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2024年7月29日月曜日

東條英機の亡霊の回帰

 


しかしどういう力が働いているんだろうな、この「統合軍司令部」設置ーーつまり自衛隊の米軍下請け化は?



ひょっとして東條英機の亡霊の回帰かね、


ヘーゲルはどこかで、すべての偉大な世界史的な事実と世界史的人物はいわば二度現れる、と述べている。彼はこう付け加えるのを忘れた。一度目は偉大な悲劇[Tragödie]として、二度目はみじめな笑劇[Farce]として、と。〔・・・〕


人間は自分自身の歴史を創るが、しかし、自発的に、自分が選んだ状況の下で歴史を創るのではなく、すぐ目の前にある、与えられた、過去から受け渡された状況の下でそうする。すべての死せる世代の伝統が悪夢のように生きているものの思考にのしかかっている。そして、生きている者たちは、自分自身と事態を根本的に変革し、いままでになかったものを創造する仕事を携わっているように見えるちょうどそのときでさえ、まさにそのような革命的危機の時期に、不安そうに過去の亡霊[Geister der Vergangenheit]を呼び出して自分のたちの役に立てようとし、その名前、鬨の声、衣装を借用して、これらの由緒ある衣装に身を包み、借り物の言葉で、新しい世界史の場面を演じようとしているのである。(マルクス『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』Der 18te Brumaire des Louis Bonaparte、1852年)



「人間一度は清水の舞台から飛び降りることも必要だ」と言って真珠湾攻撃なる自殺行為に踏み込んだ東條英機の亡霊の、マルクスの言い方なら「笑劇としての」回帰なんだろうかね、


戦争への引き返し不能点は具体的に感覚できるものである。太平洋戦争の始まる直前の重苦しさを私はまざまざと記憶しており、「もういっそ始まってほしい。今の状態には耐えられない。蛇の生殺しである」という感覚を私の周囲の多くの人が持っていた。辰野隆のような仏文学者が開戦直後に「一言でいえばざまあみろということであります」と言ったのは、この感覚からの解放感である。この辺りの変化は猪瀬直樹の『昭和16年夏の敗戦』によく描かれている。東条英機首相も、昭和天皇も、この重圧によって開戦へと流されていった。東条の神経衰弱状態は、開戦と同時に、軽躁状態に急変する。天皇を初めとする大多数の国民もまた。(中井久夫「「踏み越え」について」2003年『徴候・記憶・外傷』所収)


日本のこのメンタリティは世界的に名高いらしいからな、


◼️マイケル・ハドソンインタビュー

ーーバイデン政権に、 脱ドル化のプロセスを止めるための、直接的な軍事介入以外の手段はありますか?

Dimitri Simes Jr. : Does the Biden administration really have any instruments at its disposal other than direct military intervention to try and stop the process of de-dollarization?

マイケル・ハドソン)いいえ、 今のアメリカには軍事介入しかありません。硬直しています。アメリカは長年、 核兵器に多大な投資をしてきたため、 徴兵制を復活させ、 武装した軍隊を他国に侵攻させることはできません。 ベトナム戦争の時のように、学生の抗議が起きるからです。2015年の米国支援のクーデター後にウクライナ人がやってきているような自殺行為の戦争を、 他の国にもやらせることができない限り、 米国が本当に軍事的に戦うことができるのは核兵器だけなのです。しかし、他の国をウクライナのようなことをやらせるのは難しそうだ。 台湾人がそんなことをやりそうにない。 日本人だけがやる可能性がある

Michael Hudson : No, that’s all that America has now. It’s muscle-bound because for years America has put all of its money into atomic war. So America can’t reintroduce a draft and have an army invading another country because you’d have student protests like you had in the Vietnam War. So all that America really has to fight with militarily is atom bombs. Unless it can get other countries to commit suicide, like the Ukrainians are doing after the American coup d’etat of 2015. But it looks like it’s going to have difficulty having other countries follow Ukraine. And I don’t see the Taiwanese doing this, only the Japanese might be willing to do this.

ーーMichael Hudson on the US Economy – Surprisingly Resilient or Potemkin Village?

  07.06.2023


台湾人だけじゃないよ、韓国人だってやりそうもない。日本人だけさ、ウクライナのような自殺行為をやるのは。

「今ここ文化」のムラ人のレミング的な悲劇かもな

日本が四季のはっきりした自然と周囲を海に囲まれた島国であることから、人々は物事を広い空間や時間概念で捉えることは苦手、不慣れだ。それ故、日本人は自分の身の回りに枠を設け、「今=ここに生きる」の精神、考え方で生きる事を常とする。この身の回りに枠を設ける生き方は、国や個人の文化を創り出す土壌になる。〔・・・〕

社会的環境の典型は、 水田稲作のムラである。 労働集約的な農業はムラ人の密接な協力を必要とし、協力は、共通の地方神信仰やムラ人相互の関係を束縛する習慣とその制度化を前提とする。 この前提、またはムラ人の行動様式の枠組は、容易に揺らがない。それを揺さぶる個人または少数集団がムラの内部からあらわれれば、ムラの多数派は強制的説得で対応し、 それでも意見の統一が得られなければ、 「村八分」で対応する。いずれにしても結果は意見と行動の全会一致であり、ムラ全体の安定である。


これをムラの成員個人の例からみれば、大枠は動かない所与である。個人の注意は部分の改善に集中する他はないだろう。誰もが自家の畑を耕す。 その自己中心主義は、ムラ人相互の取り引きでは、等価交換の原則によって統御される。 ムラの外部の人間に対しては、その場の力関係以外に規則がなく、自己中心主義は露骨にあらわれる。 このような社会的空間の全体よりもその細部に向う関心がながい間に内面化すれば、習いは性となり、細部尊重主義は文化のあらゆる領域において展開されるだろう。(加藤周一『日本文化における時間と空間』2007年)


農耕社会の強迫症親和性〔・・・〕彼らの大間題の不認識、とくに木村の post festum(事後=あとの祭)的な構えのゆえに、思わぬ破局に足を踏み入れてなお気づかず、彼らには得意の小破局の再建を「七転び八起き」と反復することはできるとしても、「大破局は目に見えない」という奇妙な盲点を彼らが持ちつづけることに変わりはない。そこで積極的な者ほど、盲目的な勤勉努力の果てに「レミング的悲劇」を起こすおそれがある--この小動物は時に、先の者の尾に盲目的に従って大群となって前進し、海に溺れてなお気づかぬという。(中井久夫『分裂病と人類』第1章、1982年)


いやあ、ホントに「大破局は目に見えない」だよ、空気を読む大勢順応主義文化は。


日本社会では、公開の議論ではなく、事前の「根回し」によって決まる。人々は「世間」の動向を気にし、「空気」を読みながら行動する。(柄谷行人「キム・ウチャン(金禹昌)教授との対話に向けて」2013年)

人々が大勢に従うのは、もちろん現在の大勢にである。大勢は時代によってその方向を変える。…当面の時代、歴史的時間の現在、大勢の方向が決定する今日は伸縮するが、昨日の立場から切り離して、今日の大勢に、それが今日の大勢であるが故に、従おうとするのが大勢順応主義の態度である。その態度は昨日と今日の立場の一貫性に固執しない。別の言葉でいえば、大勢順応主義は集団の成員の行動様式にあらわれた現在中心主義である。(加藤周一『日本文化における時間と空間』2007年)