音楽ってのはよくないね、ほかのことはどうでもよくなるから。 |
僕は、詩がなくても生きていけるんですよ。でも音楽がなかったら生きていけない人間なんです。それは子供の頃からだいたいそうで。とくに思春期以後、自分の感性がちょっと拓けてきたときに、まず感動したのはクラシックの音楽ですね。で、そのずっと後になって、詩の魅力っていうのに気づいたんじゃないかな。(谷川俊太郎『声が世界を抱きしめます』2018年) |
でも詩もときにはいいよ
あとは?
さあてっとーー、
やっぱり女じゃないかね
いや詩よりも女が先だね
西片町 粕谷栄市 |
夏の日、涼しい縁側で、片肘をついて、寝転んでいた い。久しぶりに、おふくろのいる家に戻って、何もしな いで、ゆっくりしていたい。 一人前の左官職人になって、間もない私は、その日は、 仕事の休みの日だ。何もすることがないし、したいこと もない。ただ、ぼんやり、横になって、片肘をつき、垣 根に咲いている、青い朝顔の花を眺めていたいのだ。 |
考えていることといえば、まだ、よく知らない娘のこ とだ。娘は、たしか、自分と同い年で、片西町の蕎麦屋 につとめている。色が白くて、小さい尻をしている。 思えば、この私には、一生、そんな日はないのだけれ ど。夢のなかの西片町の蕎麦屋に行くこともないのだけ れど。もう、とっくに死んでいて、どこかの寺の墓石の 下で、若い左官屋の幻をみているのだけだけれど。 |