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2022年3月10日木曜日

音楽〉女〉詩

 


音楽ってのはよくないね、ほかのことはどうでもよくなるから。


僕は、詩がなくても生きていけるんですよ。でも音楽がなかったら生きていけない人間なんです。それは子供の頃からだいたいそうで。とくに思春期以後、自分の感性がちょっと拓けてきたときに、まず感動したのはクラシックの音楽ですね。で、そのずっと後になって、詩の魅力っていうのに気づいたんじゃないかな。(谷川俊太郎『声が世界を抱きしめます』2018年)



でも詩もときにはいいよ

あとは? 

さあてっとーー、

やっぱり女じゃないかね

いや詩よりも女が先だね




西片町  粕谷栄市


 夏の日、涼しい縁側で、片肘をついて、寝転んでいた

い。久しぶりに、おふくろのいる家に戻って、何もしな

いで、ゆっくりしていたい。


 一人前の左官職人になって、間もない私は、その日は、

仕事の休みの日だ。何もすることがないし、したいこと

もない。ただ、ぼんやり、横になって、片肘をつき、垣

根に咲いている、青い朝顔の花を眺めていたいのだ。


 考えていることといえば、まだ、よく知らない娘のこ

とだ。娘は、たしか、自分と同い年で、片西町の蕎麦屋

につとめている。色が白くて、小さい尻をしている。


 思えば、この私には、一生、そんな日はないのだけれ

ど。夢のなかの西片町の蕎麦屋に行くこともないのだけ

れど。もう、とっくに死んでいて、どこかの寺の墓石の

下で、若い左官屋の幻をみているのだけだけれど。