと話している。何十羽もいる。)
何十羽も鳩がいる。茂みのなかで鳴いている。
遠く潰れた緑のうえに、
誰かの面影が、こんもりと盛られて、動かないでいる。
今は時々きらっと反射して、
もうすぐ隠れて
見えなくなる。(暁方ミセイ「極楽寺、カスタネアの芳香来る」より)

いやあほんとにプンクトゥムだな

プンクトゥムとは、刺し傷 piqûre、小さな穴 petit trou、小さなしみ petite tache、小さな裂け目 petite coupure のことでもありーーしかもまた、骰子の一振り coup de dés のことでもある…。ある写真のプンクトゥムとは、その写真のうちにあって、私を突き刺すme point 偶然 hasard (それだけなく、私にあざをつけme meurtrit、私の胸をしめつけるme poigne)偶然なのである。(ロラン・バルト『明るい部屋』)
--既存訳からだが、「小さな斑点」とあったものを「小さなしみ」とした。他も一部変更。

たいていの場合、プンクトゥムは《細部》である。つまり、部分対象 objet partiel である。それゆえ、プンクトゥムの実例をあげてゆくと、ある意味で私自身を引き渡すことになる。(ロラン・バルト『明るい部屋』)

もちろんロラン・バルトのいうように、ミセイの詩は蚊居肢散人にとってだけのプンクトゥムでありうる。

……自我であるとともに、自我以上のもの(内容をふくみながら、内容よりも大きな容器、そしてその内容を私につたえてくれる容器)だった。 il était moi et plus que moi (le contenant qui est plus que le contenu et me l’apportait).(プルースト『ソドムとゴモラ Ⅱ「』心情の間歇」ーー友情=ストゥディウム/愛=プンクトゥム

◆On aime celui qui répond à notre question : " Qui suis-je ? " Jacques-Alain Miller janvier 2010
我々は愛する、「私は誰?」という問いへの応答、あるいは一つの応答の港になる者を。

愛するためには、あなたは自らの欠如を認めねばならない。そしてあなたは他者が必要であることを知らねばならない。

ラカンはよく言った、《愛とは、あなたが持っていないものを与えることだ l'amour est donner ce qu'on n'a pas 》と。その意味は、「あなたの欠如を認め、その欠如を他者に与えて、他者のなかの場に置く c'est reconnaître son manque et le donner à l'autre, le placer dans l'autre 」ということである。あなたが持っているもの、つまり品物や贈物を与えるのではない。あなたが持っていない何か別のものを与えるのである。それは、あなたの彼方にあるものである。愛するためには、自らの欠如を引き受けねばならない。フロイトが言ったように、あなたの「去勢」を引き受けねばならない。

そしてこれは本質的に女性的である。人は、女性的ポジションからのみ真に愛する。愛することは女性化することである。この理由で、愛は、男性において常にいささか滑稽である。

2015年11月17日火曜日

われわれはみんなシリア難民なのだ

ヨーロッパは移民の波を浴びている唯一の場所ではない。「南アフリカ」では、ジンバブエからの百万人以上の難民がいる。彼らは南アフリカの地方の貧困層からの攻撃に晒されている、「彼らの職を奪っている」と。

A mother and baby crawl under the barbed wire to cross the border from Zimbabwe into South Africa

今知られているのは、フクシマ原発の炉心溶融のあと、いっときだが日本政府は、思案したことだ、全東京エリアーー2000万人以上の人びとーーを避難させねばならないと。この場合、彼らはどこに行くべきなのだろう? どんな条件で? 彼らに特定の土地が与えられるべきだろうか? それともただ世界中に四散させられただけなのだろうか?

日本の「来るべき難民」の皆さん、あなたがたは「そのとき」どうするのか?

北海道を開拓すればいいじゃないか、だって?




国家機能が麻痺し経済の具合も当然おかしくなっており財政崩壊が訪れ公共サービスさえ止っていなければーー年金給付も生活保護も止まり、餓死する人が続出して北海道開拓どころでなければーー、人口500万ほどの北海道に2000~3000万人ほどは移住できるかもしれない。

だがごく標準的には、世界に四散するよりほかないだろう。そのとき〈あなた〉も難民だ。

以下、冒頭の文と同じくジジェクの「 Slavoj Zizek: We Can't Address the EU Refugee Crisis Without Confronting Global Capitalism」からである(読みやすさのために、いくらか箇条書きにした)。


A young Syrian boy cries as his father carries him past Hungarian police after being caught in a surge of migrants attempting to board a train bound for Munich, Germany at the Keleti railway station on September 9 in Budapest, Hungary.

古典的な研究『死ぬ瞬間 On Death and Dying』にて、エリザベート・キューブラー=ロス Elisabeth Kübler-Ross は五段階の名高いスキーマを提唱した。我々が末期症状の病いに冒されたことを知ったときに、いかに反応するかについてである。

①否認:人はシンプルにその事実を拒絶する、「こんなことはあり得ない、私に起こっているのではない」)

②怒り:もはや事実を否定できないとき怒りが爆発する、「いったいどうしてこんなことが私に起こりうるのかしら!」)

③取り引き bargaining:事実をなんとか延期あるいは低減しうる希望、「何でもいいから子どもが卒業するまで生きさせて!」

④意気消沈:リビドーの(注ぎ込みの)撤退、「私は死につつある、だからもうかまわないほしいの」

⑤受容:「事実に歯向かうわけにはいかない、死の準備をしたほうがましだわ」

後にキューブラー=ロスは、これらの段階はどんな悲惨な個人的喪失の形にも当てはまるとした(失業、愛する人の死、離婚、薬物中毒)。そしてまた、必ずしも同じ順序で起こったり、全ての症候者に五つの段階すべてが経験されるわけでもないとした。
この反応は似ていないだろうか、アフリカと中東からの難民の流入に対する西欧の大衆の見解や権威の必死の反応と。

1.そこには否認があった。今は消滅しつつある否定、「たいして深刻じゃないさ、とにかく無視しておこうぜ」

2、怒りがある。「難民は我々の生活様式への脅威だ。彼らのなかにはイスラム原理主義者が紛れ込んでいる。どんな犠牲を払っても流入を止めなければならない!」

3、取り引きがある。「分かったよ、 分担を決めて彼らの母国の難民キャンプをサポートしよう!」

4、意気消沈がある。「どうしたらいいんだ、ヨーロッパは、ヨーロッパスタンと化しつつある!」

欠けているものは受容である。この場合、それが意味するのは、難民をいかに取り扱うかの一貫した全欧のプランだ。

さて、島国日本の〈あなたがた〉の大半は、おそらく③のままであろう。

つまりは世界は、北海道に難民キャンプを作るのを支援してくれる。だがきみたちの移住の受け入れは拒否する。それでよし、とする態度だ。

あるいはこう言ってもいい。朝鮮半島で大きな騒乱があり、100万人単位の難民がボートピープルとして海を渡ってきても、それを拒否する態度だ。

左派リベラルの「良心」派はどうだろうーーわたくしもその一員かもしれないーー、《彼らは清き正しい「美しい魂」を演じ、腐敗した世界に対して優越感に浸っているのだ、秘かにその腐敗した世界に参加しながら、である》。

