愛は穴を穴埋めする。あなた方は知っているように、そう、ちょっとしたコットンだ。l'amour bouche le trou. Comme vous le voyez, c'est un peu coton. (Lacan, S21, 18 Décembre 1973) |
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なんで「ちょっとしたコットン un peu coton」なんだろうな
コットンってのは、ダジャレ好きのラカンだから
何か別の意味があるのかね
bouchon は文字通りならコルク栓だから
愛は穴をコルク栓するなんて
コットン製のコルクなんてあるんだろうか
マジで調べてしまったよ
なにはともあれコルク栓は飛ぶものだな
享楽は、穴埋めされるべき穴として示される。la jouissance ne s'indiquant […]comme trou à combler. (ラカン, Radiophonie, AE434, 1970) |
穴、それは非関係によって構成されている、性の構成的非関係によって。un trou, celui constitué par le non-rapport, le non-rapport constitutif du sexuel, (Lacan, S22, 17 Décembre 1974) |
ってのは、こういうことだな
ま、享楽の穴は愛のコルク栓程度では埋まらないってことさ
コットンってのはこの感じかね
ボクは泡の暴発、一度しか出会ったことないけど
というか、四回ほどひとりの女に出会ったんだけど
デパートの屋上でウエイトレスしてた18歳の少女にさ
コルクの花のような娘で一目惚れしてさ
でもびっくり仰天だったな、
ウブな35歳の中年男にとって
すごい力だったよ、顔だけじゃなく
髪までびっしょり濡れたね
四度目にあったとき
もうめげたね
際限がないからな
発情期ってのが
あの年頃にあるんだろうか
真の女は常にメデューサである。une vraie femme, c'est toujours Médée. (J.-A. Miller, De la nature des semblants, 20 novembre 1991) |
メドゥーサの首は女性器を代表象する。das Medusenhaupt die Darstellung des weiblichen Genitales ersetzt, . (フロイト、メデューサの首 Das Medusenhaupt(1940 [1922]) |
メドゥーサの首の裂開的穴は、貪り喰う形象である。[Le trou béant de la tête de MÉDUSE est une figure dévorante.](ラカン、S4, 27 Février 1957) |