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2019年10月18日金曜日

過去は未来によって変更される

前回から引き続く。

表題の「過去は未来によって変更される」とは、「過去は現在によって変更される」でもよい。現在は過去から見れば、未来なのだから。

これがジャン=ピエール・デュピュイの最もベースにある考え方である。

プロジェクトの時間(投企の時間 le temps du projet )は支配的議論の原理を覆す。過去は取り消せないものではない。過去は固定化されていない。現在の行為が、過去の上に反事実的力をもつ。[Le passé n'est pas irrévocable, il n'est pas fixe, l'action présente a un pouvoir contrefactuel sur le passé.](Jean-Pierre Dupuy, 「啓蒙カタストロフィ主義のために Pour un catastrophisme éclairé 」2004)

ここでの「反事実的 contrefactuel」とは、ヘーゲルの「遡及的 Rückwirkung」(遡及性)のことである(フロイト用語なら「事後的-遡及的 Nachträglichkeit」)。

標準的視野によれば、過去は固定化されている[the past is fixed]。既に起こったことが起こったのであり、やり直しはきかない。そして未来は開かれている[the future is open]。未来は予期できない偶然性によって決まる。

われわれ(デュピュイと私)が提案していることは、この標準的視野の転倒である。すなわち過去は開かれている[the past is open]。過去は遡及的な再解釈に開かれている。他方、未来は閉じられている[the future is closed]。その理由はわれわれは(因果的)決定論の世界に生きているから。これは、未来は変えられないことを意味しない。それが意味するのは、未来を変えるためには、われわれは先ず過去を(「理解する」のではなく)変化させなければならないことだ。過去を再解釈すること。過去の支配的視野によって暗示された未来とは別の、異なった未来に向けて開かれているように過去を再解釈すること。(ジジェク、Hegel, Retroactivity & The End of History, 2019)


前回、デュピュイ2018年から次の文を貼り付けた。



ここにある図は遡及性用語を使ってこう書き直せる。




ーーこれは思考自体としてはとくに新しくはない。ただしデュピュイは未来にカタストロフィ点を置いて、この現在の置かれた状況を変化させようとする視点をもったことが新しい。

カタストロフィ的出来事は運命として未来に刻印されている。それは確かなことだ。だが同時に、偶発的な事故でもある。つまり、たとえ前未来においては必然に見えていても、起こるはずはなかった、ということだ。……たとえば、大災害のように突出した出来事がもし起これば、それは起こるはずがなかったのに起こったのだ。にもかかわらず、起こらないうちは、その出来事は不可避なことではない。したがって、出来事がアクチュアルになること――それが起こったという事実こそが、遡及的にその必然性を生みだしているのである。[C'est donc l'actualisation de l'événement – le fait qu'il se produise – qui crée rétrospectivement de la nécessité.](Jean=Pierre Dupuy, Petite métaphysique des tsunami, 2005)


エリオットはすでにこう言っている。

一つの新しい芸術作品が創造された時に起ることは、それ以前にあった芸術作品のすべてにも、同時に起る。すでに存在している幾多の芸術作品はそれだけで、一つの抽象的な秩序をなしているのであり、それが新しい(本当の意味で新しい)芸術作品がその中に置かれることによって変更される。この秩序は、新しい芸術作品が現われる前にすでに出来上っているので、それで新しいものが入って来た後も秩序が破れずにいる為には、それまでの秩序全体がほんの少しばかりでも改められ、全体に対する一つ一つの芸術作品の関係や、比率や、価値などが修正されなければならないのであり、それが、古いものと新しいものとの相互間の順応ということなのである。そしてこの秩序の観念、このヨーロッパ文学、及び英国の文学というものの形態を認めるならば、現在が過去に倣うのと同様に過去が現在によって変更されるのを別に不思議に思うことはない。しかしこれを理解した詩人は多くの困難と、大きな責任を感じなければならないことになる。(エリオット「伝統と個人的な才能」吉田健一訳)

この吉田健一訳の《現在が過去に倣うのと同様に過去が現在によって変更される》の箇所の原文は"the past should be altered by the present as much as the present is directed by the past"である。

デュピュイ用語で言い直せば、「現在は過去によって因果的に決まるのと同じくらい、過去は現在によって遡及的に変更される」となる。冒頭に記したようにここでの「現在」は「未来」に代替してもよい。するとそのままデュピュイの図となる。





ボルヘスが次のように言っているのはこの意味である。

おのおのの作家は自らの先駆者を創り出す。彼の作品は、未来を修正すると同じく、われわれの過去の観念をも修正するのだ。(ボルヘス「カフカの先駆者」)

ここでさらにプルーストを引こう(この文はドゥルーズが愛した箇所でもあり、彼はここから「芸術のシーニュ signes de l'art」の重要性を強調した)。

独創的な画家にしても、独創的な芸術家にしても、いずれも眼科医のような方法をとる。そんな画家とか芸術家とかが、絵や散文の形でおこなう処置は、かならずしも快いものではない。処置がおわり、眼帯をとった医師はわれわれにいう、ーーさあ、見てごらん。するとたちまち世界は(世界は一度にかぎり創造されたわけではない、独創的な芸術家が出現した回数とおなじだけ創造されたのだ)、われわれの目に、古い世界とはまるでちがって見える、しかも完全にはっきり見える。しかも完全にはっきり見える。女たちが街のなかを通る、以前の女たちとはちがう、つまりそれはルノワールの女たちというわけだ。われわれがかつて女だと見るのを拒んだあのルノワールの女たちというわけなのだ。馬車もまたルノワールである、そして水も、そして空も。はじめて見た日どうしても森とは思えず、たとえば無数の色あいをもっているがまさしく森に固有の色あいに欠けているタペストリーのようだった、そんな森に似た森のなかを、われわれは散歩したくなってくる。そのようなものが、創造されたばかりの、新しい、そしてやがて滅びるべき宇宙なのである。その宇宙は、さらに独創的な新しい画家や作家がひきおこすであろうつぎの地質的大変動のときまでつづくだろう。(プルースト『ゲルマントのほう』)

プルーストにとってルノワールは世界を変えたのである。過去の作品の見方さえ変えた。現在を変え未来の作品も変えた。これがボルヘスとエリオットの言っていることであり、デュピュイの「プロジェクトの時間」と相同的な考え方がここにある。


2019年10月17日木曜日

ブーメラン的プロジェクトの時間のすすめ

世界はどのように動いているのか。矢のようじゃない。ブーメランのようにだ。……終わりは最初にあるんだ。(ラルフ・エリソン)

That […] is how the world moves: Not like an arrow, but a boomerang. […] The end is in the beginning.”ーーInvisible Man by Ralph Ellison




……

いわゆるカタストロフィの哲学者デュピュイの言葉の断片をこのところいくら読み直してみたがーー、ここでの「読み直し」とはプルースト的意味での「再読」であるーー、

カンブルメール夫人が、「再読すべきだわ、ショーペンハウアーが音楽について述べていることを」といっているのを耳にはさむと、彼女ははげしい口調でこう言いながらその文句に私たちの注意をうながした「再・読とは傑作ねえ! 何よ! そんなもの、とんでもない、だまそうとしたってだめなの、私たちを」老アルボンはゲルマントの才気の形式の一つを認めてにっこりした。(プルースト「見出された時」)

