▶︎動画
アリー・ラリジャニはカント学者だった。
昨日の早い段階でーーいまだアリー・ラリジャニの殺害情報の真偽が不確かな段階でーーぺぺ・エスコバルがアリー・ラリジャニ追悼のツイートをしていた。当面、投稿を留まったが、以下、それをかかげる。
◼️ぺぺ・エスコバル(Pepe Escobar)によるアリー・ラリジャニ(Ali Larijani)追悼
▶︎訳
アリー・ラリジャニ(Ali Larijani)による「6項目声明」
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Ali Abunimah@AliAbunimah 2026/03/16 |
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イランは、イスラム教徒とイスラム諸国政府に向けた「6項目声明」を発表した。これは当初からのイランのメッセージと一貫しているが、イスラム世界/アラブ世界全体で国民の支持を獲得または強化すると同時に、各国政府を窮地に追い込むことを目的としていると考えられる。報道・分析のために、以下に声明の簡単な翻訳を示す。 |
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慈悲深く慈愛あまねきアッラーの御名において 世界中のイスラム教徒とイスラム諸国政府へ: |
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1. イランは、交渉中にイランを解体することを目的とした、欺瞞的なアメリカ・シオニストの侵略にさらされた。この侵略により、イスラム革命の偉大で自己犠牲的な指導者、そして多くの民間人や軍司令官が殉教した。しかし、侵略者たちはイラン国民の揺るぎない民族的、イスラム的な抵抗に直面した。 2. ご存知の通り、ごく稀な例外を除き、また政治的立場の範囲内においてのみ、イラン国民を支持したイスラム国家は存在しない。しかしながら、イラン国民は強い意志をもって攻撃を仕掛けてくる敵を抑え込み、今や敵は戦略的行き詰まりから抜け出す術を見出せなくなっている。 3. イランは、大悪魔と小悪魔、すなわち米国とイスラエルに立ち向かう抵抗の道を歩み続けている。しかし、一部のイスラム諸国の姿勢は、預言者の「『ムスリムよ!』と呼びかける声を聞きながら応えない者は、ムスリムではない」という言葉に矛盾しているのではないだろうか。これは一体どのようなイスラム教なのだろうか。 |
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4. さらに、イランが自国領土内の米軍基地や米国・イスラエルの権益を標的にしたため、イランは敵国になったと主張する国もある。イランは、自国領土内の米軍基地が攻撃に利用されているのを黙って見過ごすべきなのだろうか。これはあまりにも安易な口実である。今日の対立は、一方にアメリカとイスラエル、他方にイスラム国家イランと抵抗勢力という構図である。さて、あなたはどちらの側に立つのだろうか? 5. イスラム世界の未来について考えてみてほしい。アメリカがあなた方に忠誠を誓っておらず、イスラエルがあなた方の敵であることは、あなた方もご存知だろう。少し立ち止まって、あなた方自身とこの地域の未来について考えてみてほしい。イランはあなた方に誠実に助言しており、あなた方を支配しようとは考えていない。 6. イスラム共同体(ウンマ)が真の力で団結すれば、すべての加盟国に安全、発展、そして独立を保障することができるだろう。 |
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アッサラーム・アライクム 神のしもべの中のしもべ アリー・ラリジャニ |
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Ali Abunimah@AliAbunimah 2026/03/16 Iran has issued a "6-point statement" aimed at Muslims and Muslim governments. It's consistent with their message from the beginning, but likely aims to win or consolidate popular support across Muslim/Arab worlds while embarrassing the governments. Here's a quick translation offered for reporting and analysis: |
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In the name of God, the Most Gracious, the Most Merciful To Muslims around the world and to the governments of Islamic countries: |
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1. Iran has been subjected to a deceptive American–Zionist aggression that occurred during negotiations, with the aim of dismantling Iran. This aggression led to the martyrdom of the great and self-sacrificing leader of the Islamic Revolution, as well as a number of civilians and military commanders. However, the aggressors were met with firm national and Islamic resistance from the Iranian people. 2. You know that, except for rare cases and only within the limits of political positions, no Islamic state has stood by the Iranian people. Nevertheless, the Iranian people, with their strong will, were able to suppress the attacking enemy until it has now become unable to find a way out of this strategic impasse. 3. Iran is continuing on the path of resistance in confronting the Greater Satan and the Lesser Satan, meaning the United States and Israel. But is the position of some Islamic governments not contradictory to the saying of the Prophet: "Whoever hears a man calling 'O Muslims!' and does not respond to him is not a Muslim." So what kind of Islam is this? |