だが何が必要なのかと言えば、《難民をいかに取り扱うかの一貫した》プランを提示しなければならないことだ。

とすれば、どうするべきだろう、北アフリカの何百万人もの死にものぐるいの人びと、戦争と飢餓から逃れるようとし、海を渡ってヨーロッパに避難所を見出そうとする人びとを。

二つの主な答がある。左派リベラルは激怒をあらわにする、いかにヨーロッパは何千もの人びとが地中海で溺れるのを許容しているか、と。彼らの申し立ては、ヨーロッパは門戸を広く開けて連帯を示すべきだというものだ。移民排斥ポピュリストは主張する、我々の生活様式を護るべきだ、と。そしてアフリカ人たちには彼ら問題を彼ら自身で解決させよう、と。

どちらの解決法がましか? スターリンをパラフレーズするなら、どちらも最悪だ。国境を開放しようなどと提唱している連中はいっそうの偽善者だ。彼らは秘かにとてもよく知っている、そんなことは決して起こらぬことを。というのはそれは即座にポピュリストたちの反乱の引き金をひくからだ。彼らは清き正しい「美しい魂」を演じ、腐敗した世界に対して優越感に浸っているのだ、秘かにその腐敗した世界に参加しながら、である。

移民排斥ポピュリストはまた、我に返れば left to themselves、とてもよく知っている、アフリカ人たちは彼らの社会を変えることに成功しないだろうことを。もちろんそうだ。というのは、我々欧米人はそれを邪魔しているから。

リビアを混沌に陥れたのは欧州の介入だ。ISIS『イスラム国』の出現にとっての条件を作ったのは米国のイラク攻撃だ。中央アフリカ共和国における進行中の内戦は、たんに民族憎悪の爆発ではない。そうではなく、フランスと中国のあいだの石油利権をめぐっての代理戦争である。




以下は、ジジェクの1991年に出版された書からであり、鈴木晶訳をそのまま付すが(ここでも行わけ・箇条書きにして)、いくらか英文を挿入した。ジジェクはこの当時からエリザベート・キューブラー=ロス の『死ぬ瞬間 On Death and Dying』(1969)を参照していたのだろうことが分かる。

おそらく政治の世界においても、一種の「症候との同一化identification with the symptom」を必然的にともなうような経験がある。よく知られている、「われわれはみんなそうだ!We are all that!」という感傷的なpathetic経験だ。それはすなわち、耐えがたい真実の闖入として、すなわち社会的メカニズムは「機能しない doesn't work」という事実の指標として、機能するfunctionsある現象に直面したときの、同一化の経験である。

たとえば、ユダヤ人虐待のための暴動を例にとろう。そうした暴動にたいして、われわれはありとあらゆる戦略をとりうる。

①たとえば完全な無視。

②あるいは嘆かわしく恐ろしい事態として憂う(ただし本気で憂慮するわけではない。これは野蛮な儀式であって、われわれはいつでも身を引くことができるのだから)。

③あるいは犠牲者に「本気で同情する」。こうした戦略によって、われわれは、ユダヤ人迫害がわれわれの文明のある抑圧された真実に属しているという事実から目を背けることができる。

われわれが真正な態度に達するのは、けっして比喩的ではなく「われわれはみんなユダヤ人である」という経験に到達したときである。このことは、統合に抵抗する「不可能な」核が社会的領域に闖入してくるという、あらゆる外傷的な瞬間にあてはまる。「われわれはみんなチェルノブイリで暮らしているのだ!」「われわれはみんなボートピープルなのだ」等々。

これらの例について、次のことを明らかにしておかねばならない。「症候との同一化identification with the symptom」は「幻想を通り抜ける "going through the fantasy“」ことと相関関係にあるということである。(社会的)症候へのこうした同一化によって、われわれは、社会的意味の領域を決定している幻想の枠、ある社会のイデオロギー的自己理解を横断し、転倒する traverse and subvert the fantasy。その枠の中では、まさしく「症候symptom」は、存在している社会的秩序の隠された真実の噴出の点としてではなく、なにか異質で不気味なものの闖入 some alien, disturbing intrusionとしてあらわれるのである。(ジジェク『斜めから見る』 p253-260 鈴木晶訳)

「われわれはみんなボートピープルなのだ」、--すなわち「われわれはみんな難民なのだ」である。すべてはこの認識、この「受容」から始まる。

若くすぐれた詩人の暁方ミセイが、二年目の「あの追悼」の日、次のように呟いていた。

@kumari_kko: 「東北が被災した」と思うことに、まず断絶を生む原因があると思う。被災したのはわたしたちで、日本だと、感じられたらいいよね。そして本当にはそうなんだけどね。

@kumari_kko: いや、それはわたしが特に、自分のことだと思わないと無関心になりがちな人間だからなのかもしれないけど!去年、一人で中国にいて、新聞のトップ記事が追悼記事だったの。嬉しいなと素直に思えた。


ところで、フランスのシリア空爆にたいして、なぜ反対デモがフランスで起こらないのか、わたくしにはそれが不思議でならない。






なにはともあれ、今年70万人以上難民が海を渡って欧州に入り、3千人以上が溺死しているという異常事態がこの今発生している。

「私たちは、国連が創設されて以来、最も人道支援を必要とする歴史的瞬間に生きています。」(ステファン・デュジャリック国連報道官 2015.08.19)


2015年2月25日水曜日

「それ自身の影を纏う」刻限(ジュパンチッチ=ニーチェ)

アレンカ・ジュパンチッチの2003年に上梓されたニーチェ論は、『The Shortest Shadow 』という名を持っている。今までその書名ぐらいは知っていたが、とくに気にすることもなかった。昨日たまたま、その書への短い批評文を二つほど(肯定的なものとやや批判的なものを)読んでみたが、たいしたことが判ったわけではない。

①”Unearthing Nietzsche's Bomb: Nuance, Explosiveness, Aesthetics”(Paul Kingsbury)
②”Nietzsche, Interrupted A review of Alenka Zupancic, The Shortest Shadow: Nietzsche's Philosophy of the Two”(Steven Michels)

いや、だが、肯定的な方の批評文には、ジュパンチッチが何を強調しようとしているのかは要領よく?ーーいやこういうことは批評の対象の書物を読んでいないものがいうものではないーー書かれている。