要するに3日漬け程度での知で勝手なことを言わせてもらえば、デュピュイの核心のひとつは次の文である。

たとえ知識があろうとも、 それだけでは誰にも行動を促すことはできない。(ジャン=ピエール・デュピュイ『ツナミの小形而上学』2005)

カタストロフィの知があっても、ほとんど誰も行動を起こさないのである。

「カタストロフィ」と「デュピュイ」という語彙でウエブ上の日本語文献を検索したって、解釈ばかりしている知識人ばかりにしか遭遇しない。

哲学者たちは世界をたださまざまに解釈してきただけである。肝腎なのは世界を変えることである。Die Philosophen haben die Welt nur verschieden interpretirt; es kommt aber darauf an, sie zu verändern.(マルクス『フォイエルバッハにかんするテーゼ』第11)


現在において瞭然と予見できるカタストロフィとは何か。

ジジェクはごく最近、デュピュイに大きく依拠しながらそのヘーゲル小論でこう記している。

現在、われわれにつき纏うアポカリプス的出来事の数多くのヴァージョンがある。ふたたび核戦争(米国対イランあるいは米国対北朝鮮)。そしてまたグローバル環境カタストロフィの行く末。さらに少なくとももう二つのアポカリプス的カタストロフィが容易に想像てきる。財政的な経済メルトダウンとデジタルアポカリプスだ。後者は、われわれの生を統制し支えているデジタルネットワークの崩壊である。(ジジェク 、Hegel, Retroactivity & The End of History, 2019)

世界的にはまずこの四つなのである。

核戦争
環境カタストロフィ
財政的な経済炉心融解
デジタルアポカリプス

ーーほかにも遺伝子操作にかかわるアポカリプス、致死的ヴィールスの蔓延カタストロフィ等が思いつくだろうが、それらは環境カタストロフィに含めたっていい。

日本のインテリ諸君は、世界なんてだいそれたことは後回しにして、まず日本共同体内部でのアポカプリスから始めたらよいのである。

たとえば、

第二次関東大震災
財政的炉心融解

ーーこれは《運命として未来に刻印されている》。

カタストロフィ的出来事は運命として未来に刻印されている。それは確かなことだ。だが同時に、偶発的な事故でもある。つまり、たとえ前未来においては必然に見えていても、起こるはずはなかった、ということだ。……たとえば、大災害のように突出した出来事がもし起これば、それは起こるはずがなかったのに起こったのだ。にもかかわらず、起こらないうちは、その出来事は不可避なことではない。したがって、出来事がアクチュアルになること――それが起こったという事実こそが、遡及的にその必然性を生みだしているのである。(Jean=Pierre Dupuy, Petite métaphysique des tsunami, 2005)
L'événement catastrophique est inscrit dans l'avenir comme un destin, certes, mais aussi comme un accident contingent : il pouvait ne pas se produire, même si, au futur antérieur, il apparaît comme nécessaire.

Cette métaphysique, c'est celle des humbles, des naïfs, des « non-habiles », comme aurait dit Pascal – qui consiste à croire que, si un événement marquant se produit, par exemple une catastrophe, il ne pouvait pas ne pas se produire ; tout en pensant que, tant qu'il ne s'est pas produit, il n'est pas inévitable. C'est donc l'actualisation de l'événement – le fait qu'il se produise – qui crée rétrospectivement de la nécessité.

地震のほうがデュピュイがいう以上の未来における宿命的刻印だろうが、中井久夫は、阪神大震災後、第二次関東大震災を想定しつつこう言っている。

東京の場合には富も権力も情報も非常に集中しているために、どのようにして他の地方が東京を救援するかという問題は、実際検討されているのだろうか。私にはわからない。われわれが冷静でいられたのは、やがて救援があるということを疑わなかったからである。(中井久夫『精神科医の見た二都市 1995年2,3月』)

ようするにディストピア的「固定点 point fixe」から見れば、日本の中枢機能の分散が必要に決まっている。だがーーいったんその動きがあったにせよーーいつのまにか都心復帰となっている。これが日本という国である。

例えば、現在の黙示録的状況[apocalyptic situation]、未来の究極的地平は、ジャン=ピエール・デュピュイJean‐Pierre Dupuyが呼ぶところのディストピア的「固定点 point fixe」(dystopian “fixed point,” )であり、エコロジカル瓦解、世界経済的・社会的カオス等のゼロ点である。もしそれが無限に延期されても、このゼロ点は、われわれの現実がそれに為すがままになって向かい続ける「潜在的アトラクター」である。

未来のカタストロフィと闘う方法は、このディストピア的「固定点 point fixe」に向けての「駆動力drifting」を中断する行為を通してのみ存在する。行為とは、「来るべきラディカルな他者性を生み出すリスクを引き受けることである。

われわれはここで「前途に見込みがない(未来はないno future)」というスローガンが如何ようにも解釈されることを見る。それは、より深い水準では、変化の不可能性を示しているのではない。そうではなく厳密に、われわれに覆い被さっているカタストロフィ的「未来」を突破するために闘争すべきであることを示している。それによって、「来るべきべき」新しい何ものかのための空間を開くのである。(ジジェク、LESS THAN NOTHING, 2012)

潜在的アトラクターとあるが、これはラカン派的には穴としての対象a、ブラックホールである。

対象aは、大他者自体の水準において示される穴である。l'objet(a), c'est le trou qui se désigne au niveau de l'Autre comme tel (ラカン、S18, 27 Novembre 1968)

ラカン派でしばしば使用されるトーラス円図の、中心がこの潜在的アトラクター(固定点)、左項が斜線を引かれた過去、右項が斜線を引かれた未来としてもよいかもしれない。



とはいえ若干の差異はある。デュピュイの一番新しい提示は、わたくしの知るかぎりで、次のものである。




彼のこういった思考はかつてからほとんど変わっていない。

プロジェクトの時間(投企の時間 le temps du projet )は支配的議論の原理を覆す。過去は取り消せないものではない。過去は固定化されていない。現在の行為が、過去の上に反事実的力をもつ。[Le passé n'est pas irrévocable, il n'est pas fixe, l'action présente a un pouvoir contrefactuel sur le passé.](Jean-Pierre Dupuy, 「啓蒙カタストロフィ主義のために ーー不可能性が確実になるとき Pour un catastrophisme éclairé Quand l'impossible devient certain」2004ーー邦題「ありえないことが現実になるとき―賢明な破局論にむけて」)

ーー「contrefactuel 反事実的」とは意味が掴みにくく訳しにくい言葉だが、まずは「起こらなかったが、起こりえた事についての思考」と捉えたらよいだろう。

ジジェク2019にはデュピュイの思考の核の簡潔なまとめがある。

標準的視野によれば、過去は固定化されている[the past is fixed]。既に起こったことが起こったのであり、やり直しはきかない。そして未来は開かれている[the future is open]。未来は予期できない偶然性によって決まる。

