長い年月を経てやっと
その日のそのひとときが
いまだに終わっていないと悟るのだ
空の色も交わした言葉も
細部は何ひとつ思い出さないのに
そのひとときは実在していて
私と世界をむすんでいる
死とともにそれが終わるとも思えない
そのひとときは私だけのものだが
否応無しに世界にも属しているから
ひとときは永遠の一隅にとどまる
それがどんなに短い時間であろうとも
ひとときが失われることはない
ーーー谷川俊太郎『おやすみ神たち』2014年所収
…………
ひさしぶりに近場の海に日帰りで行ってきた。近場といっても、朝三時出発六時到着。夜九時過ぎ帰宅。長男が一浪して医学校に入学が決まったので、ちょっとしたお祝いもかねて。
幸運にもとてもよい海水浴日和。しかも「ひととき」に遭遇した。きっとすぐ忘れるだろう、2017年8月8日、午後1時過ぎの「ひととき」。
白い波頭とはうそだ
白くない波頭がひかっていた
くだけると白くなる
こんな光景の記憶はない
砂浜の椰子葺の下の薄暗がり
市場で手に入れたとびきり鮮度の
蝦蛄と海老と蟹
家族だけの笑いさざめき
潮風の絶えまない慰撫に包まれ
潮風の絶えまない慰撫に包まれ
群青の囀りに耳をすます
宴のあとの昼下り
妻と長男は禽獣の深い眠りに耽っている
半刻ほど休んだきりで
半刻ほど休んだきりで
ふたたび独り海に向かう次男
そのすがたをぼんやりと目で追ってゆく
そのときだ
そのときだ
金の波穂と白の砕け波
千の波の縞模様に見惚れたのは