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2024年6月7日金曜日

米国と中国の覇権争いと「ボロメオの環」

 

柄谷行人が『トランスクリティーク』以来示し続けている「国家、資本、ネーション(共同体)」のボロメオの環がある。



「国家、資本、ネーション(共同体)」はより一般化して言えば、「ヘゲモニー、エコノミー、イデオロギー」とすることができる。



このボロメオの環の最も基本的な読み方は次の通り。


ボロメオの環において、想像界の環(赤)は現実界の環(青)を覆っている。象徴界の環(緑)は想像界の環(赤)を覆っている。だが象徴界自体(緑)は現実界の環(青)に覆われている。これがラカンのトポロジー図の一つであり、多くの臨床的現象を形式的観点から理解させてくれる。

the borromean knot, in which the circle of the Imaginary covers the circle of the Real. The circle of the Symbolic covers the Imaginary one, but is itself covered by the circle of the Real drawing of the knot: This is one of those Lacanian topological figures which enable us to understand a number of clinical phenomena from a formal point of view.(ポール・バーハウ PAUL VERHAEGHE, DOES THE WOMAN EXIST? 第二版、1999)


ーー「覆っている」とは「支配している」、あるいは「隠蔽している」と読み換えることができる。


現在の世界の混沌は、米国と中国のあいだのヘゲモニー闘争(覇権争い)が核心にあると言えるだろうが、覇権争いは経済(資本主義)に支配されている。イデオロギーはこの資本の駆り立てる力ーーマルクスは致富欲動[Bereicherungstrieb」と言ったーーを隠蔽しようとするが。


例えば現在の中国のイデオロギーは「一帯一路」ーー別名「新しいシルクロード」ーーだろうが、資本の欲動を隠蔽しようとしているとおそらく言える。


先のボロメオの環を睨みつつ、マイケル・ハドソンの分析を読むとハドソンが主張していること以上のことが見えてくるよ。



◾️ベン・ノートンBen Nortonによるマイケル・ハドソンインタビュー「なぜ米国はイスラエルを支持するのか?」Why does the US support Israel? A geopolitical analysis with economist Michael Hudson、2023-11-12より

イスラエルがバイデン政権の対外政策に占める重要性を理解する上では、バイデンが、イスラエルはアメリカの地政学上のパワーを、世界的に死活的に重要な地域の一つである中東に拡大する上での支柱と認識していることを強調する必要がある。バイデンは早くも1986年(上院議員時代)に、イスラエルが存在していなかったとしたら、アメリカはこの地域における利益を守るために、イスラエルを作り出さなければならない、と述べた。


中東(より正しくは西アジア)は石油と天然ガスの世界最大の貯蔵量を誇り、アメリカの伝統的目標の一つは石油及び天然ガスの世界市場価格の安定を維持することにある。しかし、冷戦終了・ソ連崩壊の1990年代以後、アメリカは世界のすべての地域に対する支配を目指すようになった。そのことを端的に表明したのは国家安全保障会議(NSC)が1992年に明らかにしたいわゆるウォルフォヴィッツ・ドクトリンである。「アメリカの目標は、アメリカの利益にとって死活的な地域が敵性国家によって支配されることを排除し、アメリカ及び同盟国の利益に対する世界的脅威が台頭することを防止する障壁を強化することである。これらの地域には、欧州、東アジア、中東・湾岸地域、そしてラ米が含まれる。これら地域の資源が集権的・非民主的な勢力に支配されることは我が安全保障に対する重大な脅威を生む。」2004年に発表された国家軍事戦略も、その目標は「全面的支配」("Full Spectrum Dominance")、つまり、いかなる状況をも支配し、軍事作戦を通じていかなる敵をも打ち破る能力を維持することである、と述べた。

中東に関しては、アメリカは伝統的に「二つの柱」戦略-西のサウジアラビア、東のイラン-に依拠してきた。しかし、1979年のイラン革命でその一つの柱を失ってから、アメリカの中東支配においてイスラエルの重要性が次第に高まっていった。この地域の戦略的重要性は石油・天然ガス資源だけではなく、地球上でもっとも重要な通商ルート(特にスエズ運河、イエメンのバブ・アル・マンダブ海峡)が位置することにある。世界の多極化が進行し、地域におけるアメリカの影響力が弱まっている中で、アメリカが支配を維持する上でのイスラエルの重要性が高まっているのだ。

世界の石油価格決定においては、今やサウジアラビアとロシアが中核的役割を果たしている。サウジアラビアは伝統的にアメリカの忠実な属国だったが、今日ではますます非同盟的な対外政策を営むようになっている。その大きな理由の一つは、中国が地域諸国の最大の貿易相手国となっていることだ。それに加え、中国は「一帯一路」イニシアティヴという世界的インフラ・プロジェクトを通じて、世界貿易の中心をアジアに引き戻しつつある。そして、このイニシアティヴにとって決定的に重要なのは中東、より正確には西アジアであり、それはこの地域がアジアと欧州とを結びつける地域であるからに他ならない。


アメリカが新しい交易ルート建設計画で「一帯一路」に必死に挑戦しているのは正にこのためである。アメリカは特にインド-ペルシャ湾-イスラエルという交易ルートを建設しようとしている。


以上のすべてのプロジェクトにおいて、イスラエルはアメリカ帝国のパワーの延長として重要な役割を担っている。バイデンが「イスラエルが存在していなかったとしたら、イスラエルを作り出さなければならない」と述べた今日的理由は正にここにある。現にバイデンは、2022年10月27日にホワイトハウスでイスラエルのヘルツォグ大統領と会見した際にもこの発言を繰り返し、直近では、昨年(2023年)10月18日にイスラエルで行った演説の中でもこの発言を繰り返した。



何はともあれ、私は中国の「一帯一路」イデオロギーなんてのは、まったく信用していないのでーー将来的には中国自体が今の米国のようになる可能性が高いーー、だがマイケル・ハドソンにはそのイデオロギーへの批判(吟味)がいささか欠けているように見える。


重要なのはーー柄谷の言い方ならーー資本=ネーション=国家というボロメオの環の外に出ることである。


ヘーゲルが『法の哲学』でとらえようとしたのは、資本=ネーション=国家という環である。このボロメオの環は、一面的なアプローチではとらえられない。ヘーゲルが右のような弁証法的記述をとったのは、そのためである。たとえば、ヘーゲルの考えから、国家主義者も、社会民主主義者も、ナショナリスト(民族主義者)も、それぞれ自らの論拠を引き出すことができる。しかも、ヘーゲルにもとづいて、それらのどれをも批判することもできる。それは、ヘーゲルが資本=ネーション=国家というボロメオの環を構造論的に把握した――彼の言い方でいえば、概念的に把握した(begreifen)――からである。ゆえに、ヘーゲルの哲学は、容易に否定することのできない力をもつのだ。


しかし、ヘーゲルにあっては、こうした環が根本的にネーションというかたちをとった想像力によって形成されていることが忘れられている。すなわち、ネーションが想像物でしかないということが忘れられている。だからまた、こうした環が揚棄される可能性があることがまったく見えなくなってしまうのである。(柄谷行人『世界史の構造』第9章、2010年)



2人のマルクス主義者、1939年生まれのマイケル・ハドソン、1941年生まれの柄谷行人を同時に読むことが肝要ではないかね。



※附記


ラカンのボロメオの環の基本は次の通り。



資本が「資本の欲動」、覇権が「覇権の欲望」なのはいいとして、共同体が「共同体のナルシシズム」であるのは一般にはいくらか違和があるかもしれない。だが、それについてはフロイトの各共同体における「些細な差異のナルシシズム」を参照。