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2017年11月20日月曜日

想起記述

私が《想起記述 anamneses》を呼んでいるものは、被験者が、稀薄な思い出を《拡大もせず、それを振動させることもなしに》ふたたび見いだすためにおこなう作業――享楽と努力の混合――である。(『彼自身によるロラン・バルト』)

道祖神の女と同じ学部で学科違いの一年下に、ひどく背の高い美少女がいた。一度喫茶店で一緒になったことがある。四人だったはずだが五人いたかもしれない。ボク以外はすべて女だった。

女たちは話している、「何々ちゃんってデキちゃったのよね、彼氏の隣の部屋のひとと」。「そうそう、彼氏が部屋にいなくって隣で待たせてもらってたときらしいわ」「でも優しくされたらそうなっちゃうかもね」「いやあ、それはないわ、いくらなんでも」・・・当時は部屋にはおおむね電話がない時代である。

ボクは長身の少女に見惚れていた。ほかの少女たちはブ―であった。道祖神はボクとの帰途、「あの子、すごくニブイのよ、実験なんてまったくダメ」。理学部女子学生の話である。

彼女はのちに芥川賞作家になった。