Zupančič rewires Nietzsche as follows: first, instead of simply reading Nietzsche as the postmodern big bang igniter of systematizing discourses, Nietzsche is also the “philosopher of the event” whose explosiveness is charged by the intense nuances of stillness, silence, and subtlety. Second, while Nietzsche is frequently praised for pitting multiplicity against the totality of the One, Nietzsche also affirms moments when “One turns to Two”, that is, when totalizing discourses of representation, truth, and subjectivity become internally fractured. (Paul Kingsbury,Unearthing Nietzsche's Bomb: Nuance, Explosiveness, Aesthetics)

おそらく通説となっている「超人」やら「価値の転換」、「権力への意志」やらをるのではなくーーこれはわたくしの推測であるーー、ニーチェは「出来事哲学者philosopher of the event」とされ、それは静けさ、沈黙、繊細さの密度あるニュアンスによって齎されることが強調されるとある。かつまたOne turns to Twoともある。これはどういうことなのか。ジュパンチッチの文が引用されているので、英文のまま孫引きしよう。

not the moment when the sun embraces everything, makes all shadows disappear, and constitutes an undivided Unity of the world; it is the moment of the shortest shadow. And what is the shortest shadow of a thing, if not this thing itself? Yet, for Nietzsche this does not mean that the two becomes one, but rather, that the one becomes two. Why? The thing (as one) no longer throws its shadow upon another thing; instead it throws its shadow upon itself, thus becoming, at the same time, the thing and its shadow. When the sun is at its zenith, things are not simply exposed (“naked,” as it were); they are, so to speak, dressed in their own shadows. (Zupančič, 2003, 27; emphasis in original)

ニーチェは、「正午」の哲学者なのである。その静けさに満たされた「正午」は、「最も短い影The Shortest Shadow」 の刻限である。すべての影は消え去る。そのとき二つのものが一つになるのではなく、一つのものが二つになる。事物は「それ自身の影を纏うdressed in their own shadows」。

なんとも「美しい」表現ではないか。しかも、ニーチェの核心にあのツァラトゥストラの「正午」を見るとは。

つつしむがいい。
熱い正午が野いちめんを覆って眠っている。
歌うな。静かに。世界は完全なのだ。

歌うな。草のあいだを飛ぶ虫よ。
おお、わたしの魂よ。囁きさえもらすな。
見るがいいーー静かに。
老いた正午が眠っている。
いまかれは口を動かす。
幸福の一滴を飲んだところではないか。――

ーー「正午」はまだ続くが、それは「神々しいトカゲ」を見よ。

正午とは神々しいトカゲの刻限でもある。

軽やかな音もなく走りすぎていくものたち、わたしが神々しいトカゲと名づけている瞬間を、ちょっとのま釘づけにするという、けっして容易ではない技術(ニーチェ『この人を見よ』手塚富雄訳)
……この真っ昼間、……
トカゲも壁の割れ目にもぐり、
墓守ヒバリも見えない時刻なのに。
……
実もたわわなスモモの枝が
地面に向かってしなだれる。

――テオクリトス『牧歌(Idyllia)』第7歌(古澤ゆう子訳)

だが、そんなことはとっくの昔からわかっているだろう、 ニーチェの真の読者なら。わかっていないのは、「学者」たちだけである。ーーと書けば、わたくしがニーチェの真の読者である、などと不遜な主張をしているかに受け取られるかもしれないが、まあそれはこの際許してもらうことにする。

正午とは、母なる無時間的な刻限なのであり、、ジョイスの「父なる時間、母なる空間(あるいは種)」Father's time, mother's species(クリスティヴァ引用によるが原出典不詳)における「母なる空間」である。

「父なる時間/母なる空間」とは、「クロノス的(物理的)/カイロス的(人間的)」でもあるだろう。

狩猟採集民の時間が強烈に現在中心的・カイロス的(人間的)であるとすれば、農耕民とともに過去から未来へと時間は流れはじめ、クロノス的(物理的)時間が成立した。(中井久夫『分裂病と人類』)

もちろんカイロス的刻限は、ディオニュソスの秘戯によっても齎される刻限である。

ディオニュソス的密儀のうちで、ディオニュソス的状態の心裡のうちではじめて、古代ギリシア的本能の根本事実はーーその「生への意志」は、おのれをつつまず語るからである。何を古代ギリシア人はこれらの密儀でもっておのれに保証したのであろうか? 永遠の生であり、生の永遠回帰である。過去において約束され清められた未来である。死と転変を越えた生への勝ちほこれる肯定である。生殖による、性の密儀による総体的永世としての真の生である。このゆえにギリシア人にとっては性的象徴は畏敬すべき象徴自体であり、全古代的敬虔心内での本来的な深遠さであった。生殖、受胎、出産のいとなみにおける一切の個々のものが、最も崇高で最も厳粛な感情を呼びおこした。(ニーチェ「私が古人に負うところのもの」『偶像の黄昏』原佑訳)

ここで唐突に文脈からいささか外れて?「カイロス」という語に導かれてロラン・バルトの写真論の文章を掲げる。




……見えない場の存在(力学)こそ、ポルノ写真からエロティックな写真を区別するところのものである、と私は思う。ポルノ写真は一般にセックスを写し、それを動かない対象(フェティッシュ)に変え、壁龕から外に出てこない神像のようにそれを崇拝する。私にとっては、ポルノ写真の映像にプンクトゥムはない。その映像は、せいぜい私を楽しませるだけである(しかもすぐに倦きがくる)。これに反して、エロティックな写真は、セックスを中心的な対象としない(これがまさにエロティックな写真の条件である)。セックスを示さずにいることも大いにありうる。エロティックな写真は観客をフレームの外へ連れ出す。だからこそ、私はそうした写真を活気づけ、そうした写真が私を活気づける。プンクトゥムは、そのとき、微妙な一種の場外となり、映像は、それが示しているものの彼方に、欲望を向かわせるかのようになる。といっても、ただ単にその裸体の《他の部分》に向かわせるということではない。ただ単に、ある行為をおこなう幻想に向かわせるということではない。魂と肉体を兼ねそなえた一個の存在の絶対的な素晴らしさに向かわせるのである。腕を伸ばして明るく微笑んでいるこの青年の場合、その美しさは決して型にはまったものではなく、彼の身体はフレームの一方に極端に片寄って、半ば外にとび出してしまっているが、しかし軽快な一種のエロティシズムを体現している。この写真は、重苦しい欲望、ポルノ写真の欲望と、軽やかな欲望、快い欲望、エロティシズムの欲動とを区別するようにうながす。要するに、これはおそらく《シャッター・チャンス》の問題なのであろう。写真家は、青年(メイプルソープ自身だと思う)の腕がうまいぐあいに広げられ、実に屈託のない形になった瞬間を固定した。あと数ミリの過不足があっても、青年の推測される肉体はもはや好意をこめて提供されることはなかったろう(ポルノ写真の肉体は濃密で、自己をみせびらかすが、しかしそれを与えはしない。そこには少しも寛容さがない)。「写真家」は欲望の好機を、カイロスをとらえたのである。(ロラン・バルト『明るい部屋』「見えない場」より P70-71)