われわれが提案していることは、この標準的視野の転倒である。すなわち過去は開かれている[the past is open]。過去は遡及的な再解釈に開かれている。他方、未来は閉じられている[the future is closed]。その理由はわれわれは(因果的)決定論の世界に生きているから。これは、未来は変えられないことを意味しない。それが意味するのは、未来を変えるためには、われわれは先ず過去を(「理解する」のではなく)変化させなければならないことだ。過去を再解釈すること。過去の支配的視野によって暗示された未来とは別の、異なった未来に向けて開かれているように過去を再解釈すること。(ジジェク、Hegel, Retroactivity & The End of History, 2019)




過去を変えることは不可能であるという思い込みがある。しかし、過去が現在に持つ意味は絶えず変化する。現在に作用を及ぼしていない過去はないも同然であるとするならば、過去は現在の変化に応じて変化する。過去には暗い事件しかなかったと言っていた患者が、回復過程において楽しいといえる事件を思い出すことはその一例である。すべては、文脈(前後関係)が変化すれば変化する。(中井久夫「統合失調症の精神療法」初出1989年『徴候・記憶・外傷』所収)


さきほど画像として貼り付けたデュピュイ2018年と同じ小論には、『ツナミ』にあらわれたギュンター・アンダースの「ノアの寓話」がふたたび強調されて出現している。

ここでは要約してその部分を示す。

世界は滅びるという予言が聞き入れられないことに落胆したノアは、ある日、身内を亡くした喪の姿で街に出る。ノアは古い粗衣をまとい、灰を頭からかぶ った。これは親密な者を失った者にしか許されていない行為である。誰が死んだのかと周りの者たちに問われ、「あなたたちだ、その破局は明日起きた」と彼は答える。「明後日には、洪水はすでに起きてしまった出来事になっているだろうがね。洪水がすでに起きてしまったときには、今あるすべてはまったく存在しなかったことになっているだろう。洪水が 今あるすべてと、これからあっただろうすべてを流し去ってしまえば、もはや思い出すことすらかなわなくなる。なぜなら、もはや誰もいなくなってしまうだろうからだ。そうなれば、 死者とそれを悼む者の間にも、なんの違いもなくなってしまう。私があなたたちのもとに来たのは、その時間を裏返すため、明日の死者を今日のうちに悼むためだ。明後日になれば、手遅れになってしまうのだからね」。その晩、大工と屋根職人がノアの家を訪れ、「あの 話が間違いになるように」箱舟の建造を手伝いたいと申し出る。……(ギュンター・アンダース、ノアの寓話)

デュピュイの「プロジェクトの時間 Le temps du projet」の核心とは、ギュンター・アンダースが記した《私があなたたちのもとに来たのは、その時間を逆転させるため、明日の死者を今日のうちに悼むためだ If I have come before you, it is to reverse time, it is to weep today for tomorrow's dead.》における「時間を裏返す」ことである。

そのときはじめて行為が生まれる。

行為とは、不可能なことをなす身振りであるだけでなく、可能と思われるものの座標軸そのものを変えてしまう、社会的現実への介入でもある。行為は善を超えているだけではない。何が善であるのか定義し直すものでもある。(ジジェク「メランコリーと行為」2001年)

日本において、大洪水やらといっているマルクス研究者やら「投企の時間」がお好きらしいデュピュイファンのインテリ諸君は、オハナシしているだけじゃなくって、2040年あたりに財政的メルトダウンのディストピア的「固定点 point fixe」を設定してみたらどうかね、そうしたら「理論的には」行為が起こるよ。

未来のイメージを得ることが必要だ。そのイメージは、嫌悪を催させるのに足るほどカタストロフィ主義的で、実現を防ぐための行動を開始させるのに足るほど信憑性がなければならない。ただし、実現が防ぎうるのは、不測の事態が起こる場合を除く」デュピュイ「アポカリプスを前にしての合理的選択 Rational Choice before the Apocalypse」2007年)




デュピュイの提唱する破局への対処法…。まずそれが運命であると、 不可避のこととして受けとめ、そしてそこへ身を置いて、 その観点から (未来から見た) 過去へ遡って、 今日のわれわれの行動についての事実と反する可能性(「これこれをしておいたら、いま陥っている破局は起こらなかっただろうに!」)を挿入することである。
われわれは受け入れてなくてはならない、可能性の水準においては、われわれの未来は運命づけられており、カタストロフィは起こるだろうことを。それはわれわれの運命である。そしてこの受容の背景に対して、運命自体を変える行為の遂行を動員すること。このようにして、過去のなかに新しい可能性を挿入するのだ。

逆説的ながら、大惨事をさけるための唯一の道は、それを不可能なこととして受け入れることである。バディウにとってもまた、出来事への忠誠性の時間は、前未来 futur antérieurである。つまり時間を超えて未来に追いつき、向きあって、実現してほしい未来がすでにそこにあるかのように、いま行動するということだ。(ジジェク 『ポストモダンの共産主義』 2009年)

ーーま、ジジェクもこう何度も繰り返していて実際に行為が生まれているわけではないが、彼は常に行為へむけて人々を挑発している思想家であることはまちがいない。

財政的ディストピアにかんして言えば、行政側にまかしておいたらこんな案しか出てこないよ。

出所:第1回 産業構造審議会 2050経済社会構造部会 2018.9


これを実現させないためには、2040年時点で概算2000万人ほどの移民が最低限必要ナノデアル(さきほどの人口構成推移表を参照されたし。移民にて2000万人現役世代が増えても、2020年の水準に戻るのみである[高齢者一人当たりを支える労働人口、1.9人])。

(ま、現在の若い諸君は将来75歳まで働くのがお好きなのかもしれないから、この案を全面的に否定するつもりはないが。)

移民なしだったら実際のところこれしか手がないのではないか。

かりに近い将来、消費税等の増税が効果的に導入できたり(経済学者や行政当局からしばしば口にされるのは消費税25%相当の増税である)、あるいは良質のインフレなどが僥倖的に実現して現在の1000兆円超の債務の問題が帳消しになったって(インフレ税)、人口構成上の問題は決して消えない。つまり現役世代はほとんどマンツーマン近くの人口割合になってしまう高齢者人口を支えるために現在以上の過重な負担をしなくてはならない。

移民がいやだったら高齢者を中心にしたコミューン社会のビジョンしかないね、どうだい、マルキスト諸君? 高齢者一人当たり仕送り10万円(年金だけではなく健康保険も含め)ぐらいでなんとか生きながらえてもらえる新しき「姥生き山的」共同生活コミューンさ。世界的な財政的経済的炉心融解がある前に、日本が先立って新しいモデルを提案するよい機会じゃないだろうかね。


