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2024年2月15日木曜日

中東を再統一させたガザ(トビー・マティーセン Toby Matthiesen)

 


前回に引き続き、浅井基文氏のコラムからだが、2024年2月15日の記事では、日本ではほとんど知られていないトビー・マティーセン(Toby Matthiesen)署名文章「中東を再統一させたガザ-新・汎イスラム戦線:アメリカ最大の挑戦(?)-」(原題:"How Gaza Reunited the Middle East -A New Pan-Islamic Front May Be America's Biggest Challenge-")を紹介かつ翻訳されている。


 2月9日付のフォリン・アフェアズ(FA)WSは、トビー・マティーセン(Toby Matthiesen)署名文章「中東を再統一させたガザ-新・汎イスラム戦線:アメリカ最大の挑戦(?)-」(原題:"How Gaza Reunited the Middle East -A New Pan-Islamic Front May Be America's Biggest Challenge-")を掲載しました。FA・WSがこの文章を有料ではなく、一般向けに公表したのが「さもありなん」と納得できる、偏見とは無縁かつ卓抜した内容の中東政治論です。パレスチナ問題をフォローしていたおかげで、かくも優れた文章に出会えたのは本当に幸せです。「目からうろこ」とはこういう文章にこそ当てはまります。〔・・・〕


 パレスチナ問題について数回かけてアプローチすると予告させていただき、アメリカ・バイデン政権の中東政策について紹介したばかりですが、マティーセンの文章に接して、この内容を詳しく翻訳紹介すれば、すべて事足りてなお余りある、と確信しました。私の翻訳では心許ないのですが、その点はあらかじめお許しを願い、マティーセンの国際感覚・歴史感覚に裏打ちされた、透徹した分析力と慧眼に満ちた観察力を味わっていただけたら幸いです。


 やや長いので、全編を読み通すことを億劫に感じる方は、まず、最後の「(イランが勝利する可能性のあるゲーム)-A GAME IRAN CAN WIN-」から読むことをお勧めします。これだけ堂々とイラン(抵抗枢軸)のパレスチナ政策の対米勝利を予告する論者は他にないでしょう。しかも、マティーセンの予告は「当たるも八卦」の類いの「予言」ではなく、緻密な分析・観察に裏付けられた科学的診断なのです。彼の予告に衝撃を受けないものはいないと思いますし、衝撃を受ければ、全編を読んでみようという意欲が湧き起こると思います。



以下、最後の「(イランが勝利する可能性のあるゲーム)-A GAME IRAN CAN WIN-」のみを掲げよう。全文は➡︎「中東政治の展望(トビー・マティーセン署名文章)浅井基文2024/2/15」である。




◼️「中東を再統一させたガザ-新・汎イスラム戦線:アメリカ最大の挑戦-」

トビー・マティーセン フォリン・アフェアズ(FA)WS 2024年2月9日

How Gaza Reunited the Middle East

A New Pan-Islamic Front May Be America’s Biggest Challenge

By Toby Matthiesen, February 9, 2024

〔・・・〕

(イランが勝利する可能性のあるゲーム)-A GAME IRAN CAN WIN-

 中東の中でも、親イラン枢軸の武装勢力が戦争を拡大させているという批判を行うものはいるが、世論調査及びアラブ・ソーシャル・メディアでは、ハマス及びその武装抵抗ドクトリンに対してアラブの支持が厚いことを示している。同じ調査によれば、アメリカ及びアメリカと緊密に結びついている政権、すなわちサウジアラビアとUAE(2022年にイスラエルと関係正常化)、に対する支持が劇的に落ち込んでいる。サウジアラビアでは、人口の大半すなわち90%以上がイスラエルと国交を樹立することに反対、という世論調査結果がある。また、1月のアラブ・オピニオン・インデックス(16のアラブ諸国を対象としたドーハの調査)によると、回答者の3/4以上が、10月7日の戦争開始以来、彼らのアメリカに関する見方が否定的になったとされている。


 これらの見方がどのように形成されたのかを理解するのは難しいことではない。すなわち、親西側アラブ諸国政府が戦争をストップさせるためにほとんど何もしてこなかったのに対して、イラン及びその枢軸勢力は、自分たちこそが地域のリーダーであり、パレスチナ人の主要支持者であることを示すことができている。フーシを例に見てみよう。彼らはこれまでほとんど知られていないイエメン北部の反乱武装勢力だが、米英による間断ない砲撃に直面しても、バブ・エル・マンデブ海峡経由の海運を遮断することに成功している。フーシは支離滅裂な戦争を行うことで、以前は彼らさらには枢軸派の政策全般を支持していなかったアラブ民衆の間でも名をとどろかせることになった。この意味では、ガザの戦争は、過去数十年間のいかなる紛争にも増して、イスラム世界をまたぐ大きな団結をもたらしている。


