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2023年4月30日日曜日

結局カラ怒り

 

めげてんだよ、このところ。結局カラ怒りなんだ、僕のは。

まただな、と根のところでは思っているだけでさ

属米ネオコン主義者やら宇ナチ応援団やらワク珍絶賛派に対してね

その前からのアベノミクス財政ファイナンス派でもさ

これが日本ってもんさ、みんなで渡ればこわくないってやつだ

閉鎖社会の大勢順応で大破局は目に見えないタコツボ国民性さ

海外住まいということもあるけど実のところ怒りはないんだよ

あるのは憐れみとそして軽蔑だけだね


むかし芥川龍之介が手紙で、《僕は世の中の愚を指摘するけれどもその愚を攻撃しようとは思つてゐない…irony を加へる以上に憎む氣にもなれないのです》って書いているけど、いくらかこのシニカルな「冷眼」があるんだろうな、芥川ほどでなくても。


僕に何故冷眼に世の中を見るかと云ふ質問も青年の君としては如何にも發しさうなものと考へます。が僕には現在僕の作品に出てゐる以上に世の中を愛する事は出來ないのだからやむを得ません。のみならず愛を呼號する人の作品は僕にとつて好い加減な嘘のやうな氣さへするのです。僕は世の中の愚を指摘するけれどもその愚を攻撃しようとは思つてゐない。僕もさう云ふ世の中の一人だから唯その愚(他人の愚であると共に自分の愚である所の)を笑つて見てゐるだけなのです。それ以上世の中を愛しても或は又憎んでも僕は僕自身を僞る事になるのです。自ら僞る位なら小説は書きません。要するに僕は世の中に pity は感ずるが love は感じてゐない。同時に又 irony を加へる以上に憎む氣にもなれないのです。(芥川龍之介書翰、大正八年十一月十一日小田壽雄宛)