わたくしはここあるカイロスをとらえる仕方、あるいはブンクトゥムをとらえる仕方を、享楽をとらえる仕方と読む。もちろんそれは「神々しいトカゲ」をとらえることとしてもよいし、あるいは対象aをとらえる仕方としてもよいかもしれないが、それは後述する。ここではただ《欲望が享楽に向かって進もうとするときはいつでも、それはトカゲの尻尾のように落ちる[ca tombe]》(ラカン=ミレール)とだけしておく。

プンクトゥムと享楽の関係については「ベルト付きの靴と首飾り (ロラン・バルト)」を見よ。そしてカイロス的時間にまったく不感症であるらしい巷間の「知識人」なる種族への嘲弄は、「写真の本質の飼い馴らし、あるいは白痴が微笑む世界」で書いた。


ところで、Paul Kingsburyの書評には、次の文がある。

Nietzsche's beautiful notion of “doves' feet” (Taubenfüssen) suggests that many of the world's events are guided by the silent realms of thought. The German word “Taube” also refers to a deaf person.

すなわち「最も静かな時刻」も、ニーチェの核心であり、それは「鳩の足」とともに訪れる。

嵐をもたらすものは、もっとも静寂なことばだ。鳩の足で歩んでくる思想が、世界を左右するのだ。(『ツァラトゥストラ』第二部 「最も静かな時刻」 手塚富雄訳)

真の詩人たちは、とっくの昔からわかっている(参照:逃げ水と海へ向かう道)。だが「詩人」ではなさそうな印象を受けていたジュパンチッチから出てきたたことが、わたくしには尊い。


(スロベニア「ラカン派哲学者」三人組)

この写真だけみると「詩人」的な繊細さを醸しだしていないでもないが、次の文章の印象が強すぎた。おそらく下品さの臭気を意図して?振り撒くジジェクの「悪影響」というものなのだろう。すなわち、《私の深い不信は、ハイデガーのようなパセティックなスタイルだ。私には物事を俗化させたい純然たる強迫がある。その俗化とは、物事を単純化するという意味ではなく、<物>へのパセティックな同一化を崩壊させたいという意味である。だから私は、最も高級な理論から、最も低劣な事例に、唐突に飛ぶのを好むのだ。》(『ジジェク自身によるジジェク』私訳

結局、「お前の妹(姉さん、母さん)、すぐにやらせてくれるって話じゃないか」などといった罵り文句は、「〈女性〉は存在しない」という事実、ラカンの言葉を借りれば、彼女が「完全ではない」、「完全に彼のものではない」という事実を、下世話な言葉で表現したものである。「女性は非-全体である」という命題は、女性ではなく男性にとって耐えがたい。それは、男性の存在の内、象徴界における女性の役割の内に注ぎ込まれた部分を脅かすのである。この種の中傷に対する男性の極端な、全く法外な反応――殺人を含む――を見てもいいだろう。これらの反応は、男性は女性を「所有物」だと見なしている、という通常の説明で片づけられるものではない。この中傷によって傷つけられるのは、男性がもっているものではなく、彼らの存在、彼らそのものである。関連する命題をもうひとつ紹介して、ドン・ジュアンに返ろう。「〈女性〉は存在しない」という命題を受け入れるなら、スラヴォイ・ジジェクが言うように、男性の定義は次のようなものになる――男性とは「自分が存在すると信じている女性である」。( アレンカ・ジュパンチッチ『リアルの倫理―カントとラカン』冨樫剛訳)

1949生まれのジジェクが脳溢血でくたばっても、1966年生まれのより繊細なラカン派ジュパンチッチはまだ長らく活躍してくれるだろうから、そろそろ馬を乗り換えてもよい時期かもしれない。ただし、「真の詩人」の宿命として、政治的な言動はやや欠けざるをえないだろう。

私ともあろう者がこの著者に先を越されるとは! こんなヤツは、本なんか書く前にさっさとくたばってしまえばよかったのだ! アレンカ・ジュパンチッチ『リアルの倫理』の序文(ジジェク)

…………

鳩歩む この静かな屋根は
松と墓の間(ま)に脈打って
真昼の海は正に焔。
海、常にあらたまる海!
一筋の思ひの後のこの報ひ、
神々の静けさへの長い眺め

(ヴァレリー『海辺の墓地』中井久夫訳)

坂を上つて行く 女の旅人
突然後を向き
なめらかな舌を出した正午

(西脇順三郎『鹿門』より)

不安がもだえそうに淡い炎がゆだっている
道端の青い小さな花を煮る六月十日は、
(ひそひそと話をしている)
(柑子の木のあたり、雨に濡れそぼって、ふたりで、小声で)
(おおそのうえ古語で、)
(聞き取れない話をしている。雨の庭の古い濡れた柑子の木のあたりで)
((ちがうよ、あれは鳩だよ))
(人の様な、くぐもってずっと話している。何十羽もいる。)
何十羽も鳩がいる。茂みのなかで鳴いている。
遠く潰れた緑のうえに、
誰かの面影が、こんもりと盛られて、動かないでいる。
今は時々きらっと反射して、
もうすぐ隠れて
見えなくなる。
暁方ミセイ「極楽寺、カスタネアの芳香来る」より)

ニーチェも正午を探していると言っていた。垂直に光が差す。影の消える刻限。一瞬だけ原型さえもが見えなくなる。夜は思い出でさえなくなり、昨日のなかへ遠ざかり、消滅する。樹々の影も一瞬消え失せ、キリコの絵のなかの街路も、また別の日常の神秘に覆われることになる。見回しても、輪遊びしている少女もいない。ありえない蒸発、停止。諸々の生の停滞、とランボーがうんざりして言ったのはこのことではない。そうではなく、ただひとつの停止。あっという間のことである。一瞬だけ感情も来歴も何もかもが外に追い出される。お払い箱なのだ。(鈴木創士「正午を探す街角」ーー見出された「権力への意志」=「死の欲動」より)

おわかりだろうか? こういったことに不感症になのが「学者」という種族の特徴である。とはいえ、わたくしはどちらかというと遠慮深いほうなので、鉤括弧をつけているが、出来事の哲学者は鉤括弧さえつけない。

学者というものは、精神上の中流階級に属している以上、真の“偉大な”問題や疑問符を直視するのにはまるで向いていないということは、階級序列の法則から言って当然の帰結である。加えて、彼らの気概、また彼らの眼光は、とうていそこには及ばない。(ニーチェ『悦ばしき知識』)

