「民主主義」と言えば、いまでもほとんどの人は良いものだと思っているようだが、民主主義の悪い面もしっかり捉えておかないとまずいよ。 ここでは柄谷行人はがどう捉えているかを見てみよう。 まず民主主義は大衆の支配だ。 |
民主主義(デモクラシー)とは、大衆の支配ということです。これは現実の政体とは関係ありません。たとえば、マキャヴェリは、どのような権力も大衆の支持なしに成立しえないといっています。これはすでに民主主義的な考え方です。(柄谷行人『〈戦前〉の思考』1994年) |
そして民主主義は共同体の同質性を目指すものであり、異質な者を排除する。 |
アテネの民主主義は成員の「同質性」に基づいている。それは異質な者を排除する。その象徴的な例が民主派によるソクラテスの処刑である。(柄谷行人『哲学の起源』2012年) |
この捉え方からは即座に外国人の排外主義に直結する。つまり民主主義は排外主義だ。 これは基本的にはカール・シュミットの捉え方であり、柄谷は既に1990年に次のように記している。 |
ナチスの理論家となったカール・シュミットは、それ以前から、民主主義と自由主義は対立する概念だといっている (『現代議会主義の精神史的地位』)。民主主義とは、国家(共同体)の民族的同質性を目指すものであり、異質なものを排除する。ここでは、個々人は共同体に内属している。したがって、民主主義は全体主義と矛盾しない。ファシズムや共産主義の体制は民主主義的なのである。(柄谷行人「歴史の終焉について」1990年『終焉をめぐって』所収) |
で、次に『世界史の構造』から引用するが、手元に英訳版しかないので私訳を掲げる。 |
デモスは一種の「想像の共同体」(ベネディクト・アンダーソン)であるという点で近代国家に似ていた。アテネのデモクラシーはこの種のナショナリズムと切り離せない[the demos resembled the modern nation in being a kind of “imagined community” (Benedict Anderson). Athenian democracy is inseparable from this kind of nationalism. ](柄谷行人『世界史の構造』第5章、2010年) |
まずここまででまとめれば、「民主主義=排外主義=ナショナリズム」であり、場合によってはファシズムになりうる(そもそもファシズムの原義は「束」になること)。 |
さらに近著『力と交換様式』では次のようにある。 |
ネーションを形成したのは、二つの動因である。一つは、中世以来の農村が解体されたために失われた共同体を想像的に回復しようとすることである。もう一つは、絶対王政の下で臣民とされていた人々が、その状態を脱して主体として自立したことである。しかし、実際は、それによって彼らは自発的に国家に従属したのである。1848年革命が歴史的に重要なのは、その時点で、資本=ネーション=国家が各地に出現したからだ。さらに、そのあと、資本=ネーション=国家と他の資本=ネーション=国家が衝突するケースが見られるようになる。その最初が、普仏戦争である。私の考えでは、これが世界史において最初の帝国主義戦争である。そのとき、資本・国家だけでなく、ネーションが重要な役割を果たすようになった。交換様式でいえば、ネーションは、Aの ”低次元での” 回復である。ゆえに、それは、国家(B)・資本(C)と共存すると同時に、それらの抗する何かをもっている。政治的にそれを活用したのが、イタリアのファシズムやドイツのナチズムであった。今日では、概してポピュリズムと呼ばれるものに、それが残っている。(柄谷行人『力と交換様式』第3部 第1章 2022年) |
ポピュリズムとあるが、民主主義が大衆の支配であるなら当然そうなりうる。 |
つまり、「民主主義=排外主義=ナショナリズム=ポピュリズム≒ファシズム」だよ。これこそ今の日本じゃないかい? |
……………
柄谷行人のネーション概念の基盤は、カール・シュミットの「民主主義」とベネディクト・アンダーソンの「想像の共同体」であり、以下、二人の文を貼り付けておくよ。 |
民主主義に属しているものは、必然的に、まず第ーには同質性であり、第二にはーー必要な場合には-ー異質な者の排除または殲滅である。[…]民主主義が政治上どのような力をふるうかは、それが異質な者や平等でない者、即ち同質性を脅かす者を排除したり、隔離したりすることができることのうちに示されている。Zur Demokratie gehört also notwendig erstens Homogenität und zweitens - nötigenfalls -die Ausscheidung oder Vernichtung des Heterogenen.[…] Die politische Kraft einer Demokratie zeigt sich darin, daß sie das Fremde und Ungleiche, die Homogenität Bedrohende zu beseitigen oder fernzuhalten weiß. (カール・シュミット『現代議会主義の精神史的地位』1923年版) |
