このブログを検索

2022年5月26日木曜日

愛すべき防衛研究所主任研究官

 

これが噂の防衛研究所米欧ロシア研究室主任研究官の山添博史さんのツイートかあ、いやあリッパなこと言ってるじゃないかあ



ダメだよ、苛めたら。羊脳参謀として頑張ってんだから。


















OSCE Special Monitoring Missionってのはウクライナ軍に情報提供し続けたっていっても、ロシア侵攻前にウクライナ軍の動きも「図らずに」モニターしてんだから捨てたもんじゃないさ


AZ OSINT @AZmilitary1 Apr 25

The Interior Ministry of the LPR has shown documents confirming that the OSCE special monitoring mission has been working for a long time in the interests of the Ministry of Defense of Ukraine.

Jeffrey Kaye @jeff_kaye Feb 6

"According to reports from the OSCE Special Monitoring Mission in Ukraine, units of the Ukrainian Army and National Guard amounting to about 150,000 men are positioned" close to the Donetsk and Lugansk area inhabited by Russian populations


オリバー・ストーンなんかこのモニター記録があったからロシア侵攻の理由がよりいっそう明瞭に証明されると言ってるぐらいで(Oliver Stone: Vladimir Putin and War in Ukraine | Lex Fridman Podcast, 2022.05.20)





「嘘つき」なんて言わなくても、もうすぐ食べ頃になるんだから、もう相手するのはやめて待ってたらいいだけだよ。


猛禽は幾らか憐憫の眼を向けながら、おそらく独り言を言うだろう、《俺たち
は奴らを、あの善良な仔羊どもを毛ほども憎んでなんかいない。俺たちは奴らを愛してさえいる、柔らかい仔羊より旨いものはないからな》と。[daß die Raubvogel dazu ein wenig spöttisch blicken werden und vielleicht sich sagen: »wir sind ihnen gar nicht gram, diesen guten Lämmern, wir lieben sie sogar: nichts ist schmackhafter als ein zartes Lamm.« ](ニーチェ『道徳の系譜』第1論文13節、1887年)



嘘ったって好きで嘘ついてるわけじゃないんだから。善良な仔羊の群れの一員として頑張っている人間の宿命なんだよ。


(仔羊たちは)多くの事物を見ないということ、あらゆる点で偏見に満ち溢れていること、徹底的に党派的であるということ、すべての価値において融通がきかない光学をしかもっていないということ。このことのみが、あれらたぐいの人間が生きながらえていることの条件である。

[ Viele Dinge nicht sehn, in keinem Punkte unbefangen sein, Partei sein durch und durch, eine strenge und notwendige Optik in allen Werten haben – das allein bedingt es, daß eine solche Art Mensch überhaupt besteht.](ニーチェ『反キリスト』第54節、1888年)


私が嘘と名づけるのは、見ているものを見ようとしないこと、見えるとおりにものを見ようとしないことである。はたして目撃者の面前で嘘するのか、目撃者がいないとき嘘するのかは、考慮しなくともよいことなのである。

最もよく見られる嘘は、自分自身を欺く嘘であり、他人を欺くのは比較的に例外の場合である[Die gewöhnlichste Lüge ist die, mit der man sich selbst belügt; das Belügen andrer ist relativ der Ausnahmefall. ]


――ところで、この見ているものを見ようとしないこと、この見えるとおりに見ようとしないことは、なんらかの意味で党派的であるすべての人にとっては、ほとんど第一条件である[― Nun ist dies Nicht-sehn-wollen, was man sieht, dies Nicht-so-sehn-wollen, wie man es sieht, beinahe die erste Bedingung für alle, die Partei sind, in irgendwelchem Sinne:]

すなわち、党派人は必然的に嘘つきとなる[der Parteimensch wird mit Notwendigkeit Lügner]。党派的な人は誰でも、本能的に、道徳的な大きな言葉を口にするものである。そうであってみれば、道徳が存続するのはあらゆる種類の党派人がそれをたえまなく必要とするからだ、という事実に、もはや驚くこともあるまい。(ニーチェ『反キリスト』第55節 、1888年)


羊脳はいつでも道徳的な大きな言葉を口にしちゃうのさ、むしろ同情に値する人物として扱うべきだね。