もちろんプルーストも大江健三郎も「詩人」である。

ふだんはけっしてつかむことができないものーーきらりとひらめく一瞬の持続、純粋状態にあるわずかな時間――を、獲得し、孤立させ、不動化することをゆる(す)(プルースト「見出された時」ーー見出された「権力への意志」=「死の欲動」

プルーストの、この時間が垂直的に立ち上がる静けさの刻限、あのカイロス的刻限が、どうして大江健三郎の「一瞬よりいくらか長く続く間」でないことがあろう。

――……この一瞬よりはいくらか長く続く間、という言葉に私が出会ったのはね、ハイスクールの前でバスを降りて、大きい舗道を渡って山側へ行く、その信号を待つ間で…… 向こう側のバス・ストップの脇にシュガー・メイプルの大きい木が一本あったんだよ。その時、バークレイはいろんな種類のメイプルが紅葉してくる季節でさ。シュガー・メイプルの木には、紅葉時期のちがう三種類ほどの葉が混在するものなんだ。真紅といいたいほどの赤いのと、黄色のと、そしてまが明るい緑の葉と…… それらが混り合って、海から吹きあげて来る風にヒラヒラしているのを私は見ていた。そして信号は青になったのに、高校生の私が、はっきり言葉にして、それも日本語で、こう自分にいったんだよ。もう一度、赤から青になるまで待とう、その一瞬よりはいくらか長く続く間、このシュガー・メイプルの茂りを見ていることが大切だと。生まれて初めて感じるような、深ぶかとした気持で、全身に決意をみなぎらせるようにしてそう思ったんだ……

それからは、自分を訓練するようにして、人生のある時々にさ、その一瞬よりはいくらか長く続く間をね、じっくりあじわうようにしてきたと思う。それでも人生を誤まつことはあったけれど、それはまた別の問題でね。このように自分を訓練していると、たびたびではないけれどもね、この一瞬よりはいくらか長く続く間にさ、自分が永遠に近く生きるとして、それをつうじて感じえるだけのことは受けとめた、と思うことがあった。(大江健三郎『燃え上がる緑の木 第一部』ーー「一瞬よりはいくらか長く続く間」より)


大江健三郎でさえも(シツレイ!)、こうやって「正午」を探しているのだ。〈あなたたち〉も探さなければならない。

…………

「それ自身の影を纏うdressed in their own shadows」とは、ジュパンチッチの書を読まないままのわたくしの臆断だが、「ドッペルゲンガーを纏う」とも読みたくなる。それは、フロイトの「異物Fremdkörper」やラカンの「外-密ex-timate」を纏うといしてもいいが、それでは話が長くなるので、「ドッペルゲンガー」に搾る(参照:天動説のままの阿呆鳥、あるいは「死の欲動」)。


ここで夏目漱石が真の「詩人」となった遺作『明暗』末尾近くの驚くべき文章をいくらか要約・引用してみよう。いやその前にこうやって引用してから始めよう。

『猫』は今日読む能わず、『こころ』は読み得るかも知れないが、我々の文学世界に何らの新しい現実を加えていない。新しい現実は、『明暗』のなかにある。私は、『明暗』によって、又『明暗』によってのみ、漱石は不朽であると思う。そして、『明暗』は、漱石の「知性人たる本質」によってではなく、知性人たらざる本質によって、その他のすべての小説が達し得なかった、今日なお新しい現実、人間の情念の変らぬ現実に達し得たと思う。(加藤周一「日本文学の変化と持続」)

…………

津田は到宿当夜、――翌朝、療養中のかつての女清子に果物籠を届けることになっているーーひと風呂浴びたあと自分の部屋に戻ろうとして、建て増しのために錯綜としている温泉宿の廊下に迷ってしまう。広い宿は深閑としており部屋の在り処を尋ねる女中も見当たらない。行き当たりばったりに、ふと筋違いの階子段を二、三段あがると、《洗面台の白い金盥が四つほど並んでいる中へ、ニッケルの栓の口から流れる山水だか清水だか、絶えずざあざあ落ち》ているのに、眼が、が、吸い込まれていく。《縁を溢れる水晶のような薄い水の幕の綺麗に滑って行く様が鮮やかに眺められた。金盥の中の水は後から押されるのと、上から打たれるのと両方で、静かなうちに微細な震盪を感ずるものの如くに揺れた。》津田はその水の渦巻に魅入られる。《ただ彼の眼の前にある水だけが動いた。渦らしい形を描いた。そうしてその渦は伸びたり縮んだりした。》大きな鏡があって、「自分の影像」が映る。《これが自分だと認定する前に、これは自分の幽霊だという気が先ず彼の心を襲った。》(『明暗』第百七十五章)――こうやって、彼自身のなかにあって彼以上のもの(対象a)、彼の分身、ドッペルゲンガーに出会う。

ここで津田は、「自分の中にある自分以外のもの」 , 「私」である手の出せない/思いもよらない対象」、すなわち対象aに出会っているのだ。「鏡に対する結果としてはこの自信(眼鼻立の整った「顔の肌理も男としてはもったいないくらい濃か」な好男子)を確かめる場合ばかりが彼の記憶に残っていた」その姿ではなく、「いつもと違った不満足な印象が鏡の中に現われた」。

ジュパンチッチは、「鳩の足」の刻限に、二つのものが一つになるのではなく、一つのものが二つになるとしている。それと同様に、「自己」=一つのものでしかなかった津田は、自己と「自分の影像」=斜線を引かれた主体$の二つのものになる動きに襲われたのではないか。このことが「それ自身の影を纏うdressed in their own shadows」なのではないか。そして自分の影を纏うとは、この対象aを纏う、ドッペルゲンガーを纏うことではないか。もっともジュパンチッチの次ぎの文章をそう読むのは牽強付会にすぎるという見解はあるだろう。


The thing (as one) no longer throws its shadow upon another thing; instead it throws its shadow upon itself, thus becoming, at the same time, the thing and its shadow.