ボルシェヴィズムとファシズムとは、他のすべての独裁制と同様に、反自由主義的であるが、しかし、必ずしも反民主主義的ではない。民主主義の歴史には多くの独裁制があった[Bolschewismus und Fascismus dagegen sind wie jede Diktatur zwar antiliberal, aber nicht notwendig antidemokratisch. In der Geschichte der Demokratie gibt es manche Diktaturen](カール・シュミット『現代議会主義の精神史的地位』1923年版) |
ネーション〔国民Nation〕、ナショナリティ〔国民的帰属nationality〕、ナショナリズム〔国民主義nationalism〕、すべては分析するのはもちろん、定義からしてやたらと難しい。ナショナリズムが現代世界に及ぼしてきた広範な影響力とはまさに対照的に、ナショナリズムについての妥当な理論となると見事なほどに貧困である。ヒュー・シートンワトソンーーナショナリズムに関する英語の文献のなかでは、もっともすぐれたそしてもっとも包括的な作品の著者で、しかも自由主義史学と社会科学の膨大な伝統の継承者ーーは慨嘆しつつこう述べている。「したがって、わたしは、国民についていかなる『科学的定義』も考案することは不可能だと結論せざるをえない。しかし、現象自体は存在してきたし、いまでも存在している」。〔・・・〕 |
ネーション〔国民Nation〕とナショナリズム〔国民主義 nationalism〕は、「自由主義」や「ファシズム」の同類として扱うよりも、「親族」や「宗教」の同類として扱ったほうが話は簡単なのだ[It would, I think, make things easier if one treated it as if it belonged with 'kinship' and 'religion', rather than with 'liberalism' or 'fascism'. ] そこでここでは、人類学的精神で、国民を次のように定義することにしよう。国民とはイメージとして心に描かれた想像の政治共同体であるーーそしてそれは、本来的に限定され、かつ主権的なものとして想像されると[In an anthropological spirit, then, I propose the following definition of the nation: it is an imagined political community - and imagined as both inherently limited and sovereign. ]〔・・・〕 |
国民は一つの共同体として想像される[The nation …it is imagined as a community]。なぜなら、国民のなかにたとえ現実には不平等と搾取があるにせよ、国民は、常に、水平的な深い同志愛[comradeship]として心に思い描かれるからである。そして結局のところ、この同胞愛[fraternity]の故に、過去二世紀わたり、数千、数百万の人々が、かくも限られた想像力の産物のために、殺し合い、あるいはむしろみずからすすんで死んでいったのである。 これらの死は、我々を、ナショナリズムの提起する中心的間題に正面から向いあわせる。なぜ近年の(たかだか二世紀にしかならない)萎びた想像力[shrunken imaginings]が、こんな途方もない犠牲を生み出すのか。そのひとつの手掛りは、ナショナリズムの文化的根源に求めることができよう。(ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』1983年) |
「宗教」とあるから、先の定義にカルトと付け加えておいてもいいかもな。
「民主主義=排外主義=ナショナリズム=カルト=ポピュリズム≒ファシズム」と。こうして「途方もない犠牲を生み出す」戦争への道にずるずる引き込まれていくのが今の日本だろうよ。
おっと、こう記したら加藤周一の「遠くて近きもの・地獄」を思い出しちゃったよ。
一社会が「なしくずし」に破局に近づいてゆくとき、破局はいつでも遠くみえる。(加藤周一「遠くて近きもの・地獄ーー破局はいつも突然に 実感できぬ戦争の歩み」1982/8/20) |
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