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2020年4月24日金曜日

けげんそうなまなざしをする下手な役者

ははあ・・・そこの○○チャン! 

この世界はすべてこれひとつの舞台、人間は男女を問わず すべてこれ役者にすぎぬ[All the world's a stage, And all the men and women merely players.](シェイクスピア「お気に召すまま」)


だろ? 文学を読む効用のひとつはこういうことに敏感になれることじゃないかね。ま、人はそれぞれだから、たとえば夢見るためにのみ詩文を愛好する人を「全否定」するつもりはないけど。

人は注意しても下手な役者をやってしまうというのはあるけど、肝心なのはそのとき「ああ、またやってしまったわ」と自らを笑い飛ばすことだよ。これは修行がいるけどさーー、《自己自身を笑い飛ばすことーーそのためには、これまでの最良の者でさえ十分な真理感覚を持たなかったし、最も才能のある者もあまりにわずかな天分しか持たなかった!》 (ニーチェ『悦ばしき知』第1番、1882年)


何も知らないような顔
相手の男が近寄ってくるのを待ち、しばらくお前のまわりをぶらつかせておくこと。誘惑してきたら、すこし驚いてみせなくてはいけない。相手を見て、何も知らないような顔をすべきかどうか判断することが肝心だ……(ジャン・ジュネ『泥棒日記』朝吹三吉訳)
けげんそうなまなざしをする下手な役者
夕闇がおりてきた、ひきかえさなくてはならなかった、私はエルスチールを彼の別荘のほうに送っていった、そのとき突然、ファウストのまえに立ちあらわれるメフィストフェレスのように、通路の向こうの端にーー私のような病弱者、知性と苦しい感受性との過剰者には、およそ縁のない、ほとんど野蛮残酷ともいうべき生活力、私の気質とは正反対な気質の、非現実的な、悪魔的な客観化であるかのようにーーほかのどんなものとも混同することのできないエッセンスの斑点のいくつか、あの少女たちの植虫群体をなすさんご虫のいくつかが、ぱっとあらわれたが、彼女らは私を見ないふりをしながら、私に皮肉な判断をくだそうとしていることはうたがいをいれなかった。(……)
折から私たちが通りかかっているアンティックの店のショー・ウィンドーのほうへ、まるで急にそれに興味をおぼえたように、身をかがめたが、そんな少女たちよりもほかのことを考えることができる、というふりをするのは自分でもわるい気がしなかった、そしてエルスチールが私を紹介しようとして呼ぶとき、おどろきそのものをあらわしているのではなく、おどろいたようすをしたいという欲望をあらわしている、あの一種のけげんそうなまなざしを自分がするだろうことを、私はすでにひそかに予知していたしーーそんな場合、誰しもわれわれは下手な役者であり、相手の傍観者は上手な人相見だーーまた指で自分の胸をさしながら、「私をお呼びですか?」とたずね、知りたくもない人たちに紹介されるために、古陶器の鑑賞からひきはなされた不快を顔につめたくかくし、従順と素直とに頭をたれ、いそいで自分が走ってゆくであろうことを、私は予知していた。(プルースト「花咲く乙女たちのかげに」井上究一郎訳)
ぼんやりと気のなさそうなようす
彼(シュルリュス男爵)はポケットから手帖を出し、ポスターにある芝居の外題を写しとるふうを装い、二、三度時計をとりだし、黒のむぎわら帽を目深におろし、誰かきたのではないかと見るようにして手をかざして目庇をつくり、ずいぶん待たされたことを人に見せつけるような、実際に待っているときはけっしてわれわれのやらない、不満そうな身ぶりをし、それから、こんどは帽子をあみだにして、頭の上は短く平に刈りあげているのが両側にはかなり長い鳩翼状のウェーヴがついた鬢を残しているその髪形を見せながら、あまり暑くもないのに暑くてたまらないようすを見せたいと思う人がよくやるように、ふうっと音を立てて息を吐いた。
私はホテル破落戸〔ごろ〕かと思った、その男なら、まえから祖母と私とをつけねらっているらしいので、何かわるいことをたくらんで私の隙をうかがっているところを不意に見つけられたことに気がつき、私の目をごまかすために、おそらく急に態度を変え、ぼんやりと気のなさそうなようすをあらわそうとしたのだが、それがあまり強く誇張されたので、彼の目的は、すくなくとも、私が抱いたと思われる疑念を一掃することにあったと同時に、私が無意識のうちに彼に加えたかもしれない侮蔑のしっぺいがえしをやること、おまえは人の注意をひくほど大した人間ではない、そんなおまえをおれは見ていたのではない、という考えを私に植えつけることであるように思われるのであった。

彼は挑戦的な態度でぐっと肩を張り、唇をかみ、ひげをひねりあげ、そのまなざしのなかに、冷淡な、冷酷な、ほとんど侮蔑的なと思われるものを溶けこませていた。したがって、そんな表情の特殊性が、彼をどろぼうではないか、それとも精神病者ではないか、と私に考えさせるのであった。(プルースト「花咲く乙女たちのかげに」)

虚栄心の海
かれらのうちには自分で知らずに俳優である者と、自分の意に反して俳優である者とがいる。――まがいものでない者は、いつもまれだ。ことにまがいものでない俳優は。(ニーチェ「卑小化する徳」『ツァラトゥストラ』第3部、1894年)
やめよ、おまえ、俳優よ、贋金造りよ、根柢からの嘘つきよ。おまえの正体はわかっている。

おまえ、孔雀のなかの孔雀よ、虚栄心の海よ。何をおまえはわたしに演じてみせたのだ。よこしまな魔術師よ、……

よこしまな贋金造りよ、おまえにはほかにしようがないのだ。おまえは医者に裸を見せるときでも、おまえの病気に化粧をするだろう。…

おまえの口、すなわちおまえの口にこびりついている嘔気だけは、真実だ。(ニーチェ「魔術師」『ツァラトゥストラ』第4部、1895年)