六月  茨木のり子  

どこかに美しい村はないか
一日の仕事の終わりには一杯の黒ビール
鍬を立てかけ 籠をおき
男も女も大きなジョッキをかたむける

どこかに美しい街はないか
食べられる実をつけた街路樹が
どこまでも続き すみれいろした夕暮れは
若者のやさしいさざめきで満ち満ちる

どこかに美しい人と人の力はないか
同じ時代をともに生きる
したしさとおかしさとそうして怒りが
鋭い力となって たちあらわれる


こういった話はとっくのまえから、たとえば世界的にもエコノミスト誌等で示されていることだが、デュピュイ曰くの《たとえ知識があろうとも、 それだけでは誰にも行動を促すことはできない》ゆえに、事実上、現在まで放りっぱなしなのである。

日本の高齢者比率は長いあいだ世界最高を維持しており、今なお比率は高まっている。2010~50年期に、日本の被扶養者率は40ポイント上昇し、2050年までには、被扶養者数と労働年齢の成人数が肩を並べるだろう。過去を振り返っても、このような状況に直面した社会は存在しない。(『2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する』2012年)


2019年10月15日火曜日

「終わりに最も近づいている瞬間にこそ、終わりから最も遠く離れていると信じ込んでしまう」メカニズム

中国人は平然と「二十一世紀中葉の中国」を語る。長期予測において小さな変動は打ち消しあって大筋が見える。これが「大国」である。アメリカも五十年後にも大筋は変るまい。日本では第二次関東大震災ひとつで歴史は大幅に変わる。日本ではヨット乗りのごとく風をみながら絶えず舵を切るほかはない。為政者は「戦々兢々として深淵に臨み薄氷を踏むがごとし」という二宮尊徳の言葉のとおりである。他山の石はチェコ、アイスランド、オランダ、せいぜい英国であり、決して中国や米国、ロシアではない。(中井久夫「日本人がダメなのは成功のときである」1994初出『精神科医がものを書くとき』所収)

「風をみながら絶えず舵を切る」、そうせざるをえない国民性だからやむえないのだろうな、日本に真の知識人なるものがほとんど存在しないのは。

たとえば彼らが必ず訪れる第二次関東大震災を「否認」して生きていてもまったく責められることではない。

日本という国は地震の巣窟だということ。大水、噴火、飢餓なども、年譜を見ればのべつ幕なしでしょう。この列島に住み、これだけの文明社会を構築してしまったという問題があります。(古井由吉「新潮45」2012 年1 月号 )

地震で否認技術を磨いてるんだから、たかだか財政赤字がどうしたっていうんだ? 債務累積なんて知ったこっちゃないや、いままで借金積みあげてきて大丈夫だったんだから、これからだってダイジョウブさ、ってことだろうからな、前回の「最悪だね」でしめした典型的な日本的「知識人」の思考は。





以下、何年かまえに読んで面白いな、と感じたジャン=ピエール・デュピュイの文を邦訳している方がいるからそれを掲げておくよ。

ある時期以降のジジェクは親しい友人関係にあるデュピュイの考え方をくどいぐらい再三提示しているがーーたとえばデュピュイ概念「プロジェクトの時間 Le temps du projet」、「不動点 point fixe」等ーーここではその考え方の派生物としての「自分ではそれと知らずに、終わりに最も近づいている瞬間にこそ、終わりから最も遠く離れていると信じ込んでしまう」メカニズムの指摘である。


■ジャン=ピエール・デュピュイ「極端な出来事を前にしての合理的選択」pdfより

数多くのカタストロフィーが示している特性とは、次のようなものです。すなわち、私たちはカタストロフィーの勃発が避けられないと分かっているのですが、それが起こる日付や時刻は分からないのです。私たちに残されている時間はまったくの未知数です。このことの典型的な事例はもちろん、私たちのうちの誰にとっても、自分自身の死です。けれども、人類の未来を左右する甚大なカタストロフィーもまた、それと同じ時間的構造を備えているのです。私たちには、そうした甚大なカタストロフィーが起ころうとしていることが分かっていますが、それがいつなのかは分かりません。おそらくはそのために、私たちはそうしたカタストロフィーを意識の外へと追いやってしまうのです。もし自分の死ぬ日付を知っているなら、私はごく単純に、生きていけなくなってしまうでしょう。

これらのケースで時間が取っている逆説的な形態は、次のように描き出すことができます。すなわち、カタストロフィーの勃発は驚くべき事態ですが、それが驚くべき事態である、という事実そのものは驚くべき事態ではありませんし、そうではないはずなのです。自分が否応なく終わりに向けて進んでいっていることをひとは知っていますが、終わりというものが来ていない以上、終わりはまだ近くない、という希望を持つことはいつでも可能です。終わりが私たちを出し抜けに捕らえるその瞬間までは。

私がこれから取りかかる興味深い事例は、ひとが前へと進んでいけばいくほど、終わりが来るまでに残されている時間が増えていく、と考えることを正当化する客観的な理由がますます手に入っていくような事例です。まるで、ひとが終わりに向かって近づいていく以上のスピードで、終わりのほうが遠ざかっていくかのようです。

自分ではそれと知らずに、終わりに最も近づいている瞬間にこそ、終わりから最も遠く離れていると信じ込んでしまう、完全に客観的な理由をひとは手にしているのです。驚きは全面的なものとなりますが、私が今言ったことはみな、誰もがあらかじめ知っていることなのですから、驚いたということに驚くことはないはずです。時間はこの場合、正反対の二つの方向へと向かっています。一方で、前に進めば進むほど終わりに近づいていくことは分かっています。しかし、終わりが私たちにとって未知のものである以上、その終わりを不動のものとして捉えることは本当に可能でしょうか? 私が考える事例では、ひとが前へと進んでも一向に終わりが見えてこないとき、良い星が私たちのために終わりを遠く離れたところに選んでくれたのだ、と考える客観的な理由がますます手に入るのです。(ジャン=ピエール・デュピュイ「極端な出来事を前にしての合理的選択」)

デュピュイはこの小論でこの奇妙な現象についていくつかの事例を掲げているが、ここでは二つだけ掲げておく。

例としてはじめに、これは正確な例ですけれども、一定の年齢における平均余命、つまり、その年齢の人物があと何年生きるかの平均的な数値について取り上げてみたいと思います。年齢を重ねていくに連れて残された時間は減っていく、というふうに言いたくなるのですが、それは必ずしも正しくありません。ある年齢の子どもの平均余命、つまり、その子どもにまだ 生きるべきものとして残されている年数の平均値は、年齢が進むに連れて増えていくことがあり得るのです。生まれてから数年間の危険の多い段階を子どもが乗り切った、という事実は、その子どもの体質が丈夫であり、つまりは長生きをするはずであることの前兆です。知識(年を取りながら否応なく終わりに近づいていく)と推論(ひとが終わりに近づく以上のスピードで終わりが遠のいていく)とが、命の綱を正反対の方向へと引っ張るのです。これとまったく同じことが、脳血管障害やある種のガンといった疾病の生存者にも広く確認できます。発端となった事象から時間がたてばたつほど、再発の可能性は小さくなり、まだ生きられる年数の平均値は、ある程度までは増加していくのです。