いずれにせよ、『明暗』には、あの第175章(あるいはそれに引き続くいくつかの章)に、津田が襲われた「最も静かな時刻」がある。「それ自身の影を纏う」刻限はなにも「正午」だけでなくてもよい。

きのうの夕方ごろ、わたしの最も静かな時刻がわたしに語ったのだ。つまりこれがわたしの恐ろしい女主人の名だ。(……)

君たちは、眠りに落ちようとしている者を襲う驚愕を知っているか。――

足の指の先までかれは驚愕する。自分の身の下の大地が沈み、夢がはじまるのだ。

このことをわたしは君たちに比喩として言うのだ。きのう、最も静かな時刻に、わたしの足もとの地が沈んだ。夢がはじまった。

針が時を刻んで動いた。わたしの生の時計が息をした。――いままでこのような静寂にとりかこまれたことはない。それゆえわたしの心臓は驚愕したのだ。

そのとき、声なくしてわたしに語るものがあった。「おまえはそれを知っているではないか、ツァラトゥストラよ」――

このささやきを聞いたとき、わたしは驚愕の叫び声をあげた。顔からは血が引いた。しかしわたしは黙ったままだった。

と、重ねて、声なくして語られることばをわたしは聞いた。「おまえはそれを知っているではないか、ツァラトゥストラよ。しかしおまえはそれを語らない」――

と、ふたたび声なくしてわたしに語られることばがあった、「欲しないというのか、ツァラトゥストラよ。そのことも真実か。反抗のなかに身をかくしてはならない」――

そのことばを聞いて、わたしは幼子のように泣き、身をふるわした。そして言った。「ああ、わたしはたしかにそれを言おうとした。しかし、どうしてわたしにそれができよう。そのことだけは許してくれ。それはわたしの力を超えたことなのだ」
と、ふたたび声なくしてわたしに語られることばがあった。「おまえの一身が問題なのではない、ツァラトゥストラよ。おまえのことばを語れ、そして砕けよ」――
(……)
と、ふたたびささやくようにわたしに語りかけるものがあった。「嵐をもたらすものは、もっとも静寂なことばだ。鳩の足で歩んでくる思想が、世界を左右するのだ。

おお、ツァラトゥストラよ、おまえは、来たらざるをえない者の影として歩まねばならぬ。それゆえおまえは命令しなければならぬ。命令しながら先駆しなければならぬ」――

わたしは答えた。「わたしは羞恥を感ずる」と。

と、ふたたび声のない声はわたしにむかって語りかけた。「おまえはこれから幼子になり、そして羞恥の思いを放棄しなければならない。

青年期の誇らしさがまたおまえを離れない。おまえは青年になることがおそかったのだ。しかし幼子になろうとする者は、おのれの青年期をも乗り超えなければならぬ」――(『ツァラトゥストラ』第二部 「最も静かな時刻」 手塚富雄訳)

ここには《きのうの夕方ごろ、わたしの最も静かな時刻がわたしに語ったのだ。つまりこれがわたしの恐ろしい女主人の名だ》とある。あるいは、《彼女の名(女主人の名)をわたしは君たちに言ったことがあるだろうか》ともある。

わたしのほかに誰が知ろう、アリアドネが何であるかを!……これらすべての謎は、いままでだれ一人解いた者がなかった。そこに謎があることに気がついた者さえいるかどうか疑わしい。(ニーチェ『この人を見よ』手塚富雄訳

ニーチェの遺稿には、《迷路の人間は、決して真実を求めず、ただおのれを導いてくれるアリアドネを求めるのみ。》(ニーチェ 遺稿)とある。

賢くあれ、アリアドネ!……そなたは小さき耳をもつ、そなたはわが耳をもつ。(ニーチェ『ディオニュソスーディテュランボス』(Dionysos-Dithyrambus)第七歌「アリアドネの嘆き」(Klage der Ariadne)より

こうやって並べて、わたくしが何をいいたいのかを書くのは、蛇足というものだろう(参照:「ニーチェとフロイトの「エスEs」)。


…………

※附記1

二重自我のモティーフは、オットー・ランクの同名の研究論文で、きわめて詳細に論及されている。第二の自我の、鏡にうつる像、影の像、守護神、生霊説、死の恐怖などにたいする諸関係がここに研究されているが、このモティーフの驚くべき発展史もまたここに明らかにされている。というのは、ドッペルゲンゲル(二重自我)とは、そもそも自我の消滅にたいする保障、ランクの言葉によれば、「死の偉力を断固として否定すること」であったのである。どうやらあの「不死」の魂こそは、肉体の最初のドッペルゲンゲルであったらしいのである。死滅にたいして防御するための、そのような換え玉作製は、性器象徴の倍加、あるいは複数化によって去勢を表現したがる夢言葉の描写のうちにその対応物ともいうべきものをもっている。これこそ古代エジプト文化において、死者の像を永続する素材のうちに形どっておく技術の原動力となったものである。しかしこれらの諸表象は、原始人や子供の精神生活を支配している無限のナルシシズム、原始的ナルシシズムの基盤の上に生じきたったものであって、この段階を克服すると、ドッペルゲンゲルの形にも変化が起こって、かつては永生の保証であったものが、今は無気味な死の前触れとなるのである。

ドッペルゲンゲルという表象はこの原始的ナルシシズムとともに没落することを要しない。なぜならこの表象は、自我のその後の発展段階から新しい内容を獲得することができるからである、自我のうちには徐々に、爾余の自我と対立する特殊な一部分が形成されて、この一部分が自己観察、自己批評の役割を果たし、心的検閲の仕事を行ない、やがてわれわれの意識にたいして「良心」として立ち現われてくるものなのである。監視妄想の病的ケースにあってはこの一部分が孤立し、爾余の自我から分離されて、医師に気づかれるようになる。爾余の自我をまるで他人のもののように扱いうるような自我の一部分が存在するという事実、つまり人間は自己観察をする能力があるという事実が、古いドッペルゲンゲルの表象を新しい内容をもってみたし、またこの表象にいろいろなものを、なかんずく自己批評の眼には原始時代の、あの古い、すでに克服されたナルシシズムに属するかのように見えるもの一切をなすりつけることを可能にするのである。

しかし自己批評にとって不快な内容のみがドッペルゲンゲルになすりつけられるのではなくて、空想がいまだにそれに執着しているところ、実現されることのなかった運命形成の一切の可能性、また外的な不運によって貫徹されなかったところの、一切の自我の目標、同様にまた自由意志という錯覚を生んだところの、あらゆる禁圧された意志決定も同じくこのドッペルゲンゲルに委譲されるのである。(フロイト『無気味なもの』ーー「かつて二度訪ねたことのある家(フロイトと漱石)」より)

(Mark Rothko)


※附記2


【ラカンのテーゼ】

現実の領域は<対象a>の除去の上に成り立っているが、それにもかかわらず<対象a>が現実を枠どっている。(Ecrits)


◆ミレール(Montre a Premontre, in Analytica 1984)より


対象を<現実界>として密かに無視することによって、現実の安定が「ひとかけらの現実」といして保たれているのだ、とわれわれは理解している。だが、<対象a>がなくなったら、<対象a>はどうやって現実に枠をはめるのか。

<対象a>は、まさしく現実の領域から除去されることによって、現実に枠をはめるのである。

右の絵から斜線を引いた長方形を取り除くと、ちょうど額縁のようなものができる。それは穴にとっての枠であるが、同時に残りの表面にとっても枠である。こうした枠はどんな窓によっても作ることができる。、<対象a>というのはこのような表面の断片であり、それを取り除くことが、それに枠をはめることになるのである。主体とは、すなわち斜線を引かれた主体とは、存在の欠如であるから、この穴のことである。存在としては、この除去されたかけらにほかならないのである。主体と<対象a>は等価である、とはそういうことなのである。

