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2017年8月15日火曜日

なんでも妣宮

いつもそうなのだが、わたしたちは土台を問題にすることを忘れてしまう。疑問符をじゅうぶん深いところに打ち込まないからだ。(ヴィトゲンシュタイン『反哲学的断章』)

さてわれわれの生の土台が何であるかは証明された。それは、子宮から子宮へである(参照:玄牝之門・コーラ χώρα・ゾーエー Zoë)。


かつまた我が国の柳田国男や折口信夫が語る「妣の国」「妣が国」もじつは子宮のことではないか、と睨んでいる(二人の思考に追うためにはむしろ避けねばならない漢字の語源ーー《我々の国語は、漢字の伝来の為に、どれだけ言語の怠惰性能を逞しうしてゐたか知れない程で、決して順当の発達を遂げて来たものではないのである》(折口)--その漢字語源に敢えて依拠してしまえば、匕は、妣(女)の原字で、もと、細いすき間をはさみこむ陰門をもった女や牝を示したものである・・・いやあシツレイ! 折口センセ、《何と言つても、語が目の支配を受けて、口を閑却すると言ふ事は、正しい事ではありません》)。

夙く『釈日本紀』の私註以前から、我々の根国思想は一辺に偏し、彼処を黄泉国よみの国と同じとする解釈は、最近の復古時代までも続いていた。果してそんな事で上代の文献が残らず判るもののごとく思っていたのであろうか。合点の行かぬ話であった。たった一つの著名な例を挙げても、素尊は妣の国へ行くと称して、父の神の指命によって根国へ渡って行き、そこに年久しく住んでおられ、大国主神は後にその国を訪れて、結婚しまた宝物を持ってこられた。是を漢土で黄泉とも呼んでいた冥界のことだと、信じて古人はこの記録を遺したと言えるだろうか。重要な大昔の一つの言葉でも、年を累ね世の中が改まれば、その受け取りかたがいつとなく変ってくると、どうして考えてみることができなかったか。(柳田国男『海上の道』)
過ぎ来た方をふり返る妣が国の考へに関して、別な意味の、常世の国のあくがれが出て来た。ほんとうの異郷趣味(えきぞちしずむ)が、始まるのである。気候がよくて、物資の豊かな、住みよい国を求め〳〵て移らうと言ふ心ばかりが、彼らの生活を善くして行く力の泉であつた。(……)

鰭の広物・鰭の狭物・沖の藻葉・辺の藻葉、尽しても尽きぬわたつみの国は、常世と言ふにふさはしい富みの国土である。曾ては、妣が国として、恋慕の思ひをよせた此国は、現実の悦楽に満ちた楽土として、見かはすばかりに変つて了うた。(折口信夫『妣が国へ・常世へ 』)

わたくしの偏った頭では、これらの記述は、どうしてもフロイトの《誕生とともに、放棄された子宮内生活 Intrauterinleben へ戻ろうとする欲動 Trieb》、《母胎内 Mutterleib への回帰》(『精神分析概説』草稿、死後出版1940年)等を想起せざるをえないのである。

というわけで(?)、以下の図は、「誕生」にも「死」にも「子宮」を代入せねばならない。



安永(安永浩)と、生涯を通じてのファントム空間の「発達」を語り合ったことがある。簡単にいえば、自極と対象極とを両端とするファントム空間軸は、次第に分化して、成年に達してもっとも離れ、老年になってまた接近するということになる。(中井久夫「発達的記憶論」『徴候・記憶・外傷』所収)


蚊居肢子の年令は、右側の「死=子宮」に近づきつつある。だから「土台」を如実に感じるようになったのである。30代や40代の不幸な連中は、《土台を問題にすることを忘れて》いる。詩人という稀有の例外はある。

死とは、私達に背を向けた、私たちの光のささない生の側面である。(リルケ「ドゥイノの悲歌」)

だが詩人たちでさえ、谷川俊太郎にようにようやく晩年になって「土台」を明瞭に歌うことができるようになる例が多い。


なんでもおまんこなんだよ
あっちに見えてるうぶ毛の生えた丘だってそうだよ
やれたらやりてえんだよ
おれ空に背がとどくほどでっかくなれねえかな
すっぱだかの巨人だよ
でもそうなったら空とやっちゃうかもしれねえな
空だって色っぽいよお
晴れてたって曇ってたってぞくぞくするぜ
空なんか抱いたらおれすぐいっちゃうよ
どうにかしてくれよ
そこに咲いてるその花とだってやりてえよ
形があれに似てるなんてそんなせこい話じゃねえよ
花ん中へ入っていきたくってしょうがねえよ
あれだけ入れるんじゃねえよお
ちっこくなってからだごとぐりぐり入っていくんだよお
どこ行くと思う?
わかるはずねえだろそんなこと
蜂がうらやましいよお
ああたまんねえ
風が吹いてくるよお
風とはもうやってるも同然だよ
頼みもしないのにさわってくるんだ
そよそよそよそようまいんだよさわりかたが
女なんかめじゃねえよお
ああ毛が立っちゃう
どうしてくれるんだよお
おれのからだ
おれの気持ち
溶けてなくなっちゃいそうだよ
おれ地面掘るよ
土の匂いだよ
水もじゅくじゅく湧いてくるよ
おれに土かけてくれよお
草も葉っぱも虫もいっしょくたによお
でもこれじゃまるで死んだみたいだなあ
笑っちゃうよ

おれ死にてえのかなあ

ーーーなんでもおまんこ 谷川俊太郎