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4. Some countries have gone even further than that, saying that Iran has become an enemy to them because it targeted American bases and American and Israeli interests on their lands. Is Iran expected to stand idly by while American bases in your countries are used to attack it? This is a flimsy pretext. The confrontation today is between America and Israel on one side, and Iran, the Muslim nation, and the forces of resistance on the other. So which side will you stand with? 5. Think about the future of the Islamic world. You know that America has no loyalty to you and that Israel is your enemy. Pause for a moment and reflect on yourselves and on the future of the region. Iran is sincere in advising you and does not seek to dominate you. 6. The unity of the Islamic Ummah, if achieved with full strength, is capable of guaranteeing security, progress, and independence for all its countries. |
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Assalu Alaykum A servant among the servants of God, Ali Larijani |
Larijaniの事実上の最後のツイート
▶︎泣かせる話ーー殉教直前のアヤトラ・アリ・ハメネイとアリー・ラーリージャーニーの対話
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※附記 カントのアンチノミーには力学的アンチノミーと数学的アンチノミー(否定判断と無限判断)があるが、おそらくアリー・ラリジャニは無限判断の人だった。 |
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二〇世紀において、数学基礎論は論理主義、形式主義、直観主義の三派に分かれる。このなかで、直観主義(ブローウェル)は、無限を実体としてあつかう数学に対して、有限的立場を唱えた。《古典論理学の法則は有限の集合を前提にしたものである。人々はこの起源を忘れ、なんの正統性も検証せず、それを無限の集合にまで適用してしまっているのではないか》(ブローウェル『論理学の原理への不信』)。彼は、排中律は無限集合に関しては適用できないという。排中律とは、「Aであるか、Aでないか、そのいずれかが成り立つ」というものである。それは、「Aでない」と仮定して、それが背理に陥るならば、「Aである」ことが帰結するというような証明として用いられている。ところが、有限である場合はそれを確かめられるが、無限集合の場合はそれができない。ブローウェルは、無限集合をあつかった時に生じるパラドックスは、この排中律を濫用するからだと考える。 『純粋理性批判』におけるカントの弁証法は、アンチノミーが排中律を濫用することによって生じることを明らかにしている。彼は、たとえば「彼は死なない」という否定判断と「彼は不死である」という無限判断を区別する。無限判断は肯定判断でありながら、否定であるかのように錯覚される。たとえば、「世界は限りがない」という命題は「世界は無限である」という命題と等置される。「世界は限りがあるか、または限りがない」というならば、排中律が成立する。しかし、「世界は限りがあるか、または無限である」という場合、排中律は成立しない。どちらの命題も虚偽でありうる。つまり、カントは「無限」にかんして排中律を適用する論理が背理に陥ることを示したのである。(柄谷行人『トランスクリティーク』第一部・第2章「綜合的判断の問題」2001年) |
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カントはその『純粋理性批判』において、否定判断と無限判断という重要な区別を導入した。 「魂は必滅である」という肯定文は二通りに否定できる、述語を否定する(「魂は必滅でない」)こともできるし、否定的述語を肯定する(「魂は不滅である」)こともできる。 この両者の違いは、スティーヴン・キングの読者なら誰でも知っている、「彼は死んでいない」と「彼は不死だ」の違いとまったく同じものだ。無限判断は、「死んでいる」と「死んでいない」(生きている)との境界線を突き崩す第三の領域を開く。「不死」は死んでいるのでも生きているのでもない。まさに怪物的な「生ける死者」である。 同じことが「人でなし」にもあてはまる。「彼は人間ではない」と「彼は人でなしだ」とは同じではない。「彼は人間ではない」はたんに彼が人間性の外にいる、つまり動物か神様であることを意味するが、「彼は人でなしだ」はそれとはまったく異なる何か、つまり人間でも、人間でないものでもなく、われわれが人間性と見なしているものを否定しているが同時に人間であることに付随している、あの恐ろしい過剰によって刻印されているという事実を意味している。おそらく、これこそがカントによる哲学革命によって変わったものである、という大胆な仮説を提出してもいいだろう。 カント以前の宇宙では、人間は単純に人間だった。動物的な肉欲や神的な狂気の過剰と戦う理性的存在だったが、カントにおいては、戦うべき過剰は人間に内在しているものであり、主体性そのものの中核に関わるものである(だからこそ、まわりの闇と戦う<理性の光>という啓蒙主義のイメージとは対照的に、ドイツ観念論における主体性の核の隠喩は<夜>、<世界の夜>なのだ)。 カント以前の宇宙では、狂気に陥った英雄は自らの人間性を失い、動物的な激情あるいは神的な狂気がそれに取って代わる。カントにおいては、狂気とは、人間存在の中核が制約をぶち破って爆発することである。(ジジェク『ラカンはこう読め』2005年) |







