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2016年2月13日土曜日

「じいさん」の覗き趣味

ファルスは鍵束を取り出す、およそ十個はある…彼は女たちを自分の家の近くのアパルトマンに住まわせるのが趣味だった…何人いたのか? 三人? 四人? …
(……)

…ファルスに復讐するために。彼はすくなくとも週に十通は殺しの脅迫状を受け取っている…気のふれた奴らのやることだ…海の彼方のあらゆる国々の、頭のいかれた女たち…(ソレルス『女たち』鈴木創士訳)



ところが疑念がぼくの心によぎる…もし彼がこういうのを好きだとしたら? これが彼らのエロティックなサーカスの一部をなしているとしたら? ひょっとして、ブラジル野郎は「じいさん」の覗き趣味のために種馬の役目を努めているのだろうか?




翌日、ファルスがぼくに何も言わずにインド旅行を取りやめにしたことを知る…それから、次の日、アルマンドの家の前の舗道で彼に出会う…「じゃあ、失礼するよ」、彼は疲れ果てた様子でぼくに言う、でもぼくが事の内幕をわかっているのは間違いないと確信して…まるでそのことに言い訳でもするみたいに…彼はどこにいったのか? 食事かな…セリメーヌの覗き窓へ…老いぼれの、おさわりかおしゃぶりの悲惨さにむかって…

それっきり会うことはなかった…ほとんど、と言ったほうがいい…ぼくは彼を置いてインドへ行った…ぼくはとにかく彼についてカルカッタでしゃべった…ボンベイで…ディスクールとパロールについての彼の極めて独特な考え方について…むこうの、その何とかってやつに合わせて…サンスクリットだ…



そして今、彼は死んだ。カクテ彼ハ身籠リヌ…栄光、最後に彼はそれを手にしたのだ…いっぱい…たいていは孤独だった戦いの日々を重ねて…彼の言ったことを理解した者はほとんどいなかった…彼にはめちゃくちゃな話がたくさんあった、彼の同僚、生徒、教育機関、新聞社との…たいがいは非難されていた。山師の気質、権勢の利用、転移の歪んだ使用、妖術、麻薬、恐喝、自殺…彼の企てが動揺していたことは言っておかなくちゃならない…いずれにしても、見てるぶんには面白い…みごとに現実離れしているし…ファルスはまぎれもなく一種の天才だったのだ。いいだろう、でもいささかやくざなところがあったのも本当だ…彼がその標的になった迫害のために、やくざにならざるを得なかったんじゃないか? そうかもしれない…ほんとうのところはわからない。人生は解きほぐせないものだ…彼は絶対的忠誠と抑え難い憎悪をかきたてた…どちらかといえばそれは良い兆候だ…ファルスは、とにかくたぶん彼がそうなるはずだったものを打ち砕いたか、歪めてしまったのだ…いつも彼は金をたんまりもっていた、これが肝心なところだ。スイスの口座…彼の診察室はすいていることがなかった…診察料は恐ろしく高く…時間は短い…彼が一番非難されたのはこれだった、どうやらテンポってものがあるらしい…地獄の足枷…普通の、公認の、協会に加盟した精神分析家は、一回に四十五分はかける…何が起ころうとも…男のあるいは女の患者はやって来ると、横になって、自分の夢を語る、等々。四十五分、これが必要な「時間」だ…「無意識の時計」…混信の、あるいは分析家に対する多かれ少なかれ抑えられた暴力の十五分。主体の核心に触れる十五分、でもそのうちの三分だけが決定的で、それは三十秒でかたがつく。それから水増しの十五分。これで一丁上がり、お次の方どうぞ…ファルスはといえば、そんなものすべてを覆してしまったのだ…彼は、そんなものはハエがぶんぶん唸っているようなものだと思っていた…それは何もせずに眠っていることだと…それは発見の否定だと…彼の狙いはそいつを蒸し煮にしてしまうことだ…あれでは作業の「毒性」を弱めてしまう、と。彼の弟子たちがそう言ったように…毒性、毒性って…ウイルスとしての生命…何はともあれ、彼はあえてやったのだ…三分間…こんにちは、さようなら…さあ払ってもらいましょう…こんどはいつ? 国際学会は調査にのりだした…陰口、事件の口にされなかった裏面があった…彼は除名された…それを彼は見事な叙事詩に仕立あげたのだ…彼は「学派」を創立した…運動…連合…結社…そして、そのつど彼はみごとに失敗した…彼は気にせず、続行した…それは形の上では教会の論争にとてもよく似ていた、ギリシャ正教、宗教改革、反宗教改革、そしてさらにもっと似ていたのが、マルクス主義と共産主義の隊列に起こった周期的爆発だ…精神分析のパウロたるファルスをトロツキーの再来と考えることもできた、武装解除された予言者、流謫の予言者、中央権力によって道を誤まった真理の予言者…ユダヤ教会を破門されたスピノザ…神話がひとり歩きした、ファルスは異端であることを自慢しさえした、いずれ異端が正しいということになるだろう…

(Foucault, Lacan, Levi-Strauss, Barthes)

ぼくはヴェルトが打ち明けてくれたことを思い出す、彼がノイローゼにかかっていた頃のことで、ファルスの診察室にわりと足繁く通っていた。「あんなところに通うとろくなことはないよ」…彼はまさにそのために動顛させられた…「彼に自分の今までの出来事を話しているうちに」、ヴェルトはつけ加えて言った、「突然わかったんだ、気のふれた奴とおしゃべりするなんて、ぼくはとんでもない阿呆だって」…明快な話さ…