だいたい文学ってのは『あの女』のことばっかり書いてんじゃないかい?
女は男とは異なり、永遠に不可解な、神秘的で、異者のようなものである[das Weib anders ist als der Mann, ewig unverständlich und geheimnisvoll, fremdartig] (フロイト『処女性のタブー』1918年) |
言わざるを得ない、ひとりの女は不可解な、異者だと[une femme, il faut le dire, c'est une bizarrerie, c'est une étrangeté.] (Lacan, S25, 11 Avril 1978) |
あの異郷の女をめぐってない文学なんてマガイだよ |
亭主が部屋を出るか出ないかのうちに、フリーダは電燈を消してしまい、台の下のKのわきに身体を置いた。「わたしの恋人! いとしい恋人![Mein Liebling ! Mein süß er Liebling]」と、彼女はささやいたが、Kには全然さわらない。恋しさのあまり気が遠くなってしまったように仰向けに寝て、両腕を拡げていた。時間は彼女の幸福な愛の前に無限であり、歌うというよりは溜息をもらすような調子で何か小さな歌をつぶやいていた。 |
ところが、Kがもの思いにふけりながらじっと静かにしているので、彼女は驚いたように飛び起き、まるで今度は子供のように彼を引っ張り始めた。「さあ、いらっしゃいな、こんな下では息がつまってしまうわ!」 二人はたがいに抱き合った。小さな身体がKの両腕のなかで燃えていた。二人は一種の失神状態でころげ廻った。Kはそんな状態から脱け出そうとたえず努めるのだが、だめだった。二、三歩の距離をころげて、クラムの部屋のドアにどすんとぶつかり、それから床の上にこぼれたビールと、床を被っているそのほかの汚れもののうちに身体を横たえた。 そこで何時間も流れ過ぎた。かよい合う呼吸、かよい合う胸の鼓動の何時間かであった [Dort vergiengen Stunden gemeinsamen Atems, gemeinsamen Herzschlags, Stunden]。そのあいだKは、たえずこんな感情を抱いていた。 |
自分は道に迷っているのだ。あるいは自分より前にはだれもきたことのないような遠い異郷 [Fremde]へきてしまったのだ。この異郷[Fremde ]では空気さえも故郷の空気とは成分がまったくちがい、そこでは見知らぬという感情のために息がつまってしまわないではいず、しかもその異郷性 [Fremdheit ]のばかげた誘惑にとらえられて、さらに歩みつづけ、さらに迷いつづける以外にできることはないのだ、という感情であった。 er verirre sich oder er sei soweit in der Fremde, wie vor ihm noch kein Mensch, eine Fremde, in der selbst die Luft kei-nen Bestandteil der Heimatluft habe, in der man vor Fremdheit ersticken müsse und in deren unsinnigen Verlockungen man doch nichts tun könne als weiter gehen, weiter sich verirren. |
そこで、クラムの部屋から、おもおもしい命令調の冷たい声でフリーダを呼ぶのが聞こえたとき、それは少なくともはじめには彼にとって驚きではなく、むしろ心を慰めてくれるほのぼのした感じであった。(フランツ・カフカ Franz Kafka『城 DAS SCHLOSS』) |
男だってこの異郷の女を知らないヤツってのは、女に惚れたことのないヤツでしかないね、《男女の関係が深くなると、自分の中の女性が目覚めてきます。女と向かい合うと、向こうが男で、こちらの前世は女として関係があったという感じが出てくるのです。》(古井由吉『人生の色気』)
暗闇に置き残された夢の臍 [im Dunkel lassen…Nabel des Traums](フロイト『夢解釈』第7章、1900年、摘要) |
暗闇に蔓延る異者 [wuchert dann… im Dunkeln…fremd](フロイト『抑圧』1915年、摘要) |
異者としての身体は原無意識としてエスに置き残される[Fremdkörper…bleibt als das eigentliche Unbewußte im Es zurück. ](フロイト『モーセと一神教』3.1.5 Schwierigkeiten, 1939年、摘要) |
異者としての身体は心的痛みを引き起こしレミニサンスする [Fremdkörper…erinnerter psychischer Schmerz … leide an Reminiszenzen」(フロイト&ブロイアー 『ヒステリー研究』予備報告、1893年、摘要) |
ニーチェだってディオニュソスとアリアドネのどっちも迷宮だと言ってんだから、二人のあいだには異郷の女がいるんだよ。 |
ディオニュソスは言う、「私はあなたの迷宮だ」と。[Dionysos: Ich bin dein Labyrinth...](ニーチェ『アリアドネの嘆き』Klage der Ariadne)1887年秋) |
ああ、アリアドネ、あなた自身が迷宮だ。人はあなたから逃れえない。…[Oh Ariadne, du selbst bist das Labyrinth: man kommt nicht aus dir wieder heraus” ](ニーチェ、1887年秋遺稿) |
このあたりはわかるひとにはすぐワカルだろうし、わからないひとにはいくら説明したっていつまでもワカンネエだろうから、マジで書きたくないだけだよ。