今度は金融危機の事例で考えてみましょう。経済学者たちによれば、今日の危機を招いたメカニズムはおおよそ解明されています。後から振り返ってみれば、すべてのことに、あるいはほとんどすべてのことに説明が付くのです。にもかかわらず、危機は全世界を出し抜けに襲ったのでした。2007 年の夏のあいだ、さらには 2008 年の春の時点でも、アメリカの抵当権付債券の市場部門における非常に局所的な危機が、世界の金融システムの全体を根底から揺るがすことになるなどと、誰が想像したでしょうか? したがって、たいへんな不意打ち的影響があったのですが、こうした不意打ちが起こったという事実そのものは不意を打つものではありませんでしたし、ともかくも、そうではなかったはずなのです。バブルの崩壊は、起こらないということはあり得なかったのですから。(ジャン=ピエール・デュピュイ「極端な出来事を前にしての合理的選択」)

……

本来、ここでデュピュイの核心的思考法、「プロジェクトの時間 Le temps du projet」や、未来のディストピア的「不動点 point fixe」等を示すべきかもしれないけど、彼の考え方は、日本ではまったく機能しないんじゃないか。世界的にだってそれほど注目されているわけではないし。

共感の共同体の大衆と同様、「風をみながら絶えず舵を切る」ばかりに汲々としている似非知識人の国日本で言ったって無駄だから、ま、すくなくともいまは提示するのをやめとくよ。根にはヘーゲルの遡及性の考え方があって、これがジジェクと意気投合した理由なんだろうけど。

図だけ示しておこうか。






直近のものは、ジジェク組編集の2018年の小論がある。





さきほどもいったけど基本的にはジジェクの解釈するヘーゲルだな、デュピュイのこの思考方法は。


柄谷行人はヘーゲル主義者を批判する文脈で1990年にこう言っている。

ヘーゲルはたとえば「ミネルバの梟が夕暮れに飛ぶ」と言った。それは世界史の終わりには全部が了解されうるということですが、これを逆転すれば、ミネルバの梟を飛ばせば世界史は終わるとも言えるわけです。…ヘーゲルにとって、哲学とは結果(終わり)から見ることです。そして、出来事を終わりからみることはそれを目的(エンド)から見ることである。だけど、それは結局いつもあったこと(現実性)を合理化することにしかなりません。ヘーゲルは「現実的なものは合理的である」と言ったけれどもね。(柄谷行人 岩井克人対談集『終わりなき世界』1990年)

これは当時においては、何よりもまず1989年に「歴史の終わり」を主張したフランシス・フクヤマ批判である。

ところでこのように一般的には悪評の高いヘーゲル の「ミネルバの梟は夕暮れに飛ぶ die Eule der Minerva beginnt erst mit der einbrechenden Dämmerung ihren Flug.」とは、本来、「ミネルバの梟は夕暮れになってようやく飛び始める」と訳されるべき言葉だ。

哲学が、その灰色に灰色を重ねてさらに塗り重ねるとき、そのとき生命の姿はすでに年老いたものになってしまっている。そして、灰色の中に灰色を塗ることによっては生命の姿は自らを若返らせることはできず、むしろそうではなく、ただ認識されるのみである。ミネルバの梟は夕暮れになってようやく飛び始めるのである。

Wenn die Philosophie ihr Grau in Grau malt, dann ist eine Gestalt des Lebens alt geworden, und mit Grau in Grau lässt sie sich nicht verjüngen, sondern nur erkennen; die Eule der Minerva beginnt erst mit der einbrechenden Dämmerung ihren Flug.(ヘーゲル『法の哲学Grundlinien der Philosophie des Rechts』1821年)


ジジェクはヘーゲルの「ミネルヴァの梟」を擁護するために、1990年の『斜めから見る』にて、いくつかの例を出しているが、ここではそのうちのひとつを掲げる。

その事例とは、コンウェイ一家の運命を描く三幕物の劇、J.B.ブリーストリイ J. B. Priestley』の『時とコンウェイ家Time and the Conways』(1937)についてである。

第一幕は二十年前の出来事で、夕食のテーブルを囲んで家族全員がそれぞれ熱心に将来の計画を立てている。第二幕は現在、すなわち第一幕の二十年後のことで、計画が挫折して意気消沈した家族がまた一同に会し、テーブルを囲んでいる。第三幕ではまた二十年前の出来事に戻り、家族は第一幕に引き続いて夕食のテーブルを囲んでいる。

この時間的な操作によって、観客は、戦慄をおぼえるとまでは言わないが、気が滅入る。だが、衝撃的なのは第一幕から第二幕への移行(夢と希望にみちた計画から悲しい現実へ)ではなく、第二幕から第三幕への移行である。人生の計画を無慈悲にも打ち砕かれた人びとの暗い現実を見た後で、二十年前の彼らの姿、すなわち前途に何が待ち受けているかを知らずに夢と希望を抱いている姿を見るのは、人をなんともやりきれない気分にさせる。(ジジェク『斜めから見る』1990年)

語りの順序を反転させることによって、徹底した宿命論が強調されているのか?、《すべては最初から決っているのに、登場人物たちは操り人形のように自分では何も知らず、すでに書かれた筋書きの中で最後まで自分の役を演じきるのだ、と》。いやそうではない、とジジェクは強調する。

細かく分析してみると、出来事のこうした逆配列によって与えられる戦慄の背後に、宿命論とは違うもう一つ別の論理、すなわち「私はよく知っている、それでも……」というフェティッシュ的な分裂fetishistic splitの一つの形が見えてくる。「この後に何が起きるのか。私はよく知っている(物語の結末を知っているのだから)。それでも私はどうしてもそれを信じることができない。だから不安で一杯なのだ。不可避の出来事は本当に起きるのだろうか」。言い換えれば、まさしく時間的配列の逆転によって、われわれは物語の連鎖がまったく偶然的なものであること、すなわちすべての転機において物事は別の方向に進んだかもしれないという事実を実感させられるのである。(ジジェク『斜めから見る』1990年) 

ここでジジェクが言っていることは、これまたデュピュイが何度か示している次の図が示そうとしていることである。





柄谷行人は後年、このジジェクのヘーゲルの読み方を受け入れるようになる。

それは、ジジェクが柄谷行人の『トランスクリティーク』に大いに依拠して書いた『パララックス・ヴュー』書評(2010年)にてである。

カントは『純粋理性批判』で、たとえば、「世界には始まりがある」というテーゼと「始まりがない」というアンチテーゼが共に成立することを示した。それはアンチノミー(二律背反)を通してものを考えることである。しかし、カントはそれよりずっと前に、視差を通して物を考えるという方法を提起していた。パララックス(視差)とは、一例をいうと、右眼で見た場合と左眼で見た場合の間に生じる像のギャップである。カントの弁証論が示すのは、テーゼでもアンチテーゼでもない、そのギャップを見るという方法である。実は、そのことを最初に指摘したのは、私である(『トランスクリティーク——カントとマルクス』)。それを読んだジジェクは、本書において、戦略的なキーワードとして、パララックスという語を全面的に使用した。といっても、たんに言葉を取り入れただけである。本書は、その語を使って、彼がすでにこれまで書いてきた事柄を再編成したものだといったほうがよい。彼自身が本書を「代表作」と呼ぶのは、そのためである。