このミレールの説明における主体とは、斜線を引かれた主体$のことであり、われわれはそれ以外にもイマジネールな自己やシニフィアンの主体を持っている。ここではそれを、仮に「シニフィアンの主体」と総称しておこう(想像界は象徴界によって、すでにーいつも構造化されているのだから)。対象aを取り除いたシニフィアンの主体として日常生活をおくっているわれわれは、あるとき己れの対象aに遭遇する。

ジュパンチッチの云う、一つのものが二つになる、あるいは事物は「それ自身の影を纏うdressed in their own shadows」とは、この遭遇のことを(も)意味するのだろうと取り合えず憶測しておく。








2015年1月20日火曜日

詩人暁方ミセイの「わたし」

以下に詩人暁方ミセイのツイートを引用するが、このツイートの前には、――二日前だがーー次のようなツイートがあるので、たぶんこのイベントのトークをめぐる「密かな」感想なのだろう。

 《ワタリウム美術館に着きました!二時から詩と旅についてのトーク。来てね!》

《本日のワタリウム美術館でのイベント、ありがとうございました!楽しかった!詩のイベントは、もっとお祭りみたいな感じでもいいよね。楽しいって大切だと思うの。おやすみなさい〜。》

暁方ミセイ @kumari_kko

ワ〜ッとはしゃいだあと、よく、その賑やかさが妙に不快に思い出されてしまうよ。実際は楽しく何も問題なんかなくても。たくさんの声の高低、ざわめきから飛び出して聞こえる不愉快な単語、目つき、表情、繰り返し繰り返し、ぐちゃぐちゃになって自分の声でかき消す。

全然なにもわかってもらえてないし、だからといって言い訳みたいに話すつもりもないし、自ら話すほどわかってもらえてないわけではないかもしれない。誰かから見たわたしは、自分で思うわたしと同じくらい、あるいはそれ以上に、わたしなんだろうなあ。

わたしが自分で思うわたしは、みんなと同じ「わたし」なんだ。複雑で、闇の中に色彩がチラチラ飛び交っているような形をしていて、開いていて輪郭がない。だからわたしは、誰も否定しないし、誰もばかにしたりしないよ。恐ろしい、宇宙よりもわけのわからない場所に、意識をおいてる生き物みんな。

どこか、山の奥かどこかに、見えなくなりたいなあと思うことはある。でもいずれは、望まなくてもそうなるから、いまはやる。やれることやる。そんな感じ。

暁方ミセイはなにを言おうとしているのだろう。すこし〈わたくし〉は摑みかねている。が、なにやら繊細な神経をもって生まれてしまった者の孤独感を漂わせているように感じられ、それが〈わたくし〉の胸をうつ。

①《ワ〜ッとはしゃいだあと、よく、その賑やかさが妙に不快に思い出されてしまう》

②《全然なにもわかってもらえてないし、だからといって言い訳みたいに話すつもりもないし、自ら話すほどわかってもらえてないわけではないかもしれない》

 ③《わたしが自分で思うわたしは、みんなと同じ「わたし」なんだ。複雑で、闇の中に色彩がチラチラ飛び交っているような形をしていて、開いていて輪郭がない。だからわたしは、誰も否定しないし、誰もばかにしたりしないよ》

④《どこか、山の奥かどこかに、見えなくなりたいなあと思うことはある》

ーーチベットにたしか何度も旅行している彼女である。

@kumari_kko 2014年10月27日 ただいま…!チベットは補陀落の名に相応しく、いろんな意味で天国に近い場所でした。高山病による高熱と嘔吐で七転八倒した時と、それと戦いつつ海抜3600mで360段の階段や急な上り坂をのぼった時と、断崖絶壁の、下にトラック落ちてる峠を越える時に、もはやこれまでか〜と思った。笑

たぶんこれらの言葉から、若年時にイカれたトーマス・マンの『トニオ・クレーゲル』にある文と似たようなものを感じとっているのだろう。

認識と創造の苦悩との呪縛から解き放たれ、幸福な凡庸性のうちに生き愛しほめることができたなら。…もう一度やり直す。しかし無駄だろう。やはり今と同 じことになってしまうだろう。-すべてはまたこれまでと同じことになってしまうだろう。なぜならある種の人々はどうしたって迷路に踏み込んでしまうから だ。
私は、偉大で魔力的な美の小道で数々の冒険を仕遂げて、『人間』を軽蔑する誇りかな冷たい人たちに目をみはります。-けれども羨みはしません。なぜならもし何かあるものに、文士を詩人に変える力があるならば、それはほかならぬ人間的なもの、生命あるもの、平凡なものへの、この私の俗人的愛情なのですから。 すべての暖かさ、すべての善意、すべての諧謔はみなこの感情から流れ出てくるのです。


それ以外も暁方ミセイは一人称単数代名詞「わたし」をめぐって語っている。

《誰かから見たわたしは、自分で思うわたしと同じくらい、あるいはそれ以上に、わたしなんだろうなあ。》

《わたしが自分で思うわたしは、みんなと同じ「わたし」なんだ。複雑で、闇の中に色彩がチラチラ飛び交っているような形をしていて、開いていて輪郭がない》

これはおそらく古井由吉の問いと同じような話ではないか。

古井由吉の文章 @furuiyo
一人称の問題があると。それは当然二人称、三人称との関連になります。そうすると、歴史の問題じゃないかと思うわけね。その言語圏がどういう闘争を経てきたかという、それによるんじゃないかしら。(「文芸思潮」2010初夏)

日本の中世近世からずっと見ると、それほど強い内部的な抗争は経てないというふうに思える。とにかく自他の区別をはっきりしないと、どうつけこまれるかわかりゃしないっていうような、そういうことが少なかったんでしょうね。その中で文章が丸く完成していった。(「文芸思潮」2010初夏)

で、近代に入ってからも、どっちかっていうと集団でふるまうでしょ。だからひょっとして「私」っていう立場が歴史的に薄いんじゃないか。それが今も続いて、お陰さまで経済成長が楽に行ったということになるか(笑)。(「文芸思潮」2010初夏)

これからどうするんだろうね。僕なんかもう残りの年が少ないから、もういいやと思っているけど、若い人はどうするんだろう。主語をはっきりさせて日本語が成り立つかどうかの問題があるんですよね。(「文芸思潮」2010初夏)

社会生活の中で「私」っていうのは、自分は何者かということでしょ? 個人のことでもなくてね、その親の代から祖父の代から何者であるかっていうことのはずなんですよ。(「文芸思潮」2010初夏)

で、文学はそれだけだったら駄目なはずですよね。そこで「私」に関するフィクションが出てくるんだと思うんです。ただ、フィクションと現実との間にどういう緊張があるかということではありませんか。「私」とは険しいものでね。(「文芸思潮」2010初夏)