 矛盾しているように見えるが、現時点での枢軸派に対する最大の反対勢力はISIS等のスンニ派過激派である。彼らこそ、イスラエルとアメリカがハマスになぞらえてきた勢力である。イスラエルとアメリカは10月7日の攻撃の野蛮性を宣伝する意味からこのようになぞらえたのだが、ISIS自身はハマスのことをナショナリスト過ぎてグローバリストではないと繰り返し非難している。そのISISは1月初めに、イランで行われたカセム・ソレイマニ(抵抗枢軸の中心的設計者)を讃える追悼式をめがけて大規模なテロ攻撃を行い、94人の死者と284人の負傷者を出した。この際にISISは、ソレイマニ追悼出席者はシーア派であるが故に死に値すると主張し、この攻撃はソレイマニ及び彼が代表するものに対する象徴的攻撃であるとした。サラフィー聖戦士グループがこの攻撃に訴えたのは、中東における存在感を示すとともに、スンニ派とシーア派が大団結した瞬間をめがけてシーア派とスンニ派との間の宗派的暴力に火をつけることを狙ったものと見られる。


 ソレイマニは、中東地域におけるアメリカの利益に対する攻撃を組織したために、2020年にトランプ政権によって暗殺された。しかし、2015年から2017年にかけて、ソレイマニはアメリカが率いる連合軍とともにISISに対する戦いのためにシーア派イラク武装勢力のとりまとめを支援していたのは不都合な真実である。ソレイマニ暗殺を受けて、イラクはアメリカ軍を地域から追い出すための努力を加速させることを示唆した。今アメリカがガザにおける戦争でイスラエルを無条件に支持し、イスラエルの時間稼ぎのために軍事的外交的行動をとっていることは、中東全域で西側及びイスラエルに対する抵抗を支持する動きが広がっていることに鑑みれば、アメリカ追い出しの動きを加速させる可能性がある。それに対して、枢軸勢力のネットワーク(イラン、シリア、フーシ、ヘズボラ、イラクのシーア派武装勢力)が、パレスチナ人が非常な困難に直面しているときにその真の支持者であることを示すことができる限り、アラブ諸国の枢軸批判勢力が有利な地歩を獲得できる可能性はない。


 したがって、アラブ諸国政府が傍観者であり続ける限り、枢軸側は、ハマスを支持し、軍事的抵抗を行う意思表示を行うだけで、中東全域における影響力を獲得できる。今後何が起こるとしても、イスラエル及び西側のこれまでの過ちの結果として、イラン及びその同盟者はますます影響力と行動力を高めていく可能性があると見られる。親西側アラブ諸国に関しては、その政策と自国民のパレスチナに対する共感との間の大きなギャップを埋めるための努力をしなければならないだろう。長い間パレスチナ問題をおろそかにしてきた親西側アラブ諸国としては、新たなアラブ蜂起の波に直面することを避けるためにも、パレスチナ問題の正しい解決を緊急に推進する必要があろう。


 アメリカに関しては、武装勢力をピンポイント攻撃することで軍事力を誇示する選択が満足できる政策かもしれない。しかし、ますます明らかになっていることは、アメリカがガザ休戦を実現し、イスラエルの占領を終了させ、そして最終的に実効的パレスチナ国家を樹立することができなければ、地域におけるエスカレーションをストップすることは不可能であるということである。こうした信頼できる、具体的なステップをアメリカがとらない限り、地域諸勢力はパレスチナ問題を自分たちのポイント獲得のために利用し続けるだろう。しかも、パレスチナ国家の建設という事業は、パレスチナのすべてのグループ及び地域のすべての主要国(サウジアラビアその他のアラブ諸国のみならず、トルコ、イラン、枢軸諸勢力を含む)の支持によって支えられない限り、成功することはまず考えられない。この事業を邪魔しようとする勢力は数限りない。また、イスラエル政府のこの問題に関するむき出しの立場を考えれば、以上のアプローチに対する障害はとてつもなく大きいものがある。しかし、こうした広い支持に支えられた正しい解決をパレスチナ問題に関して行わない限り、中東は持続的な平和を実現することができず、多くのものが夢に見てきた政治経済協力を実現することもできないだろう。それに代わるものは、果てしのない暴力の連鎖、西側の影響力と正統性の衰退、そして西側そのものに敵対する形での地域統合という危険性である。




このトビー・マティーセン(Toby Matthiesen)の記事は、少し前掲げたサイモン・ティスダル(Simon Tisdall) の「米国はもはや中東最大の大国ではない。イランがそうだ。」The US isn’t the biggest power in the Middle East any more. Iran is), The Guardian Sat 13 Jan 2024の主張をより綿密に、とくに宗教的側面(シーア派とスンニ派)も含めて記述されていて、浅井基文氏の言うようにとても説得的である。何はともあれ、ガザジェノサイドを機縁に、中東、いや西アジア全体は、かつての親米国家も含めて、大きく反米へと動いているのは紛いようがない。


Toby Matthiesen@TobyMatthiesenのXアカウントも参照されたし。