 私がカントのパララックス的把握を重視したのは、それによってヘーゲルによる弁証法的総合を批判するためであった。しかし、ジジェクは、ヘーゲルにおける総合(具体的普遍)にこそ、真にパララックス的な見方がある、したがって、私のヘーゲル観は的外れだ、というのである。それに対して、私は特に、反対しない。私のカントが通常のカントと異なるのと同様に、ジジェクのヘーゲルも通常のヘーゲルではないからだ。ヘーゲルを読んだからといって、彼のような見方が出てくるわけではない。また、彼のような考え方は、必ずしも彼がいうラカンの精神分析から来るものでもない。私の知るかぎり、彼に最も似ているのは、ドストエフスキーである。テーゼとアンチテーゼの両極をたえず目まぐるしく飛びわたる、その思考においてのみならず、その風貌、所作、驚異的な多産性において。(柄谷行人「「視差」戦略的に全面的に再編成」ーージジェクの『パララックス・ヴュー』書評」 2010年

ここからがジャン=ピエール・デュピュイの本来の出番だけれど、ま、ヤメトクヨ、ながくなるだけじゃない。それだけじゃなく、きしてもムダだから。


二つの用語法の相違だけ示しておこう(ときにデュピュイはジジェクのいうほど厳密でないと感じるときがあるが、英訳と仏文の相違なのかもしれない)

歴史に介入するためのわれわれの「行為の能力」とはどんな意味か? 仏語には、英語では充分には表現しえない「未来」を指す二つの言葉がある。futur とavenirである。futurは現在の継続としての未来を表す。futurとは、既に現在である傾向の十全なアクチュアル化である。他方、avenirはラディカルな突破[radical break]に向けての何ものかを指す傾向がある。つまり現在との非継続性である。avenirとはà venirであり、「来るべきべき未来」である。たんに「来るだろう未来」ではない。

例えば、現在の黙示的状況[apocalyptic situation]、未来の究極的地平は、ジャン=ピエール・デュピュイJean‐Pierre Dupuyが呼ぶところのディストピア的「不動点point fixe」(dystopian “fixed point,” )であり、エコロジカル瓦解、世界経済的・社会的カオス等のゼロ点である。もしそれが無限に延期されても、このゼロ点は、われわれの現実がそれに為すがままになって向かい続ける「潜在的アトラクター」である。

未来のカタストロフィと闘う方法は、このディストピア的「不動点point fixe」に向けての「駆動力drifting」を中断する行為を通してのみ存在する。行為とは、「来るべきラディカルな他者性を生み出すリスクを引き受けることである。

われわれはここで「前途に見込みがない(未来はないno future)」というスローガンが如何ようにも解釈されることを見る。それは、より深い水準では、変化の不可能性を示しているのではない。そうではなく厳密に、われわれに覆い被さっているカタストロフィ的「未来」を突破するために闘争すべきであることを示している。それによって、「来るべきべき」新しい何ものかのための空間を開くのである。(ジジェク、LESS THAN NOTHING, 2012)


アトラクターは、たとえば次のような形でデュピュイは図示している。




やっぱり長くなっちまったな、じゃあついでにもうひとつ。

もしわれわれが(社会的あるいは環境的な)脅威に直面したなら、時間(一時性)という「歴史的」概念から逃れる必要がある。われわれは時間の新しい概念を導入しなければならない。デュピュイはこの時間を「プロジェクトの時間 Le temps du projet 」と呼ぶ。過去と未来の閉じた回路である時間である。未来はわれわれの過去の行為から偶然に生み出されるが、 その一方で、 われわれの行為のありかたは、未来への期待とその期待への反応によって決まるのである。

『カタストロフィ的出来事は運命として未来に刻印されている。それは確かなことだ。だが同時に、偶発的な事故でもある。つまり、たとえ前未来においては必然に見えていても、起こるはずはなかった、ということだ。……たとえば、大災害のように突出した出来事がもし起これば、それは起こるはずがなかったのに起こったのだ。にもかかわらず、起こらないうちは、その出来事は不可避なことではない。したがって、出来事がアクチュアルになること――それが起こったという事実こそが、遡及的にその必然性を生みだしているのである。』(Jean=Pierre Dupuy, Petite métaphysique des tsunami, 2005)


(原文)

L'événement catastrophique est inscrit dans l'avenir comme un destin, certes, mais aussi comme un accident contingent : il pouvait ne pas se produire, même si, au futur antérieur, il apparaît comme nécessaire.[…]si un événement marquant se produit, par exemple une catastrophe, il ne pouvait pas ne pas se produire ; tout en pensant que, tant qu'il ne s'est pas produit, il n'est pas inévitable. C'est donc l'actualisation de l'événement – le fait qu'il se produise – qui crée rétrospectivement de la nécessité.


もしも―偶然に―ある出来事が起こると、 そのことが不可避であったように見せる、 それに先立つ出来事の連鎖が生み出される。 物事の根底にひそむ必然性が、 様相の偶然の戯れによって現われる、 というような陳腐なことではなく、これこそ偶然性と必然性のヘーゲル的弁証法なのである。 この意味で、人間は運命に決定づけられていながらも、 おのれの運命を自由に選べるのである。

環境危機に対しても、このようにアプローチすべきだと、デュピュイはいう。 カタストロフィの起こる可能性を 「現実主義者的realistically」に見積もるのではなく、 厳密にヘーゲル的な意味で〈大文字の運命 Destiny〉として受け容れるべきであるーーもしもカタストロフィが起こったら、 実際に起こるより前にそのことは決まっていたのだと言えるように。 このように〈運命〉と ( 「もし」 を阻む)自由な行為とは密接に関係している。自由とは、もっと根源的な次元において、自らの〈運命〉を変える自由なのだ。

つまりこれがデュピュイの提唱する破局への対処法である。 まずそれが運命であると、 不可避のこととして受けとめ、そしてそこへ身を置いて、 その観点から (未来から見た) 過去へ遡って、 今日のわれわれの行動についての事実と反する可能性(「これこれをしておいたら、いま陥っている破局は起こらなかっただろうに!」)を挿入することである。

われわれは受け入れてなくてはならない、可能性の水準においては、われわれの未来は運命づけられており、カタストロフィは起こるだろうことを。それはわれわれの運命である。そしてこの受容の背景に対して、運命自体を変える行為の遂行を動員すること。このようにして、過去のなかに新しい可能性を挿入するのだ。

逆説的ながら、大惨事をさけるための唯一の道は、それを不可能なこととして受け入れることである。バディウにとってもまた、出来事への忠誠性の時間は、前未来 futur antérieurである。つまり時間を超えて未来に追いつき、向きあって、実現してほしい未来がすでにそこにあるかのように、いま行動するということだ。(ジジェク 『ポストモダンの共産主義』 2009年)

