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2015年2月24日火曜日

「脳軟化症」を理解し許すこと

少し前「「理解」することは「許す」こと」にて、《半月ほどまえに書いた文章だが、投稿せずのままのものである……なにか別のことをつけ加えようと思っていたのだが、なんだったか思い出せない(それは初老による脳軟化症のせいかもしれない)。というわけで、そのまま投稿する》と書いたが、なにか別のことを今頃思い出した。というわけで、ここにメモしておく。

…………

……私たちは病んでいた、――姑息な平和に、臆病な妥協に、近代的な然りと否の有徳的な不潔さの全部に。すべてを「理解する」がゆえにすべてを「許す」ところの、このような寛容や心の広さは、私たちにとっては熱風である。近代的な諸徳やその他の熱風のもとで生きるより、むしろ氷のうえで生きるにしかず! ・ ・ ・私たちは十分勇敢であり、おのれをも他人をも甘やかしはしなかった。しかし私たちは長いこと知らなかった、私たちの勇敢さをたずさえてどこへゆくべきであるのかを。私たちは陰鬱となり、人は私たちを運命論者と名づけた。私たちの運命――それは、力の充実、緊張、鬱積であったのである。私たちは電光と実行を渇望し、弱者の幸福からは、「忍従」からは最も遠ざかっていた・ ・ ・私たちの大気のうちには雷雨があった、私たちの自然の本性は暗澹となったーーなぜなら私たちはたどるべきなんらの道をもっていなかったからである。私たちの幸福の定式は、すなわち、一つの然り、一つの否、一つの直観、一つの目標・ ・ ・(ニーチェ『反キリスト者』原佑訳)

すなわち《すべてを「理解する」がゆえにすべてを「許す」ところの、このような寛容や心の広さは、私たちにとっては熱風である》である。なぜ失念してしまったのか。

神経科学者は記憶を短期記憶と長期記憶とにわけ、長期記憶を一般記憶とエピソード記憶(私は「個人的記憶」でよいと思う)と手続き記憶とにわける。ここにはフラッシュバック的記憶は座がない。(中井久夫「外傷性記憶とその治療――一つの方針」『徴候・記憶・外傷』所収)

 この区分から言えば。短期記憶であろうが、それを失念している。まあそうはいっても昔から記憶力はよいほうではない。そのよくない記憶力がより悪くなっているだけだが、愛すべきニーチェの文を忘れるとは嘆かわしい。ああアルツハイマー初期症状なり!(たぶん脳軟化症とアルツハイマーはいささか意味合いが異なるのだろうが、まだその二つの語彙を忘れないでいられたことに感謝してここに二つの言葉を並べておく)。

とはいえ、中井久夫さえ次のようであるそうだ。《私が同時に保持できる「チャンク」の数が減ってきたことを意識したのは、五十歳を二、三年過ぎた時であった》。わたくしは、五十歳を二、三年過ぎるよりはもうすこし過ぎている。ということでそんなに気にしないでおこう。

一般に思索においては、どこからか湧いてくる観念あるいはその前段階を脳裡に複数個保持しなければならない。それも、観念、より正確には「その反応ー結合ー融合性の高さ」によって私が仮に「観念のフリー・ラジカル」と呼んできた観念の前段階状態にあるものがむやみに反応し結合するのをある限度以上に抑え、時宜に応じて交代させつつ、保持しなければならない。発言や執筆においては何時間もこの保持を継続しなければならない。ところが観念というものはたえず変形しようつし、他の観念を呼び、また他の観念と結合しやすい不安定なものである。発言や執筆の際には、群がる観念を文章という一次元性のものに整頓しなければならない。それは、われわれと群がり、ともすればあちこちに散らばろうとする学童を一所懸命一列に並ばせようと声をからしている小学校の先生の努力に似ている。その際に、まず観念の数をミラーの法則の範囲内(七、あるいは四+三、四×二:引用者)に減らして、それからその相互の関係を考えるという順序となるだろう。この能力が年齢とともにどうなるかである。

私が同時に保持できる「チャンク」の数が減ってきたことを意識したのは、五十歳を二、三年過ぎた時であった。(……)万事がそうであるように、私もこの減少を意識したことによって改めて、かつての私が七つ前後の観念を「上場」できていたことに気がついたのである。それができていた当時は、私の意識はもっぱら思考の目標を見据えて観念を操作していて、上場観念の数などを意識することはなかった。何ごとであっても問題なしという時には意識されない。意識というのはその過程に何かの妨害や限界設定がなされた時の意識の意識として登場するものである。(中井久夫「記憶について」『アリアドネからの糸』所収 pp.115-116)

《ミラーの法則の減退は、老人にとって知的・感情的活動の大きな制約となると私は思う。私は自ら「思索の底が浅くなった」と感じる》などともあるが、思索の底が深かった覚えのない人間にとっては、これこそまったく気にすることができ難い。初老の身になって、その「幸福」を神に感謝しておくことにする。いわゆる「信仰なき者の祈り」である。アーメン!

「主よ、信じます。信仰のない私をお助けください」(マルコによる福音書9章24節)

ーー「主よ、憐れみたまえ"Erbarme dich, mein Gott"」(マタイ)





なにはともあれ、次のような「自由の特権」を享受できうる敷居を跨ぐ準備にそろそろ入ろうと思う、それは現代の日本的感覚から言えばやや早すぎるなどという非難がありうることを無視して。

その老学者はまわりの騒がしい若者たちを眺めていたが、突然、このホールのなかで自由の特権をもっているのは自分だけだ、自分は老人なのだから、と思った。老人になってはじめて人は、群集の、世間の、将来の意見を気にせずともすむ。近づいてくる死だけが彼の仲間であり、死には目を耳もないのだ。死のご機嫌をうかがう必要もない。自分の好きなことをし、いえばいいのだ。(クンデラ『生は彼方に』)