※参照:日本語と下からの目線

日本人は相手のことを気にしながら発言するという時、それは単に心理的なものである以上に、人間関係そのもの、言語構成そのものがそういう構造をもっているのである。(森有正全集12 P86-87 )
言語は集団的なものです。だから、個人は言語の習得を通して、集団的な経験を継承するということができる。つまり、言語の経験から出発すれば、集団心理学と個人心理学の関係という厄介な問題を免れるのです。ラカンは、人が言語を習得することを、ある決定的な飛躍として、つまり、「象徴界」に入ることとしてとらえました。その場合、言語が集団的な経験であり、過去から連綿と受け継がれているとすれば、個人に、集団的なものが存在するということができます。

このことは、たとえば、日本人あるいは日本文化の特性を見ようとする場合、それを意識あるいは観念のレベルではなく、言語的なレベルで見ればよい、ということを示唆します。(柄谷行人「日本精神分析再考(講演)(2008)」)

…………

ところで、あの2011年春の事故の二年目の「追悼」の日、この若い詩人が次のように呟いていた。

@kumari_kko: 「東北が被災した」と思うことに、まず断絶を生む原因があると思う。被災したのはわたしたちで、日本だと、感じられたらいいよね。そして本当にはそうなんだけどね。

@kumari_kko: いや、それはわたしが特に、自分のことだと思わないと無関心になりがちな人間だからなのかもしれないけど!去年、一人で中国にいて、新聞のトップ記事が追悼記事だったの。嬉しいなと素直に思えた。

このツイートを読んでから、彼女の本業だけでなく、ツイートにも注視するようになった。

わたくしは、彼女の詩集が手元にあるわけではなく、すなわち彼女の詩を多く読んでいるわけではないが、いくつかのインターンネット上で読むことができる暁方ミセイの詩の断片を好む、いやとても「ひどく」好む詩がある(参照:逃げ水と海へ向かう道)。すくなくとも若い詩人たちのなかでは、すでにナンバーワンの書き手であるとの「錯覚」に閉じこもり得ている。しかもそれは「すくなくとも」であり、ほとんど「日本現代詩人のなかで」、と口が滑りそうになってしまう。


さて、《フィクションと現実との間にどういう緊張があるか》と上に引用された古井由吉の文にあったので、かさねて《自分が見る、自分を見る、見られた自分は見られることによって変わるわけです。見た自分は、見たことによって、また変わる。》(古井由吉『「私」という白道』)、あるいは次ぎの文を引用しておこう。

「私」が「私」を客観する時の、その主体も「私」ですね。客体としての「私」があって、主体としての「私」がある。客体としての「私」を分解していけば、当然、主体としての「私」も分解しなくてはならない。主体としての「私」がアルキメデスの支点みたいな、系からはずれた所にいるわけではないんで、自分を分析していくぶんだけ、分析していく自分もやはり変質していく。ひょっとして「私」というのは、ある程度以上は客観できないもの、分解できない何ものかなのかもしれない。しかし「私」を分解していくというのも近代の文学においては宿命みたいなもので、「私」を描く以上は分解に向かう。その時、主体としての「私」はどこにあるのか。(中略)この「私」をどう限定するか。「私」を超えるものにどういう態度をとるか。それによって現代の文体は決まってくると思うんです。 (古井由吉『ムージル観念のエロス(作家の方法)』)

かつまた谷川俊太郎の一人称単数代名詞の扱いをめぐる文を附記しておこう(「フィクションの一人称単数代名詞(谷川俊太郎)」より)。


◆「私」 谷川俊太郎


 四十余年前、主に「僕」という一人称を使って私は詩を書き始めました。ふだんも私は僕と言っていて、友人同士のあいだではときに俺になることもあったにしろ、それはごく自然な選択だったと思います。作品における一人称と現実の私とのあいだに、ほとんど距離はなかったと見ていいでしょう。第二詩集である「六十二のソネット」では一人称は「私」に統一されています。どうして「僕」を「私」に変えたのか、はっきりした記憶はありませんが、もしかすると一種の背伸びだったのかもしれない。本来はなかったであろう「僕」のニュアンス、いささか子どもっぽい、ときにはカマトトともとられかねない感じが一九五〇年代にはもうあって、それを避けたかったのでしょう。

 それ以後の作では「僕」「私」「俺」などが混在しています。作品の中に作者、すなわち私自身ではない主人公が登場し始めたということもありますが、その主人公が直接話法で語らない場合にも、詩を書いている私と、詩の中の私とのあいだに一篇一篇の作によって異なるにしろ微妙な距離がでてきたことがその理由でしょう。つまり詩を一種のフィクションとして書くことを、私は知らず知らずのうちに覚えたと言えます。しかしこのことはこういう単純な説明では解明できない、詩というものの本質にかかわっています。私はいまだに一貫した一人称を用いることが出来ず、一篇の作を書き始めるごとに、どんな一人称にしようか迷うことが多いのです。

 近作「世間知ラズ」と「モーツァルトを聴く人」では「ぼく」が使われていて、それは当時の私の気分による、意識的な選択でした。「私」に比べると「ぼく」は一種の傷つきやすさがあり、その頼りなさが私には必要だった。その「ぼく」は「二十億光年の孤独」の中の「僕」とは違うと私は考えています。

 一篇の詩とその作者である詩人との関係は、ふつう考えられているよりはるかに複雑微妙で流動的です。一篇の詩はたしかにその作者の現実生活なしでは生まれてこないものですが、その詩に述べられた考えや感情が、そのまま作者である詩人が現実に抱いたものであるかと言えば、そうは言えないことも多いのです。詩は思想を伝える道具ではないし、意見を述べる場でもない、またそれはいわゆる自己表現のための手段でもないのです。詩において言葉は「物」にならなければならないとはよく言われることですが、もしそうであるとすれば、たとえば一個の美しい細工の小箱を前にするときと同じような態度が、読者には必要とされるのではないでしょうか。そこでは言葉は木材のような材質としてとらえられ、それを削り、磨き、美しく組み合わせる技術が詩人に求められる倫理ともいうべきものであり、そこに確固として存在している事実こそが、詩の文体の強さであるはずです。作者である詩人は「形」の中にひそんでいる。何かを言いたいから書いたのだという視点からだけでは、詩の中の「私」はとらえられないと思いますし、詩に書かれている内容をもとにして、詩人の正邪を断罪するのも公平でないと思う。とは言うものの、詩が散文による書き物と違って、この世の道徳的判断からまったく免責されているというふうには私も考えていません。詩人はたぶん現実世界から見れば不道徳な存在とならざるをえない一面をもっていて、その自覚なしには彼ないし彼女はこの世に生きてはいけないのです。自らのいかがわしさを通して、詩人は世間にむすびつくと今の私は考えています。