いやあ、これは絶対ムリだよ、「風をみながら絶えず舵を切る」国民性の人たちには。

………………

デュピュイの思考の基盤はヘーゲルにあるとともに、ギュンター・アンダースの「ノアの寓話」にあr。

世界は滅びるという予言が聞き入れられないことに落胆したノアは、ある日、身内を亡くした喪の姿で街に出る。ノアは古い粗衣をまとい、灰を頭からかぶ った。これは親密な者を失った者にしか許されていない行為である。誰が死んだのかと周りの者たちに問われ、「あなたたちだ、その破局は明日起きた」と彼は答える。「明後日には、洪水はすでに起きてしまった出来事になっているだろうがね。洪水がすでに起きてしまったときには、今あるすべてはまったく存在しなかったことになっているだろう。洪水が 今あるすべてと、これからあっただろうすべてを流し去ってしまえば、もはや思い出すことすらかなわなくなる。なぜなら、もはや誰もいなくなってしまうだろうからだ。そうなれば、 死者とそれを悼む者の間にも、なんの違いもなくなってしまう。私があなたたちのもとに来たのは、その時間を裏返すため、明日の死者を今日のうちに悼むためだ。明後日になれば、手遅れになってしまうのだからね」。その晩、大工と屋根職人がノアの家を訪れ、「あの 話が間違いになるように」箱舟の建造を手伝いたいと申し出る。……(ギュンター・アンダース、ノアの寓話、いくらか要約)



2015年9月2日水曜日

階級が無い社会の「不幸」

《人権なんて言っている連中は偽善に決まっている。ただ、その偽善を徹底すればそれなりの効果をもつわけで、すなわちそれは理念が統整的に働いているということ》(柄谷行人

…………

前々回、柄谷行人=カントの「世界共和国」概念をめぐっていくらか記した。まずそのうちのひとつを再掲してみよう。

僕はよくいうんですが、カントが理念を、二つに分けたことが大事だと思います。彼は、構成的理念と統整的理念を、あるいは理性の構成的使用と理性の統整的使用を区別した。構成的理念とは、それによって現実に創りあげるような理念だと考えて下さい。たとえば、未来社会を設計してそれを実現する。通常、理念と呼ばれているのは、構成的理念ですね。それに対して、統整的理念というのは、けっして実現できないけれども、絶えずそれを目標として、徐々にそれに近づこうとするようなものです。カントが、「目的の国」とか「世界共和国」と呼んだものは、そのような統整的理念です。

僕はマルクスにおけるコミュニズムを、そのような統整的理念だと考えています。しかし、ロシア革命以後とくにそうですが、コミュニズムを、人間が理性的に設計し構築する社会だと考えるようになりました。それは、「構成的理念」としてのコミュニズムです。それは「理性の構成的使用」です。つまり、「理性の暴力」になる。だから、ポストモダンの哲学者は、理性の批判、理念の批判を叫んだわけです。

しかし、それは「統整的理念」とは別です。マルクスが構成的理念の類を嫌ったことは明らかです。未来について語る者は反動的だ、といっているほどですから。ただ、彼が統整的理念としての共産主義をキープしたことはまちがいないのです。それはどういうものか。たとえば、「階級が無い社会」といっても、別にまちがいではないと思います。しかし、もっと厳密にいうと、第一に、労働力商品(賃労働)がない社会、第二に、国家がない社会です。(柄谷行人「生活クラブとの対話」

《階級が無い社会》などは《けっして実現できない》とあり、かつ「世界共和国」はあくまで《統整的理念》とある。それはコミュニズムについてもしかり。

一般に流布している考えとは逆に、後期のマルクスは、コミュニズムを、「アソシエーションのアソシエーション」が資本・国家・共同体にとって代わるということに見いだしていた。彼はこう書いている、《もし連合した協同組合組織諸団体(uninted co-operative societies)が共同のプランにもとづいて全国的生産を調整し、かくてそれを諸団体のコントロールの下におき、資本制生産の宿命である不断の無政府主と周期的変動を終えさせるとすれば、諸君、それは共産主義、“可能なる”共産主義以外の何であろう》(『フランスの内乱』)。この協同組合のアソシエーションは、オーウェン以来のユートピアやアナーキストによって提唱されていたものである。(柄谷行人『トランスクリティーク』)

ところで柄谷行人のいう「階級が無い社会」での「階級」とは、社会的階級であるが、その社会的階級を取り払ったところにあるものはなにか。

私自身、若いころ、貧乏の辛さを嫌というほど味わい、有産階級の冷淡さ・傲慢さを肌身に感じたことのある人間なのだから、財産の不平等およびそこから生まれるさまざまな結果を除去しようという運動にたいしてお前は理解も好意も持っていないのだなどという邪推は、よもや読者の心に萌すまい。もちろん、こうした運動の目標が、「万人の平等こそ正義なり」などという抽象的なものであるなら、さっそく次のような反論が起こるだろう。すなわち、「自然は、すべての人間に不平等きわまる肉体的素質と精神的才能をあたえることによって種々の不正を行っており、これにたいしてはなんとも救済の方法が無いではないか」と。(フロイト『文化への不満』人文書院 旧訳)

肉体的「階級」ーーそれは性的魅力でもよいーーあるいは精神的「階級」がある。

・人々をたがいに近づけるものは、意見の共通性ではなく精神の血縁である。(プルースト 「花咲く乙女たちのかげに Ⅰ」井上究一郎訳)

・人間は自分の精神が属する階級の人たちの言葉遣をするのであって、自分の出生の身分〔カスト〕に属する人たちの言葉遣をするのではない、という法則(プルースト「ゲルマントのほう Ⅰ」同上訳) 

しかも権力志向という「人間性」はなくならない。

われわれは、権力志向という「人間性」が変わることを前提とすべきでなく、また、個々人の諸能力の差異や多様性が無くなることを想定すべきではない。(柄谷行人『トランスクリティーク』)
差別は純粋に権力欲の問題である。より下位のものがいることを確認するのは自らが支配の梯子を登るよりも楽であり容易であり、また競争とちがって結果が裏目に出ることがない。差別された者、抑圧されている者が差別者になる機微の一つでもある。(……)

些細な特徴や癖からはじまって、いわれのない穢れや美醜や何ということはない行動や一寸した癖が問題になる。これは周囲の差別意識に訴える力がある。何の意味であっても「自分より下」の者がいることはリーダーになりたくてなれない人間の権力への飢餓感を多少軽くする。(中井久夫「いじめの政治学」)

さてここで「世界共和国」--階級のない社会ーーに似たものがほんとうに実現してしまったら、どうなるかをめぐって、ジャン=ピエール・デュピュイの思いがけない指摘をジジェクによる引用によって示す。

暴力が爆発する怖れがあるのは、社会空間に過剰の偶然性contingencyがあるときではなく、この偶然性を取り除いてしまったときである。この水準に於いてだろうか、ややあたり障りのない用語で、人が呼ぶもの、すなわち、ヒエラルキーの社会的機能を探し求めるのは?

デュピュイはここでも思い掛けない反転をする。ヒエラルキーを四つの手続き(「象徴的制度symbolic dispositifs」と見なす。その機能とは、上位者が下位者に屈辱を与えないようにする関係性を作ることにある。その四つの手続きとは、ヒエラルキー自体、脱神秘化、偶然性、複雑性である。

見た目とは反対に、これらのメカニズムは、ヒエラルキーと闘ったり脅かすものではない。そうではなく、ヒエラルキーを「口にあう」ようにするのだ。というのは「怨恨の動揺を引き起こすのは、他者が彼の幸運に相応しいという考えであり、公然と言い表された唯一の人物(適任者)であるという反対の考えではない」からだ。

この前提から、ディピュイはこう結論する、正義でありかつまた自らを正義と見なす社会が、すべての恨み怒りから自由であるなどとは、大間違いであると。反対に、まさにそのような社会に於いて、下位の立場を占める者たちが、傷つけられた誇りによって、怨恨の暴発に唯一の捌け口を見出すだろうと。(ジジェク、LESS THAN NOTHING、2012,私訳)

【四つの「象徴的制度symbolic dispositifs」】

1.ヒエラルキーそれ自身(外部から課せられた命令を私の低い身分の者に経験させることができることが、私本来に備わった独立性である)

2.脱神話化(実力主義的な社会でないことを示すが、社会的闘争の産物であることを示すイデオロギー的な手続き。他の上位者の能力や功績の結果であることを避けることを可能にすること)

3.不確実性(我々の自然的社会的な立場がそれによって決められるくじ引きのようなものに類似するメカニズムと理解できる。幸運な人々なら、優良な遺伝子とともに裕福な家庭に生まれるというわけだ)。

4.そして複雑さ(結果を予測できない制御不可能な力。例を挙げるなら、市場の目に見えない手は、私の失敗と隣人の成功を導く者であるかもしれないが、それにもかかわらず私はより働き賢くなろうとする)。(ジジェク、賃金ブルジョワジーの反乱、2012

くりかえせば、この四段階の機能は、《ヒエラルキーと闘ったり脅かすものではない。そうではなく、ヒエラルキーを「口にあう」ようにする》ものであり、《その機能とは、上位者が下位者に屈辱を与えないようにする関係性を作ることにある》。

2005年十二月、新しく選ばれた英国保守党の党首デイヴィッド・キャメロンは、保守党を恵まれない人びとの擁護者に変えるつもりだと述べ、こう宣言した。「あらゆる政治にとっての試金石は、もてない者、すなわち社会の底辺にいる人びとに対して何ができるかということであるべきだ」。不平等が人間外の盲目的な力から生じたと考えれば、不平等を受け入れるのがずっと楽になる、と指摘したフリードリヒ・ハイエクですら、この点では正しかった。したがって、自由主義資本主義における成功あるいは失敗の「不合理性」の良い点は(市場は計り知れない運命の近代版だという古くからのモチーフを思い出そう)、そのおかげで私は自分の失敗(あるいは成功)を、「自分にふさわしくない」、偶然的なものだと見なせるということである。まさに資本主義の不正そのものが、資本主義のもっとも重要な特徴であり、これのおかげで、資本主義は大多数の人びとにとって許容できるものなのだ。(ジジェク『ラカンはこう読め!』2006)

仮に自分の低いポジションが「自分にふさわしい」ものだとしたらどうだろう。格差社会では起こらない「怨恨」が、格差のない社会では暴発するというのが、ジジェクやデュピュイ(日本では『ツナミの小形而上学』で著者として名が知れた)の考え方であり、「ヒエラルキー」の仕組みは、社会的下位者が、社会的上位者、特権者に屈辱感を抱かせないシステムとされる。


ややその置かれたポジションや視点が異なるとはいえ、ここで「民主主義」についても引用しておこう。

エティエンヌ・バリバールーーアルチュセールの弟子のマルクス主義者ーーをめぐる太田悠介氏の「「大衆の恐怖」の擁護のために一一エティエンヌ・バリバールの政治哲学におけるスピノザの契機」という論文からである。

民主制に関する一切の先入観を抜きにして、次のような素朴な疑問から民主制を考えてみると、一体どうなるのだろうか。すなわち、民主制の原則にまったく忠実であるような、民衆〔デモス〕の声と完全に一致する民主制〔デモクラシー〕を構想するのは可能だろうか、という問いである。

この観点がそのまったくの素朴さにもかかわらず、依然として有効なのは、それが民衆の意志から乖離したあらゆる既存の制度の批判に際して、最も基本的な根拠を与えてくれるからである。たとえば、「構成的権力」の概念が、その理論的妥当性をめぐる専門的な議論とは別の次元で、それなりの説得力を持つ理由のひとつは、この概念が上記の素朴な疑問に一定程度の答えを提供しているからであろう。つまり、民衆の手によってひとたび具体的な形をえた権力は、まさしくその構成されたという完了時において、その瞬間に民衆の手にはもはやないのだからそれはただちに民衆の構成する力によって再度問い直されるべきだ、という原則的な答えを、である。

しかし、制度化されたあらゆる民主制を批判し、より根源的な民主制を擁護しようとする立場を極限までおしすすめると、民主制の定義自体が非常に困難となるのは間違いない。というのもその際には、たとえば選挙システムによって断続的に届けられる民衆の声だけでは、正統性の確保のためには不十分とされるからである。合法性の枠内に収まらない法を侵犯する手段によって示される民衆の声が、そこでは当然ながら射程に入ってこざるをえない。こうした仕方で民衆の意志をもらさず汲み取ろうとするならば、民主制は民衆の声が制度やシステムに結実するや否やそれが問い直されるとされるという、絶えざる更新作業のうちにしか存在しないことになる。言い換えれば、民主制は制度化に失敗し続けることで初めて成功するという、制度ならざる制度なのである。これこそが、民主制が原理的には「永続革命的」であるほかない所以である(…Bensaid[2009])。

エティエンヌ・バリバール(EtienneBalibar)もまた、諸制度の恒常的な聞い直しを求める動きのうちに、民主制の本来の姿を見出す思想家の一人である。パリバールによれば、国家であれ、ヨーロッパのような地域共同体であれ、あらゆる政治体は構成されるやいなや、直ちにそこに所属を許されなかった者による市民権の要求にさらされるのでありその政治の境界線の再定義が必要となる。それゆえに、パリバールにとっての民主制とは、諸制度を作り上げながら、同時にその諸制度の正統性が民衆による絶えざる問い直しを経ることによってしか調達できないという、原理的な困難を抱えた特殊な政治形態として定義されよう。パリバールはこの原理的な困難に対する根本的な解決策は存在しないと考えており、したがってこの困難を恒常的な諸制度の問い直しによって暫定的に解決しながら、すぐ背後から迫ってくる制度化の危険を回避すべく、絶えず前方に逃避してゆくとという実際の運動のうちに、民主制に残された突破口をみてとるのである(Balibar[1997])。